「モモンガさん、データクリスタルの減りがおかしいんだけど。」
と、当時ナザリック地下大墳墓宝物殿の事実上の管理者になっていたギルメン、源次郎から相談を受けたのは、ナザリック攻略からギルド設立が一段落して、皆がNPC創造に勤しんでいた時分の最末期であった、とアインズは記憶している。厳密に言えば、玉座の間で交わされたその会話が<アインズ・ウール・ゴウンの
ユグドラシルからの転移者の宿命として、ごく限られた期間の記憶しか維持できないアインズではあるが、その存在が<アインズ・ウール・ゴウンの日誌>をフレーバーテキストとして顕現している関係上、転移後百余年を経た今であっても、きっかけさえあればあの黄金の日々のことは昨日のことのように思い出すことができた。
アインズ……当時のモモンガは、ギルドの共有財産であるデータクリスタル蕩尽の犯人が稀代の錬金術師タブラ・スマラグディナであることは大凡見当をつけてはいた。が、とにかくタブラは一癖も二癖もあるギルメンの中でも突出して扱い辛い人物であったので、他のギルメンがこれを問題視して騒ぎ出すまではギルド長権限で黙殺しよう、と決めたのである。
が、ニグレドの言うところの「可愛くない方の妹」、アルベドにとっても妹に当たるルベド……は、厳密にはNPC、というよりはむしろ武器、兵器に近い存在であり、その稼働が宝物殿の金貨を際限なく消費することから転移後は封印されたままになっている……が皆にお披露目された時点で、その余りに
だがしかしそのときも、ギルドきっての吝嗇家であったモモンガ、すなわちアインズは、
「それにしても、いくら何でも使い過ぎでしょ。」
とは思っていたのである。これもまた<日誌>に、円卓の間でモモンガが盟友ウルベルト・アレイン・オードルとペロロンチーノに対し、遣る瀬無くそう発言したことが記録されていた。
「まさか百年以上経って、こんな真相を知ることになろうとは……」
アインズは感嘆とも感歎ともとれる深い溜息をつく。
実のところ、ルベドの規格外の性能を引き出したに見えたデータクリスタルの浪費はその半分弱に過ぎず、残りはすべてアルベドに
タブラ・スマラグディナの博覧強記はつとに知られていたが、自身数ヶ国語に通じていたタブラは、
「とすると、ルベドのあの作り込みも、アルベド錬成にデータクリスタルを注ぎ込むのを
タブラさんらしい、と言ってしまえばそれまでだけど……ヒドいなぁ。」
アルベドが予想したように、デミウルゴスが日記の形で記録し続けたナザリックの記憶から自在に知を引き出すシズ・デルタに命じれば、たちどころにアインズに対して英語で<
ナザリックに百年遅れてこちらへ渡って来たユグドラシルからの来訪者、エリュシオンのデイヴィッド・ホーソン、通称ピー。アインズを逆恨みしたリ・エスティーゼ王国の公女ラナーに
ユグドラシルにおいて、ただ一人自身のギルドに籠っていたデイヴィッドは
「流石、有名ギルドの
とアインズに言い放ったことが、
アインズたちはこちらに転移して来てすぐに、この世界では何らかの魔法的な作用により、言語を用いる存在との間で話者の意思とは無関係に会話が自動翻訳されることには当然気づいていた。
が、ナザリック勢の主観からすれば、それは単に彼らにとっての母語、日本語ですべての用が足りる、という極めてご都合主義的な体験として認識されていたため、なぜそうなのか、いつからそうなのか、今後もそうなのか、といった探求を強いておこなおうとした者は、アインズを含め皆無であった。
なのでデイヴィッドが、自身は英語で会話しているつもりであり、アインズの言葉も英語に翻訳されて聞いていた、という事実は、その時点では驚きを以て迎えられ、ゆえにこうしてデミウルゴスの日記にも記録されることとなったものである。
これを記録したデミウルゴスは、一様に日本語で会話可能なこちらの世界の原住民が用いる文字言語体系が存外多様であることに既に気づいており、日記の同じ頁に当時おこなった思索を書き留めていた。
曰く、我々が体験している<翻訳>は、日本語とこの世界の共通言語の間でおこなわれる翻訳
加えてこうも。
