思想が強すぎる単独強襲刀剣無双リコリス【完結】   作:難民180301

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第6話

◇月▼日

 たきなと千束先輩がぎこちない感じになった。

 

 だって知らないとは思わなかったもん。田中のせいだぞー、って先輩にめっちゃお尻揉まれた。ちぎれるかと思った。

 

 たきなだけじゃなくて、クルミちゃんも押し入れで心臓をめっちゃ検索してるみたい。ミズキさんやミカ先生も、ちょっと意識してる感じ。

 

 正直、田中はうれしい。

 

 千束先輩の命をこんなにもみんなが思ってることが。

 

 これでこそ、計画のやりがいもあるってものだ。

 

 

◇月▼日

 真島さん討伐大作戦に出ることになった。

 

 真島さんにはジュースの借りがある。いい人だし、できれば田中がちゃんとした弔いをしたい。

 

 あと、山岸先生を口説けそうにないから、楠木司令にはこの先苦労をかける。その分、働いて報いる。

 

 結社に益するのは業腹なので、今回だけ。

 

 

◇月▼日

 リコリコ総動員で、千束先輩健康長寿計画始動。

 

 なんか、真島さんがアラン機関の吉松さんと仲良しで、だから真島さんから吉松さんにお願いしてもらえば、新しい人工心臓がゲットできるんだって。吉松さんが先輩の恩人なの、地味に初めて知った。

 

 田中が今度の作戦で真島さんに話を聞くことになった。その間、エージェントに狙われてる千束先輩をたきなたちが守る。

 

 千束先輩の命が関わる以上、この仕事は日の本の行く末を左右する大切なものだ。がんばる。

 

 もしうまくいけば、田中はお役御免だ。

 

 

◇月▼日

 手が空いた。

 

 今、延空木のふもとのバスでこのページを書いている。

 

 指示どおり、第二展望台を制圧してからただちに帰投した。後の制御室奪還はフキ先輩率いる他の子たちでやる。田中の仕事は終わり。

 

 弱点攻めされてちょっと危なかった。でも真島さんはどこにもいなくてがっかり。吉松さんもいない。

 

 真島さんどこ?

 

 

 

 

 痛ましい死が、全国ネットで流れている。やった、これであの人たちの命は忘れられない。

 

 

 

 

 真島さんは旧電波塔にいるらしい。行こう。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「えっ、あのパフェやめちゃったの!?」

「たきなが恥ずかしがっちゃって」

「まだ食べてなかったのに……」

「田中ァ! たきなスペシャル一丁!」

「ホットチョコパフェですよう、先輩」

 

 昼下がりの喫茶リコリコ。常連客の残念そうな顔を見るやいなや、千束はすでに提供を停止したパフェのオーダーを厨房へ伝えた。

 

 仕込みがないため多少時間は取るが、例のパフェに複雑な工程はない。パンケーキの上にホットチョコを盛りに盛る田中を後ろから急かし、カウンターへ運ぼうとしたところ、更衣室からたきなが姿を現す。

 

「あー……」

「……」

 

 パフェの極めて個性的な見た目を自覚したたきなは、千束がそれを提供するのを見て恥じらうか怒るか、何かリアクションを取ると思われた。

 

 しかし期待に反し、たきなは無言で顔をそらすと別の業務に取り掛かる。たきなだけでなく、ミカもどこかぎこちない様子でコーヒー豆の瓶を何度も数えていた。

 

「おお、これが例の。すごい見た目だねぇ」

「でしょー? でもすごいのは見た目だけじゃなくて、味もいいんだから!」

「知ってるよ、見た目の割に味はいいってSNSでみんな言ってるから。ところで、なんか今日は静かじゃない?」

「あははー気のせいだよー。ちょっと私用事あるから、ゆっくりしてってくださいね」

 

 千束はパフェを運ぶと、いい笑顔で厨房へ引っ込む。そこで呑気に皿洗いをしている、店のぎこちない雰囲気を作り出した下手人の襟首を掴み、奥の座敷へ連れ込んだ。

 

 壁際に追い詰めて、顔の横にどん、と手をつく。

 

「田中ァ。たきなと先生が超意識しちゃってんだけど? どうしてくれんだぁ?」

「た、田中は悪くないです! 誰だってうっかりはあります! 田中、悪くない!」

「ちょっとは申し訳なさそうにしろやコラァ!」

「うひゃあ!? パワハラ、痴漢!」

 

 田中の無駄にでかい尻をもみしだく。千束も鬼ではないのでその気になればすぐに逃げられる程度に加減しているが、田中は顔を赤らめて悶えるばかりで逃げる素振りはない。千束は八つ当たり気味のじゃれ合いをしばらく続けた。

 

 田中は店を気まずい空気に包んだ犯人である。

 

 昨日、千束は月に一回の健診で何者かに襲われ、人工心臓を狙われた。当初は心臓の破壊が目的かと思われたが、「殺すつもりなら、最初から眠剤じゃなくて毒を投与するはずだ」とクルミが口を出し、おそらく過充電によって充電機能を不全にさせる目的と推測された。その見立ての通りなら、千束は余命二ヶ月を強いられるところだったのだ。

 

 しかしそうはならなかった。なぜか当時、犯行現場である山岸医院に居合わせた田中が、犯人の女を蹴り飛ばしたからである。

 

 これだけなら田中を褒め称えるところだが、田中はその後、うっかり千束の余命がもともと成人までであることを暴露。知らなかったたきなと、知っていたものの改めて意識してしまったらしいミカを巻き込み、喫茶リコリコを気まずい空気に叩き落とした。

 

 田中をいじっていると、押し入れががらりと開く。

 

「あまりいじめてやるなよ。悪気はなかったんだ」

「分かってるよー。ってか、クルミはあんまり驚いてないね?」

 

 押し入れから出てきたのは、リコリコの電脳戦担当の幼女、クルミである。とてとて千束の傍に寄ってくると、もだえる田中の頬を引っ張り始めた。

 

「精密な機械に寿命はつきものだ。心臓なんて複雑なものになると尚更な」

「予想はついてたってこと?」

「ああ、だがこんなに短いとは思ってなかった。もっと早く相談しろよ」

「進んで言うようなことじゃないでしょーよ」

「そりゃそうだが……」

「ちょっ、二人とも!? 田中をいじめながらシリアスな話しないで!」

 

