憶持のオーバーロード   作:wash I/O

4 / 12
第3話 噂の漆黒

 ここしばらくで隊商(キャラバン)護衛の依頼がえらく増えたよなぁ。

 

 街道をいく荷馬(にば)百余頭が連なった隊の最後尾で殿(しんがり)を務めつつ、先を行く仲間たちと顧客(クライアント)の背中をぼんやりながめていたキーノ・インベルンは、なんとなしにそんなことを考えていた。

 

 キーノを含む真銀(ミスリル)冒険者集団(ヴェンチャーチーム)<(あけ)薔薇(ばら)>は、本拠地エ・レエブルを発し、ブルムラシュー侯国を経てリ・ウロヴァールへ至る街道を、隊商を護衛しながら北上している。荷の多くは未だ貴族階級の支配下にある旧王国領北部で日に日に不足気味となりつつあると聞く食料の類ではあるが、その薄利は護衛への謝礼を賄うには足りない。何を思ってか未だに貴族たちが求めて止まない贅沢嗜好品が少なからず含まれることがそれを可能にしており、多くは帝国からの輸入品だ。

 

 <朱の薔薇>に加わってからの冒険者暮らしを、キーノはそれなりに満喫している。

 

 怪物(モンスター)退治が任務(ミッション)の大半だった<蒼の薔薇>の時分と異なり、リキウスたちの活動の大半が商人や自由都市参事の間を取り持つ調停者(フィクサー)交渉人(ネゴシエイター)としての性格を色濃く有することに初めこそ面喰らったものの、力任せでない仕事は楽しかったし、自身の愛らしい容姿もそこに一役買っている、と、()()()()()()()()()()考えている。

 呪われた身の上、真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)であることは既に隠してはいない。訪ねる街や村の実態によっては立ち入ることを遠慮することもなくはないが、少なくともエ・レエブルにおいては驚くほど自然に受け入れられてしまった。

 もっともこれは、見るからに恐ろしい混血(ハーフ)武妖巨人(ウォートロール)のガ・ギンが所属する集団(チーム)に、今更吸血鬼が加わったから何だ?しかも可愛らしいお嬢さんじゃないか!と、いささかエ・レエブルの町衆の感覚が明後日(あさって)の方向に麻痺していたことにも助けられて、のことではあるのだが。

 

 <蒼の薔薇>時代、当時は明確にそんなことを意識していなかっただろう、とは思うが、今になって顧みれば、キーノは自身が仲間たちよりも何倍もの長さの時間を生きてきた老兵(ヴェテラン)であり若い仲間たちを守り導くべき立場にある、と()()()()()()いたことは否めなかった。

 

 さて、今はどうだ?

 

 駆け引きの機微を要求される交渉事においては、一見軽薄ながらその軽薄さまでも相手の懐に取り入る武器として使いこなすリキウス・アインドラの手腕にキーノは正直(した)を巻いていた。

 友人の子どもだ、とばかり思っていたガ・ギンは実に冷静沈着な剛の者であり、しかも筋肉達磨な見た目に似合わず存外勉強家でキーノが実地で見聞したはずの時代の出来事をキーノよりも詳しく承知していることはざらにある。

 クゥイア、クゥイナの双子忍者は……未だによくその正体がわからずにいるが、常に共に行動しているはずなのに、よくもまぁあれだけの由無(よしな)(ごと)を耳に入れしかもそこから得た情報を当意即妙に引き出すものか、と感心させられることがしばしばだ。

 

 さりとて、キーノは自身を卑下してこう考えているわけではない。魔法に関する見識と潜り抜けてきた修羅場の数でキーノが彼らを圧倒しているのは疑いようのない事実であり、若さがそのまま強さとなっている<朱の薔薇>において、異色な存在である自分の価値はまさにそこにある、とキーノは考えていた。

 実際、彼女の加入後の最大の荒事となった、都市廃墟(エ・ペスペル)に出現した集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)の討伐においては、その役割を遺憾なく発揮したと考えている。討伐後にクゥイアから「良い猫には良い鼠、小母さん(キーノ)には不死者(アンデッド)」と軽口を叩かれ、脊髄反射的に<魔法最強化(マキシマイズマジック)>した<結晶散弾(シャード・バックショット)>を放ってものの見事にかわされたのは微笑ましい余談だ。

 

 一方で釈然としないことも少なからずある。

 もちろん、仲間たちに対しての不満では決してない。

 

 たとえば目下手掛けている仕事、リ・ウロヴァールへ向かう隊商の護衛は、直接の出資者(スポンサー)はエ・レエブルの豪商だが、元を正せばリ・エスティーゼ王国亡き後もいまだのさばるウロヴァーナ伯国の貴族が領民から巻き上げた血税だ。つまるところ、自身がその末端に(たか)小蝿(こばえ)に過ぎないことに思い至らぬほどキーノは幼くはない。

 加えて、最近(とみ)に隊商護衛の依頼が増えている背景について、彼女自身に思い当たる(ふし)がないでもないことが最大の悩みの種だ。

 

 彼女たちの暮らす帝国自由都市群にもスレイン()国で起こった政変が伝わって久しい。

 人の子、と称する新たな国家元首の人となりについて情報は乏しいが、キーノは、それが自身がナザリック地下大墳墓の連中にその始末を押し付けた白黒髪(ツートーン)混血妖精(ハーフエルフ)であることに、もちろん気づいていた。