この世界が開闢以来こうであるのか、何者かの意思によってこのような性質を与えられたものかは知る由もないが、ここに、ただ強大なる力のみならず、輝かしき英知と尽きることなき慈愛を秘めた我らが至高の
この下りを聞かされたアインズが思わずペカらざるを得なかったのは言うまでもない。
「
とアルベドに言われて、ブンブンとアインズは空っぽの頭蓋骨を勢いよく横に振った。
<
一方当のアインズ本人は、ナーベラル・ガンマで試みる方がまだマシだろう、と思っている……のではあるが、それを立場上口にし辛いのはいつものことである。
「……アルベド、一緒に来てくれるか?」
「もちろん何処にでもご一緒しますが、どちらにでしょう?」
「ピーのところだが。」
「「アインズ様!」」
これには、本件にどう対処するかを議すべく集まっていたアルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクター、いわゆるナザリックの
「よもや彼らが今更父上に敵対し陥れんと謀る、などとは思いませんが、何も至高の
「パンドラズ・アクターの申す通りで御座います。直接の会話をお望みとあれば、ご下命下されば縄打って連れて参りましょう!」
と二人の鼻息は荒い。
うーむ、とアインズは唸る。
そもそもアルベドを伴ってピーたちのギルド拠点エリュシオンを訪ねよう、などと考えた直接の理由は、どうした事情からかはわからないが、英語でしか会話が出来なくなっているように思われるピーに<伝言>するのがただただ怖いからなのだが、それを打ち明けることが出来るほどアインズは
どーせ言っても冗談か何かだと聞き流されて、信じてもらえないに決まっている。
「おまえたちの言うことはわからんでもない。」
考えろオレ。
考えるんだ、何かうまい言い訳があるはずだ!
「まず……そう、アレだ!
連中のギルド維持資金を出してやったのはオレだ。よもやそれを忘れるほどあいつらは恩知らずではあるまい。」
しらー、とした視線がアインズに向かう。
彼らとてユグドラシルからの来訪者。もう五年も前の話は忘れているに決まっているじゃないか、と。
「あー、それはアレだ!
日記をつけることの重要性はピーの頭が切れそうな
デミウルゴスの日記にそう書いてあるだけで、もう顔も名前も覚えてないけどな。
「あと、ほら、アレだ!
あれ以来、連中はオレたちに何か頼ってきたりしたことはなかっただろ?
それが急に連絡してきたんだから、余程何かに困ってのことかも知れないじゃないか!」
アルベドもパンドラズ・アクターも、それがどうした、という顔をしている。
そりゃそうだわな。
「それからアレだ!
そんなのいくらでも回避策はあるんじゃないですか、と言いたげな視線が突き刺さり、ついにアインズは降参の白旗を上げる。
「ゴホンッ……何よりだ!
いきなりオレに英語で<伝言>してくるやつがいる、というのが気に喰わん。
意味わからんし。
怖いし。
アルベドを連れて一度面通ししておけば、今度からは火急の要件があればアルベドに……連絡してくるだろ?」
あー、言っちゃったよオレ、とアインズは心持ち肩を窄めて小さくなりつつあったが、基本的には創造主であるアインズの心の平穏以外には存外関心が薄いパンドラズ・アクターは「なるほど!」と手を打って、
「それは名案ですな!」
と納得した様子。逆にアルベドは、キッと尖った視線を他人事を決め込んでいる同僚に向ける。
「あら、あなたがそのお得意の似非独逸語で応対してもよろしくてよ。
同じゲルマン系言語だから案外通じるのではないかしら?」
あぁ、アルベドは独語もわかるから、パンドラズ・アクターのアレが単に耳心地のいい成句を言ってるだけだと
そんなことを考えながらさらに小さくなっているアインズがふとパンドラズ・アクターに目を向けると、彼もまたバツが悪そうに小さくなっている。なんだ、痛いとこ突かれてんじゃねーか、おまえも!
「ア……アインズ様!」
と、ここで、これまで珍しく黙り込んでいたデミウルゴスが声を発した。
「し……至高の御身にご足労をおかけするのは誠に恐縮ながら、私もアインズ様が
ん?
何だか様子が変だぞ?
