『尾根祭』
村の男衆が大昔から村で使われている太鼓を鳴らして、その始まりを告げる。
どんどんどん! どんどんどん!
太鼓の音。
それにつられてザワザワと浮き足だった村の雰囲気。
村の広場に当たる場所で、昼から篝火や屋台が並んでいた。
屋台では食べ物の他に木彫りの人形やニシキの村の工芸品であるガラス細工等の民芸品もたくさん並んでいた。
他の村の人間や旅人の一団などもやってきているのか、普段以上に人が溢れていた。
記念品のお面や普段倉庫の肥やしになっているダンジョン産の装備なども売られていて、それを目当てにやってきた人もいそうな気配。
ニシキの村もそこまで閑散とした村ではないのだが、『尾根祭』の時は普段と違った村の様子に驚かされるのだった。
そして、広場の中心。
村長マクキタラが普段とは違う装いで、大弓を持って立っていた。
持っている矢は鏑矢。
音のなる、祭りを尾根の神に告げる目覚ましの矢。
普段作っている優しい様子はなりを潜め、厳しい表情で大弓の弦を引き絞る。
実を言うとマクキタラは、森番リーブに次ぐ弓の名手であった。
この祭りの中心人物を決める一矢。
平時であれば当たった家の者が、村の家々を歩いて進み、花飾りや宝飾品などを受け取る催しである。そして、受け取ったものを森の広場に作った祭壇に奉納する手筈になっている。
尾根の神による運命の一矢とされている。
だが、二十年に一度は八百長である。
森の広場に受け取った物を捧げる祭壇も作られていない。
矢の家の子供は受け取った物を持って、森奥にあるダンジョンに行くからだ。
──生贄を定めた一矢。
引き絞る。引き絞る。
マクキタラの顔に玉汗が浮かぶ。
ギリギリと空へ。
尾根の方へと向かって。
僅かに森番の住む家がある方向へ向かって。
弓を空に向かって引き絞るマクキタラを、囲む村人たちが胸を押さえて見守る。
その中には。
ワクワクした様子の少年少女イッサとサキも。
草臥れた表情で諦観の様子で空を見上げるラカブも。
興味がなさそうにパイプを咥えて煙を噴かすカイズミも
泣き腫らした顔のヒヨと、その肩を優しく抱くリーブも。
────そして、不敵に笑うテフラの姿もあった。
マクキタラの頬を伝う汗が、地面に落ちた瞬間。
ヒュィイイイイ──ッ!
誰かの代わりに悲鳴をあげる鏑矢が放たれた。
それは美しく天を目指し。
頂点に達すると放物線を描いて、規定の家の方へと落ちていく。
落ちた家に住む者が、尾根に選ばれる。
その時。
「……なんだ?」
誰かが呟いた。
震える指で、矢の行く末。
雲の多かった大空を指差した。
「雲が、割れた……!」
尾根を覆っていた雲が、まるでニシキの村に道を作るように縦に裂けたのだ。
自然ではあり得ない現象に、その場にいた村人たちは手を組んで尾根の方へと深くお辞儀をする。
尾根信仰。
村を見守るとされる尾根の神の存在を確かに感じる不可思議な現象。
美しい白銀の尾根、その頂上が姿を表していた。
動揺する村の大人たちがざわつく中、子供たちがワッと声を上げながら鏑矢の落ちた方へと駆け出していく。
慌てたようにその親たちが子供たちに着いていく。
どの家に矢があたったかを確認しに行くのだ。
間違いなくテフラの家に当たっていることをテフラは知っている。
なぜなら、朝一に自分の家に矢を自分の手で突き刺したのだから。
今マクキタラが射って飛んでいった矢は森番の家を超えて、森のどこかに落ちているはずだ。
テフラはそんな人の波についていかず、その場で空を見上げて立っていた。
頭の後ろで手を組んで、驚いた様子で目を丸くして尾根を見る。
独り言を呟いた。
「なんだ、やっぱ尾根の神様は見てるんじゃん」
そして、割れた雲の先。
尾根の天辺に向かって手をかざして宣言した。
「へへへ、待ってろよ神様! ダンジョンを超えて、ちゃんと会いにいってやるからな!」
どんどんどん! どんどんどん!
