悪夢から目覚めた先は非情な現実だった。
トットムジカによる人的被害は最終的に全くと言っていいほど少なかった。少なくとも公式な記録では死者はいないことになっている。
だが、人以外。家屋や食料などの物的被害は甚大なものだった。特に中心地となったゴア王国の高町などは更地のような有様で、比較的被害の少なかった端町などの外縁部でも石壁等が崩壊していた。
そこで王族や貴族は不足した物資を補うため、国中から物資の大徴収を行うことを決めた。その内訳は辺境や国の汚点とされるグレイターミナルが干上がるようなもの。隔離政策を行い、優先順位をつけて下を切り捨ててきたゴア王国としてはこれまでと変わらない当然の判断。
しかし、それが実行されるより早く。国が持つ軍事力の低下により、押さえつけられていた国への反感は大規模な反乱へと発展。崩壊した石壁から雪崩れ込むように反乱者たちは襲撃を仕掛けた。
武器などを失っていた国の兵たちはこれに応戦するも対抗できず、港も海賊たちに占拠され、一時疎開していた王族、貴族たちは国外へ逃亡する前にその身柄を確保されることとなってしまう。
「正直、参ったぜ、国王。おれァ貴族に生まれたかったんだ」
貴族たちと共に拘束され、地面に転がされた国王を前に海賊であるブルージャムは知己のように話しかける。
「あんたの提案もそりゃァ魅力的に見えたもんさ」
「ならば、これ以上無礼な真似は止めろ。今ならまだ見逃してやる」
威勢だけは立派な国王に対し、ブルージャムは大きな溜息を吐いた。
「分かってねえ。……あの日、化け物が現れた時のことだ。おれたちはあんたから頼まれた仕事のために端町からグレイターミナルに火薬やら油やらを運び込んでた所でな。あの化け物を避けて端町から逃げようとしたんだ。そんなおれたちをあんたらはどうしたと思う?」
国王は何も答えない。
「まァ、知らねェわな。あんたら貴族共はその他の人間なんてゴミとしか見てねェんだから。閉め出されたんだよ、軍隊に。火事を起こす手間が省けたとでも思ったか? あの時は絶望したぜ。結局、閉め出されて正解だったのが笑える話だが。……あの時に誓ったんだ。化け物から生き残って貴族共に復讐してやるとな」
ブルージャムは銃を抜き、国王に向ける。彼の部下たちも貴族たちへ向けて銃を構えた。
「ま、待てお前たちを貴族に……」
「もう、貴族にゃなんの価値もねえよ」
いくつもの銃声が辺りに響き渡った。
トットムジカ消失後、エースとサボの二人は廃墟となった町でルフィと謎のおっさんを探していた。そこで目の当たりにした反乱は略奪というより虐殺であり、目を覆いたくなるもの。そして、サボの目は貴族たちの亡骸が晒された広場へと向けられていた。
「……サボ?」
「あ、ああ。悪い、さっさと撤収しよう」
深く帽子をかぶり直したサボは未練を断ち切るように広場へ背を向けた。
「本当に大丈夫か?」
「問題ない。ただ、少し、国そのものがゴミ山みたいになっちまったと思っただけだ」
「……そうか」
何か事情があることを察したエースは後で問い詰めようと思ったものの、一先ずこの場から去ることを優先した。いつ自分達が暴動に巻き込まれるか分かったものじゃないからだ。
しかし、そんな二人の前に誰かが立ちふさがる。
「エース。まさか、こんな所におるとは」
「なっ!? ジジイ!?」
その人物はガープ。彼の装いはこれまでエースが見てきたものと違い、正義の二文字が刻まれた軍服を纏っていた。その後ろには海兵たちが列をなしている。
「エース。お前が言ってた怪物ジジイって……」
「お前が考えている通りだ」
「まじかよ」
「悪いが今日のわしは忙しいんじゃ。お前たちの相手なぞしておれんわい」
ガープはさっさと帰れとばかりに手を払う。じゃあなんで立ちふさがるように出てきたんだよと二人は思ったが、黙って通り過ぎることにした。
「ルフィは無事じゃ、安心せい」
