ドアノッカーを叩いた後、しばらくテフラ達が村長の館の扉の前で待っていると、落ち着いた様子の村長マクキタラが現れた。
恰幅の良い腹をさすりながら、人の良い笑顔を浮かべて扉を開ける。特段事前に言い争いをしていた気配は感じられなかったので、テフラは不思議に思う。
そもそもテフラは村長が優しい性格の良い人だと思っているので当然と言えば当然。それに、外まで大きく響いていたのはラカブの声である。
「ホッホッホ、おはようございます。皆さんよく来ましたね。さぁさ、ラカブもきているので中にお入り」
「「「お邪魔しまーす!」」」
テフラ達は村長に頭を下げて挨拶をして、館の中を案内される。ちなみにこの館は村で一番大きく大きな間取りもあるので、ダンジョンの座学の勉強などにも使われている村の共有財産である。村長が住み込み管理している公民館などとイメージするとわかりやすい。
そんな館の中を、柔かな表情のマクキタラを先導にして館を進む。
そこまで遠くない部屋にたどり着くと、何かを深く考え込み椅子に座っているラカブが待っていた。テフラ達が部屋に案内されると、ラカブは顔を上げて簡単に手を振って挨拶をしてきた。テフラ達も手を上げて挨拶をし返す。
部屋の中は会議のしやすいように中央に大きな円卓があり、十人程度は席につけるようになっている。
花の絵などの調度品も簡素に飾ってあり、華やかとは言い難いが落ち着いて会話をできるようになっている。
「さて、私はお茶を用意して来ましょう」
「あ、私たちも手伝うのです!」
「僕も行くです!」
「ホッホッホ、ありがとう。でも、私がしてきますのでラカブと話す内容をまとめておいてくださいな」
そう言って、ここまで案内したマクキタラは再び部屋を出ていった。テフラ達は言われるがままに、空いている席へと座ることにした。ラカブの近くの椅子へと近寄る。
そこで、ようやく考え込んでいた様子のラカブがフゥとため息をついた。
「やれやれ……」
「ラカブのおっさんおはよう。……なんか疲れてる?」
「いや、別にお前が気にすることじゃないさ」
椅子に座ったテフラは部屋に入った時から気になっていたラカブの様子に言及する。それにラカブは手を顔の前でひらひらと振って流した。心ここに在らずといった様子。
先ほど外まで声が聞こえていたのもあるし、突っ込んで聞くのもはばかられたテフラは横の席に座ったイッサとサキと視線を合わせて首を傾げるにとどめた。
まぁラカブが話す必要を感じたら話してくれるだろうと、話を変えマクキタラが言っていた通りに昨日のダンジョンの拾得物をお互いに確認する。基本的に、ドロップしたアイテムは本人の物になるが、村に還元しないといけないアイテムなども存在するからだ。
特に食品系などは一人で抱え込んでも、痛む前に処理しきれない。
「ラカブのおっさんとイッサの拾ったアイテムはなんかいいのあったか?」
「……ん、おじさんの方はダッシュアップルンが落とした麻袋いっぱいの林檎と、ボス部屋にいた『パローレミングス』の取り巻きが落としたチーズと大量のパンだな」
「先にダンジョンから出た時に、回収係の人に渡したのでお家とお店の方に行ってると思うです!」
「食品系はそんな感じ? こっちは悪いけど収穫なしだったんだ」
「なのです」
食品系は現物が多めにその者の家に入り、それ以外の余った分は村の店を通して商品として出荷される。そしてお金として還元されるのだ。
そこまで話すと、マクキタラがお盆に人数分の茶を持って帰ってくる。
ニシキの村近くにある別な村で育てられている緑色のお茶だ。名前はチーラン村で育てられているからチーラン茶と呼ばれている。とてもまろやかでスッキリする味わいなので人気の交易品だ。
ちなみにニシキの村ではニシキ切子と呼ばれる美しいガラス細工の器が有名である。大昔にはどこかの王様などに献上していたという伝説が残っているが、近くにそんな場所もないのにおかしな話だと村人はほとんど信じていない。
「ホッホッホ。では、お話を聞かせてもらいましょうか」
「先ほどこちらのイッサとおじさんの話はしてある。テフラ、昨日あったことを話せ」
「お、おう……って、はい!」
ラカブが茶を啜りながら、テフラに水を向ける。マクキタラは笑顔でありながら、どこか怖さを感じるのでテフラは緊張した。
「ええと、落とし穴に落ちてからの話です」
テフラは落とし穴に落ちてからのことを話していく。
村の近くで入ったことのないダンジョン構造、黄金の罠、そして。
「ふぅむ、黒影の化け物ですか……」
「はい。村の木の盾も粉々に砕けるし、ダンジョン産の手斧も同じように砕けて、全然倒せる気がしなくて逃げました」