太鼓の音が激しくなる。
音の場所は森番の家。
こうしてテフラは『尾根祭』の中心人物として周知された。
◇
ダンジョン用の装いを着て、テフラは村の中の各家々を歩いていく。
テフラの後ろには村人の行列が出来ていて、それぞれの家に着くとその中から家の中に入っていて尾根の神への捧げ物をテフラに渡していった。
そして、捧げ物を渡すと祭りの広場に戻っていく。
普通の『尾根祭』であればこれを森の広場に作った祭壇に捧げ、捧げた者も祭りに帰っていくのだが……。
「テフラ兄ちゃん、これを上げるです!」
「あんまり似合わないかもなのです」
「へへ。イッサ、サキありがと!」
イッサとサキの手でテフラの灰髪に、イッサとサキが作った花冠が載せられる。
それを苦笑いしながらテフラは受け取った。
その後ろで双子の母親が、深々と頭をずっと下げていた。
なにも知らない双子がその母親の横に並んで手を振る。
「「また後でね!」」
「ああ! ……おばさんもまた!」
双子の無邪気な言葉にテフラは即答する。
お辞儀をしたまま、双子の母親の肩が震えた気がした。
テフラの今の姿は宝飾品のブレスレットや花飾り、花冠等で彩られていた。
そろそろ、これ以上持てない! と言ってしまいそうなくらい両手に色々な綺麗なものを持たされていた。
これ以上ないほどの、捧げ物の姿。
そして。
いつの間にか村を一周していた。
後ろに列なしていた人たちいなくなり、祭司としての役目があるマクキタラだけが無言で後ろをついて来る。
最後の家にたどり着く。
この村で一番見慣れた家。
「……ただいま!」
「おかえり」
「お帰りなさいテフラ」
そこはテフラの育った家だった。
我が家の前。
玄関前に両親が立っていた。
「んで、帰ってきて早々悪いんだけどさ」
「……ああ」
「……うん」
リーブとヒヨは掠れた声でテフラに声に応えた。
鼻を擦ってから、テフラは軽く手を上げて見せた。
「へへ、いってきます!」
そして。森の方へ──。
「「テフラ!」」
両親が駆け寄ってくる。
ぎゅっと抱きしめられ、ぐしゃぐしゃと頭を撫で回される。
されるがままの様子で、テフラはそれを受け取った。
この家から受け取った物。
尾根の神には、子を思う我が両親の気持ちを持っていこう。
そうすればきっと。
────こんな儀式はダメだって、きっと分かってくれるさ。
テフラは覚悟を決めた顔で、森を。
森を超えた先の尾根を、見据えた。
しばらく抱きしめられた後、マクキタラの咳払いが聞こえる。
名残惜しそうにリーブとヒヨがテフラから離れる。
その後、リーブが背中からいくつか装備を取り出した。
「テフラこれは尾根の神に捧げるんじゃない」
「あなたにわたしたちから贈るものよ」
「わぁ……!」
無骨だが取り回しがしやすい斧と魔除け紋の入った暖かそうなマフラー。
そして美味しそうなサンドイッチ。屋台で売っていた食料を入れた肩掛け鞄。
「武器はいるだろう。カイズミさんに相談して一番いいのを探しておいた」
「きっと山の上は寒いから。これで温まってね。ご飯食べ終わったら道具入れにしてね?」
受け取る。
斧は以前まで使っていた手斧のように手に馴染む。まるで生まれ変わりのようだ。
マフラーを花飾りなどを一度外してから首に巻く。まだ少し暑いが、大きく息を吸うと家の匂いがした。
最後に鞄を肩から下げて、テフラはお礼をいう。
「ありがとう。その……、改めて」
一度頭の後ろを掻き、照れたように目を擦って。
そしてもう一度、しっかりと不敵な笑顔を浮かべて。
「いってきます!」
「「いってらっしゃい」」
今度こそ、森の方へと歩いていく。
その姿を両親は見送った。
背中が見なくなっても。
日が暮れて祭りが終わった頃に、送り届けたマクキタラが戻ってくるまで。
ずっと見送っていた。
次々話からダンジョン。