 田中が何かほざいているのは置いといて、千束とクルミは重たい空気の中に沈んでいった。

 

 たきなとミカだけでなく、いつもは駄菓子や店の商品を貪りながらゲーム三昧のクルミさえ、千束の余命を意識してか沈んだ顔をするようになった。ミズキは一見いつも通りだが、晩酌の頻度が下がった。リコリコの全員が千束の命に心を痛めている。

 

 千束にはそれが気に入らなかった。たとえ心配してくれているのだとしても、自分のために誰かの時間や気分を損なうことにはどうしても抵抗がある。それぞれに許された時間に限りがあるのを知っているからこそ。

 

 特にミカとたきなの落ち込みぶりはひどく、たきなに至っては裏の仕事で普段は絶対にしないような失態を犯した。

 

 リコリコの空気を表すような曇天の日。麻薬組織の末端員を制圧、拘束するも、一人に逃走を許してしまう。すぐに追走し無力化したが、たきなは気が気ではない様子だった。

 

「すみません、走らせてしまって……!」

「あーいいよいいよ。向こうのやつらは大丈夫?」

「あっ!」

「私がやっとく! そいつよろしくね!」

「は、走らないでください!」

 

 しおらしいたきなの声を背中に受け、千束はやるせない気持ちになった。すぐに死ぬわけじゃない、と言っても無駄なのだろう。それだけ心配してくれているとわかるから、強く言うこともできない。

 

 拘束した末端員たちをクリーナーに引き渡し、依頼は完遂。たきなとは別々に帰投する流れになり、折悪しく、曇り空から水滴がぽつぽつと降り出した。

 

 そこそこの雨足で、千束は慌てて適当な橋の下へ逃げ込む。雨滴に煙る町並みをぼんやり眺めていると、目をそらしていたモヤモヤに思考が吸い寄せられていく。

 

「田中……」

「呼びました?」

「うおぅ!?」

 

 背後からの呼びかけに、千束は前へつんのめった。

 

 振り返ると、田中がビニール傘を二本持って隣に座っていた。きょとん、と首を傾げている。

 

「おまっ、忍者か!」

「いえ、田中です。迎えに来ました。たきなはもう帰ってます。傘どうぞ」

「お、おう……田中ァ!」

 

 傘を手渡すや否や立ち上がる田中を呼び止め、千束は自身の隣を手で叩く。不思議そうに田中が腰を下ろした。

 

 互いに何も言わず、ざあざあと雨の降る音が橋の下に満ちる。

 

 やがて先に口を開いたのは千束だった。

 

「昨日、なんで山岸先生のとこにいたの?」

 

 それは、千束が心の奥底に押し込めたモヤモヤだ。

 

 田中は、千束を狙った何者かを撃退してくれた。その直後に千束の余命が暴露されたことでリコリコメンバーは田中から気が逸れたらしく、なぜ田中があの場にいたのかを誰も追及しない。山岸に聞いても「口止めされている」と言われるばかり。

 

 田中は困ったように笑って、

 

「言いたくねーです」

「何だとぉ……?」

「な、何されたって言わねーですよ?」

 

 千束が手をわきわきさせてすごんでも、身構えるだけで言う気はないようだ。

 

「じゃあこれだけ答えて。体をどこか悪くしてる?」

「いえ、田中は超健康です。本当に」

 

 嘘は許さないというように強く睨みつける千束だが、田中は正面からそれを受け止め目をそらさない。

 

 心のモヤが晴れた千束はようやく安心して、田中の頭をわしゃわしゃ撫でる。

 

「ならいいのよ。言うの遅くなってごめん。助けてくれてありがと、田中」

「いえ」

「お礼に何でも一つ言うこと聞いてあげる」

「マジですか!?」

「マジマジ」

 

 現金なもので、さっきまで謙虚だった田中は興奮気味に身を乗り出してきた。

 

 モヤモヤと気まずい空気に気を取られ、お礼を言うのが遅れた罪悪感。加えてこの後輩なら変な要求はしない信頼と、純粋に感謝を伝えたい気持ちがあった。

 

 さて何を言うのかと内心ドキドキしていると、田中は心底嬉しそうに笑う。

 

「何でもって言いたましたよね?」

「おー言ったぞ。おっぱい触り放題権にするかー?」

「いーえ。そんなものよりずっとずっと素敵なお願いをします!」

「ほう?」

「ときが来れば分かります。覚悟しといてください、先輩!」

 

 今じゃないのかよ、と拍子抜けする。ただ、田中のへにゃっとした笑みがやけに眩しくて、千束もつられて笑いながら「つまんないことだったら承知しないぞー」と応じた。

 

 軽々しく何でも、と言ってしまったこと。田中の念押しにも軽く答えてしまったことを、千束は後に深く悔いることになる。

 

「よっし、帰るか」

 

 そうとは知らず、降りしきる雨の中、後輩と連れ立って帰投するのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 千束が襲われてから数週間後、DA東京本部からリコリコへ要請が下された。真島討伐作戦への参加要請だ。

 

 世界的に活動する戦争屋の真島は、春の銃取引に始まり地下鉄襲撃、リコリス殺害、警察署襲撃などのテロを繰り返してきた。その狙いが今冬に竣工する新たな平和のシンボル、延空木であることが判明したため、これを迎撃、返り討ちにする。

 

 そのための戦力として協力を要請された千束だが、

 

「お断りしまーす」

『多くの人々がお前を優秀なリコリスにするため尽力した。役割を果たせ』

「たきなをDAに戻してあげてください、そしたら考えます」

 

 と、塩対応で電話を切った。

 

 千束の言葉があったためか定かではないが、翌日にはたきなへDA復帰の辞令が下る。しかしたきなもこれに対し、

 

「断ろうと思います」

「なんで!?」

 

 たきなが喫茶リコリコへ配属されたのは左遷だ。作戦上の過失を一人に負わされ、処分される形でここへ来た。配属当初は復帰のために相当な無茶もやらかしており、今回の辞令は渡りに船だったはずだ。それを断るのは意味が分からない。

 

「千束が狙われている今、ここを離れる訳にはいきません」

「はぁー? ちょっとちょっとぉ、たきなったら千束さんのこと好き過ぎか?」

「……」

「そ、そこで黙んなよ」

「とにかく、私はここに残ります」

「……バカだなー」

 

 たきなは何食わぬ顔でリコリコの業務に戻り、千束は知らず顔が赤くなっていた。

 

