テフラがダンジョンを見つけ、『魔法の地図』を手に入れてから一週間ほどが過ぎた。
時期を繰り越し、『尾根祭』の準備が始まる。
その間ダンジョンに入るのが禁止され、見つけられたダンジョンは場所を把握して囲いをして保護されていった。そして『尾根祭』が終わった後に、ニシキ村の大人たちがそれぞれダンジョンを攻略する手筈になっている。
村のほとんどの人たちは『尾根祭』の後にあるダンジョン攻略後の物資を使った宴を、二次祭として楽しみにしているようだ。
村中がどこか浮ついた雰囲気の一週間であった。
その浮ついた時間の中で『魔法の地図』の売却に関しては、テフラは答えを出した。
キチンと、断ることにしたのだ。
数代にわたる財産というものには正直惹かれた。だが、あの黄金の罠を思い出す。
身の丈に合わない財宝で自分は身を滅ぼすかもしれないと、教訓を経ていたのだった。
村長のマクキタラにいろんな人に渡ると悪用されるかもしれないと真摯に告げ、きちんと自分で管理をすると話をつけにいった。マクキタラはその話を受けた後に、何処か上の空であったが納得をしてくれたのだった。
そして、時間が過ぎて。
代わり映えのない日々を過ごして。
────『尾根祭』の前夜がやってくる。
◇
深夜。
虫も寝静まった頃。
「テフラ」
「ぅん〜……、おやじ……? ふわぁあ、なにぃ?」
暗い部屋の中。
リーブがテフラを起こしにきた。
寝ぼけ眼で窓の外を見るが、月も雲に隠れているのか真っ暗だ。珍しいこともあるなぁと、眠い様子のテフラは大あくびをする。
昔からこの家には森番であるからか来客が多いのだが、この一週間は特に訪れる人が多かったのだ。まるで前夜祭のように大人たちの酒宴が我が家で行われていて、テフラも酔いの回った村人の介抱や話を聞いたりで、自然と寝るのが遅くなっていたのだ。
「ダンジョン攻略の装備で居間に来い。静かにして声を出すな」
「?」
「急げ」
「お、おう」
いつも以上に険しい声音でリーブが、足早にテフラの部屋の外に出ていく。
首を傾げながらも、言われた通りいつも『魔法の地図』や回復の丸薬などを入れた大きめのウエストバッグを装着。その後、ニシキの村でよく使われている魔除けの紋様が入ったカーディガンを羽織った。
手斧に変わる武器は残念ながらまだ手に入れていないので、壁にかけていた訓練用の先端を重くした三尺棒を背中に担ぎ、新しく作った木盾を左腕に装着した。
準備を終え暗闇の中で居間に行くと、ランプなどもつけずにリーブとヒヨが待っていた。
「来たか」
「おはようテフラ」
暗がりで両親の顔は見えない。喋る声も小声だ。
首を傾げながらテフラはなにがあったんだろうと少し胸騒ぎがする。
テフラも合わせて小声になりながら、なにがあったのかを聞く。
「こんな時間にどうしたんだよ」
「ええとね、それは……」
「俺が言う」
ヒヨの言葉を遮ってリーブが口を開く。
「テフラ、森に別な村へ通じる道を作っておいた」
「?」
「今から語る話で決断をしろ。気に入らなければ逃げろ」
「お、おう!?」
暗い中、リーブは語りだす。
二十年に一度の『尾根祭』の話を。
生贄を捧げる『尾根錦祭』の話を。
誰も生還していない『生贄ダンジョン』の話をされる。
その生贄が、テフラであることを話した。
急に話された重い話にテフラは慌てる。
「な、なんで今更そんなこと話したんだ!?」
もっと早くに言ってくれててもよかっただろう! とテフラは言う。
だが、リーブは続けて語る。
「大きな声を出すな。…………、最近尾根の神や村での生活について聞かれなかったか?」
「ええ? 家に来た人たちお酒が回ったあたりで毎回聞かれてるけど……」
テフラは思い出す。
先日の武器が守ってくれたお礼を尾根に伝えて欲しいと祈ったりしたと言った時の大人の顔を。
どこか、罰が悪そうな、申し訳なさそうな顔ではなかったか。