すれ違いざまにガープはエースに耳打ちした。
「知るかよ、あんな奴」
そう返したエースの言葉には確かな安堵があった。
聖地マリージョア、パンゲア城。その一室で世界政府の頂点に君臨する五人の老人が諜報員の一人から報告を受けていた。
「ゴア王国で起きた反乱はガープ中将率いる部隊により鎮圧。ですが王族、貴族に生存者は確認出来ておらず、市民の犠牲者も多数。また物資も壊滅的な被害を受けているとのことです」
「国家存亡の危機というわけか」
「それに伴い、計画されていた視察団の派遣も中止されています」
「些事だな。今回の事件。その原因についてはどこまで分かっている?」
「生き残った市民ならびに反乱に参加した者からの聴取により、鍵盤のような腕をもつ巨大な怪物の出現、歌声が常に響いていたなどの証言から、今回の事件はウタウタの実の能力者と『トットムジカ』により引き起こされたものと結論付けました」
「『トットムジカ』だと!? エレジアに封印されていたのではなかったのか!?」
「エレジアに確認をとった所、封印がひとりでに解かれていたとのことです。また、およそ半年ほど前にエレジアを海賊が襲った折、今回出現した『トットムジカ』と類似した特徴をもつ存在が海上に出現。海賊を壊滅させたとの報告がありました」
「なぜもっと早く報告が上がってこなかった!?」
「どうやら当時出動した海軍により海王類によるものと判断されたようです、また捕らえた海賊の中に能力者が確認できなかったことも理由の一つかと」
「機密保持が仇となったわけか」
「だが、海上での出現となると能力者は海賊船に乗船しており、エレジアに近づいたことで封印が解けたとみえる。能力者は『トットムジカ』の消失と共に海に沈み、新たに生まれたウタウタの実と『トットムジカ』がゴア王国へと渡ったのでは?」
「うむ。『トットムジカ』もまた意思を持つ。ひとりでに封印を解き、移動してもおかしくはない」
「経緯の推測はここまでだ。それで今回の首謀者ともいえるウタウタの実の能力者の行方はどうなっている?」
「現在調査中です。ただ、報告では『トットムジカ』は革命家ドラゴンとの戦闘の末に消失したとあります。その場に能力者が残っていたのであればおそらく……」
「なんということだ。よりにもよって革命軍の手に渡るとは」
「いっそのこと再びの出現により奴らの本拠地が滅べばと思ってしまうな」
「滅多なことを。世界的に被害が出たのだぞ?」
「なんにせよ対処は考えねばなるまい。そのためにも『トットムジカ』の戦力を確認せねば」
「はっ。中心街在住の市民からの聴取では巨大な怪物の出現と石壁の崩壊、王宮への襲撃までの記憶はあってもその後の記憶がなく、気付けば身ぐるみを剥がされて気を失っていたというものばかりでした。
しかし、端町在住の一部市民からは中心街の複数箇所において大きな爆発が発生。それに巻き込まれた市民は歌声を流す小さな怪物へと変貌後、周囲の物資を捕食し始めたとの報告があります。ただ、人を襲うことはなく、トットムジカ消失後は元に戻ったようです」
「悍ましいな。そうやってウタワールドに取り込まずとも傀儡を増やし、自らの支配圏を拡大するとは」
「記録では現実世界とウタワールドの双方から攻撃を加えねば倒すことはできないとされる。逆に考えれば以前はその方法で倒されたのだ。学習し、対策を練ったのやもしれぬ。災厄に相応しい厄介さだ」
「そうだとするとドラゴンはどうやってトットムジカを打倒したのだ?」
「能力者の体力消耗と考えられるが……続けてくれ」
「その後、トットムジカは先の爆発物を搭載した飛行物体を大量に生成、発射。これにより世界各地でも同様の現象を確認、被害が報告されています。それら飛行物体の被害をまとめた所、段階的に飛距離が伸び、性能が上がっていることが判明。第一波から第四波まで区分けしました。