 そして、これもはっきりと明言されて聞こえてきているわけではないが、人の子が報国において「神殺し」の二つ名で呼ばれ、それこそが報国(ほうこく)々民(こくみん)の人の子に対する熱狂的な支持の源であることも。

 前者はともかく、後者については帝国自由都市群においても、時勢に目敏い輩は既にその含意するところに思いを馳せている。

 

 人の子が殺した神、とは、(くだん)の<神隠し>ではないのか、と。

 

 すべてが自助努力に任され組織的な警察機構が存在しない当地にあっては、犯罪統計のようなものも当然存在しないのですべては雰囲気からの判断でしかないが、以前はあまり耳にしなかった悪質な野盗の類の噂が増えて来た感がなきにしもあらず。並行して、利に敏い豪商たちは囲い込んでいる金剛(アダマンタイト)真鍮(オリハルコン)級の()()()()の連中ではなく、目立たぬように配慮しつつも<朱の薔薇>のような確かな実力のある冒険者を護衛に雇うようになった。

 これは、襲う側においても襲われる側においても、<神隠し>の危険性(リスク)評価が変化したことを示唆している。

 

 ところが、だ!

 

 ただ一人キーノだけは、<神隠し>こと傲岸不遜な我儘骸骨アインズ・ウール・ゴウンが、殺されたどころかピンピンしており、しかも、神殺したる人の子を「アレは面白いことになる、ふふふ」と笑いながらスレイン法国に送り込んだ当の本人であることを知っているのだ。

 

 

 

「ギン、どう思う?」

 

 隊商は、街道から少し逸れた崖を背にした草原に今宵の野営場所を定めた。

 

 睡眠を必要としないキーノは常に寝ずの番を買って出るが、<朱の薔薇>の面々は、キーノにお任せは申し訳ない、と途中交代を挟みつつも誰か一人が付き合うのが常で……よもや、キーノ一人では天然ボケをかましかねない、と気遣われてのことではなかろう……今はギンが焚き火を前に共にいる。

 

(なに)ガダ、キーノ?」

 

 最近では、ギンはキーノを個人名(ファーストネーム)で呼び捨てることにも慣れた。

 何かの拍子に小母(おば)さん呼びしてしまうこともしばしばあるのではあるが。

 

「こういう仕事、増えてるだろ?

 野盗も商人も、神隠しがもうない、と思い込んでるんじゃないか。」

 

(ひと)()、ノ(はなし)カ。」

 

 ギンは、無論、アインズとキーノの顛末については何も知らされてはいないが、彼なりに常に頭の片隅に(くすぶ)っている話題ではあるようで、すぐにキーノの言わんとするところを察した。

 

「しっかりしてもらわないと困るよな!」

 

とキーノ。

 

「ダカラ……(なに)ガダ?」

 

「<神隠し>だよ!

 やるならやるでちゃんと続けてくれないからこういうことになる。」

 

「……ハ?」

 

 キーノはアインズが気まぐれで<神隠し>を怠けている、と考えているので、ついついその不満がこういう形で漏れたが、ギンにはキーノの<神隠し>に何か期待せんが(ごと)き発言の意図がたちまちには理解できない。ぽかんと開いた大きな口に、さしものキーノも自分が可怪(おか)しなことを言ったことに気付いて慌てる。

 

「いやいや、ゴホ、ゴホッ!

 

 ……ともかく、だ!

 

 <神隠し>が結果的にこの辺の治安に貢献しているのは事実だろ?

 それが突然鳴りを潜めれば、当然反動がある。

 私が言いたいのは……そういうことだ!」

 

「キーノハ、<神隠(かみかく)シ>ガ(つづ)クベキダ、ト(かんが)エテイルノカ?」

 

 誤魔化し気味に強弁するキーノに、ギンは落ち着いた声色で尋ねた。

 

 うーん、とキーノは唸る。

 そういう訊き方をされると返答に困るのもまた事実。

 

(わたし)ハソウハ(おも)ワナイ。」

 

とギン。

 

「モシ、<神隠(かみかく)シ>ガマタック対話不能ナ、純粋ナ暴力ナノダトシタラ、コレハ災害ト(おな)ジデドウシヨウモナイ。」

 

 そう語るギンの念頭には、人の子が即位する直前、第二帝都エ・ランテルはロフーレ商会本店の離れにおいて、依代(よりしろ)となったアルシェ・フルトから聞かされた話がある。

 

「ダガ、フールーダ(おう)(たましい)(かた)ッテ()カセタ、髑髏(どくろ)様ト鮮血帝ジルクニフ一世(いっせい)トノ逸話ガ事実ナノダトスレバ、<神隠(かみかく)シ>モマタ、我々(われわれ)同様(どうよう)(なん)ラカノ価値判断ヲ(ゆう)スル存在ダ、トイウコトニナル。」

 

 まぁ、そりゃそうだわな。傲慢な骸骨だけど。

 

「デアレバ、ダ。」

 

 ギンは敢えて言葉を切る。

 