 そして千束とたきなが残る代わりに、作戦へ駆り出されることになったのは田中だった。DAの楠木司令から、千束と同じく電話口で協力を要請されたのだ。

 

「あー、真島さん討伐作戦? そりゃまあジュースの恩もありますし……えっ、本当です? ウソは嫌ですよ? りょーかいです、はーい」

 

 そのとき田中が何を話していたのかは分からない。ただ、千束には何か裏があるような気がした。

 

「ちょっとDAのお手伝いしてくるのです」

「えー? DAは結社に乗っ取られてるんじゃなかったの?」

「はい。でも今回のは、太平につながります」

 

 田中はDAが悪の秘密結社に支配されていると思い込み、リコリスを辞めようとした。にもかかわらず今回は協力するという。なにか怪しい。

 

 田中だけではなく、リコリコを発つ田中を見送るたきなたちも怪しかった。

 

「田中、例の件をくれぐれも──」

「もちろんなのです。たきなたちも──」

「任せとけ。論文から有力候補を絞り込んで──」

「うっかり死ぬんじゃねーぞ田中──」

 

 田中、たきな、クルミ、ミズキの四人が顔を突き合わせてこそこそ話し合っていた。千束が話に入ろうとすると、わざとらしく解散して田中はさっさとDAへ出発してしまう。たきなとミズキは素知らぬ顔をしていたが、ごまかすのが下手なクルミは露骨に冷や汗を流して目をそらし、他の二人から白い目で見られていた。

 

「なんだよぉ……」

 

 隠し事をされる千束の方は、とても面白くない。口を尖らせてたきなを見ると、気まずげに顔をそらされた。

 

 千束は拗ねた。頬を膨らませ、座敷の隅っこで膝を抱え、ものすごく分かりやすい拗ねてますアピールを敢行した。

 

「千束ちゃん、どうしちゃったの?」

「ケンカでもした?」

 

 と、常連客が来てもアピールを続けた。ぶっちゃけ始めたはいいものの不機嫌を維持するのは性格的に難しく、さっさと構ってもらえればすぐに辞めるつもりだったのだが、このアピールは千束に思いもよらぬ収穫をもたらした。

 

 まる一日を拗ねて過ごした翌日、たきなが私服でリコリコへ出勤してくる。その服は夏に千束が見繕ってあげたもので、見たとたん千束の機嫌が大幅に上向く。

 

 さらにたきなが発した次の言葉で、有頂天になった。

 

「遊びましょう」

 

 リコリコ看板娘二人組は、デートに出かけた。

 

 ご機嫌取りだとは分かっていても、千束はたきなが計画を立ててくれたデートにご満悦で、たいそう充実した一日を過ごしたのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 たきなと千束がデートをしたり、例のパフェを勝手に提供してたきなが怒ったり、冬用の新メニューを考案したりしていた頃、田中の方はDAの指揮下で真島討伐のため動いていた。

 

 真島の潜伏場所に踏み入るも、すでにもぬけの空。真島が狙っているという新電波塔、通称延空木で迎え撃つ運びとなる。

 

 寒さが肌に染み入る十二月初旬。社会の表舞台で延空木の完成セレモニーが晴れ晴れと行われる裏で、田中はリコリスのチームと共に延空木の中枢、第一展望台に張り込んでいた。久しぶりにリコリスの赤服姿だ。

 

 破壊が目的であればここが狙われると見ての待ち伏せだったが、これは肩透かしに終わる。

 

『これと同じものを、都内にバラ撒いた』

 

 真島の目的は延空木の破壊ではなく、電波ジャックだった。敵勢力は中枢をスルーして第二展望台へ上がり、電波制御室を占拠。公共の電波で銃をちらつかせ、民衆を暴力へと煽動した。

 

『銃を持った民間人に関わるな! リコリスをあぶり出す、それがやつの真の目的だ』

 

 春の銃取引で得た銃を民衆に与え、暴動を誘発。それに対応するため出てきたリコリスを白日のもとに晒そうというのだ。

 

 リコリスによって保たれる平和と、体制の破壊。

 

 真島の目的が明らかになったところで、リコリスは一度撤退した。

 

 薄暗いバスの中で、田中はリコリスの一人としてブリーフィングに参加している。

 

『真島一味は起爆予想ポイントの第一展望台を通過。現在は第二展望台でエレベーターを切断、籠城中だ。選抜隊は、四つの非常階段で第二展望台を急襲する』

「えっ」

 

 田中は声を漏らした。静かなバス内にざわめきが起きる。

 

 各隊八名で構成される四つの隊が、四つある非常階段にそれぞれ配置され、第二展望台へ突入。バスのスクリーンにはその隊のメンバーが表示されたのだが、一つ異常な点がある。

 

『delta隊 田中』

「一人で隊とは言わねーでしょう!?」

『田中、質問は挙手して行え』

「はーいはいはい!」

『何だ』

「田中一人ぼっち! 後七名は!?」

『ラジアータの戦術的判断だ、異論は認められない。説明を続けるぞ。アルファ、ブラボー、チャーリー隊は第二展望台奪還後、エレベーターを復旧。第一展望台で待機するサード部隊と合流し、電波制御室を制圧する』

「デルタ隊は?」

 

 質問したのはアルファ隊隊長、ファーストリコリスの春川フキである。よく聞いてくれました、とキラキラした目を向ける田中。

 

 楠木司令が平坦な声音で答える。

 

『デルタ隊は他三隊に先んじて展望台を強襲する。可能な限り敵を排除し、撹乱しろ』

「また単独強襲……」

 

 仕事だから仕方ない。田中はぼやきつつ、不満を呑み込んだ。

 

『なお、展望台を制圧後、デルタ隊は帰投しろ。電波制御室の奪還はアルファ隊が行う』

「……了解しました」

「はーい」

 

 他のサードリコリスたちが困惑ありありの声をあげる一方、田中は従順に頷き、フキは何かを察したような含みのある了解を返す。

 

 その後は合流後の制御室奪還に関するこまごましたすり合わせが行われ、大方質問が出尽くしてから、田中は再び挙手する。

 

「これは非殺傷任務ですか?」

『……違う。敵を見つけ次第、皆殺しにしろ』

「りょーかいです」

『他に質問は? なければ全員、作戦時間まで待機しろ。以上だ』

 