アインズは最も頼りとするナザリック参謀デミウルゴスの、常ならぬ自信なさげな口調に違和感を覚える。デミウルゴスは、アインズの狩りには協力的ではあるが、それ以外の探索をアインズ自らおこなうことについては、ときにアルベドやパンドラズ・アクター以上にいい顔をしないくちであったはずだ。
「理由……を聞かせてくれるか?」
それでもアインズはデミウルゴスの智謀に絶対の信を置いているので、自分が気づかなかった
が。
「り……理由。
で、御座いますか?」
普通この流れであれば、デミウルゴスからはアインズが考えてもみなかった筋の通った説明が、アインズ様にはご承知のこととは存じますが、の買い被り甚だしい定型句を添えてなされるはずだ。
だが、今のデミウルゴスは、薄気味悪いことに即答しないばかりか言葉を濁してさえいる。
「デミウルゴス……おまえ、大丈夫か?」
流石のアインズも心配になってきて、そんなことあるまいとは思いつつも、どこか具合が悪いのではないかとデミウルゴスに気遣いを見せたが、問われたデミウルゴスの
「……不才の身にして、アインズ様のお考えの理由など……推察のしようも御座いません。」
と、わかったようなわからないような返答。
だが、今は敢えてそこは問うまい。
アインズにとって目下喫緊の課題は、ピーに自ら英語で<
自分はナザリック地下大墳墓の主人なのだから!
「デ、デミウルゴスも同意してくれていることだし……今回はオレの我儘、ということで許してくれないか?」
デミウルゴスの同意はともかく、アインズの我儘だ、と言われるとアルベドは弱い。
かくして、しぶしぶではあるがアルベドもエリュシオンを訪ねるアインズに同行することに同意した。
やった、危機は回避したぞ!
と、アインズは内心北叟笑んだのだが。
「では、台詞は私が考えてご用意しますのでデイヴィッドとやらに<
とアルベド。
「……え?」
と固まるアインズ。
「急場凌ぎにお教えした言葉では御座いますが、アインズ様は御身の口で『
結局やらされるのかよ!
「やらなきゃ駄目?
あ、そう。
……やっぱり駄目?
わかった、わかった。やるから!
やるぞー、オレはやるぞー!
英語なんか怖くないぞー!
……ゴクリ。
<
あー……その……なんだ……
アレだ。
あー、あー、ゴホッ、ゴホッ!
あー、でぃ……
あ、
ピー?
あー、ちょっと待って……は伝わらんよな。
何だったっけアルベド?
あー、そうそう。
あ、ピー?
あ……あい……
……いえーす、いえーす、らいなう……おーけぇ?
おー、おっけー!ぐっど、ぐっど、さんきゅー
プツッ……バタン!
<伝言>が切れると同時にアインズは受け身も取らぬまま仰向けに倒れ、慌てて駆け寄るデミウルゴスとパンドラズ・アクターを余所に、ただ一人アルベドだけは、
(アインズってば、ちょーかわいぃー!
