『休憩階層』
書庫。
灰髪の青年が、鳥籠を机の上に置いて食事をしていた。
「いいなあー少年いいなぁー! 美味しそうでいいなー!」
「……食べたいの?」
「いいのかい少年! いやぁこのボディ、食事はいらなくとも数百年ぶりの食事だ。食事というのはどんな感じだったかな! いやぁ、うれしいねぇ。さぁさぁさぁ口元まで持ってきてくれたまえ。あ、それはタマゴサンドかい!? 大好物なんだ! ほら、もう待ちきれないよ!」
「鳥なのに卵が好物でいいのか!? 後、俺はもう十六の立派な青年だ!」
「はっはっは、何をいう少年。君が私の年齢を超えるまで少年は少年さ!」
「え!? そうなの!?」
「そうともそうとも! さぁ、わかったら早く私に美味しそうなそれを! さぁさぁさぁ!」
机の上、鳥籠。
空腹を治めるために食事を始めたテフラの横、食い入るように青い鳥が鳥籠の中からテフラに喋りかけている。その圧に負けて、テフラは母が作ったサンドイッチの一部をちぎって鳥籠に持っていく。
何だこの無遠慮でキテレツな青い鳥は……、とテフラも胡乱げ。
だが、青い鳥の方はそんな視線をものともせず喜色満点であった。
────この鳥と出会ったのは、ほんの数分前まで遡る。
◇
青いトラップ階層を抜けて、階段を降りると白を基調とした美しいエリアが広がっていた。
どこか見覚えのある柱群と紋様。
このダンジョンに入る前に見た、森の中にあった泉から飛び出していた神殿の柱ということに気がつく。
天井は明るすぎない光が漏れており、大量の書架と本を読むための机と椅子などがたくさん並んでいる。村長の館にある図書館やラカブの家にある書庫などをテフラは思い出す。
少々埃っぽい本の匂いに鼻をくすぐられながら、テフラは斧を構え周囲の警戒をする。
敵がいないことを目視で確認して『魔法の地図』を開いた。
すると地図全体にこの階層内部のことが詳細に描かれている。
これはダンジョンに入る前に、村で地図を開いた時と同じ様子だった。
ポカンと口を開いて呟く。
「……休憩階層?」
そう呟き、テフラはゆっくりと足を進める。
『休憩階層』とは、深いダンジョンを進む上で必ずと言っていいほど出て来る階層だ。
ダンジョンを攻略する上で人間が万全な状態でないとつまらないから、とか神々からの慈悲とも言われているがその実態は定かではない。とにかくここではモンスターが現れることもなく、時間経過で『掃除人』が現れることもないので、ダンジョンに潜る人間はとても重宝している。
出てくる休憩場所もなぜか清潔が保たれるのも不思議なダンジョンゆえであろう。
テフラは一応の警戒をしながら周辺を探索。
書架の中にある本などに、視線だけ寄越して背表紙の文字を見てみるが……。
「うーん? 読めない……」
村長の館にあった本などと文字が違いうまく読めない。若干読めるような字と似たような文字も見えるが、解読するまでに至らない様子だ。
そんな風に探索をしていると、書庫の中で区切られている小部屋を見つけた。
扉を開けてみると、清潔そうなベッドと開きっぱなしになった日記が置かれた机などがある。
中の灯りは、その机の上のランプで調節することができるみたいで、暗くして寝ることもできそうだ。
ここで体を横にして一休み出来る。
そのことにテフラはほっと一息つく。
何気に今日のテフラは深夜帯に目を覚まして、祭りに参加して村を練り歩き、森の中を休むことなく一刻半歩き続け、最後に悪意だらけのダンジョンをくぐり抜けてきたので、疲労が蓄積しているのだ。
部屋に入ると机の上の日記が気になったので、覗いてみる。
「お、これは読め……るけど……」
開かれていたのは書きかけになった最後のページ。
大量の恨み言、空腹を訴えるメッセージ。
『帰還の洋燈』を使っても、ここに帰ってきてしまう等。
それが途中で途切れて終わっている。
テフラは震える手で、その日記に触れ──。
「ハァーッ! 活字嫌い!」
パタンっと机の上でその日記を閉じて、装備をテキパキと外してベッドに大の字に寝転がった。
流石に今の状況と疲労の蓄積具合で読む気にならなかったのだ。
後で読む、後で読む。
鈍くなってきた思考でそう考える。
テフラはベッドの上でうつらうつらと船を漕ぐ。
ぼんやりとした意識で、誰もいない部屋におやすみと呟き……深い眠りに落ちていくのだった。
◇
慣れない環境で妙な夢を見……る事もなく、テフラはぱっちり目を覚ました。
完全快眠快調。この青年、図太すぎである。
大あくびとノビを決めながら、ボケーっと天井を見つめ、普段の補強されまくった我が家の天井ではないことに気がつく。
そういえばダンジョンの休憩階層で眠ったんだったと、思考が追いついてくる。
「よっしゃ、よく寝たぜ!」
気合を入れて飛び上がるようにベッドから跳ね起き、寝る前に外した装備を付け直す。ついでに空腹を感じるので、何か食べようかと思って母からもらった肩掛け鞄に手をかけるが。
「埃っぽいな……」
流石にこの小部屋はベッドがあるせいか外よりも埃っぽく感じたので、寝る前に見た書架の広々とした場所で食べることにする。
小部屋の外に出る前に『魔法の地図』も開いて、昨日の少し注意力散漫になっていた時の見落としがないかを確認もする。
「敵情報なし、宝宝宝ー……ん?」
地図の端に白い光。
敵情報は赤い光、宝情報は青い光。
自分のいる現在地には白い光。
それとは違う位置に、白い光……?
