「うまーいうまい! 少年、こんな美味しいものを食べさせてくれて感謝感激雨霰だ!」
「ああ、俺のお袋のご飯はすっごく美味しいんだ! へへへ、そのタマゴサンドもきっと色々思いを込めて作ってくれたんだぜ」
残りのサンドイッチを大事そうに食べるテフラは、食べかすを嘴周りにくっつけて鳥籠の中をぴょこぴょこする青い鳥に笑いかけた。結局タマゴサンドは一切れも食べることはできなかったが、褒められたので満足そうだ。
ピタリ、と青い鳥が動きを止める。
「な……! そんな大事なものを私に食べさせてくれたのか……?」
「? 食べたかったんじゃないのか?」
「いや、食べたいとは言ったが……。大事なものだろう!?」
「大事は大事だけど、また作って貰えばいいだろ?」
「…………!?!? どうやって作ってもらうんだい……?」
そりゃもちろん。
テフラはにっと笑って青い鳥に言った。
「へへ、このダンジョンを攻略して脱出してだよ!」
「……」
「?」
テフラは頭に疑問符を浮かべ、なぜか絶句するような姿を見せる青い鳥に首を傾げて見せる。
ようやく落ち着いたのかな? とテフラは固まった小鳥に見当違いの感想を浮かべる。実際は、このダンジョンの悪辣さを知っているが故に固まっているだけだ。
静かになった頃、テフラは最後のサンドイッチを咀嚼し終え、気になっていたことを聞き出す。いまだに鳥籠から出していないのも、それが理由だ。
テフラは黙り込んだ青い鳥に、封じられていた扉を指差し、率直に聞く。
「なぁ、なんでお前はここに閉じ込められてたんだ?」
「それは……言えない。言いたくない」
逡巡する様子を見せて、先ほどまでとは打って変わった様子で青い鳥は呟く。
「悪いことをしたとか?」
「悪い事、か。そうだなぁ少年……………………悪いことは、したかもしれない」
青い鳥はか細い声で言葉を紡ぐ。罪を告解するような、懺悔するような声音。
その様子に、テフラは聞き方を間違ったと少し後悔。
無言の間が出来る。
バツが悪くなったテフラは、部屋の中を見回す。
相変わらず書架が連なる場所で、天井から明るすぎない光が差し込み。
──なんの音もしない静かな場所だった。
「ずっとこんな場所にいたのか?」
「うん? ああまぁね」
青い鳥もテフラと一緒に周囲を見回す。
この鳥にとっては見慣れた風景なのだろう。得意げに言葉を紡ぎ始める。
「……ふっふっふ、聞いて驚け少年、この部屋のことなら私はなんでも知っているぞ! ここの部屋の本はね、全てで一万三千四百六十二冊あるのだよ。何度数えてもその数になるんだ! 見たまえ、あそこの棚の上に一冊隠れているだろう? あれに気がつくのに二百年くらいかかってしまった! その時の驚きときたらもうすごくてね……。それにね、天井の光、これにもパターンがあってね。数十通りの光の波を繰り返しているんだ。今の光ってるのは……、周期三十五回目の四十秒あたりだな。全部で七十二回の周期があるんだ! そして約二十年くらいに一度、天に映像が写ってね。君たち少年少女たちがダンジョンに挑んでいる姿が見えるんだ! 少年のことも見ていたよ、よくここまで頑張って辿り着いたね!」
「へぇ、本当になんでも知ってるんだな。……というか、見てたのか」
「えっへん! 見ていたとも!」
胸を張るような青い鳥。誇らしげだ。
あまりに嬉しそうなので、テフラも楽しくなってくる。
他に聞けることもあるかなと、思わず部屋の中を見回して指をさしてしまう。
「じゃあ、あの本の中身は!」
「え? ……知ら、ない。考えないように、していたから」
テフラが近くにあった書架の本を一つ指差した。
青い鳥は声を震わせて黙ってしまう。どうやら、なんでもというのは鳥籠の中で見れるもの限定だったらしい。
や、やってしまった! とテフラは白目を剥いた。
嘴だけを、青い鳥がカゴの外に出した。
憂いている様子に見えるが、嘴についたパン屑でどうにも格好がつかない。
テフラは嘴に指を伸ばし、パン屑を拭ってあげる。
すると。