……あらやだ、
と萌えを堪能していた。
以降しばらくの間、アルベドの中でお楽しみの最中に突然卑猥な外国語で応じてアインズをテンパらせる遊びが
*
ナザリック勢がこんなことをして遊んで……本人たちは至って真面目にやっているつもりではあるのだ……いる間にも、ガ・ギンが憂慮したところの「地味な大騒ぎ」は、じわりじわりと世界を覆いつつあった。
リ・ウロヴァールではちょっとした暴動が起こった。
発端は、件の不行状の子爵である。
先手を打とうと、
似たような騒ぎは北辺の旧貴族領のあちこちで起こっており、力なき一部の人々は帝国自由都市群を目指して移住を開始し、また、一部の気概ある人々はこの期に貴族門閥を一掃し、自分たちの手で共和政体を立ち上げんと暗躍を開始している。
バハルス帝国は、存外平穏であった。
無論、国家を運営する官僚たちの中でも目聡い人々、特にフールーダの残留思念とその志を継ぐアルシェ・フルトの覚え目出度き辺りは、どうやら未曾有の何事かが世界に生じているらしい、ということに気づいてはいる。
エ・ランテル南方にスレイン報国に睨みを効かせて常時展開する帝国三軍のうち、一軍が休暇名目でエ・ランテルに引き上げられた。この
一方で、帝国市井一般の人々はそもそもこの異変に気づくことが稀であった。これは、只今の帝国の礎を築いた鮮血帝ジルクニフ一世が、その晩年を帝国の教育制度の拡充に捧げた結果、必ずしも均一でなかった帝国の国語の標準化と識字率向上がかなり進んでいたことによる。
この点ではスレイン報国も同様で、目に見えての混乱は生じていないが、折しも進んでいたエイヴァーシャー大森林の
さりとて、報国中間官僚たちの間で「斯々然々の事態となっておりますが、如何取り計らえばよろしいでしょう」などと頼みの国家元首人の子にお伺いを立てることが自殺行為であることは既に不文律として周知されていたので、板挟みとなった彼らは文字通り死ぬ気で問題解決に当たる他なく、根が優秀な彼らはきっと何かを成し遂げるのであろう。
むしろこの時期、不穏の度合いを大きくしていたのは、ローブル聖王国とアーグランド評議国である。
ローブル聖王国自体は人間種の国家であり、言語的にはほぼ均質ではあったが、歴史的、地勢的理由から南北が政治的にも経済的にも分断されており、彼ら自身自覚がないままに言語の分化が進んでいた。<翻訳の神秘>の喪失がこれを露呈させた
加えて、
アーグランド評議国はそれにも増して深刻で、国家機関がそもそも異種族混交で構成されていることから、<翻訳の神秘>の喪失は即座にその議事進行を不能にしてしまった。それでも、長い異文化交流の歴史を有する同国の指導層はたちまちには混乱に陥らず、こういった不測の自体に備えて囲い込んでいる彼らの権威の象徴、評議員たる
が、求められた竜王たちも<翻訳の神秘>の恩恵を受けていたことに変わりはなかったのである。
(ん?)
その日は以前から予定されていた評議国議員から議会報告を受ける日であったので、彼らの来訪を驚く理由を
評議国において竜王の立ち位置は、統治者、では決してなく、共和政体を採る異種族連合の後ろ盾、でしかない。すなわち、評議国に参加する各種族は、異種族が長い歴史を通じて共有する掟の間隙を縫って自種族のみに有利な政策を推し進めてなどいないのだ、という相互信頼を、絶対的な力を有する竜王の監視、監査の目によって担保している。議会報告に対し竜王が苦言を申し立てなかったこと、そのことが議会議決の正当性を保証する
ゆえに、ツアーがその巨体を起こして注目する、という所作そのものが、只今報告されている国事に何らかの疑義あり、との竜王の判断を含意してしまうので、基本的にツアーはよほどのことでもない限り報告中は指一本動かすことすら遠慮しているのであるが、そんなツアーであってもこの異変には体を起こさざるを得なかった。
そのような背景があるので、ツアーは自身が視線を向ければ、何はさておき報告者は
ここに至ってツアーは、何らかの異変が生じたことを確信するに至り、大きな手の平で発言者を制した後、今後の対応を協議すべく居城を離れて別の竜王を訪ねてみることにしたのである。
が。
これがさらなる混乱に彼を突き落とす結果となった。
訪ねた
*
「
この時点では、アインズはもちろんその意味がまったくわからなかったのだが、後で振り返って、ピーの第一声がこうでなかったら、かくも