「ソノ所業ニ治安維持ヲ期待スルノハ……。

 絶対者ニヨル支配ヲ(もと)メテイル、トイウコトニハナラナイカ?」

 

 キーノは虚を衝かれた感にハッとした。

 

 アインズを絶対支配者として戴く世界、など考えるだけでもゾッとしないが、アインズが今後も悪人たちを屠り続けてくれればいい、と期待するのは、確かにギンの言う通り、その支配を期待しているのと(おな)じことだ。

 

 キーノが押し黙ったままでいると、今度はギンの方から問いが発せられた。

 

多分(たぶん)キーノハ、今回ノ仕事ノ報酬ガ、(もと)(ただ)セバ貴族ガ北辺(ほくへん)(たみ)カラ(しぼ)()ッタモノデアルコトニ、忸怩タル(おも)イヲ(いだ)イテイルダロウ?」

 

「え?」

 

 まさにモヤモヤと考えていたことの真を射られてキーノは驚きの声を上げる。

 

「今回ノ仕事ニ(かぎ)ッテ()エバ、(なに)ヤラ(うら)ガアルヨウナ()モスルガ……(わたし)(すく)ナカラズソウダ。

 ダガ、(わたし)ガソコニ義憤ヲ(いだ)イテ北部ノ貴族ヲ()ツ、ナドトイウコトハナイ。

 キーノモソウダロウ。

 

 ソレハ……何故(なぜ)ダ?」

 

 どうやらギンは、キーノのさらに先を考えているらしい。

 キーノは沈黙と視線で続きを促した。

 

北辺(ほくへん)(たみ)カラスレバ、<神隠(かみかく)シ>モ我々(われわれ)モ、(おな)ジダカラダヨ。」

 

「私たちが<神隠し>……と同じだと?」

 

 ギンの見解に驚かされたあまり、キーノはギンの言葉をそのまま返して疑問を呈す。だが、問われたギンは涼しい顔だ。

 

「結局ノトコロ、支配サレテイル(たみ)自身ニ(おのれ)ノコトヲ(みずか)(けっ)スル気概ガナケレバ、タトエ(わたし)ガ貴族タチヲ()ッタトシテモ、ソレハ依存スル相手ガ()()ワルダケノコトデ、(なん)ノ意味モナイコトダ。」

 

「うーん……言わんとするところはわかるが、そういう理屈で旧態然(きゅうたいぜん)とした貴族連中の()(よう)を良しとするのは、釈然とはしないな。」

 

 キーノは素直に思うところを返した。

 言われたギンはそれを反論とも思っていない様子だ。

 

「ソウ()我々(われわれ)ダッテ、エ・レエブルノ豪商タチニ、面倒ナ政治(まつりごと)丸投(まるな)ゲジャナイカ。」

 

 な!

 キーノは自身考えたこともなかったギンの言葉に絶句する。

 

「ツマルトコロ、支配者、統治者ヲ(もと)メルコト、ソレ自体ガ問題ナノデハナイ。

 ダガ、一度(ひとたび)絶対強者(ぜったいきょうしゃ)ノ支配ニ(あま)ンジテシマエバ、ソレハ容易ニハ(くつがえ)サレザルモノニナル……トイウダケノ(はなし)ナノサ。(わたし)タチト北辺(ほくへん)(たみ)(あいだ)ニハ、程度ノ()コソアレ、自分デハナイ(だれ)カニ厄介事(やっかいごと)丸投(まるな)ゲシテイル、トイウ(てん)ニオイテハ(おお)キナ(ちが)イガアルワケデハナイ。」

 

 ふとキーノは、<朱の薔薇>と()()したあの摩訶不思議な村のことを思い出す。

 

「ギンは……ド・クロサマー王国のように暮らすのを理想だと思っているのか?」

 

 トブの大森林とバハルス帝国に挟まれた辺境中の辺境にあって、人間も亜人も、不死者(アンデッド)までもが分け隔てなく、誰にも膝を屈せずに暮らす摩訶不思議な共同体。その印象が強く心に残っているのは、彼女が<朱の薔薇>への参入を決意したのが同地であったから、のみでは決してない。

 

「ソレハ……ドウダロウナ。

 アレハアレデ特殊(とくしゅ)(ケース)ダ、トハ思ウ。

 

 ソレニ、ダ。」

 

「それに?」

 

「アノ(むら)()マレルキッカケヲ(つく)ッタノハ髑髏様……」

 

 比類なき傲慢な骸骨、アインズ・ウール・ゴウン!

 

「オソラクハ<神隠(かみかく)シ>ト同一(どういつ)何者(なにもの)カ、ダ。

 デアルトスレバ、ソレハ絶対強者(ぜったいきょうしゃ)ノ支配ヲ()()レタノト、(なに)(ちが)ウノダロウカ?」

 

「でも、アイ……いや、髑髏様は支配者として村に君臨しているわけじゃないだろう?」

 

「コノ(さい)、ソコハドウデモイイ(こと)ダ。」

 

「……どうでもいい?」

 

(わたし)()イタイノハコウダ。

 百年()ワラズ(つづ)イタ……ト(おも)ワレル<神隠(かみかく)シ>ガ、ソノ真偽ハトモカク(いま)ココニ(いた)ッテ態度ヲ変化サセルノダトシタラ……」

 

「だとしたら……どうなんだ?」

 

「ソレハ……(わたし)タチノ(がわ)ニ、(なん)ラカノ変容ヲ(もと)メテノ(こと)、デハナイノカ。」

 

 なんと!