リーブが言葉を続ける。
「お前が逃げていないかの監視と、俺たちに対する監視だ」
「そんな……。その、生贄ってのは本当に必要なの?」
「……ああ」
今度は昔話を語る。
鑑定屋のカイズミ爺さんもまだ生まれていない時代。
大昔から長々と続くこの風習を打破しようとした村長がいたそうだ。
初めは特に問題はなかった。時折強い魔物が出る程度。
なんだ、迷信だったじゃないか。そう思われた。
だが、刻々とダンジョンから帰ってくるものが減った。
命からがら一人だけ生き残って帰ってきた男が言うには、初めは簡単そうなダンジョンで、罠がとんでもなく悪辣になっていたり、絶対に勝てないような恐ろしいモンスターが現れ始めたそうだ。
それこそ、テフラが見た初見殺しの黄金の罠や決して攻撃の通らない怪物など。
尾根の神の怒り、そう呼ばれた。
しかし『生贄ダンジョン』に子供を差し出すと、たちどころにピタリとおさまる。
それどころか、子供を連れて潜れるほど優しい上に、豊富な見返りのあるダンジョンが戻ってくる。
村を捨てることを考えたこともあるらしい。
だが。
二十年に一度だけ、一人消えるが平和に豊かに暮らせる。
それはこのダンジョンで人がいつ死んでもおかしくない世界で、実に魅力的であった。
結果、今に至るまで継続されている風習になる。
この村の闇だった。
「そう言うわけだ。逃げなさい」
「……いや、逃げたらやばいんじゃ」
「一人に押し付けなきゃ豊かになれない村なんぞ、滅べばいい」
怒りを滲ませた様子の言葉。テフラには暗くてリーブの顔は見えなかったが、怒っているのがわかった。それは結局今日までテフラになにも言えずにいた自分への怒りか、風習そのものに対する怒りなのかはテフラには分からなかった。
ただ、一つテフラにも分かることがあるとすれば。
テフラは、ゆっくりと歩き出した。
「? ……テフラ?」
「親父、お袋、教えてくれてありがとな!」
そして、居間にある机のランプに火をつける。
窓の外に灯りが漏れる。
生まれてから住んで、慣れ親しんだ家だ。どこになにがあるかなんて、目を瞑ってでもわかる。
「お前、灯りを……!」
「ばれちゃうわ! 早く消しなさい!」
「ううん、いいよ。……俺たちは明日の『尾根祭』が楽しみで早く起きた、そうでしょ?」
灯りがつくと、両親の様子がようやく分かった。
ヒヨは初めて見るくらい大粒の涙を流していたし、ずっと語っていたリーブも血が滲み出すほど強く手を握っていた。
そんな両親から見た、テフラの顔には。
────屈託のない笑顔があった。
「俺が逃げたら、親父とお袋が大変な目に遭いそうじゃん? それに俺この村好きだよ。俺が行かないと大変なことになるって言うのなら、俺は行けるよ」
薄明かりに照らされながら言葉を紡ぐ。
挨拶をすればいつも朗らかに返してくれる住人。
元気満点な双子のイッサとサキ。
気のいいおじさんのラカブ。
偏屈だがしっかりと鑑定をするカイズミ爺さん。
規律には厳しいがダンジョンについて教えてくれたマクキタラ。
そして、尊敬する森番としての自分の両親。
それに俺が逃げ出したら、それこそイッサとサキのような仲の良い子供にお鉢が回ってくるかもしれない。そしたらまた恨みの連鎖だ。
それはやだなぁと青年は考えた。
「俺ってちょっとドジだし、バカなとこもあるし、心配なのもわかるけどさ」
どん、と胸を叩いて二人に語った。
「要はそのダンジョンを攻略しちまえばいいんだろ? まかしとけって! なんたって俺は──!」
村一番純朴な青年は堂々と宣言する。
「──こんな素敵な親のもとに生まれて来れた、村で一番ツイてる男テフラだぜ!」
静かな村の夜に、青年の声が響く。
蛮勇か無謀。それそのもの。
だけれど、その青年をここまで育てた両親は。
その息子の言葉にひどく救われたのだった。
その目は、かつて見送った幼馴染みと同じ目をしていた。