苦し紛れにアルベドを伴ってのエリュシオン訪問を決めたものの……結局最も回避したかった事態は回避し損ねたので、最早何の意味もなくなっているような気すらしないでもないのではあるが……何かの拍子にアルベドが臍を曲げ、エリュシオンの面々の首を悉く
が、ピーのこの発言以降、少なくとも、主役であるアルベドは終始ご機嫌であった。
今回の訪問に同行したのはアルベドと竜人の執事セバス・チャンのみ。エリュシオン側は、ピーの他には
固辞して譲らぬセバスを除き、ギルド拠点エリュシオンにおける円卓の間に当たるのであろう無装飾ながら清潔感のある一室で、ナザリック勢とエリュシオン勢は円卓に二つの弧を描くが如く着座して向かい合った。
簡素な挨拶を済ませた後は、会話していたのはほとんどアルベドとポールになる。ピーが言うには、そもそもこの会見の必要性を主張したのがポール、そしてマリアであるらしい。
ピーを含め彼らは、アインズがしどろもどろながらも英語で来訪を連絡してきたこと、それ以上にアルベドが流暢な英語で喋りだしたことに大層驚いていた。聞けば、何とかアインズをエリュシオンへ呼び出しさえできれば、後はユグドラシルの公用語としてどうにか操ることの叶う日本語のひらがなで筆談に及ぶつもりでいたのだとか。
そうならなくてよかった、とアインズは心底思った。
ポールが、ときにマリアに補足されつつアルベドに語った内容は概ね次のようなことになる。
アインズとの決戦に敗れ、ピーの<
二週間と少し前の朝、リ・ロベルに常駐し
出先にいたピーたちは、当初これをリ・ロベルを襲った何らかの異変、と考えていたが、通りすがった小さな町で自らまったく同様の体験をすることとなり、普段は用いない<
エリュシオンに戻った彼らは数日無為な日々を過ごしていたのであるが、その間にも勤勉なポールとマリアは、何かこの事態を、打開までは出来ないにせよ理解する手がかりはないものか、と討議を重ねていた。その過程で一つの発見に至り、それをナザリックのアインズ・ウール・ゴウンにも知らせるべきだ、という点で二人の見解が一致したため、彼らの
「……といったことのようで御座います、アインズ様。」
アルベドは、ポールとマリアによってなされた発見の詳細を含めほぼ淀みなく同時通訳をやり通し、アインズは改めてその存在に感謝した。
これを筆談で……しかもひらがな縛りで承る、など考えたくもない仕儀だ!
と言うことは、
「さ……
ナザリックに帰投して後、改めて
あまりの発音の酷さに苦笑されるか、と案じたが、ポールもマリアも笑顔は見せたが、それは、嗚呼この大魔王は我らが誠意を汲み取ってくれた、と安堵した笑顔であるように見えた。
ゆえに、アインズはどうしてもこれを尋ねずにはいられなかった。
ユグドラシルNPCである彼らの忠誠は、本来は彼らの創造主であるピーのみに捧げられるはずだ。
「……アルベド、彼らに尋ねてくれないか。
どうしてこのことをオレに伝えるべきだ、と思ったのか……についてなんだが。」
「承知いたしました。
アルベドを介して得た回答は、恩に報いるため。
ポール、マリアのみならず、エリュシオンの面々は皆、一度は敵対したにも関わらず、ピーに二度目の生を与え、ギルド運営資金を提供し、そして何よりも、この世界で残る人生を楽しく歩んでいく道筋を示してくれたアインズ・ウール・ゴウンに並々ならぬ恩義を感じており、何か機会があればこれに報いたいと願っていたのだ、と。
アインズは重ねて問う。
なぜ、この情報を伝えることが恩返しになると思うのか、と。
再びアルベドから伝え聞いた答えは意外なものだった。
「オレが……日本人だから、だと?」
ポールはアルベドに、逐次訳して伝えて欲しい、と乞い、次のように語った。
「言語学者でもある私は、ユグドラシルにおいて
これは世界標準語の一つである英語を母語とする者には理解し難い感性であり、英語が通じることを前提としつつも、ほとんどの英語話者は決して完璧な英語を話したりはしないのだ、ということを所与の条件として受け入れている我々は、会話内容の一部なりとも理解できたり伝わったりすることを喜ぶことはあっても、一部が理解できなかったり間違って伝わることを恐れたり忌んだりすることはない。
対して、日本語を母語とするユグドラシルプレイヤーであったあなたは、それが英語であるにせよこの世界固有の言語であるにせよ、日本語以外の言語で話しかけられたり、自ら話しかけねばならない状況に遅かれ早かれきっと苦しまれることになるだろう。