 

 キーノは目前にある、友人ガガーランの息子、父である武王(ぶおう)ゴ・ギンの性向を色濃く継いだ武辺者、とばかり思っていた大男の、(こと)(ほか)深い思慮に感服する。

 かく言うキーノ自身、アインズに、直接に感じられるその強大さと傲慢さの背後に、底知れぬ奥深い何かを感じないではなかったが、それが何であるかは(つい)ぞ計り知れなかった。言葉を交わしさえした自分ですらそうであるのに、その実在を未だ知りもしないこの混血(ハーフ)武妖巨人(ウォートロール)は、敏感にも同様の何かを感じ取り、さらにその先にまで思いを馳せているのか、と。

 

「……可愛らしかったおまえが、随分と大人になったものだな。」

 

 照れ隠し気味にキーノがそう言うと、ギンは体躯に似合わぬ屈託のない笑顔を見せた。

 

「アア、ボクハモウ()ドモジャナイヨ、イビルアイ小母(おば)サン。」

 

「この流れからの小母(おば)さん、はよしてくれ。

 自分の幼さに嫌気がさして死にたくなる……死ねないけどな。」

 

 キーノは自ら不死者(アンデッド)冗談(ジョーク)を口にして、年甲斐もなく緩んだ涙腺を誤魔化した。

 

 今は亡き戦友、ガガーランよ。

 おまえは、素晴らしい息子を遺してくれたな!

 

 

 

 一行は特に波乱もなく、目的地である国都(こくと)リ・ウロヴァールに到着した。

 

 途中、伯国とブルムラシュー侯国の丁度中間点辺りとなる見晴らしの良い原野で、顧客たちは気づかなかっただろうが、野盗にしては規模が大き過ぎる騎馬集団の伴走を受けたことに、もちろん<朱の薔薇>の面々は(みな)気づいていた。彼らの力量からして遅れを取ることはあり得ないが、もし襲撃を仕掛けられれば、隊商の規模から考えてまったくの無傷は難しかっただろう。

 幸いなことに、半日つかず離れずでいたその一団は、何もせずに西へと離脱していった。キーノは念のための単独追跡を申し出たが、隊商の護衛を最優先すべきこと、夜襲の前触れの可能性もあること、をリキウスとギンに窘められて断念した。

 

 結局何も起こらなかったので、リ・ウロヴァールに入都する時分には(みな)この出来事を忘れかけていたが、隊商の荷受け側であり、リキウスが以前に信用保証をおこなった縁もある商人から招かれて夕食を供された際、真相であるか否かはともかく、件の騎馬集団が何者であるかについて聞かされることになった。

 

 曰く、名前は明かせないがウロヴァーナ伯の遠縁に連なるあまり良い噂のない子爵家がある。代金の踏み倒しを重ねたがために当地を含めまともな商人は相手にしない家門だが、ちょっとした規模の私兵を囲っていて、これに近頃、隊商を襲って荷を奪っている嫌疑がかけられている。(たち)が悪いことには、子爵の私兵はウロヴァーナ伯軍の中軸をも担っているため、この疑惑に真っ向から事を構えることの出来る者が、伯自身を含めて当地にはいないらしい。

 これが不足気味の食糧事情にさらに拍車をかけることに心を痛めたさる男爵が一計を案じた。道楽から帝国の嗜好品を求める(てい)で隊商の出資者に名を連ね、その利ザヤで護衛の冒険者調達を可能とすることにより、子爵私兵と直接対立することなくその略奪行為に歯止めをかけられないか、と。

 

「その男爵から相談を受けたのがかく言う私でして。

 すぐにリキウスさんのところのギンさんを思い出しまして、<朱の薔薇>を推挙させていただいた次第です。よもやギンさんが頭一つ抜きん出て目立っている隊商に、仕掛ける馬鹿はおるまいと……ご迷惑だったでしょうか?」

 

 からりとした調子でそう言われてしまえば、リキウスたちには返す言葉もない。

 

「こうしてお話ししたのは、よもやないとは思っておりましたが、万が一にも連中と対峙して悉く討ち取る、などということをなさいますと、その(さき)どのようなことになるか皆目見当もつきませんので、事情を承知しておいていただきたかったがため。男爵のお立場もありますので、どうか胸一つに(とど)めていただけますよう。」

 

 道中、騎馬集団の単身追跡を申し出た時点では、野盗であるようならば一網打尽に片付けてやろうか、などと考えていなくもなかったキーノは、(ひたい)に冷や汗を浮かべた。

 それ以上に、所詮貴族の放蕩と踏んで勝手に不愉快を覚えていた今回の依頼の資金源に、思いもよらぬ深慮が隠されていたことを知り、ただ貴族というだけで否定的(ネガティブ)な判断を下していた自身の短慮に恥じ入らざるを得ない。なかなかどうして、腐敗貴族の吹き溜まりに見えた伯国であっても有徳(うとく)の士は隠れているものだ。

 

 否。

 

 とキーノは、ギンに倣ってもう一歩考えを進めてみる。

 

