「ところでさ、このダンジョンを見てたんだろ?」
テフラが次の階層に降りながら、頭の上にしがみついているハピネスに聞く。
ハピネスはその言葉に頷く。
「うむ。この先の情報が気になるのかい?」
「いや、それもだけどさ。前回のこのダンジョンに来た人ってどうなったんだ? 今の村長の兄ちゃんだったらしいんだ!」
「なるほどな。……少年、ひとつ言っておかなくてはならないことがある」
ハピネス、真剣そうな声音。
ごくり、テフラは息をのんだ。
死んだ、ダンジョンに食われた。
そう言われるんじゃないかと思ったのだ。
だが、その予想は裏切られる。
「──ぜんっぜんっ、分からん!」
「ええ……、見てたんじゃないのかよ?」
緊張感をぶっ壊して自信満々にハピネスは言う。
そして、それに不満げなテフラが聞いた。
ハピネスは、まぁ落ち着いて聴きたまえと言葉を続けるようだ。
「実を言うとね、天井に映っていたのは次の『ボス階層』までなんだ」
封じられた部屋。ハピネスが捕まっていた場所の天井は二十年に一度、このダンジョンに潜り込んだ少年少女を映していたのは確かだ。だが、それは次のボス階層を超えた先を映すことはなかった。
もしかしたら、神の座す尾根山頂に着くのかも知れないし、はたまたその先に新たなダンジョンがある可能性だってある。そもそも、天井にその映像が映っていた事さえもハピネスの言う『栄光を忘れられない馬鹿』の気まぐれかもしれないのだ。
囚われの身で、変わり映えしない世界に閉じ込められていたハピネスから情報を得ようにも難しいか、と情報があるだけでありがたいとテフラは納得をした。
だが、聞けることは聞くつもりだ。テフラは疑問をぶつける。
「『ボス階層』かぁ。なぁもしかして『八本脚?』のことか? 日記に少し書いてあったぞ」
ボス階層。
それはダンジョンに備わる基本的に最後の部屋である。そのボスを倒すと、『報酬部屋』へとたどり着く。
前回の沢のほとりダンジョンでは妙な場所に辿り着いたせいで、ボス階層が何故か消え去っていたが、本来であれば各ダンジョンに設置されて然るべきものなのである。
「『八本脚』……まぁ馬鹿でかいタコなんだけど、特徴は……って話が逸れる前に戻すぞ。『八本脚』のいるボス階層までしか映らなかった! そして!」
ハピネスは思い出すように言った。
安心させるようにテフラの頭をポンポンと翼で撫でつける。
「前回の少年、というとわかりにくいな……。その君の言う村長の兄は『八本脚』を打ち倒し、先に進んだのだよ。これは割とすごいことでね、『八本脚』を打ち倒したのは、この数百年で十人ちょっとと言うところさ」
「へぇ! やっぱ強かったんだなぁ、もしかしたら山の上で尾根の神様とあってるかも。山を降りた時、村長にいいこと聞かせられそうだ!」
マクキタラの兄が生きている可能性を聞いたテフラは、気楽そうに笑みをこぼして頭の後ろで手を組んだ。
まるで近所に散歩へ行くような軽い足取り。
「……ふふ、少年。君は頼もしいな」
「?」
その様子に静かに笑みをこぼすハピネス。
笑い声に不思議そうに首を傾げるテフラ。何を頼もしいと言われているのか全然分かっていない顔。
「少年は『八本脚』が恐ろしく思わなかったんだろう?」
「だって何人か倒してるんだろ? 倒した奴がいるなら、ソイツは倒し方があるってことだぜ!」
「ハハハ! 違いない!」
数百年で十人ちょっとしか倒せなかったという『八本脚』の話をした。恐ろしいという言葉が連なった『八本脚』を超えられなかった者の日記を読んだはずなのに。
それでも彼は足取り軽く、階段を降りていく。口を開けば、大言壮語のような言葉の羅列。だが、不思議と信じられる、そんな響きが宿っている。
それもそのはず。
『八本脚』なぞなんのその。彼の目的は、ダンジョンを抜けるという『その先』なのだから。
「尾根の神を助けにいくぞー! おー!」
「……あれ、私もやる流れかい少年?」
「好きにしろ!」
「ふふ。それじゃあいくぞー!」
「「おー!」」
青年と青い鳥は天に拳と翼を突き出し、次の階層。
新たなダンジョンの冒険へと飛び出す!
そして。
「ほわぁああああ!?」
「しょ、少年少年少年!? 前方に敵がたくさんーっ!! あ、ほら後ろに通路があるぞ!」
「わかった!」
「あ……行き止まりだここ。……オイシクナイヨ」
「ハピネス死んだふりしてる場合かァ!? うぉおおおお、やってやらぁああああ!」
────モンスターハウスへと踏み込んだのであった!
◇
モンスターだらけの部屋。
逃げるように飛び込んだ先、そこは狭い通路。
後ろは壁。
当然逃げ場はない。
だが
この場所なら上手くやれば、複数の敵を相手にすることはなさそうだ。
後ろから突然襲われることもない。
前向きに考える。思考が冴え渡っていく。
腰を低く、盾を前、斧を担ぐ。
「へへ……!」
もちろん、不敵な笑顔を忘れない。
接敵!
