月の都か。
良い所だったな。
全身に吹き付ける風を感じながらも俺は目を瞑り、月の都での数日間を思い出す。
たったの数日間。されどそこ数日間の密度は非常に濃いものであったと思える。
戦い、負け、鍛練し、甘いものを食べ、警護をした。
前世では経験できなかったような、そんな充実した数日間だ。
知り合いも数人できた。その誰もが月の都における有力者というのは何とも不思議な話ではあったが。
紆余曲折を経て、知り合いの一人である綿月家が姉、豊姫さんに俺は地上に転移させられたのだが。
一つばかし、言いたいことが。いや、大声で叫びたいことがある。
「何で転移先が空なんだよぉぉぉおおおおお!!!!しかも無茶苦茶高度が高ぃぃぃいいい!!!!」
そう、よりにもよって豊姫さんが転移に失敗したのか、彼女の「………あっ」という言葉と共に山よりも雲よりも高い空へと転移させられたのだ。
風を切りながら自由落下をする俺の身体には、上空の冷たい風が吹き付け、呼吸するのも辛い。
だが、目を開けば壮大なる自然界の姿を地上一面に見ることができる。
人工建造物はちらほらと見ることはできるが、その数は圧倒的に少ない。しかも何やら古めかしい感じだ。
建造物の代わりか、木々が青々と生い茂り、風に揺られた葉に心が穏やかになる―――かもしれない、そんな光景が眼下に広がっている。
俺の心はお察しの通り全くもって、これっぽっちも穏やかじゃないです。
何だろうね。前にも一度こんなことあったよね。
そうです。転生当初でいきなり空に放り出されたあの時と酷似しています。そういえば、俺を転生させた神様を一発殴ろうって決意したこともあったっけ。
紐なしバンジー。
パラシュートのないスカイダイビング。
自殺行為ですね!と笑うしかない。
以前の俺は慌ててしまったせいで能力を使うという発想まで至るのに時間がかかり、更には能力の使い方も今一わからなかったせいで大怪我したんだっけ。
その結果永淋さん達に会えたのだから人生万事塞翁が馬といったものか。
でもそれはそれ。これはこれ。
取り敢えず俺は自分の能力である『流れを操る程度の能力』で自分の身体にかかる力に浮力という流れ――方向性を強くし、ゆっくりかつ安全に地上へと降り立つ。
うむ。ハジメ、大地に立つってか。
………
……………
………………………。
まあ、じっとしていても何も起きないし、ツッコミもないし動くとしよう。
もう一度周囲をぐるっと見回す。
先ずは右見て――――
木。
お次は左見て――――
木。
更に後ろ見て――――
木。
そして前見て――――
木。
最後に上見て――――
葉。
「完全に森の中です!ありがとうございました!」
といっても、空から降りてくるときに見ていたので知っているのである。
実際には寂しいのを紛らわせていただけだった。
上空から見た地形を思い出そう。
建造物はちらほらと点在はしていたが、村と言えるほどの規模程度でしかなく、他は森!川!池!湖!止めに四方に山!といった、地球温暖化なんて影も形もない緑豊かな自然界の様相である。
畑もあるにはあるが、それもやはり家の数に合うような少ないものであった。
ただ、チラと神社らしきものが見えたのだが、気が向くまで放置しておこう。
結論を言わせてもらうと、そこまで高度な文明はなさそうだ。
文明のあるところで生きてきた俺に文明水準の低い生活が耐えられるだろうか?