 有徳(うとく)の士は隠れていたわけでは決してない。そういう者がいるかも知れない、ということに思いが至らず、見ようともしていなかっただけで、実はそういう人々は思っている以上にたくさんいるのではないか。

 男爵がそうであるように、彼らは決して自ら剣を振るったり魔法を行使して事に当たるわけではないだろう。が、彼らの手の届くやりかたで、否、彼らにしか出来ないやりかたで、少しでも憂き世を良い方向に持ってはいけないか、とそれぞれに足掻いているのではないのか。

 思えば、採算ギリギリを承知の上で、北辺の食糧不足をこれ以上深刻化させまじとこの仕事を受けた<朱の薔薇>だって、その点においては思いは同じなのではないか、と。

 

 これが……ギンの言う、<神隠し>たるアインズ・ウール・ゴウンが私たちに求めている変容、なのだろうか?

 

 

                    *

 

 

「な……何が起こってるんだ!」

 

 (おおやけ)にはウロヴァーナ伯軍第二騎馬大隊長、今この瞬間はその身分を示す徽章を隠して野盗の頭目をやっていてそちらの方が本来の性分に合っているその男は、目前で繰り広げられる意味不明な光景に困惑の声を上げた。

 

 旧王国の伝統を引き継ぎ、伯軍は常備軍ではない。ウロヴァーナ伯爵と封臣契約を結ぶ貴族家の私兵が、必要に応じて編成されるものだ。その中にあって、男の所属する某子爵配下の軍団は成り行きから肥大化を重ね、気付いたときには子爵家の税収で養い得る規模を超過してしまっていた。

 この一年は、無法な略奪で糊口をしのぐことが増えて来ている。これも、何か明確な意思決定を経てそうなったものではなく、長く<神隠し>の名で呼ばれた問答無用に悪人を屠って歩くという化け物の噂が途絶えたことを受けて、なし崩しに始まった習慣のようなものに過ぎない。

 

 この日も、数日の隊の糧食を賄える程度のつまらない獲物ではあるがないよりはまし、と手下を号令して襲い掛からせた十数頭の荷馬(にば)を連ねた野営明けの隊商。護衛らしき者の姿も見えず、囲んでさえしまえば為すすべもなく(くだ)るものと(たか)を括っていたが、一向に片が付かないばかりか、隊商を囲む分隊からは一定間隔で千切(ちぎ)れた手足や頭が輪の外へ向かって飛び出し続けている。

 一頭、また一頭、と騎乗者を失って何処かへ駆け去る軍馬を見て、男は漸くさきほどから飛び散る人体が、哀れな隊商の一員のものではなく、自身の部下のそれだということに気づいた。ほぼ同時に、獲物を囲んでいた分隊のうちまだ五体満足な者たちが、男の指示を待たずに四方八方へと散開し始めたが、その背後を(おそ)るべき速度で襲う黒い影がある。

 

 黒い影、に思われたそれは漆黒の溝付全身甲冑(フリューテッドアーマー)。従者に付き添われ騎乗しているものならともかく、それは確かに己の足で歩み……否、信じ難いことではあるが重装備を物ともせず()()ており、しかも、逆に騎乗して逃げている男の部下の背後へと追い縋る。

 そして、追いつくや否や振るわれる身の丈ほどの大剣。あろうことか甲冑はその大剣を両の手に一振りずつ計二本掴んでいて、まるで軽業の小刀(ナイフ)か何かのように飄々と振り回す。

 動きは小刀でも、その刀身は常人では持ち上げることすら叶うまい大質量の重器だ。かすりでもしようものなら、そこから部下の体は千切(ちぎ)れ始める。手が、足が、頭が飛ぶ。(なか)には、肩口から入って腰下(こしした)まで、体を左右に一刀両断される者すらも。

 

 男は不意に、自身の背後にあるはずの直衛の気配がないことに気づく。振り返り見れば(みな)既に彼を守備する任を放棄し轡を返して逃げ出しているではないか。だが、それを責めたところで益はなし。自分もいち早く逃げ去ることだ、と手綱を引くが、乗馬もまた目前に繰り広げられた惨劇に怖気たものか男の意思に従わない。視線だけを逃げ出したい方向へ向け、逃げ去る部下の背中を見つつ力づくに綱を引くも一向に馬は動かない。

 そうこうするうちに、男は一陣の風が自身の真横を背後から吹き抜けていくのを感じた。否、風に(あら)ず。かの漆黒の甲冑が、なお増して恐ろしい速度で彼を見捨てた部下を追って、わはははは、と高笑いしつつ駆け抜けていくではないか。

 

(ふん、私を置いて逃げ去った報いだ!)

