泉にできた光の道を走り抜け、ダンジョンの入り口に駆け込んだテフラ。
ダンジョン内に降り立ち、周囲を見回した。
空はまるで水の中から水面を見た時のような美しい光。
壁と床は美しく滑らかな青の材質で出来上がっていた。
観察を終えると、上がったテンションのまま彼は意気揚々と降り立ったダンジョンの小部屋から、一つだけあった狭い通路へと歩き出すのであった。
そして、そんな彼は今。
「ほわぁああッ!?」
目ん玉剥き出しながら、後ろを振り向いて必死で逃げていた。
それはこれでもかという全力疾走である。
なぜなら。
「尾根の神ィ!? 序盤で弓モンスターはダメだってー!?!? うおお、かすった!?」
ヒュヒュヒュ! と風を切る音。
まるでダッシュアップルンの踊りを参考にするように、テフラは飛んでくる矢を必死で避ける。
そのダンスを笑うように後ろから弓を打ちながら追いかけてくるモンスターが、ウキキと笑っている。
手には木でできた粗末な弓を持ち、明るい茶の毛でモジャモジャの素早い猿人。
ソイツがテフラに矢を射っている犯人で、このダンジョンの第一モンスターであった。
必死で逆走をしてテフラは、狭い通路を抜けて最初に降り立った部屋に戻る。
射線から外れるように、かつてラカブがやっていたように通路真横の壁にピッタリと張り付くのだった。
逃げるテフラを狩るために通路から飛び出してきた弓猿人に、既に構えていた斧を思いっきり上から振るう!
そして。
「ウキ!」
「────っぉ!?」
見窄らしい割に頑丈だった弓で、簡単にいなされた。
素早い身のこなしで小部屋に入ってきた弓猿人は、部屋の中でテフラから距離を取るように後ろに下がって再び弓を構える。
まだまだ身の危険を感じるテフラは思考、行動。
体は普段の訓練通り、すぐに斧を振える体勢に戻っている。
風切り音と一矢が迫る!
テフラは体を深く沈め、前のめりの体制!
矢が盾に当たる位置に調整、前に踏み込む!
距離を詰める!
その足掻きを嘲笑うように猿人はさらに後ろに下がってもう一本矢を放つ。
ガンっ! と矢が盾に当たる強い振動。
じり、と足が後ろに下がりそうになる。
だが、歯を食いしばって同じ体勢でさらに前に!
「ぉおおおおおらァッ!」
「ギッ!?」
弓猿人がさらに後ろに下がろうとするが、既に背中は小部屋の壁であった。
テフラが盾ごとタックルで弓猿人の顔面に突っ込み、下から猿人の頭を下から掬うように強く打ち払う。
そして────!
「ぎ……」
弓猿人の首肩の間に、父から貰った手斧を叩きつける!
その一撃がとどめになったのか弓猿人は、ぐるぐると目を回して地面に倒れ伏す。
そして、地面に吸い込まれダンジョンに食われて消える。
からん、とその場に宝石がついた指揮棒のような杖がドロップした。
それを尻目に、ゼッとテフラは大きく息を吐いてから、その場に尻餅をつく。
早速村でもらった尾根の神様への捧げ物の花飾りや花冠などは、弓猿人の矢に掠ってどこかに行ってしまった。既に普段通りのダンジョン装備にマフラーと肩掛け鞄を足した格好に戻っている。
そんなテフラはまだ落ち着かない胸に手を当てて、反省するように呟く。
「て、敵がつよい!? 慎重に進まなきゃ……」
慎重にダンジョンは潜るべし。
そうニシキ村で学んだのに実践できず、あっけなく今回強い敵に見つかったテフラ。
流石に反省をして少しの間その場で休み、頭を冷やすのであった。
◇
「さてと……、このドロップ品は不思議な杖かな? なんの杖だろ」
テフラは弓猿人が落とした宝石のついた指揮棒のような杖を拾い上げる。
それはダンジョンでドロップする不思議なアイテム。特殊な効果を持っている杖で、強く振ると効果を発揮するものが多い道具である。
テフラはまじまじとその杖を見てみるが、カイズミ爺さんの『鑑定屋』で見覚えがあるような、無いような……。不思議な効果はあった気がするが、使ったことがないのでテフラには思い出せなかった。
「確か宝石が使うたびに小さくなっていって、無くなったらもう使えないんだよな。敵がいたら試してみるか」
腰のベルトに取りやすいように刺して、テフラは頷く。
そして、再び小部屋を出るために狭い通路に入ろうとして……。思い出した。
「俺『魔法の地図』持ってるじゃん!!!」
ばっ! と鞄から『魔法の地図』を取り出し、慌てて開く。
すると。
「………………?」
羊皮紙のうち、八割ほどが白紙であった。
今自分がいるであろう小部屋が描かれ、先ほど進んで猿人に見つかった狭い通路だけが描かれている。
もしかして、とテフラは気がつく。
「自分が行ったところじゃないと、見えない? え、じゃあ宝は、敵は!?」
テフラがそう呟くと、宝を示す青い点が地図の空白の部分にポツポツと光ってみせ、敵という言葉に反応するようにまた空白の部分に赤い光点を見せる。
その様子にほっとテフラは胸を撫で下ろす。どうやら、このあたりの機能は生きているらしい。
この地図はまだまだわからないことが多いな。そう思考して、見えたら嬉しいものを地図に向かって告げてみる。