村で地図を思い出す。あの村長の館でみんなで興奮して地図を見ていた時だ。
あの窓際で反復横跳びするラカブを示していたのは白い点ではなかったか?
つまり、人がいる?
テフラは目を擦って二度見した。
自然と呼吸が深くなる。頬が紅潮する。
小部屋を飛び出す。
思いついたことを口に出して、広々とした書架の中で叫んだ。
「……誰か、生きてるってことか! おーい、誰かいますかぁ!」
思い出すのはマクキタラの話。
前回の儀式の人間はその兄という話だ。
足は地図の白い光の方へと既に動き出していた。
休憩階層の書庫は想像よりも広い。
走って動いていくと、次の階層に向かう階段や手洗い場なども視界に入る。
だがそんなものを無視してテフラは走り続けた。
白い光点のある場所、それは非常に入り組んでいた広い書庫の端の端。
『魔法の地図』でもなければ辿り着けない、隠された場所にあった。
そして。
錠前と鎖でキツく閉じられた大きな扉を見つける。
まるでここを開いてはいけないと、封じられているようだ。
「なんだ!?」
流石にここまで厳重に封じられていると、テフラも開けるのを躊躇してしまう。というか鍵もないのに開けられるのか……? そう思った。
その扉の前で立ち止まり『魔法の地図』を見つめる。
確かに白い光点は、この扉の向こうにぽつんと存在している。
恐る恐る耳を当てる。
ヒヤリとした感覚。
何も聞こえない。
ううむ、とテフラは扉の前で腕を組む。
……ノックを数回してみた。
こんこんこん!
………………ぎゃっぎゃっぎゃー!?
聞いたこともない叫び声とガシャガシャという何かを揺らす音が扉の向こうから聞こえ始めた。
「!?」
流石のテフラもこれには困惑。
数歩後ろに下がって様子を見てしまう。
ノック後からずっと扉の向こうから音が鳴り響く。
扉が揺れたりすることはなく、音だけがずっと鳴り響いた。
再び耳を当てると……。
「……ぉーぃ! ぉぉーい!」
「人の声だ! ちょっと待ってろ!」
テフラは扉の錠前をガチャガチャと揺らし、鎖を握り……外せない。
周囲を見回し、何か開ける方法がないかを考え。
「この手に限るぜ!」
持ちたるは新たな
どっせい! と掛け声よろしく、錠前と鎖に斧を叩きつける。
テフラ君、割と脳筋であった。
「イッテェ!? ダメか、ちょっと待っててくれ!」
ガキン! 思いっきり弾かれ、手が痺れる。
流石に無理か、と思い周囲に鍵らしきものはないかと探してみるが、見つからない。
再び斧を持って考え直し、錠前、鎖……と目が滑り。
「……」
鎖とかが邪魔になってない、扉部分に思いっきり振るった!
どごん! と刃が食い込む良い手応え。
ニヤァとテフラの頬が吊り上がる。
この脳筋、今度からこの斧の名前はマスターキーと呼ぼうとか考えたりしている。
ちなみにだが、中からは声が徐々に小さくなっていっていることにテフラは気がついていない。閉まった扉から、斧らしき刃が飛び出してくれば誰だって黙る。
「へっへっへ! 今助けてやるからなぁ! オラオラオラァ!! ハハハ、よっしゃぁ!」
中で待つ者は何度も扉から刃が出てきて、その向こうから笑い声まで響いているのが聞こえ、思った。
なんかちょっと思ってたのと違うのが来てるぅー!?