 

 あっという間に甲冑に追いつかれ、血飛沫と共に飛び散る部下の体の部位を認めながら、男はまるで勝ち誇ったかのようにそう言い捨てて……声が出ないので、そう言い捨てた気分になって、が正しいが……現実から逃避した。

 と言うのも、さきほど甲冑が自身の真横を通り過ぎたとき、何かが……大質量の何かが自分の胸元少し下の体内を真一文字に横切ったような気がするからだ。おそらく、体を少し捻ってみれば何が自身に起こったのかはたちどころに判明する。しかし、それを知って何の益があるだろうか。最早すべては手遅れだ。

 

 嗚呼、景色が斜めに崩れ落ちる。

 

 

                    *

 

 

 <朱の薔薇>の一行は、決して多くはないエ・レエブルへの復路の荷が整うまで、商家の離れを借りてしばしの休息を取った。

 キーノとギンが思いを馳せたアインズの真意が買い被りに過ぎることを(あか)しする話……無論、彼ら自身はその連関を知る由もないのではあるが……が、耳が早いことが自慢の双子忍者の片割れクゥイアによってもたらされたのは、四日目の夕刻のこととなる。

 

「例の騎馬集団が討たれた……っていうのか?」

 

 リキウスが突然大きな声でそう問うたので、得物の手入れをおこなっていたキーノとギンも自然と会話に加わった。

 

「リ・エスティーゼからの隊商を襲って返り討ち。三十から四十騎が全滅。」

 

とクゥイア。

 

 はて、リ・エスティーゼの冒険者たちも決して馬鹿に出来たものではないことは承知しているが、とは言え、ちょっとした軍隊規模の騎兵集団を返り討ち、しかも全滅させるほどの手練(てだ)れな集団(チーム)などいたものだろうか。

 騎兵は騎乗しているからこその騎兵であり、たとえば彼ら<朱の薔薇>がそういった集団と対峙したとして、護るべき対象を一箇所に集め適切に五人で防御線を組めば被害は最小限に食い留めることは出来る。ギンの戦槌(ウォーハンマー)やキーノの<雷撃(ライトニング)>を以てすれば、二、三騎を一撃で行動不能へ陥れることも難しくはない。

 が、問題はその(あと)だ。騎馬の機動性は決して馬鹿に出来たものではなく、残った連中に周囲を駆けつつ飛び道具を放たれれば反撃は容易ではなくなるし、よしんば敵の戦意を折ったとして、逃げ散られればこれを悉く討ち取るなどということは到底不可能だ。

 

 あるいは、あのエリュシオンと名乗ったリ・ロベルの触れ得ざる者たちか?

 

 リキウスは不思議な縁で知り合った恐るべき力を備えた五人組を脳裏に思い浮かべた。連中ならば、数十騎を一時(いっとき)に討ち取るなどという人外の(わざ)を為すやも知れない。が、話を聞くにつれどうやらそれは杞憂であるようだった。だからといって、心安らかに聞くことの出来る内容ではなかったのだが。

 

冒険者(ヴェンチャー)じゃなくて行きずりの旅人。」

 

 クゥイアが仕入れてきた話によれば、事件が起こったのは昨日の払暁。

 

 問題の隊商は食料と日用品のみを運ぶ小さな集団で、予算の都合でこれといった護衛を連れてはいなかったらしい。リ・ウロヴァールまで残すところ二日、という距離で夜営を片付けているところに騎馬集団の襲撃を受けたが、たまたま通りがかった二人連れの旅人が火急を救ったのだとか。

 危機を脱した隊商が、大慌てで昼夜を継いでリ・ウロヴァールへ駆け込んだのが今日の昼頃。その尋常ならぬ様子が町衆の関心を集め、問われるままに語った顛末が早くも人口に膾炙しているのだそうだ。

 

「街は<漆黒の英雄>の噂で持ち切り。」

 

「……(なん)ダ、ソノ<漆黒>……ト()ウノハ?」

 

「旅人に付いた二つ名。本人は名乗らず立ち去った模様。」

 

 助っ人した旅人の一人は漆黒の全身甲冑を纏っており、隊商の面々が誰からともなくその人物を<漆黒の英雄>と語ったものらしい。

 

「たった二人で数十騎の騎馬を返り討ち……だと?」

 

 キーノは首を傾げる。甲冑を着込んでいるからにはその人物は魔法詠唱者(マジックキャスター)ではないのだろうが、いくら手練(てだ)れであったとしても腕力だけでそんな芸当が出来るものだろうか。どんなに強い剣士であっても疲労しないはずはない。機動力を騎馬に任せる騎兵を相手にであれば尚の事だ。

 

 あるいは、連れのもう一人が魔法の使い手だったか?

 

()ったのは<漆黒の英雄>一人。身の丈ほどもある両手剣(グレートソード)の二刀流。」

 

「ハ?」

 

 これにはギンも首を傾げる。彼自身、並の人間ならば三人掛かりでようやく持ち上がる戦槌(ウォーハンマー)を片手で振り回せる猛者ではあるが、無論それは極限られた局面での話であって基本は両手持ちだし、ましてやこれを二振り同時に扱うなどということは考えたこともない。両手剣を片手で扱う義兄弟、ド・クロサマー王国随一の妖巨人(トロール)戦士ゲ・ガンもこれは同じだろう。

 

「もう一人、は何者なんだ?」

 

 キーノは、その旅人の連れが凄腕の魔法詠唱者で、何らかの強化支援(エンチャント)で漆黒の英雄とやらに化け物地味た力を付与したものではないか、と疑っている。しかし、クゥイアが聞き込んできた人物像は、どうもそうではないようだ。

 

「夜会巻きの美人さん。」

 

「「「ハァ?」」」

 

 リキウス、ギン、キーノの三人がほぼ同時に呆れた驚きを返した。

 

