テフラdeダンジョン   作:唯のかえる

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村長の館へ

 

 暗闇の中、テフラは走っていた。

 

 ギギギ、と笑い声。

 息も絶え絶えに振り向く。

 

 迫るのは、青く光る黒影の化け物の瞳。

 

 体がすくみあがる。

 動揺してか、迫り出した地面の石に躓く。

 

 フラッシュバック。

 木盾と手斧が無惨に砕け散る姿。

 

 ほうほうの体で、転びながら体を動かす。

 そして、顔に影が差した。

 

「ちくしょう……!」

 

 覗き込むように、黒影の化け物がニタリと笑う瞳を覗かせ、テフラの頭を一飲みにできる乱杭歯だらけの口を開く。

 テフラは。

 せめてと、拳を握り締め、思いっきり振りかぶって──。

 

 

 

 ──バチン!! 

 拳が何かを叩く感触。

 テフラはカッと瞼を開き、現状を把握する。

 

 自身の拳の先、筋骨隆々の偉丈夫が自身を見下ろしていた。

 拳は、ゴツゴツとした手のひらに掴まれている。

 

「なんなんだ今のは」

「!?」

 

 場所は自宅の部屋。

 窓から覗く空は夜明け前の瑠璃色だ。日が昇る前の独特な空色。

 どうやら、自身を起こしにきた父に殴りかかってしまったことに気がつくテフラ。悪夢を見て出た汗が、別な冷や汗に切り替わる。

 

「親父ィ!? わ、ごめ、ゆめd────にぎゃあああああ!?」

「目覚ましだ!!」

 

 掴まれた腕を思いっきり引かれ、自宅の与えられたベッドから浮き上げられるテフラ。思いっきり顔が引き攣っていて、この後起こる出来事に絶望して白目を剥く。

 

 ズドン!! 家が揺れる。

 プラーン。天井に上半身が埋まった青年テフラの姿が生まれた。

 その先鋭的な芸術作品を生み出したテフラの父リーブは鼻を鳴らした。

 

「母さんに殴りかかってたら、それでは済まんぞ」

「お゛う゛……ごべん」

「分かればいい。朝食前の森の点検と組手の時間だ」

「…………………………ぉぅ」

 

 ズボッ! 白目を剥いたテフラが天井から引っこ抜かれて採集された。今空いた穴の他に、天井に謎の修理痕があるのはご愛嬌。

 リーブと目覚めたばかりなのに既にふらふらのテフラが家を出る。

 害獣が村に降りてきていないか? 近隣の森が荒らされていないか? 村中を走りながらそれらを確認し、早朝の組手という名の体を鍛えるのがテフラの家の仕事と習慣だ。

 朝食を食べてからしないのか? 

 森番とはいえ、わざわざ森の植物に栄養を蒔く必要はないのだ。

 

 しばらく時間が経ち、朝日が昇る頃。

 言っていた森番の仕事を終え、家近くにある森の広場に二つの影があった。

 仁王立ちで肩から湯気を上げるリーブと、汗だくで土まみれ泥まみれでぶっ倒れたテフラだ。

 ダンジョン内での戦闘を想定した戦闘訓練。

 毎朝こんな感じである。

 

「水浴びをして飯だ」

「……ゼェゼェ」

 

 森番親子の日常風景。

 同世代で一番の実力者を目指すテフラの努力の時間であった。

 もちろん同世代一番の実力とはダンジョン攻略に必要な力。 

 

 しばらく待ったリーブは、いつも通り動けぬテフラを抱えて、家の方へ移動を開始するのであった。

 

 

 ◇

 

 

「あらあら。今日も派手にやったわねぇ。起き抜けにもすごい音がしていたし、母さんびっくりしちゃった」

「へへへ、ダンジョンの後で気が昂ってたみたいで、夢見が悪くてさ。親父に殴りかかっちゃった」

「あらー! テフラよく無事だったわね、はい救急箱よ」

「お袋ありがとう」

「……加減はした」

 

 朝食の席。

 擦り傷だらけになったテフラの顔に驚いたテフラの母親ヒヨが、塗り薬等の入った救急箱を持ってくる。例のダンジョン産の薬草をふんだんに使った薬品がいっぱい入っている。

 テフラはそこから飲み慣れた苦い丸薬を一粒と、湿布をいくつか取り出して手慣れた様子で貼っていく。

 その様子を見ながら、母のヒヨは心配そうに自分の頬に手を当てて声をかける。

 

「テフラ、別に頑張らなくていいのよ? 嫌なことがあったら逃げても投げ出してもいいのよ?」

「ああ。無理に森番なんぞに骨を埋める必要などない」

 

 ヒヨの言葉に茶を啜りながらリーブも頷く。

 毎朝テフラを鍛えているが、それは強くなりたいというテフラの意志があってのことだ。やらないと言うのであれば、彼はテフラの戦闘面を鍛えるつもりはほとんどない。

 尾根の森の森番らしからぬ言葉。だが、この夫妻が息子のテフラに常に投げかけてきた言葉であった。

 その言葉に、ささっと手当てを済ませたテフラが苦い薬を飲んだ後に渋い顔をして言い返す。

 