 司令部との通信が切られ、バスに明かりが戻った。スクリーンが巻き取られ、車内にいたたまれない空気が満ちる。

 

 田中が物欲しそうにちら、と隣のリコリスを見やる。ひっ、と怯えの混じった声を漏らし、あさっての方向を向いた。反対隣のリコリスを見ると、負けじと睨み返してきたが、冷や汗を流してうつむき、動かなくなった。二人の怯えが伝播したのか、バス全体に地獄めいた雰囲気が漂い出す。

 

 田中は納得して深く頷くと、首元のUSBをぎゅっと握った。

 

 こうして通夜よりも静かな待機時間を乗り越え、作戦開始時刻がやってきた。

 

 

 

ー--

 

 

 

 東西南北四つの非常階段のうち一つに配置されたデルタ隊隊長の田中は、二段飛ばしで階段を駆け上がっていく。展望台への突入タイミングは任意でよいとのことだった。早く真島に会うため、一応階段へのトラップなどを警戒しつつ可能な限り素早く動く。

 

 特に何事もなく上り詰め、非常扉をゆっくり開いて中を伺った。

 

 第二展望台は、四つの支柱によって空中に浮かぶ巨大なガラス張りの楕円だった。中にはドーナツ型の足場が二つ設置され、二階層の間をエレベーターで行き来する構造になっている。

 

「……?」

 

 下層の非常扉から見る限り、敵兵力は脆弱だ。作業服に防弾ベスト、短機関銃と散弾銃装備の男たちが複数名。トラップの類は見当たらない。四つある扉のすべてに大量のトラップと兵力が待ち伏せしているかと思ったのに、男たちはフロアを三々五々巡回するばかりで、ときどき他愛もない猥談を交わし笑い声を上げている。明らかに士気と練度が低い。

 

 ふと、真島との語らいが脳裏をよぎる。

 

『最近仕事がきつくてな。時代遅れの辻斬りに出くわして、仲間が大勢やられた。いつから日本はこんなに物騒になっちまったんだ?』

『えっ、辻斬り? そんなのが日本にいるのです? なんて卑劣な! 田中が見つけたらきっと成敗してやるのです!』

『……おお、頼むわ』

 

 真島は不幸にも通り魔に遭遇したらしく、人手不足だと嘆いていた。おそらく足りない兵力を日雇いテロリストで補っているのだろう。

 

「司令部、こちらデルタ1。第二展望台に突入し、撹乱します」

 

 これならいける。田中は自己流脅威度チェックの後、インカムで一報を入れてから、太郎と次郎を袖口から抜く。床を蹴り、ドーナツ型のフロアを吶喊。

 

「来たぞ──」

 

 男たちが何かを叫んで引き金を引くものの、すでに遅かった。

 

 凄まじい瞬発力をもって、直近の男たちへ肉迫。

 

 一人目、股間から脳天へ向けて斬り上げ、切れ目に腕を突っ込む。根本まで入れた腕を引き抜くと、ぐちゃぐちゃに掻き回された臓物が濁った汁と共に宙を舞った。

 

 その体を直近の敵へ蹴り飛ばし、射線を切りながら接近。二人目、顎下から脳天へ斬り上げながら通過する。田中の背後で男の顔面がずるりと、仮面がずれるように落ちていった。

 

 三人目、散弾銃を向けている。二人目の体を盾に一発やり過ごし、ポンプアクションのスキに後ろへするりと回り込む。両手持ちした太郎を、プロテクター装備の太ももへ横薙に振るう。切断された両足へ男が倒れ込むより早く、太郎と次郎を両の二の腕へ叩き込む。四つの動脈と四肢を切断され、血の海が広がった。

 

「例の忍者だ! リップ隊急げ!」

 

 上から声。上層フロア、斜向かいの手すりから男たちが身を乗り出してこちらを狙っている。銃種は短機関銃。

 

 田中はダルマになった男の胴体を担ぎ上げ、フロアの手すりを乗り越える。ガラス張りの壁面を駆け上がり、上層フロアへ移動した。

 

 そのままダルマの胴体を盾にして、短機関銃装備の集団に近づいていく。銃声と共に、胴体の防弾ベストにいくらか着弾する。

 

 ある程度距離を詰めたところで、胴体を投棄。左右への激しい切り返しで弾幕をかいくぐり、不可避の弾のみを切断して接近していく。

 

「いたっ!?」

 

 無意識に弾丸を切り裂くと同時、肩に鋭い痛みが走った。

 

 しかし動きを止めれば蜂の巣にされて死ぬ。肩を押されるような圧力を、力ずくの踏み込みで押し返し、前へ。

 

 すると、敵はすでに間合いに収まっていた。手近な男の太もも、上腕を連続して切断。

 

 すかさず、血を吹き上げる男の足を蹴り上げた。太い血管から溢れる血潮が振り撒かれ、複数人の目を潰す。怯んだところへ接近し、四人目、五人目、六人目を肉と臓腑の塊へ変える。そのままペースを保ち、七、八、九──オーバーサイズの袖口に仕込んだシースへ太郎と次郎を猫の爪のように出し入れし、片手持ちと両手持ちを切り替えながら、淡々と処理していく。

 

 程なく上層の敵は全滅した。下層へ戻る前に、田中は出血する肩口、三角筋へ指を突っ込む。

 

 リコリス制服の防弾繊維によってか、弾体は浅い箇所にとどまっていた。取り出してみると、思わずため息が漏れる。

 

「むむ……」

 

 血まみれの金属片。小指の先ほどもない鋭利なそれは、田中が過日の雑談で真島に漏らした、弱点によるものだ。

 

『反射、ねえ。ってことは切るもんを選べねえのか』

『そうなのですよー。だから千束先輩みたいに全避けする勢いで動くんですけど、てきとーに動いてるだけなんで当たるときは当たります。大口径弾は切ったら逆に怪我しちゃうし、田中はダメダメです』

『切ったところで弾が消えるわけじゃねえからなァ。アニメや映画みたいにゃいかねえよ』

『うんうん。特に苦手な弾があって、リップっていうのですが──』

 

 R.I.P弾。ホローポイントと呼ばれる特殊弾頭の一種で、着弾と同時に弾頭が分裂、放射円状に拡散する。斬るものを選べない田中がこれを切ると、分裂した弾頭に被弾してしまう。

 

 それだけではなく、田中は致命的な弱点をもう一つぽろりとこぼしていた。

 