「罠のある場所を見せて? ……ダメか。ええとじゃあ……階段見せて! ……ダメか。うーん、ヘイ地図! このダンジョンが何階あるか教えて! ダメか……ってやべぇ!!」
地図に夢中になってモニョモニョ語りかけていると、徐々に赤い点がこの部屋に近づいてきていることに気がついた。
慌ててテフラは、先ほどと同じように一つしかない通路側の壁に張り付く。
先ほどと同じように強敵が現れた時の覚悟を決める。
ザリザリ、ザリザリ。
何かを引きずるような音。
ごくりとテフラは喉を鳴らして斧を構え────。
丸々と太ったファットラットが現れたのを見て、蹴りを放つ。
「てふらきーっく!」
「ぎゅいーっ!?」
「よかった……。お前がいてくれるなら俺嬉しいよ」
ごろごろごろ! ファットラットは横っ腹を蹴られてそのまま小部屋の壁の近くまで転がっていった。もちろん、ファットラットは仰向けの状態になった。
心底安心した顔で、テフラは空に向かってシュッシュと短い足で空を蹴るファットラットに語りかける。
そのまま、手斧に手をかけて上に振り上げて……やめた。
手斧を背中に戻す。
そして、悪い笑顔で腰のベルトから先ほど拾った魔法の杖を取り出した。
「へへへ……こいつどう思う? まだ効果がわからないんだぜ」
「ぎゅいぎゅい!?」
「へへへ、楽しみだなァ」
何をされるのか察したのか、やめてくれ!? と涙目のファットラット。
無情にテフラはえいっと軽い声で転がるファットラットに杖を振るった。効果がわからないと、ピンチの時に使えないからね。仕方ないねの精神。
杖の先から白い光が飛び出し、ファットラットに当たる。
すると。
「あ、あれ!?」
テフラの目の前からファットラットが消え、小部屋の壁が急に目の前に現れた。
慌てて周囲を見回す。すると先ほどまでテフラが立っていた位置に、現状が掴めずにパチクリと目を瞬くファットラットが転がっているではないか。
杖の効果は、杖の光を当てた相手と杖の持ち主の位置を入れ替える効果のようだ。
言うなれば、『場所替えワンド』といったところか?
テフラはまじまじと指揮棒のような小さな杖を見つめる。
宝石が先ほどより小さくなっているが、大きさ的にあと三〜四回は使うことができそうだ。
これは良いものを手に入れたと満足そうに何度も頷いた。
その後、実験のお礼を言って、テフラはファットラットを倒す。
ドロップアイテムは落ちなかった。
ファットラットがダンジョンに食われたのを見届けて、今度こそ『魔法の地図』を片手に、警戒しながらダンジョン探索を始めるのであった。
◇
赤い光点を避けるようにして歩いていく。
時折通路で待って別な場所に行くのを待ったり、部屋の中で後ろを向いているところを襲い掛かる。
『魔法の地図』のおかげで、変に精神をすり減らさなくて済むのは非常に助かるとテフラは感動した。なるほど、これはマクキタラが目の色を変えるだけはある、とその身で感じて理解する。
この『生贄ダンジョン』の一階をあらかた進み、地図の白紙だった部分の部屋とモンスターの種類を把握する。
どうやら一番強そうなのがあの素早い弓猿人で、それ以外はファットラットとスラットというテフラでも倒したことのある敵たちだ。階層を進めば新たな種類のモンスターを警戒しないといけないだろうが、少なくともこの階層では弓猿人さえケアしてしまえば安全に探索できそうだ。
「となれば、宝を見せてくれ」
自分の周囲に赤い光点がないことを確認すると、地図の表記を切り替える。
今いる小部屋のうちの一つの通路を辿っていけば、ダンジョン内にポップしたアイテムの場所にたどり着けそうである。ニヤリと笑ってテフラは地図を再び敵情報に切り替えた。
そろりそろりと進んでいくと、どうやら宝のある小部屋には敵が二体いるみたいだ。
少し待ってみるが動く気配はない。
探索をしていない部屋でもあるので、もしかしたら階段もあるかもしれない。
テフラは頭を悩ませた。
この階層に降りてから、結構時間が経っている。
水面のような天井を見ると、少しずつ光が翳ってきているのを感じた。
「行くしかないか……」
覚悟を決め、盾と斧を構え部屋を覗き込む。
そこには確かに部屋の真ん中に宝箱があった。
そして、その後ろで宝箱を守るように弓猿人が並んで眠っている。
さらに部屋の様子を伺うと、宝箱の奥にダンジョンを下るための階段まである。
やはりここを越えるしかないようだ。
となると、攻め方だが……。
早速自分の腰にある『場所替えワンド』をみる。
もったいない気もするが、使い時だろうと頷きベルトから引き抜いた。
「道具は使ってなんぼ、だよなラカブのおっさん……!」
大きく深呼吸をして、脳内でシュミレートする。
場所替えで瞬間移動して、一匹を思いっきり斧で叩きのめす。その攻撃して飛んでくるかもしれない矢を宝箱を盾にして回避する。その後は先ほどと同じ、姿勢を低くして盾で突撃をする。それで弓猿人が逃げながら引き打ちをしてくるのであれば、宝を回収して階段に逃げる!