私は、日本語を話す者同士の相互理解が完全である、とはまったく信じないが、少なくともあなたたち自身はそれが為されていると信じており、母語以外ではそれは不可能だ、とする考え方は、もはや信念、信仰の域に達するものだ。
もし、目下問題視されている事態がこのまま永遠に続くのだとしても、少なくとも私、そしてマリアは、少しずつではあるが日々の活動に困らない程度にリ・ロベルの言葉を身につけると思う。それは、私たちにとっては極々当たり前のことに過ぎないからだ。
が、おそらく、あなたにとってそれが極めて苦痛を覚えるものになるであろうことは想像に難くない。私があなたの知性を低く見積もっている、と誤解しないで欲しい。これは日本語話者として生まれ、その言語文化の中で育まれた者には避けがたい、ある種の呪いのようなものである。
そして、限られた寿命を生きる我々とは異なり、今後永遠に存在し続けることを宿命づけられたあなたにこの問題を解決する機会を提供できるのであるとすれば、これ以上の恩返しはない、と考えた次第だ。」
アインズは、しばし口をパカリと開いたまま呆然としてしまい、何か不味い通訳をしてしまったか、とアルベドを
「マリアはこう申しております。
アインズ様が、恥ずかしさを感じつつも、慣れない英語で自ら謝辞を述べて下さったことを、とても嬉しく思います。あなた様は、私が信じた通りの、聡明で慈悲深い御方であらせられる……と。」
ふとマリアに目を向けると、笑顔を湛えながらもその瞳にうっすらと涙が浮かんでいるのに気づき、これは痛くアインズの心を打った。と、同時に、熱い何かがアインズの中に燃え上がる。
「ふふ……
ふふふふふ……
わっはっはっはっは!」
堪らなくなったアインズは、ガバッと立ち上がり
そして、こうのたもうたのである。
「
皆が呆気に取られる中、アインズは長らく覚えなかった……まぁ、あったとしても憶えていないのだが……高揚感に満ち溢れていた。
会話が失われる、という真なる未知に対しての挑戦!
それは、図らずもポール・ダラムに指摘された通り、日本人としての感性を色濃く引き継ぐアインズにとっては、まさに自身の実存に関わる問題でもある。
まさに。
まさに我らがナザリック地下大墳墓が総力を挙げて取り組むに相応しい
そして何より。
もちろん、今以てちんぷんかんぷんであるのは否めないが、ちゃんと言えたではないか!伝わったではないか!
「アインズ様。」
と、アルベド。
うんうん、アルベドの前でバシッと決めて……また惚れ直してくれたかなぁ?
「
「ん?
……あぁーーーー!」
ピーが、まるでずっと昔からの友人がそうするように、愉快げに手を打って笑う。
「
やや
「
ポールとマリアの発見を収めたデータクリスタルを受け取り、今後に備えてピーからアルベドへの<
「ほぇ?」
アインズは思わず間抜けな声を漏らしたが、それに気づいてか気づかずかピーは、
「
と、トマスのいる別室への扉を開いてセバスを導いた。そこにはいつものように簡易ベッドに瀕死であるかの如く横たわる元気なトマスが居て、すぐにセバスに気づいて視線を向けた。
「
セバスが流暢に発した極めて儀礼的、でありつつも心のこもった挨拶と祝福に、トマスはたちまちに破顔し細い目に涙を浮かべたが、敢えて何も言葉を発さず、ただ右手を高く突き上げてセバスに応じた。対するセバスは、ニヤリと笑みを浮かべると、深々と腰を折って一礼を捧げた
<
「おまえも英語を話せたのか?」
と問うたが、
「まさか。アルベドに気の利いた台詞を教えてもらいました。」
とのこと。
デミウルゴスの日記から自身とエリュシオンの馴れ初めをお
「……ふふ、随分と
とアインズは笑ったが、セバスは生真面目な表情のままにこう答えた。
「
ふふ、まさにその通りだ!
いずれ忘れてしまうであろうこの
だがしかし。
言わずもがな、本当の冒険はこれから、だったのである。
<次話予告>
「ガルガンチュア、ビクティムを除く全階層守護者、他主だった面々を玉座の間に集めよ。久々のナザリック地下大墳墓の総力を挙げての
だがしかし、先立ってアインズは
「シロクロの体をいくら責め立てましても、あの者は高らかに歓びの声を上げるばかりで、楽しくも何とも御座いません。」
え、何これ?
オレ、いったい何を聞かされてんの?
どーすりゃいいの、これ?
憶持のオーバーロード第6話『
嗚呼……。
デミウルゴスでなかったら、<