『大口径っていうと、どのくらいまで切れるんだ?』

『両手持ちでぎりぎり二十ミリまでですねー。三十ミリからはお手上げなのです』

『……二十口径、の間違いじゃねえよな?』

『もうっ、真島さん。田中だってそのくらいの知識はあります。二十ミリ、なのです』

 

 もし田中の苦手な機関砲まで用意されていたら、苦戦は必至だ。あれの弾は両手で切ることはできても運動エネルギーが大きすぎて、弾道がほとんど逸れない。三十ミリにもなると、切断した弾体にそのまま被弾してしまうだろう。

 

「真島さん、ひどい……」

 

 むすっ、と頬を膨らませる田中。洗脳が解けたと言っていたのに、実際は探りを入れていたらしい。絶対後で文句を言ってやる、と誓った。

 

 それから下層へ舞い戻り、同じような調子で刃を振るう。弱点の弾はあまり数が用意できなかったのか、他に使ってくる者はいなかった。大口径機関砲も出てくる気配はない。

 

 景観を望む展望台の構造上、遮蔽物は少ない。しかし一度でも接敵すれば、敵の体でいくらでも射線を切れる。数が多ければ多いほど田中には有利に働く。

 

 任務として取り組む以上、田中は容赦しない。皆殺しの指示通り無慈悲に命を奪い、溢れんばかりの弔意を表明する。

 

 痛ましく、惨たらしい死をもって。

 

「痛ましかれかし、惨かれかし」

 

 そうして最大限命を尊重しながら、田中は第二展望台を血と臓腑に染め上げていった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 旧電波塔。十年前にテロリストたちに占拠され、爆破されたかつてのランドマークだ。爆破によってひしゃげた骨組みに傾いだ展望台がめり込む形で補強・保存され、テロの脅威を乗り越えた平和のシンボルとして知られている。下層部は一般公開されているが、展望台含む上層は関係者以外立入禁止となっている。

 

 そんな旧電波塔の展望台で、千束とたきなは大の字になっていた。

 

「たきなー、下で待ってろって言ったじゃんかよー」

「電話に出ないのが悪いんでしょう。嫌ならすぐ出てください」

 

 展望台にはシャッターが下ろされ、一部が破壊されている。手すりには、四月から東京の裏社会を湧かせているテロリスト、真島が縛り付けられていた。意識はなく、ぐったりしている。

 

「……吉松は?」

「おっと、そうだ。上見てくるね。ヨシさーん!」

 

 閉じられたシャッターを操作するたきなに先んじて、千束は展望台の上階へ上がっていった。

 

 二人がここへ来たのは、吉松の救出のためだ。千束の命の恩人である吉松が真島に囚われ、旧電波塔に幽閉。命が惜しければ一人で来い、とハッカー経由で連絡があった。

 

 当然、たきなはごねた。絶対に一人では行かせないと。

 

 しかし人質がいる以上要求を呑むしかない。人質を助け次第連絡を入れる条件でたきなと一旦別れ、千束は一人で旧電波塔を登り、真島の手下を無力化しながら展望台で吉松を発見する。

 

 が、そこで真島が姿を現した。真島は暗所で自身の聴覚を活かし、逆に千束の優れた洞察力を封じ、一方的に追い詰めた。

 

 そこへたきながシャッターをぶち破り乱入、どうにか真島を無力化し今に至る。

 

 なお、旧電波塔のふもとに着いた時点でDA本部と田中に真島の所在を連絡したが、さすがにどちらからも返答はなかった。大規模作戦の最中に、作戦不参加のリコリスからの連絡に対応する暇はないのだろう。

 

「ヨシさん! ここにいたんだ、大丈夫? 撃たれてないですか?」

「ああ、掠めただけだ」

 

 上階に行くと吉松はすぐに見つかった。オールバックのくすんだブロンドにきっちりしたスーツ姿。駆け寄って声を掛けてみると、思いのほか元気な声が返ってくる。

 

「来てくれたんだね、千束」

「そりゃ、あんな写真見たら……あ、携帯ないんだった」

「やつは死んだか?」

 

 え、と千束は返答に詰まる。

 

 吉松は千束の肩を掴み、何かを期待するように強い視線で正面から見つめてくる。

 

「私をこんな目に遭わせた真島を殺したか。殺してくれたんだろう?」

「ヨシさん……」

 

 千束は胸に穴が空いたような虚無感を覚える。同時に、数時間前のミカの懺悔が頭を過ぎった。

 

『言った方が良かったのか!? お前の生き方は間違いだ、殺しを重ねれば、シンジはまたお前を助けてくれると、言えばよかったのか。教えてくれ千束……!』

 

 吉松は、そして過去においてはミカでさえ、千束を殺しの道具として見ていた。類稀なる殺しの才能を千束に見出したからこそ、吉松はその才能をアラン機関として支援するため、人工心臓を与えたのだと。

 

 ショックだった。それでも千束は、生き方を選ばせてくれたミカに感謝こそすれ、恨みは一切ない。それをミカに伝えた。

 

 とはいえ、だ。

 

 恩人で救世主の吉松に、面と向かって殺しを期待されると──千束は言葉に詰まって何も言えなくなってしまう。

 

「殺してないのか!」

 

 吉松は乱暴に千束の肩を突き飛ばした。

 

 千束がいくら気持ちを伝えても、吉松とは噛み合わない。

 

「人生において役割が明確な人間は少ない。だが君にはある! これほど幸せなことはない」

「幸せ……殺しが私の幸せなの?」

「そうだ。それによって君は、人類と世界に貢献できるのだから」

 

 人類、世界、貢献。

 

 そのワードに反応したのか、千束の脳に刻まれた、やたらと思想の強い後輩が声を上げた。

 

「ヨシさん。私の役割ね、錦木千束みたいなんだ」

「何?」

「錦木千束の役割は、錦木千束なんだって。よく分かんないけど」

「……壊れかけの人形のゼンマイを巻いたと思ったがね。頭の方は壊れたままだったか」

 

 辛辣な言葉と冷たい目。千束は頭をがつんと殴られたようなショックで二の句が継げなくなる。

 

 絶句しているうち、吉松は千束の銃を奪い、非殺傷弾を抜いて実弾を装填した。躊躇なく千束に照準し、条件反射で回避する千束。

 