覚悟を決めて、杖を振るった。
杖から出た光が片方の弓猿人に届く瞬間、両手で斧を持って会心の一撃を放つ準備をして────!
視界が切り替わった。
テフラの気配を感じて眠りから覚めようとしている弓猿人の真横!
振り上げていた斧を思い切り、叩きつける! 悲鳴をあげることもなく弓猿人がそのままダンジョンに食われていくのが見える。
その後、転がるように宝箱を盾にするように………………。
その宝箱がギザギザの牙をつけた蓋を開いて、テフラに噛みつこうとしてくるのを見た。
宝箱に擬態するモンスター『ミミック』だ!
宝箱の口に痛そうなノコギリ歯、そしてデロりとしたドドメ色の気持ちの悪い舌が覗いてる。
「うわぁ!? ────いでぇ!?」
咄嗟に盾を振るってミミックを打ち払う。
予想外の出来事に頭がパニックになるテフラ。
それを見逃さずに場所替えした弓猿人が矢を打ち込んできて、テフラの胴体に当たってしまう。
激痛が走る。
矢はテフラに突き刺さることなく、ダンジョン特有の現象で虚空に消えた。ダンジョンに攫われていったとカイズミ爺さんが言っていたのはこのことだ。
やばいやばいやばい!
体が一気にだるくなったぞ!?
矢に当たったテフラはパニック状態が加速する。
それは人間がダンジョンに食われる前兆で、最もこの世界の人間が忌避する感覚だからだ。
焦りで思考がまとまらないテフラは目の前の襲ってくるミミックをなんとか処理しようと、牽制気味に短く斧を持って横に振るう。木盾は矢を防ぐために弓猿人に向ける。
しかしミミックを斧で叩いたが、威力が足りなかったのか仕留めきれない。
再び大口を開けて、胴体に飛びつくように飛び掛かってくるミミック。
盾で払うことを考える。
しかし。
「ぁ」
間髪入れず、弓猿人の第二矢が視界に光る。
脳内でアドレナリンが出て、世界がスローモーションに見える。
死?
こんなあっけなく?
──大きな背中を丸くして森を歩く父の姿が脳裏に思い浮かんだ。
歯を剥き出しにして、テフラは叫ぶ!
「────死ねるかァあああああああ!!!」
テフラは直感でミミックの牙だらけの大口に、盾のある左手を突っ込む!
ミミックの滑る舌を爪を立てるように握って、森番として鍛えた膂力で振り回し飛んできた矢の盾にする!
鋭い牙が左手に噛みつき、激痛が走る。
だけど!
まだ動ける! まだ平気だ!
左足を軸にして、未だテフラの腕に噛み付くミミックに膝蹴りを叩き込んで突き飛ばす!
さらに飛んできた弓猿人の矢が、宙に浮きテフラとの射線を遮ったミミックに当たって、ミミックを倒す。
すぐにミミックがダンジョンに食われていく。
その場所に何かがドロップした様子が見えるが、テフラは逃げ出した。
取っている暇なんて無い。
なぜなら。
うずくまった弓猿人が、毛の色を明るい茶から真っ赤に色を変えているのが視界に見えたのだ。
粗雑な作りだった木の弓が、鉄の強弓に変わっていく。
小さかった体が徐々に大きくなる。
猿のようだった体は、鬼のように姿を変貌させた。
それはダンジョンのモンスターが成長した姿。
ダンジョンのモンスターは、ダンジョン内で人間だろうが同じ仲間のモンスターだろうが仕留めてしまうと、はるかに強い姿に成長してしまうのだ!
後ろから成長した弓鬼人の雄叫びが聞こえる。
テフラは竦みそうになる足を止める事なく、転がるように必死で後ろに下がって階段へと飛び込んだ!!
そうして命からがら。
次の階層へと、転がり込んでいく。
────『生贄ダンジョン』は、まだ始まったばかりだ。
テフラがいなくなった階層で、壁に見覚えのある青でできたニシキ村の魔除けの紋様が浮かび上がる。
すぐに人の目の形を作ったそれは、随分と楽しげに嗤うのだった。
誤字報告めっちゃありがたいです……。
全然見つけきれてない……。
本当にありがとうございます。
生贄ダンジョン境界情報
1F
ファットラット(常時鈍足)
スラット
弓猿人(二倍速)
ミミック(各階層1配置、接触まで完全擬態)