第一波では
第二波では
第三波では
第四波では
また、各地の海軍、加盟国からの報告では飛行物体は超高速で飛行しており、迎撃は困難。加えて迎撃に成功した場合でも損傷はなく意思を持っているかのように再び飛行を始めたとの報告があります。その後の爆発に関してはいくつか防衛に成功した例もあるとのこと。ただし、いずれも中将以上が防衛に参加していた模様。
そして、被害があった場所は人口の多い都市ばかりであり、なんらかの方法で人を探知しているものと推測されます」
「『トットムジカ』は負の感情の集合体。おそらくはそれを目印としているのだろう」
「しかし、世界の過半を射程に収め、生半可な戦力では迎撃も叶わぬとは」
「先ほどの学習するという推測が真であった場合、『トットムジカ』は時代の進歩と同時にその脅威を増すということ。仮に『プルトン』を学習されでもしたら目も当てられん」
「やはり、何としてでも行方を掴まねば」
「報告によると歌声は少女のものであるように聞こえたとあります」
「それだけではな……」
五老星の苦難は続く。
波の音と揺れを感じながらウタは目を覚ました。ぼんやりとレッド・フォース号との違いを感じて目を開ければやはり知らない船内。隣には何故かルフィまで寝ている。
「はうぁ!?」
「ぐえっ!?」
ウタは反射的にルフィの顔面にグーパンをきめた。それは本来ならゴムであるルフィに通用しない。しかし、愛ある拳だったためか、ルフィは痛みに悶えて目を覚ました。
「何すんだウタ!?」
「ご、ごめん。つい」
ウタは謝りながらも『トットムジカ』の楽譜で顔を隠していた。
「なんで顔隠してんだ? 耳も赤いぞ」
ウタはさらに耳まで隠した。
「待った。ちょっと待って。今、会わせる顔がないというか」
「もしかしてあのこと気にしてんのか?」
ルフィが思い浮かべたのは明らかに様子がおかしいウタと町を破壊しながらドラゴンと戦うトットムジカの姿だった。
「あ、当たり前でしょ! あ、あんなこと」
トランス状態中は記憶のないウタが思い浮かべたのは間近に迫ったルフィの顔だった。一方で、自身がやらかした所業を思い浮かべたトットムジカはへにょりと力なく折れ、ウタの顔を露わにする。彼女は慌てて頭を伏せてうずくまった。腫れたおでこが床にぶつかり、うが~と転げ回る。
「……そうか」とルフィは子供ながらに悩んだ。ウタが自分の行いを悔いて落ち込んでいると考えたのだ。しかし、元はと言えば弱い自分がブルージャム海賊団に捕まったせいである。ウタは彼らから自分を助けてくれたのだ。もしもこれから先、ウタとムジカが行ったことで責められるとしても自分だけは彼女の肩を持たなければならない。償うというのなら自分もその手伝いがしたいとルフィは思った。
「ウタ。そういや、まだお前には礼を言ってなかったな。ありがとう。助けてくれて」
「ど、どういたしまして」
「何があってもおれはお前の味方だ!」
「えっ、えっ、何それ?」
もしかして告白? とウタは身を硬くした。トットムジカは両者の温度差の違いに気付いてあわあわと前へ後ろへペラペラ捲れた。
「後、頭突きしてごめん!」
「これ、あんたの仕業かー!」
ウタはがばりと起き上がった。そして、再びルフィの顔面にグーパンをお見舞いする。だが、愛のない拳はルフィに通用しなかった。
「う、ウタ?」
「まさか、あれも頭突きの勢い? そんなことある? こうなったらいっそのこと」
後ろを向いて唸りだしたウタにルフィは困惑した。
「(子供とはこんなに騒がしいものなのか?)」
そこへ二人が起きたことに気付いたドラゴンがやってくる。その表情は戸惑いに満ちたもの。
「えー、あぁ、うむ。二人とも目が覚めたようだな。どこかおかしな所はな……何があった?」
ドラゴンの目に映ったのは、?マークを出して首を傾げるルフィと!マークを出して口元を抑えるウタの姿だった。