 すると、後ろから別の銃声が轟く。吉松の頭部からわずか数センチの箇所に弾痕が穿たれた。

 

「動くな。次は眉間に撃ち込みますよ」

「たきな、銃を下ろして!」

 

 たきなだった。先程の吉松とのやりとりを聞いていたのか、吉松を冷酷に睨みつけている。

 

 たきなは銃を向けたまま、吉松のたくらみを次々と看破していく。真島に武器を与え、千束にけしかけていたこと。千束を旧電波塔へ呼んだのも真島との共謀によるものだということ。真島は四月の銃取引から始まって多くの騒動を起こしてきたが、その裏には吉松がいたこと。先月、千束の人工心臓を壊そうとしたのも吉松の企みだったこと。

 

「だけど、そんなことはもうどうでもいい。そのケースさえ手に入れば」

 

 吉松の足元。無造作に置かれたアタッシュケースにたきなが一瞬、目をやる。

 

 その瞬間、千束の勘が警鐘を鳴らした。

 

「クルミが掴みました。その中に千束の命が──」

「たきなっ!」

 

 たきなが反応し、振り向こうとするもわずかに遅かった。

 

 上方、展望台の梁から一人の女がたきなへ飛びかかる。ぴっちりしたタクティカルスーツを纏ったその女は、先月千束の心臓を狙った看護士だ。

 

 背中に膝蹴りを食らう形になったたきなは、うつぶせに組伏せられてしまった。

 

「ぐっ……!」

「たきな!」

「動くな、千束」

 

 吉松の声に呼応し、女がサバイバルナイフをたきなの首にあてがう。わずかでも動けばたきなの頸動脈が切断される。

 

「ヨシさん、やめて!」

「いいや。自分の手で、止めさせるんだ」

 

 吉松は千束に歩み寄ると、実に優しい手付きで、先程取り上げた千束の愛銃を握らせる。実弾が入ったそれを、初心者に教えるように手を添えて狙いをつけさせた。照準先は、たきなを組み伏せる女だ。

 

「小脳を撃ち抜きなさい。君なら簡単なはずだ。わずかでも狙いが甘いと、指先の痙攣だけで彼女はたきなちゃんを殺すよ」

「よ、ヨシさん……!」

「さあ、千束」

 

 吉松は、千束を殺しの天才としか見ていない。ここに来てやっと千束にも理解できた。

 

 優しげな口調から一転、吉松は無感情に言う。

 

「君の役割を取り戻せ。撃つんだ」

「う……くぅ……!」

 

 拍動のないはずの心臓が、早鐘を打っている錯覚がする。冷や汗が吹き出し、呼吸が荒くなる。にもかかわらず、才能の一端を示すように、手先は震えることなく女の小脳へ正確に照準を合わせ続けている。

 

 女は吉松の言葉を聞いても、一切ためらうことなく銃口を見つめている。射殺されるのを受け入れているようだ。

 

 組伏せられたたきなの、苦しげな顔が目に入った。白く細い首筋に、逆手に握られたナイフの刃が食い込み、血が一筋垂れている。

 

「撃て」

 

 撃たなければ、たきなが死ぬ。殺される。本当に? 指や手の腱、ナイフの刃を狙えば──ダメだ、腱には射線が通っていないし、手先を狙えば貫通してたきなに当たる。

 

 選択肢は一つしかない。女を殺せば、たきなが助かる。

 

 人に助けられた命で、人の命を奪えば、たきなは助かるのだ。

 

「撃て!」

「う……うあああっ!」

 

 絶叫を上げ、千束は引き金を──

 

「敵味方等しく、命大事に」

 

 引く必要がなくなった。

 

 聞き慣れた声が響くと同時、またも展望台の梁から人影が降ってくる。茶髪の一房おさげを尻尾みたいに揺らし、たきなと女の隣に音もなく着地したその少女は、血まみれのマチェットを無言で血振りした。

 

「こんにちは。真島さんを探しに来た田中です」

「何だと……?」

「た、田中っ! たきなを」

「もちろんです、先輩」

 

 田中がへにゃりと、いつもの気の抜けたような笑みを浮かべる。

 

 それを合図に、女が苦悶の声を上げる。胸元に右腕を抱え込むが、先程までナイフを握っていた右手が消失していた。それはたきなの首元に、ナイフを握ったまま落ちている。降りてくるのと同時に女の手を斬り落としたらしい。

 

 たきなに跨がったまま痛みと出血でよろめく女の脇腹に、田中は抉るような中段蹴りを繰り出した。女の体がくの字に折れ、弾かれるように吹っ飛んで動かなくなる。

 

「たきな、大丈夫です?」

「ええ……助かりました、田中」

「よかった」

 

 たきなを助け起こすと、続けて田中は一本のマチェットを両手持ちにして、身を低く沈める。

 

「ヨシさんっ! 田中、何してんの!」

「えっ」

 

 田中はほんの瞬きほどの間に、吉松との距離をゼロにしていた。千束が間に割り込んで手首を掴んでいなければ、吉松に凶刃が襲いかかっていただろう。

 

 千束と組合いながら、田中は首をかしげる。

 

「吉松さんは大事な常連さんです。結社に利用されないように、指を落とします」

「やめろっ!」

「な、なんで怒るのです……? 非殺傷ですし、コーヒーカップは持てるのですよ?」

「いいからやめて! 怒るよ!」

 

 怒鳴られた田中が涙目になり、後退る。

 

「ケースはいただきました」

 

 一方、たきなはケースを確保していた。半身の姿勢で後ろにケースを庇い、吉松へ銃を向ける。

 

 しかし吉松はうろたえることなく、人を食ったような笑みを浮かべる。

 

「無駄だよ、たきなちゃん」

 

 見せつけるようにネクタイを外し、シャツの前をはだけさせる。その胸には、真新しい一筋の切り傷が入っていた。

 

 傷を指し示しながら、吉松は微笑む。

 

「千束。君を生かす心臓は今はここだよ。私を撃って手に入れるんだ」

「狂ってる……!」

「馬鹿にしないで撃てるわけないでしょっ! た、たきな……!」

「その心臓引きずり出してやる! 離して千束っ!」

 

 それほどまでに殺しをさせたいのか、と驚いている暇はなかった。ケースを捨て置き、鬼気迫る形相で吉松に迫るたきなを千束が体を張って止める。そうしながらも、頭は冷静に状況を判断していた。

 