い、いません。私ここにいませんから!
──その思念は届かない。
そして、しばらくして。
人が覗ける穴が出来上がり……。
息も絶え絶えで笑顔の青年が、封じられた部屋の中を顔だけで覗き込む。
「へへへ! おーい、開きましたよ!」
「……」
「あれ、おかしいなァ……」
残念ながら、声は聞こえなくなっているのだった。
◇
テフラが扉に開けた穴を、さらに斧で割ったりこじ開けたりして人が通れるくらいの穴を作り上げる。その穴に頭から体を突っ込み、モゾモゾと器用に封じられた部屋の中に入り込む。
そこも外と同じような書庫になっているようだ。
声が聞こえなくなったテフラは、先ほど助けを求めていた人に何かあったんじゃないかと思って気が気でない。
『魔法の地図』を使い、白い光点の場所に駆け寄る。
すると、
「鳥籠?」
その部屋の中央にあった机の上に、鳥籠が一つ設置されていた。
光点はその辺りの位置にあるようだ。
テフラは机の下などを覗き込んだり、天井を見上げたりして人を探す。
そして、ついに鳥籠に何か仕掛けがないかと覗き込む。
「……鳥だ」
青い鳥が、頭を隠して鳥籠の隅でブルブルと震えている姿を発見した。
もしかして、これが『魔法の地図』の白い光点?
テフラは鳥籠を持ち上げて、首を傾げた。
すると、中の小鳥がぎゃっぎゃっぎゃー! と汚い声で鳴き始める。テフラは驚いて手を離してしまった。
がっしゃん! と鳥籠が地面に落ちると……。
「いったーい!?」
「!?」
鳥籠から人の声が聞こえた。
空耳かと思ったが、先程まで扉の向こうで聞こえていた声と一致する気がした。
テフラは瞠目して、転がった鳥籠に目を向ける。
すると青い鳥とばっちりと目が合った。
「……もしかして、君が扉の向こうで斧を振り回していた犯人かい?」
「……」
あんぐり、テフラは目の前の青い鳥が喋った気がして口が塞がらなくなる。
首を傾げながら小さな嘴を開いた時に、声が聞こえた気がしたのだ。いやいやいや、と思って再び周囲を見回す。
「ちょっと! 少年? おぉーい少年! こっちこっち! この愛らしい鳥さんボディが見えないのかい? 驚いて隠れていたのは謝るけど、こっちを向いてくれよ、しょうねーん!」
やはり、鳥籠から声が聞こえた気がして、テフラは再び鳥籠を恐る恐る持ち上げた。
「そうそうそう! さぁよく助けに来てくれた! 少年少年少年、しょうねーん!! ──────!」
一気呵成、責め立てるように鳥がピーチクパーチク騒ぎだし、テフラの頭の処理の限界を超えとにかく叫んだ!
「ほわぁああああっ、喋ったァー!?」
「わっはっは、それはしゃべるよ少年! 私は生きているんだからね! ……ところで、早くここから出してくれない? もう数百年は毛繕いしかすることがなくてね、娯楽に飢えているのさ!」
たいそう嬉しそうに青い小鳥が喋って、鳥籠の開きそうな部分をカカカッ! とつつく。
ダンジョンのある世界。
そのニシキの村で育ったテフラであったが、しゃべる鳥なんてみたことがなかった。
テフラはその現実を飲み込むのにしばらく時間がいる。
そして、ぐぅとテフラのお腹が鳴る。
ピタリと、青い鳥が喋るのをやめ……、最初と同じように震えて鳥籠のすみへと逃げて頭を隠した。
「……オイシクナイヨ」
「……食べないぞ」
テフラはため息。
ちょうどいいか、空腹で頭も回らないし。
テフラは鳥籠の置かれていた机の椅子に座り込み、空腹を治めるために食事を準備する。
────そして、冒頭に戻るのだった。
鳥のキャラ個人的にとても好きな個性してるんですが、こいつ喋らすとストーリーが進まなくなりそう。
気を付けて書いてこう……。
封じられた部屋の具体的な場所の追記。
地図がなければ辿り着けないような入り組んだ場所。