そんな疑問がふと沸いてくる。
いや、そんな細かいことは気にするべきはない。
何せ俺には便利な能力があるのだ。何とでもなる。考える時間があるなら即行動だ。
「まずは川の近くにでも行くか。」
寂しく独り言を漏らし、上空から見えた川の方向へと歩みを進める。
何故川か。
それは至って単純。俺の能力の練習台にできるからだ。
ご免、嘘。
本当は食料元確保のため。
エジプト文明やメソポタミア文明なんかも川沿いで発達した文明だったはずだ。
それは土地に栄養があり、生活に必要な水や農業用水を供給できるから、であった気がする。
それに肖ろうってワケだ。
実際に畑作や稲作をやるかは俺の気分次第だが。
◆
川に着いた。
前世のような生活排水で黒ずんだ川ではなく、川底の石の一つ一つが見えてくるような清流だ。
川を覗き込んでみると、小さな魚の群れがワッと四方に散々となって逃げ出す。
綺麗なか水を覗き込んでも水面に自分の顔が映らない。そのためか川底にある大小様々な大きさの石を見ることができた。
「………ふつくしい。」
思わず言葉となって漏れた、目の前の清流に対する俺の感想。都会の川は緑色に濁っており、底まで見透せるような綺麗な川を見たのなんて初めてだったか。いや、転生してから二度目だったか。
二度目とはいえど、やはり感動は色褪せない。
俺は手皿で掬い上げた水を口に運び、飲み込む。
「美味しい!」
これぞ天然水か。余分なものの入っていない天然の水は、飲んでみるとスッキリとした、身体に染み渡るような美味しさがあった。
「…もう一口」
水道水って何だっけ?
この水を飲んでしまったら水道水なんて飲めなくなってしまう!水道水も悪くは無いのだが、天然水には敵うまい。
恐ろしい…恐ろしい程の中毒性だ…!
………。
うん。他にもやるべきことがあるからね。ずっとここで水を飲んでいるわけにもいかないんだよね。
やるべきこと。それ乃ち、家探しである。
月の都では結局思考放棄したが、最終的にはマイホームは持つことになるのか。
しかし、俺には建築技術なんてあるはずもない。造れてもきっと豆腐小屋。いいや、そもそも建てるとこまでいくかどうか。某ゲームを友人に借りてやってみたが、豆腐小屋だったからなあ…
自力で家を建てるのを諦めるとすると、手っ取り早いのは洞窟か。
雨を凌げるのだから問題ないだろう。寝床には藁でも葉でも敷き詰めればそれで良いだろうし。
といってもやはり大きい洞窟の方が見映えがいいよな。
でもまあ、そんな洞窟なんて都合良くあるわけ――――
………。
あるわけ――――
…………。
うん。何て言うかね。上流の方にね、人が余裕で入れる大きさの入り口を持った洞窟がね。これ見よがしにドーンと言わんばかりにね…
はい、せーのッ!
「……洞窟あったーーー!!??」
わぁお!ハジメ君もビックリの都合の良さだよ!
これはもう利用するしかないね!
そんな感じで1人盛り上がる。傍から見たらどう見ても完全に危ない人ですありがとうございました。
取り敢えず、我が家となる洞窟の入り口に扉でも付けましょう。プライバシーの尊重を忘れずにね。
「『霊力カッター』」
近くの木を斬り倒し、更にスライス。楽しくなっちゃってうっかり更にスライス。
…一本無駄になりました。
「『霊力カッター』」
二本目の木を斬り倒す。中々に立派な木だ。俺が両手で抱えるには大きく、高さは天をも貫きそうなほど。おっと誇張し過ぎた。マンションの5階ほどの高さはあるのではないだろうか。
要するに。太くて長い。ご立派ですな。
この木なら洞窟の入り口を直接塞げるのではないだろうか。
そう思った俺が洞窟の入り口に木を立て掛けるとあら不思議。木は洞窟の入り口をぴったりと塞いでしまいました。
その後。
俺は何を思ったのか立て掛けた木を洞窟の入り口をぴったり塞ぐようにしつつも地面に確りと埋め込んで固定し、木の幹に直接通路を作ったのであった。
その日はそれで日が暮れてしまい、俺は洞窟の中に葉を大量に持ち込み、それを布団代わりにして寝るのであった。
そして翌朝。
「………扉、作ってないや。」
目が覚めて、木で塞がれた洞窟の入り口にある木の幹の部分の通路見た俺の朝一番の一言である。
外が見えるのは木の幹の部分の通路だけであるせいか、洞窟の内部には日の光が入らず、暗い。
俺は寝起きで眠い目を擦りながらも外に出て、川で顔を洗う。
ついでに水流を操って魚を強制的に俺の手元へ。朝飯の確保だ。魚が俺の手から逃れようと必死に手の内で暴れまわる。魚の種類は分からないが、腹が一杯になればそれでいいと思う。
それにしたって便利だ。圧倒的なまでに便利だよ、俺の能力。
巧く能力を使えばその場から一歩も動かずにその日を過ごしていけそうだ。
…負けない。そんな誘惑に俺は負けない!駄目人間製造能力なんかに俺は負けないィ!