 ブラフだ。おそらく人工心臓はあのケースの中にある。わざわざ空のケースをここに持ってくるはずがない。

 

 が、それを力ずくで奪おうとは思えない。すぐにでも命が尽きるわけではないし、後二年の人生と、とうの昔に割り切っている。自分があのケースの中の心臓を諦めることで、病を抱えるどこかの誰かの命が助かる結果になるなら、それこそ千束の望むところだった。

 

 膠着した状況に、吉松は悔しげに顔を歪める。

 

「充電機能を故障させ、余命二ヶ月まで追い込めば、結果は違ったかもしれないな……まったく君には参ったよ。田中の落とし子は伊達じゃないね」

「はあ」

「田中ァ、ダメだからね!」

「田中っ、早くそいつを斬ってください!」

 相反する指示を受けた田中は、千束の制止を優先した。マチェットを袖口に仕舞い、棒立ちになる。たきながより強く暴れ出す。

 

 千束はともかくとして、容赦のないファーストとセカンドのリコリスが一人ずつ。手駒の姫蒲が倒れた今、吉松に切れるカードはない、と千束は見た。

 

 しかし吉松は諦めない。千束の才能を正しく世界へ届けるためなら、仲間はおろか自身の命すらも利用するほどに彼は粘り強い男だった。

 

 もみ合いになっている千束とたきなから、田中へと視線を巡らせる。

 

「田中ちゃん。誰よりも使命に忠実な君なら分かるだろう。その生き方がどんなに幸せなことか」

 

 田中を言いくるめようとしている。慌てて口を挟もうとする千束だが、少しでも気を抜けばたきなが制止を振り切って吉松を射殺してしまう。二人のやりとりを聞くことしかできなかった。

 

 吉松は無警戒に田中へ歩み寄り、両肩に手を乗せる。田中が痛みを堪えるように「んっ」と声を漏らした。

 

「君の先輩は役割から目を背けようとしている。類まれなる殺しの才能を無駄にしている。不憫だとは思わないか?」

「先輩の意思でそうしているなら、不憫ではねーでしょ。そもそも幸不幸は当人の決めることです」

「違うね。神からのギフトを十全に発揮し、この世界に貢献する。それこそが人生の意味であり、誰しもが約束された幸福なんだよ。人の意思が入り込む余地はない」

「だとしても、貴方は間違っています。千束先輩のギフトは錦木千束ですから」

「ほう?」

「確かに千束先輩は才能に溢れてます。その気になれば女版ジョンウィックかメイトリクスかってくらい、人をたくさん殺せるでしょう。でもその才能は氷山の一角です。吉松さんは、千束先輩の声と顔と心と体と、気高さと可愛さと可憐さと美麗さと尊さと優しさと素直さと率直さと健気さとひたむきさを知っていますか? 千束先輩の存在そのものがどれほど多くの人心を救い、世界に貢献しているか分かっていますか? 先輩は存在そのものが役割で才能で使命なのです。思うがままに生きるだけで日の本を真の太平へ導く、救世の化身です。殺しの才能なんてほんの一端だけを使命だと決めつけるのは視野狭窄ですし、それを無理強いするのは人道に悖ります。才能を世界へ届けるのが機関の役割であるなら、十年前に先輩の命を救った時点で役割は終わっているでしょう。先輩を助けていただいてありがとうございました」

「なるほど」

 

 吉松が頷くと同時、懐から拳銃を取り出して田中へ向けた。

 

 かと思うと次の瞬間には、きん、と高い金属音が響き、田中が両手持ちしたマチェットを振り抜いた姿勢で残心していた。

 

 何が起きたのかと千束が目をやると、トリガーガードからハンマーにかけてを両断された拳銃が床へ落下するところだった。

 

 苦々しい顔で、吉松はグリップだけの銃を投げ捨てる。

 

「田中とはいえ所詮は子供か。存在そのものが使命? そんな曖昧な解釈で世界にどう貢献する。人を助けたから救世だと? バカバカしいにも程がある」

「世界を見るのはいつだって人です。形作るのもまた人です。だから人心すなわち世界で、田中とアラン機関の目指すところは同じです」

「実に幼稚な世界観だね。そんなものと機関の崇高な使命を同列に語らないでくれ」

「同列ですよ。日の本を、世界をもっと良くしようとしています」

 

 心底忌々しげに田中を睨みつけ、吉松はケースを回収すると、倒れた女の元へ歩み寄る。手首を切断された右腕にネクタイを巻きつけ、止血処置をしてから、呻く女に肩を貸す。

 

 千束に論戦の帰趨はよく分からなかったが、雰囲気からして田中の優勢のようだった。今度こそ対抗手段がなくなったと見たのか、吉松は踵を返し、

 

「私は諦めんぞ。生きている限りは、絶対にな」

 

 強い口調で言い置いて、展望台を出ていく。

 

 それを見たたきなが、爆発したように一層強く暴れだした。

 

「心臓が逃げるっ! うああああっ!」

 

 千束に阻まれ狙いも定かではないまま、感情のままに引き金を引く。吉松の周囲に火花が弾けた。

 

「ヨシさんを殺して生きてもっ、それはもう私じゃない!」

 

 激高し、スライドがロックされても尚引き金を引くたきなの背を撫で、なだめる。

 

「嫌だ……後二年なんてやだ……もっともっと長く……一緒にいたい……」

「ありがと。でも私は、ほんとはもういないはずの人。ヨシさんに生かされたから、たきなにも出会えた」

 

 元より短い命なのは承知済みだった。だから短い命を精一杯生きようと、やりたいこと最優先で生きてきた。たとえすれ違いがあったとしても、恩人と殺し合いをしてまで生きながらえるつもりなど、千束には毛頭ない。

 

 それでもたきなは諦め切れないのか、棒立ちの田中に目を向ける。泣き出す寸前の子供のような目を。

 

「田中ぁ……!」

「うっ、そんな目をされると……」

「ダメだからね?」

「わ、分かってます。先輩はとことん気高い人ですよ、もうっ。……その代わり」

 

 田中はたきなの耳元で、何かを囁く。長い耳打ちで、千束にはぼそぼそとして判然としない。

 

 しかしたきなには目に見えて効果があった。今にも泣きそうだった顔が希望に満ち、安心しきった笑顔を経て、いつもの凛とした、たきならしいすまし顔に戻った。

 