「『帰還の洋燈』を使う暇もないくらい素早かったのですか?」
テフラは思い出す。後ろを一定の距離を保って、ギリギリで追いかけてくる黒影の化け物を。
そして、恐る恐る口を開いた。
「……あくまで俺の感じたことなんですけど」
「ふぅむ?」
「アイツは、多分『帰還の洋燈』を使おうとしたら一瞬でこっちを殺してきました」
「ほぅ?」
きっと手を抜かれていた。
追いつくか追いつかないかのところで、遊ばれていた気がした。
思い出す。
全力疾走して、テフラが逃げている時。
「アイツ、楽しそうに笑ってたんです。俺が尻尾を巻いて逃げるのを無様だなって嗤ってたんです」
「……」
夢でも見た。
あの目。あれはテフラが恐怖して無様に逃げるところを愉しんでいた。横に座っているサキを見ると、思い出してしまったのか肩が震えている。
テフラは自分は前を見て全力疾走していたが、アイツが壁から這い出てくる時も追いかけてきた時もアイツの恐ろしい嗜虐的な瞳と目が合って気絶したもんなぁと思考する。
安心させるように、優しく肩に手を置いた。
「でもまぁアイツもこの村一番の幸運の男! この森番の倅テフラをみくびって取り逃したみたいですけどね! へっへっへ!」
から元気でもまぁ生きているからヨシ! とサキに笑って見せた。
心あらずであったラカブもようやく調子が戻ってきたのか、タレ目を細めてくつくつ笑っている。場の雰囲気で、サキも震えが止まり笑顔を浮かべた。
◇
しばらく他愛無い話、先ほどのダンジョン内でのドロップ品や罠の話で花を咲かせる。
サキが落ち着いた頃合いで、話題が次に移る。
「それでは、報酬部屋で入手したアイテムなどの話に移りましょうか」
「あ、私は『帰還の洋燈』を三つ手に入れたのです!」
「僕も一個です! ……サキと一緒に拾った分です!」
「っと、俺もいただいていた分を返しますね」
サキが挙手して、持ってきていた現物を取り出し、横で慌ててたようにイッサとテフラが同じように取り出す。円卓の上に五つ緑色の炎をゆらめかせるランプ『帰還の洋燈』が並ぶ。
確かに、とマクキタラは頷いて数を確認した。そして、イッサが腰から別のものを取り出した。
「僕、これが手に入ったです」
ゴトッ、と重い音で円卓に鞘に入れられたナイフが置かれる。イッサの手から肘くらいまで刃渡りがあるので、イッサが持つとショートソードのようだ。
テフラが良いなぁ、と複雑そうな表情でそれを見つめた。過去に同じように手に入れた手斧はダンジョン内で粉々になったのだからしょうがないのだ。
「鑑定はしましたか?」
「この報告が終わったら、サキと一緒に行く約束です!」
「ホッホ、わかりました。良いものだと良いですねぇ」
「やれやれ……」
うんうん、と双子は顔を見合わせて頷き合う。
マクキタラが茶目っ気を出して腹をたたいて笑う様子を、ラカブが肘をついて半眼で見つめる。
あのレベルのダンジョンで拾得できるものは、単純に頑丈か人間が打つ刃物より僅かに切れ味が良いかのどちらかと言うことを知っているからだ。テフラも二人の様子を見て、まぁ夢はあった方がいいよなぁと後ろ髪を掻いて笑うに留めるので合った。
そして、ラカブも同じように円卓の上に手に入ったものを置く。
それは腰につける鞄だ。
「俺が手に入れたのは、少し見た目より容量が大きい鞄だな」
「ラカブ使いますか?」
「いや、もっと良いものを持っている」
そして、円卓を滑らせてマクキタラに流す。
「店で商品にしておいてくれ」
「わかりました」
テフラとイッサとサキが少し羨ましそうに見ているが、決して欲しがると言うことはしない。ラカブも三人が羨ましそうに見ているのをわかっているが、決して与えることはしない。
一つしかない特殊なアイテムを他人に善意で融通して、のちに軋轢になることがわかっているからだ。欲しかったら、自分で店に並んだものを購入して手に入れろ、ニシキの村ではそう学ばせている。
特殊なアイテムを巡っての悲しい事件や悲恋、童話などがこの世界には多々あるのだ。
そして、テフラの番が来た。
昨日報酬部屋で見てから、家に帰ってすぐに寝たせいで確認しそびれていたソレ。
ダンジョン内で確認したが、どんなアイテムか見当のつかなかったアイテム。
「俺のはコレです!」
テフラはワクワクしながら、鞄から古ぼけた様子の少し大きな羊皮紙を取り出すのであった。
特別なアイテムを欲しがり奪い、その後手に入れた者が悲惨な目に遭ってダンジョンに食われる童話とかある。
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