「俺がやりたくてやってるからいいの! 村長のところ行かないといけないんだし、ご飯はささっと貰ってく!」

「……そう?」

「ん、ひっへひまふ!!」

 

 テフラは取り合わず、話は終わりと言葉を打ち切る。

 そして、用意されていたパンにスクランブルエッグとサラダを挟み込んで口に咥え、慌ただしく家を飛び出していった。

 

「気をつけてねー」

「喉につめるなよ」

「ん!」

 

 父と母から手を振られて、それに振り返してテフラは去っていく。

 残された夫婦は、寂しそうに顔を見合わせる。

 お互いにゆっくりと首を横に振って、朝の食事を開始するのだった。

 

 

 ◇

 

 

「なんだかなぁー」

 

 歩きながら食事を終え、頭の上で手を組んでテフラは村長の館に向かう。

 その表情はどこか不満そうだ。

 

「昔から逃げろやめろって言われるんだよなぁ」

 

 俺ってそんなに才能なさそうに見えるのかな、と少しナイーブ。

 ちょっとだけ腕に力を込め、むん! と力こぶを作ってみる。細身の体つきの割にしっかりと鍛えられているのが、服の上からでもわかる。

 

「やっぱ親父みたいにでっかく……いや、あれはデカすぎんだろ」

 

 脳裏に筋肉もりもりマッチョマンとか熊みたいなデカさと言い切れる父の姿を浮かべて、大きくため息。テフラは歳のわりに鍛えられている方ではあるし毎日の努力もしているが、父の背中は大きすぎたようだ。物理的に。

 だが、テフラはすぐに顔を上げて気合を入れ直す。

 

「でも、俺は世代で一番の実力をつけて、親父に負けないような森番になるんだ。頑張るぞー!」

 

 おー! とテフラ一人で百面相をやっていると、前に人が二人歩いているのが見える。

 身長位が小さな子供。昨日一緒にダンジョンに潜った金髪の兄妹イッサとサキだ。

 テフラは笑顔を浮かべて駆け出す。そして横に並んで挨拶をした。

 

「よ! おはようイッサ、サキ。よく寝れたか?」

「テフラ兄ちゃん! おはようございますです!」

「ふあぁ……。おはようなのですテフラ兄ちゃん」

 

 兄のイッサは元気そうに手をぴょんと上げて挨拶。サキは眠そうに欠伸をして目を擦っている。

 おや? とテフラは少し心配そうな顔になる。それを察したサキが照れたように後ろ髪を掻いた。

 

「えへへ、昨日の怖いやつの夢見ちゃって……」

「ああー。お前もか、俺もだわ」

「本当なのです?」

「おう、そして寝起きに親父に寝ぼけてパンチしたら、そこから天井に叩き込まれて完璧に目が覚め……覚め……?」

「「?」」

 

 いや、あの後白目剥いて一回意識どっかいったから覚めたのか? いや、でも眠気ではないしなと、テフラは遠い目をして考え込む。それを双子は不思議そうに見守っているのだった。

 

 しばらく昨日のダンジョンの話をして、道を歩いていると村の他の家よりもはるかに大きい村長の館に辿り着く。

 すると、中から聞き覚えのある声が聞こえてくる。何か言い争っているような気配だ。

 

「────? ────!」

「────」

「ラカブおじさんの声です!」

「何か話してるみたいなのです?」

「おう、そうだな。先に着いてたみたいだ。……とりあえず、扉だけは叩いておこうぜ」

 

 そう言って、テフラは村長の館にある立派な門を通って、色々と魔除けの飾りが飾られた玄関のドアノッカーを叩く。何か大事な話の最中かもしれないが、ラカブの声がすると言うことは自分達が来ることも伝わっているだろうという思考。

 余談だが、ダンジョン産の不思議な道具で玄関の横につけるボタンで来客の音を告げる『インターホン』なるアイテムも存在する。この世界の都市に存在する大きな城の扉なんかにつけられるソレを不満不平のある庶民たちが列なし連打して、ピンポン一揆と呼ばれたのは噂に名高い技だ。一昼夜繰り返されるその技は貴族をノイローゼに陥らせた。

 

「おはようございます、森番の倅のテフラでーす。昨日のダンジョンで手に入れたアイテムや起きたことの報告できましたー!」

「「おはようございます!」」

 

 テフラ達が挨拶をすると、中で言い争っていた気配が消える。

 入口前で待つ三人は顔を見合わせて、首を傾げるのであった。

 




 ダンジョン産『インターホン』
 扉横につけると、その家の中の住人に来客を告げる便利なアイテム。
 なお、結構大きな音でピンポーンと鳴るので連打されると普通にうるさい。
 王族の住む城でピンポン連打ダッシュなるものをした旅のおちゃめな吟遊詩人が指名手配されたこともある。
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