「信じてますよ、田中」

「任せて」

「な、なんだなんだ?」

 

 田中とたきなの間で視線を行ったり来たりさせる千束。

 二人は顔を見合わせると、示し合わせたように笑って、口を揃えた。

 

「秘密です」

 

 そのとき不意に、風が吹き荒れる。ローターの激しい回転音が下から近づいてきて、展望台の割れた窓の外に一台のヘリが現れた。

 

 扉がひとりでに開くと、中からリコリコの頼れるハッカーが声を張り上げる。

 

「お前ら無事かー!? ミズキがうるさいから早く乗れー!」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 ヘリに揺られ、千束、たきな、田中の三人は情報を共有する。

 

 わざわざ高いヘリをチャーターしてまでクルミとミズキが三人の回収に来たのは、仕事のためだった。

 

「依頼ぃ? リコリスの救出が? 誰の依頼よ?」

「それはミカに聞け。ああ、これを預かったぞ」

 

 喫茶リコリコに急な依頼が入ったという。所用のため不在のミカから預かった、予備の非殺傷弾が千束とたきなに渡った。

 

 千束はすぐさま愛銃から実弾を抜いて非殺傷弾を装填。その拍子に首から下げたフクロウのチャームに目が止まる。乱暴に引きちぎって、ポケットに入れた。

 

 クルミはいじっていたタブレットの画面を千束たちに向ける。

 

「依頼はこれだ」

「うっわ……」

「田中の仕業ですか」

「精一杯、死を悼みました」

 

 画面に流れるのは都内のニュース映像。延空木で作戦に従事しているリコリスたちが映されており、「タワー内で惨劇、女子高生巻き添えか」とテロップが出ている。真島の計略により、リコリスが公にされてしまった。

 

 クルミがなんとも言い難い苦笑いを浮かべる。

 

「ケガの功名だな。あんまりにもグロすぎて世間のほとんどはフェイク映像と受け取っている。隠蔽はどうとでもなる」

「ええっ!? フェイクって、なんでぇ!?」

「田中、落ち着け。どうどう」

 

 なだめながら、そりゃそうだと千束は映像を見返す。

 

 延空木の第二展望台。その内部には地獄が広がっていた。足の踏み場もないほどの血溜まりがフロアを埋め尽くし、その中に人体の手足が人形のパーツのように転がっている。四肢をもがれた胴体は腹を縦一文字に切り開かれ、下処理した魚のワタのような肉塊がフロア中に点々と転がっていて、腸と思しき紐状の物体が手すりに絡みつき、ガラス張りのあちこちに原型を留めていない赤黒い粘性の何かがこびりついている。

 

「話には聞いていたが、凄まじいな。ちょっとは加減しろよ」

「クルミちゃん、仕事で手抜きはダメなのですよ」

 

 血と臓腑にまみれた展望台のそこここで、リコリスたちが苦しんでいる。膝と頭を抱えてうずくまっていたり、呆然と焦点の合わない目で虚空を見つめていたり、ひたすらに嘔吐していたり。その中で唯一のファーストリコリスの春川フキが気丈に仲間たちを介抱しているが、立て直すのは困難に思われた。

 

 ふと、血の池の中にお面が浮かんでいるのを千束は見つける。それはやけに精巧な厳つい男のお面で、まるで生身の顔面をそのまま切り取ったかのようだ。視線を巡らせると、顔の正面の断面図を晒している死体が転がっていて、開かれた頭骨の前部分から、うどん玉のように大脳がどろりとこぼれ落ち──

 

「うん、こりゃフェイクだわ」

「先輩!?」

 

 その惨劇は過度に痛ましく、惨たらしい。

 

 安全神話に守られて生きる人々は、人の死の痛ましさ、惨たらしさを知らない。田中のもたらした非現実的なまでの惨状は、かえって正常性バイアスを煽り、これほど痛ましいものが本物な訳がないと決めつけられてしまった。

 

「たしかに、素人からすれば趣味の悪いB級ホラーにしか見えませんね」

「が、がんばって忘れ得ぬ死を……みんなの心に刻まれたと、思ったのに……なぜ人は死から目を逸らすのだ……」

 

 田中はひどく落ち込んでいる。抱えた膝に頭をうずめ、拗ねてしまった。

 

「ま、逆に嘘くさいと大多数が言ってるわけだが。DA上層部はリコリスが公にされたと問題視していてな。延空木内のリコリスを処分するつもりだ」

「ほんでそういうことするやつらは〜?」

「リリベルだー」

 

 操縦席のミズキの合いの手に、千束が応える。

 

 女子だけで構成されるリコリスと対を成す、男子の暗殺者集団、リリベル。公然と晒されたリコリスをリリベルによって抹殺し、すべてなかったことにしようと上層部は企んでいるようだ。

 

「ラジアータで情報操作すればいいのでは?」

「攻撃を受けてダウン中だ」

「え、じゃどーすんの? いつもの手使えないじゃん」

 

 DAの誇るスーパーAI、ラジアータを使った事件の隠蔽はDAの常套手段だ。それが使えないのではリコリスの隠しようがない。

 

 田中が勢いよく顔を上げ、挙手する。

 

「はい! 同志たちの手を汚させるわけにはいかねーです! 田中に任せてください!」

「……どーするつもり?」

「リリベルの人たちを、二度と引き金の引けないようにしてくるのですっ!」

「貴様もう黙ってろ」

「ひどい!?」

 

 少なくとも田中は本気で言ったのだろうし、実際できそうだからタチが悪い。仮にできたとしてもいずれ物量で押しつぶされるのは目に見えているが。

 

「田中ジョークは置いといて、ほら、これを制御室に挿してこい。後はなんとかしてやる」

 

 クルミはタブレットでの作業を切り上げると、リス印のUSBメモリを千束に手渡す。

 

「ウォールナットに任せろ」

 

 どんな仕組みかは分からないものの、とにかく延空木の制御室にこれを持っていけばどうにかなるらしい。

 

「そろそろ着くわよー」

 

 窓のすぐ外に延空木が見える。下から侵攻するリリベルを避けるため、上から直接制御室へ向かう手筈だ。

 

 千束はたきなと田中を促して、ヘリを飛び降りた。

 

「そういえば真島さんって結局どこに……ま、後でいっか」

 

 旧電波塔内のどこにも真島の姿がなかったという重大な情報を、さらりと後回しにする田中に、誰も気づかないまま。

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