「ヒョわぁあ!? 乙女の唇にいきなり触れるとは一体全体どういう了見だね少年!」
「え、お前メスなの」
「んなー! この美しい翼に煌びやかな光沢のある羽毛たち! どう見ても……どう見ても……分からないか」
青い鳥はズン、と凹んだ。
なんだこいつ、さっきから面倒くさくなってきたな。拭い取ったパン屑をテフラは食べる。その様子を青い鳥が絶句して見ていたりするが、些細なことである。
テフラが初めて会うタイプの性格のために、どう会話を続ければいいか分からなくなってきた。
再び間ができて、テフラが待っていると青い鳥はまた嘴を開いた。
「……今の私はこんななりだが、とある国のお姫様だったのさ」
「鳥にも国があるのか?」
「ぷ、あはは! そうだね、鳥の国さ。みんな空の向こうに飛んで行ってしまったからね。私は国の中でも見目麗しく、そりゃあもう…………ボインボインのバインバインさ! スラっとして……、じゃなくてそりゃあもうすごかったもんさ!」
「ふーん」
「な、興味ないのかい!?」
「いや、鳥だろ? 食いでがあるなくらいしか……」
「オイシクナイヨ?」
「食わないって。……なぁ。……いや、なんでもない」
テフラは、想像をした。
ずっと。
ずっとこんな辺鄙な部屋の中で、光の模様のパターンがわかるくらいここに居て。
本があって暇は潰せそうだけど、その本には手が届かなくて。
つらくなかったのか? と聞こうと思った。
でも口をつぐんだ。
────つらいに決まってる。
テフラは椅子から立ち上がった。
青い鳥が鳥籠の中から、そのテフラを見つめている。
「なぁお前、名前はなんていうんだ?」
「名前? 私の名前は…………うん、ハピネス。そう、今の私はただの
「ハピネス? ふーん、じゃあハピネス、俺はお前がやった悪いことってのを知らないし、よく分からないけどさ」
ガシガシと、テフラは自身の灰色の髪を掻いて小鳥、ハピネスの目を真剣に見て告げる。
「今話してて、あんま悪い奴に感じなかった」
「そうとも! だかr「話長いからストップ」んぎゅ」
「とにかく、俺のお袋のメシをうまいって言ってくれて、大事なものって言えるような奴が悪い奴に思えなかったんだよ」
喋り出すと止まらなさそうなハピネスの嘴を人差し指で抑えた。
テフラは自分の所感をつらつらと語る。
顔を近づけて、話を続ける。
「ここにずっと閉じ込められていたのが罰だったとしても、もう十分だろ。……だから、とりあえず出してやるよ」
「ほ、本当かい少年……? 私は、ここから出れるのかい? ──────やった、やたやったー!!」
嘴から手を離して、話せるようにしてやると感極まった様子で、青い鳥が震えた。
ばっ! と鳥籠の中でぴょこぴょこ羽を広げて、バサバサと踊り出す。テフラは暖かな目でそれを見守った。
よし! そうと決まれば!
ハピネスが鳥籠の開きそうな部分をコココ! と嘴でつつく。鳥籠の入り口には分厚い錠前が付いていた。扉を封じていたのと同じタイプだ。おそらく頑丈だろう。
「ここだ! ここを開ければ私は自由の身だ! 少年、まずは鍵を探すんだ。きっとこの階層のどこかにある! そうすれば私は、私は……!」
「鍵? ……鍵? ……ああ、鍵ね!
ニコッ! テフラは素晴らしい笑顔で頷いた。
そして、自分の背中に手を回す。
それに気が付かず、ハピネスはキラキラとした視線でテフラを見上げ、
「本当かい!? なんて手際がいいん……だ、少年? ちょっと待ちたまえ、その斧はなんだい?」
首を傾げて、慄くように後ずさる。
思い出したのだ。
あの封じられていた扉がどのようにして開けられたのかを。
そうだよな、わかんないよな! と
「鍵!」
「鍵ぃ!?」
「隅で動くなよ?」
テフラは背中から全ての扉を開けることができると信じて名付けた『
「ま、待ちたまえ少年! 少年、待って! おねが、あ、まっ! きゃああああああ!!」
「どっこいしょー!」
どっこいしょじゃなぁーいっ! とハピネスは悲鳴をあげて鳥籠の隅に頭を隠した。
がぎん!!
いい音をして斧が鳥籠にカチコミ!