「隊商の話では、彼女は見てただけ。

 ご丁寧に、怪談紛いの()()付き。」

 

「オチ?」

 

「隊商の一人が、彼女の頭が取れて転がったのを目撃。」

 

 駄目だこれは、とリキウスは嘆息する。

 

 これでは爆砕執事(セバス)の都市伝説と同じだ。名乗りもしない戦士が隊商を助太刀して立ち去った、という話の衝撃(インパクト)が独り歩きして、面白可笑しくするための誇張が加わり過ぎている。こうなってくると、その旅人が撃退したという賊の規模についても話半分に聞かざるを得ないだろう。

 

 実のところ、隊商から発して街中を席捲している噂は実態に即した誠実極まりないものであるのだが、まぁ、言葉通り信じろ、というのが土台無理な話であることは否定はできまい。

 

「しかし……その騎馬集団が件の子爵の息のかかった連中ならば、ちょっとした騒ぎになるんじゃないのか。」

 

 一つ間違えれば自分が踏んでいたかも知れない地雷にキーノは懸念を表明するが、案ずるには及ばず、と否定したのはギンだ。

 

「モシ、コレヲヤッタノガ()(とお)ッタ我々(われわれ)デアレバ、子爵トヤラハ背後ニイル商人ヤ男爵ヲ()()メテ、(なに)仕掛(しか)ケタカモ()レナイガ。」

 

 と、ここでリキウス、クゥイア、クゥイナの視線がキーノに集まる。

 

 あー、わかってるからそんな目で見ないでくれ!

 

(とう)ノ本人ガ()キズリノ名前モワカラン行方知(ゆくえし)レズデ、シカモ町衆(まちしゅう)(あいだ)(すで)ニ<漆黒ノ英雄>ナドト(うわさ)ニナッテイレバ、子爵ハ騎馬集団ガ自身ノ係累デアルコトスラ(みと)メナイノデハナイカナ。」

 

「クゥイア、その危急を脱した隊商のただいまの居所(いどころ)はわかっているのか?」

 

と尋ねたのはリキウス。

 

 クゥイアは敢えて答えず両の手の人差し指を隣に立つクゥイナに向けた。

 クゥイナは、いつものように黙ったまま、やはり指で円を作って是と答える。

 

「リキウス……()エテ火中(かちゅう)(くり)(ひろ)ウカ?」

 

 たちまちに意を察したギンがリキウスに問う。これまたいつものように、嗜めるかのような口調ではあるが口元には笑みが漏れており、既に同心の模様。

 

「火中の栗、になるとは思ってないが、その阿呆な子爵の手の(もの)が隊商の(かどわ)かしを試みるようなら、その邪魔くらいはしてやってもいいかな、と。」

 

 問題の子爵が、生還して市中に一連の噂を広めた隊商を逆恨みする可能性はある、と言うか、それこそが(じつ)の伴わぬ面子(めんつ)にこだわりがちな不良貴族どもの普遍的な思考様式だ。

 そう考えたリキウスとギンは、背景に気づいている自分たちに出来ることは、せめて当地に留まっている間だけでも問題の隊商をそれとなく保護することだ、とまったく同じ結論に達していた。

 

「そういうことなら、それは私が請け負おう!」

 

 一拍遅れてようやく話の筋を理解したキーノが、ありもしない胸を張ってそう言う。

 

「何かあるとすれば今夜だろ。私なら夜を徹して張り込みしても平気だし、万が一隊商を襲う賊があれば……」

 

 スッとクゥイナがキーノの横に立ち、首掻っ切るぞの手振り(ジェスチャー)

 

「んなわけないだろ!

 <魅了の魔眼(まがん)>で回れ右、だ。」

 

 改めてクゥイナが自分の顔で吊り目(イビルアイ)を作る。

 

「そう、そっちだ!」

 

「ではそこはキーノにお願いしよう。

 オレは念のため、ここの(あるじ)に話を通しておく。」

 

 結局、その夜も翌夜も隊商が投宿した商館に異変はなく、逆に件の男爵と商人を通じて子爵が知らぬ存ぜぬを貫いているらしい話が耳に届き、これ以上の監視継続は不要と彼らは判断した。

 

 無駄な試みであった、と言ってしまえばそれまでだが、労を買って出たキーノも含め、たとえそれが自己満足に過ぎないのだとしても、男爵や商人がそうであったと彼らが信じるように、手の届くところから出来ることをやっていくのだ、とする自分たちの()(よう)には納得した上でのことである。

 

 

 

 荷が整ったので翌朝出立、が<朱の薔薇>に(しら)されたのは、キーノが二度目の寝ずの番に出ている間のことで、六日目の朝には一行はエ・レエブルを目指して街道を南下する旅人となった。やはり最後尾で殿を務めつつ、先を行く仲間たちの背中をぼんやりと眺めているキーノは、リ・ウロヴァールでの一連の出来事の再咀嚼をおこなっている。

 

 気になるのは、噂の<漆黒の英雄>とやら。

 

 <神隠し>にまつわる諸々の話を含め、こういった噂話につきものの誇張を好まないリキウスは、頭から漆黒の英雄とされた人物が成したとされる人間離れした(わざ)のみならず、そもそも本当に実在したのかに至るまでをも疑ってかかっているが、曲がりなりにも<神隠し>たる死の支配者(アインズ・ウール・ゴウン)の食客となっていたキーノとしては、必ずしも漆黒の英雄とやらの派手な暴れっぷりに違和感は覚えていない。

 むしろ常識外れの膂力を振るったとされるその人物は「おまえが垣間見たナザリック地下大墳墓などほんの一部の一部に()ぎん」と言い切ったアインズの、キーノが知る機会を得なかった眷属の一人ではないか……流石のキーノも、漆黒の英雄がアインズ本人ではないのかと、疑うほど他者不信には陥っていないらしい……などと考えてみたりもしている。

 

 しかし、仮にそうだとして、その動機はなんだ?