敵はスラット──の群れ。
テフラは行動開始。
隙を小さく、取り回しを良くする為に短く持った手斧マスターキーを、横に振るう。
敵の群れ、その内の目の前にいる一匹の鼻先に鋭く刃が突き刺さり吹き飛ばす。
気絶したスラットはダンジョンに食われる前に次に押しかかってくる群れの中に消えた。
次。
すぐに飛び掛かってきた一匹を、眼前に引き戻すべく動かしていた木盾の拳で殴り飛ばす!
テフラの顔面に別なスラットの齧歯が迫るが、振るっていた斧を引くように払い、仕留め、
────万全の構えに戻る!
眼前に飛来する硬くて痛そうなチーズ塊。
首を最小限度傾けて、避け────ハピネスがいることを思い出して、初めと同じように木盾で弾いた!
「へっへへ! 親父との組手の方がキツイ、ぜぇッ! オラァ!」
テフラは脚に噛みつこうとしていたスラットを震脚の要領で怯ませ、木盾と斧を使って器用に処理していく。
部屋の中にいたのは、テフラも知っている敵。
それはかつて、自身がダンジョンで初めて倒した『ボス階層』の敵だった。
と言ってもその時は、ほとんど教導の村の人間が色々と教えてくれたので、実際に一人で倒したかと言われると怪しいのだが。
まぁとにかく、テフラには経験があるのだ。それを今回生かすだけである。
その敵の名前は『パローレミングス』という群体型のボス。群れのリーダーである二足歩行巨大ファットラットを中心としたスラットの群れだ。取り巻きのスラットは、ダンジョン内で現れる単独のスラットよりも僅かに体力が低いという特徴。だからテフラの攻撃一発で仕留め切れているのだ。
川のほとりダンジョンでは、テフラと別れたラカブがアイテムと経験ですぐさま仕留めたと少し話題に登ったっきりだったが、れっきとしたボスであった!
本来であれば普通の階層に出てくる敵ではない。
だが、出てきてしまった以上倒すより他ないだろう。
テフラはかつて『パローレミングス』を倒した時に、教導の村の人がやってくれていたことを思い出して、ここにいるもう一人に声をかける。
「ハピネスぅ!」
「は、はい! なんだい少年!」
戦闘途中に地面に落ちて邪魔になったら困るので、テフラのマフラーの中に入り込んで体を固定しているハピネスを呼ぶ。
斧と拳と木盾を振るい続けるテフラは、今の状況で必要なことを最低限伝える。
攻撃はできないだろうが仲間がいるのだ、使わない手は無い!
「部屋の奥にッ! でっかいのがいるだろ!」
「い、いる! おっきいの! おっきいネズミ!」
ハピネスが見た敵の姿は、スラットの群れの中で巨大なファットラットが二足歩行しながら、クンクンとダンジョンの匂いを嗅いで何かを探している姿だった。
戦闘の影響でぐわんぐわん視界が揺れる中、ハピネスは揺さぶられながらも必死で答える。
ニヤリ、浮かべていた笑みをさらにテフラ深め、教えてほしいことを告げた。
「あいつが黄色いチーズ持ったら教えてくれ! そうすりゃ飛び道具のタイミングがわかる!」
「りょ、了解! あ、持った、持ったよ少年!」
『パローレミングス』を倒すときに、かつて教導の人がやってくれたこと。
それは真ん中の巨大二足歩行ファットラットの投擲のタイミングを示唆する補助。
その補助さえあれば、ニシキ村周辺のダンジョンに入れる人間なら子供だって『パローレミングス』を倒すことができるのだ。
当然、補助がなくても大人のラカブなんかは、瞬殺出来るそうだ。
周りを仕留める前に、先に本体を叩くんだ、と笑いながら言っていたがそれを出来るのはニシキ村でも猛者と呼ばれる一部だけである。
テフラはキラキラした目でその話を聞いていただけで出来ない。
徐々にスラットの群れの数が減ってくる。
時折飛んでくるチーズ塊も、ハピネスの声かけで的確に捌いていく。
そして。
徐々に減ってきたスラットの数に、苛立ちまじりに足踏みをした巨大ファットラットは。
不敵な笑顔を浮かべ続けるテフラの元へと、大きな咆哮を上げながら迫ってくるのだった。
◇
──奪い取った娯楽劇場の客席に座って今回の演目を見ていた。
見ていた見ていた見ていた、見ていた。
どこまで遊べるのか笑っていた。
ソレで笑っていただけだったのに。
青く輝く魔除け紋。
栄光ある王国の印が、揺らぐように滲む。
何故お前がそこにいる?
悠久の果てでも国の優美繁栄象徴と成る様に展示したはずだ。
慈悲として劇場の末席にだって置いてやったのに!!
どこかダンジョンの壁が揺らぐ。
そこは書庫のような場所で、さまざまな『記憶』が収められた場所。
震える足で打ち壊された扉を誰かがくぐる。
震える手で打ち捨てられた鳥籠を拾い上げた。
青い火が灯る。
────壊れた鳥籠が、徐々に形を取り戻していった。