当然のごとく、固定されてない鳥籠はすごい勢いで射出される。
わずかに歪んだのみの鳥籠は、本棚の本を撒き散らす勢いで本棚にクリティカルヒット。数瞬後、書庫の床に叩きつけられる。
がっしゃーん! と落ちた鳥籠に流石のテフラも青ざめる。
が、中から元気そうな声が聞こえてきて一安心。
「あ……」
「あ……じゃなぁーいっ!! とんでもない脳筋かい君!? もしかしてとんでもなくドジだったりしないか!?」
「ど、ドジじゃねぇ! ちょっと失敗することが多いだけだ!」
「それをドジというんだよ少年! 鳥籠は開かなかったし、思いっきり体を打っちゃったよ、痛い痛いだよ!」
「そ、それは悪かったよ……。今開けるからな、よいしょ」
「ってさらに何を振りかぶってるんだ君は!! 学びなさい! 学べ! おい、止まれ!!!!!」
床に落ちた鳥籠に向かってさらに斧を振りかぶるテフラに、ハピネスは渾身の叫び声。流石に、二度目の静止は効いた。白馬の王子様が来るとは思っていなかったが、こんなガサツな森番の少年が来るとはこの数百年の間でも想像したことなかったハピネスである。
ぐぬぬ、と腕を組んでテフラは次の作戦を考える。
ハピネスは息絶え絶えに、考えてないで鍵を探してくれと懇願する。
「た、頼むよ。どこかに鍵があると思うんだ、探してきてくれよ……」
「えぇ……面倒臭いな。だって歪んだってことは後数回やれば壊れると思うぜ?」
あからさまに面倒臭そうなテフラの言葉に、斧が当たった部分の歪みをハピネスはまじまじと見た。た、確かにそうだけど……、そう思うが決して声に出さない。下手をすれば斧で真っ二つになるのだ。誰だって穏便な方法を願いたい。
できるだけ瞳をうるうるさせて、ハピネスは呟く。
「さ、探してきてくれたら、……チューしてあげるよ?」
「いらない」
すげなく断られる。流石にそこまであっさり断られると勇気を出して提案したハピネスの自尊心だとかその辺の大事な何かが傷ついた。狭い鳥籠の中でぴょんぴょこ飛び跳ねて抗議の意思を示す。
「んな! 私美人なんだぞー! すっごいんだぞー!? 後悔しても知らないからなー!?」
「うーん、親父だったらこのくらいの檻なら素手でひしゃげられるんだけどなぁ」
「……君の親はなんだい? 化け物かい??」
「最強の森番」
誇らしげにテフラは父リーブの背中を思い出して語った。
しばらく腕を組んで考え続け、ため息。やっぱ俺にはこれしかないよ、とテフラはハピネスの意見を無視することに決めた。
「要は鳥籠が飛ばなきゃいいんだ。それなら簡単だぜ!」
「??? 少年? この足はなんだい?」
ぐっぐっと歪んだ部分を下にして、鳥籠を安定するように踏み込むテフラ。
その様子を、鳥籠の中で可愛らしく首を傾げたハピネス。もちろん何をするかは察しているが、信じたくない様子。
そして、テフラは頭上まで斧を両手で振り上げた。
「足のほうに隠れてろ」
「しょ、少年?」
「早 く 隠 れ ろ」
「…………ふえええん! 思ってたのとちがーう!」
テフラの有無を言わさない様子に涙をこぼしながら、ハピネスは鳥籠のテフラが足で押さえてる部分に飛び込んだ。
それを見届け、テフラは大きく息を吸って。
息を止めた瞬間、全身の筋肉を使って迫真の気迫と共に振り下ろした!
金属の金切り音、迸る火花!
耳に刺すようなキツい音で、鳥籠の天井部分。
──鋼の檻を手斧の刃が食い破る。
食い込んだ斧をギシギシと言わせながら、テフラは足に力を込めて引き抜き。
いい仕事したな! と気持ちよさそうに額の汗を拭った。
「い、生きてるぅ。私生きてるぅ……」
「? 当ててないんだから生きてるだろ」
這うようにハピネスが小さな足を動かして、影になっていた部分から出てくる。衝撃が相当すごかったのか、全身の羽毛が毛羽立っていた。そして、よろよろと開いた檻の部分へと歩いていき。
自身が問題なく通れる穴が頭上に空いているの見て。
一粒、涙をこぼした。
テフラが笑顔で告げる。
「ほら、早く出てこいよ」
「ぁ……」
ハピネスは囚われていた檻の中で、翼を広げる。
青い小鳥は小さな翼を器用に動かして、何度もその場で羽ばたき。
風を切り、ハピネスは飛び……飛びた…………待てども一向に浮き上がらなかった。
ハピネスはずっとその場で必死に羽を動かして。
ぴょんぴょんとその場で跳ねる。
最終的に息を切らして、ゆっくりと動きを止めた。
その後、恥ずかしそうにテフラを見上げ、か細い声で鳴いた。
「……少年、鳥ってどうやって飛ぶんだい?」
どうやらこの鳥、飛べないらしい。
テフラは頭を抑えた。
しばらくの沈黙の後。
無言で鳥籠をひっくり返して、机の上にハピネスを解放したのだった。