 

 キーノはアインズを極めて偽悪的な人物、と感じている。

 

 見た目や口調、態度こそ大魔王(ぜん)としているが、どうして意外に聡明かつ寛大で、細やかな気配りさえ感じさせられたこともある。大筋においてやること為すことが大雑把で力任せであることは否めないが、同様にこの世界において抜きん出た強者である白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーにも似たところがあることを思えば、それは強大な力を有する者としては仕方のないことなのだろう。

 

 見る人から見れば、キーノだってその(たぐい)だ。

 彼女自身にはその自覚がいささか欠けているようではあるが。

 

 それはともかくとして。

 

 アインズとその眷属がしばしば問答無用に屠って歩いている相手が、誰しもが悪党と認める連中であることはわかる。が、殺すことそれ自体が目的であるならば(つゆ)知らず……(じつ)はそうなのだが……ナザリックの連中が誰に頼まれたわけでもないのに悪党退治を黙々と続け、しかもその功を誇る様子もなく、そもそもその存在に気づいているのはキーノの知る限りは自分とツアーだけ……ギンたちがフールーダの残留思念から話を聞いた、というのが本当なら、その辺りの連中も完全にではないが何か察してはいるのだろう……というのが、キーノにはどうしても腑に落ちなかった。

 

 ギンに窘められたように、いくらこの辺りの治安維持に一役買っているからといって、アインズの支配に甘んじるなどということは考えたくもないが、当のアインズたちナザリック地下大墳墓は、その気になればこの世界を征服することすら容易く見えるにも関わらず、それを試みる様子は一向に見られない。

 

 少なくとも百余年前から当地で暗躍し続けているにも関わらず、だ。

 

 スレイン()国の政変は、ひょっとするとそういった意図を含んだものである可能性はある。

 

 が、今のところは、国家元首の座に就いた人の子シロクロについて悪い噂は聞こえてこないし……情報操作の達人(デミウルゴス)が背後で糸引いているのだから、都合の悪い話など漏れ出しようもないゆえ、なのではあるが……国の実情も、少なくともそこに暮らす民の視線で見る限りにおいては良い方向へ向かっているように聞いている。

 そして、表立って語られることはないものの、人の子に捧げられる<神殺し>の二つ名は、明らかにアインズを打ち倒したことを匂わせるよう仕組まれたもの、としか思えない。

 であるとすれば、アインズはその虚報を以て故意に自身の存在をこの世界の住人からより隠そうと目論んでいることになる。ナザリックの偏執狂的とも言える防諜体制も、これに通底したものと言えよう。

 

 この世界の秩序維持に少なからず骨折りながら、ひたすらに自身の存在を隠そうとする無比なる強者たち。

 

 リ・エスティーゼからの隊商を助っ人しつつ、名も告げずに立ち去ったとされる漆黒の英雄もこれについては同様ということになり……それにしてはやることが派手に過ぎると思わなくもないが……自身が直感的に連関を疑ったのは間違ってはいない、とキーノは確信を深めた。

 

 が。

 

 で……あいつらは結局、何がしたいんだ?

 

 根本的な疑問には答えが得られない。まさかあのアインズ・ウール・ゴウンとナザリック地下大墳墓が、行き当たりばったりに事運んでいようはずもないのに……いや、実態としてはまさにその通りなのであるが、ギンの深読みに引き摺られて、キーノは、アインズには何か自分では考えもつかない深慮遠謀があるに違いないのだ、と思い込みつつあった。

 

 こういった背景もあって、エ・レエブルへの帰投後ほどなくして起こった前代未聞の世界的災厄に際しても、キーノはその背後にアインズ・ウール・ゴウンの計り知れぬ意図が隠れているのではないか、と無駄に勘繰り続けることになるのである。

 





<次話予告>

 誰も想像しなかった未曾有の事変が突如世界を覆い尽くす。

「本日もお日柄(よろ)しく、祝着至極と存じ居り御座候(ござそうろう)。」

(なれ)()川止女天(つとめて)與利(より)奈尓加(なにか)散和加牟(さわがん)。」

Je ne comprends pas(わからん)...」

「ダヨネー、本気(マジ)(マンジ)。」

 そしてアインズにも未体験の恐怖が襲いかかる!

「ア……アルベドォ!
 あ、頭の中に……頭の中に……」


 憶持のオーバーロード第4話『バベルの災厄』


 もー、かわいいんだからぁ、()()()()ったらぁ!

 女淫魔(サキュバス)の見る夢はいつも底知れず黒い。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。