まあ、元より地上には強くなりたいという自分の意思の下、追放されると言う形であったがやって来たのであって、甘い誘惑には(スイーツ以外で)負けるつもりなど毛頭ないのだが。
朝飯を食い終えた俺は能力の練習、そして鍛練を始めるのであった。
◆
とある山奥の神社の屋敷の中。
金髪のボブで、青と白を基調とした服の幼い外見の少女と村人の姿がそこにはあった。
少女は椅子の上にちょこんといった風に座り、村人はその少女の前で跪いている。明らかな上下関係がそこにはあった。
「へえ。また勢力圏を拡大したんだ?」
「はい。この調子ですと、遅くとも10年以内、早くとも4年以内に戦になるかと思います。」
「そっかあ…うん。わかったよ。下がっていいよ。」
「では、失礼します。」
軽い会話を終え、村人は去っていく。
「やれやれ。どうものんびりとやっていけなくなってきたなあ。」
幼い外見の少女はふぅとため息をつきながら立ち上がり、トコトコと屋敷の縁側まで歩き、空を見上げる。
「へんなのも縄張りの中に突然出てくるし…。はぁ…おいで。」
へんなの。そう言う彼女も頭に頂点に一対の目――しかもキョロキョロ動く――の付いた奇妙な帽子を被っている。
そして、彼女の言葉に応じて、何処からかともなく白い大きな蛇が現れる。
白い蛇は少女の目の前で大人しく塒を巻き、どうしたの?と言わんばかりに首をコテンと傾ける。
《お呼びですか?》
「うん。私の縄張りにへんなのが急に現れたの、気づいてるよね?」
《当然です。潰しますか?》
「ああ、いや、まだ潰すには早いよ。」
周囲に響く、重く、威厳のある声。
その場には少女と白い蛇しかいないため、恐らく蛇の声なのだろう。
普通の人間からすれば蛇が喋ることに驚くものだが、少女は気に止めることもなく話を進める。
「近年中に戦になるかもしれないからさ、できるだけ戦力は多い方が被害が少なくて済むよね?」
《見知らぬ存在を味方に付けるおつもりですか?》
「いやいや。まずは味方に付けても問題ない様な存在かどうか、確かめないとね。だからへんなのを暫く見張って、無害かどうか、戦力になるかどうか、見極めてほしいんだ。」
《承りました。では、早速。》
一連のやり取りを終え、白い蛇はニョロニョロと地を這い、何処かへと向かっていく。
少女はその姿を見送りながら、思考に耽る。
(これでミシャクジ様にへんなのを見張っといてもらえるから、こっちは別のことに集中できるかな。)
ミシャクジ様――それは先程の白く大きな蛇のことだ。諏訪の土着神であり、祟り神である。
(へんなのが害悪なら祟り殺せばいいよね。よし、力のない民には避難の練習、兵士も本腰入れて鍛えなきゃ。)
そんなミシャクジ様に命を下し、民のことを想う彼女はミシャクジ様を統率し、信仰するものには恵みを、しないものには祟りを与える――――
「でも数年かかるから、ゆっくりじっくりやっていけば良いよね♪」
――――洩矢諏訪子、土着神の頂点、つまりは土着神としてトップクラスの力を持つ、祟り神であった。
~今日のダイジェスト~
ハジメ「あーい、きゃーん…ふらぁああああいぃぃ……!!」
ハジメ「川が…ふつくしい…」
ハジメ「洞窟発見!戸を造ってプライバシーの保護しようぜ!」
その結果、洞窟の入り口に人が通れる大きさの穴を幹に空けられた木が植えられる。
ハジメ「…あれえ?戸を造るつもりだったのに…」
諏訪子「戦争近くなってきたのに、へんなのが領地に現れたよ…」
ミシャクジ様《心中お察し申し上げます》
~25話 完 ~
ハジメ「俺は何がしたかったんだろう…?」
それはだねえ…
ハジメ「それは?」
この小説では何かがおかしいキャラクターばっかりってことさ!
ハジメ「やっぱり類は友を呼ぶのか!?」
では、次回もお楽しみに!