思ってしまえば、生まれた場所だって十分鳥籠のような場所だった。
女神に忠愛される国。
眩しいほどの白亜の城。
美しすぎる象牙の塔。
放射状に取り囲む城下町。
青い美しい紋様の国旗が風に揺れる。
質実剛健。鋼の心を持つ人間がそれを掲げていた。
その国の護り人達が装備に紋様を刻む。
彼らは国民の憧れ。
ダンジョンを攻略して糧を得る役割。
人間の力を神に見せて楽しませる役割。
栄えた国だった。笑顔あふれる素敵な国だった。
それでいて神のための道化のような国だった。
ソレらを守るように尾根が国を囲む。
カルデラの中の籠の国。
内から空を見上げると天囲うように壁がある。
非力なものには決して越えられない壁。
そこが。
その窮屈な場所が、私が住んでいた場所で。
力無き物は壁の向こうへと飛び立てない鳥籠の国だった。
そんな国のお姫様が、私で。
幼い時に、その尾根の向こうを見てみたいと。
国の『
それが全てのきっかけになってしまった。
それが私の罪。
尾根の神住まう山頂まで我が国のものにしてしまおうと、野心を抱かせてしまった。
国民を尾根の向こうへと連れて行かれてしまった。
尾根の神様を裏切ってしまった。
祭壇に我が命を捧げ、誠意を見せる。
その言葉を信じた神様はずっと尾根の上で待っている。
そう言った王族の命をずっと待っている。
幸せの青い鳥という童話があった。
いつだって青い鳥はそばにいたのに、私は気がつかなかった。
その鳥を追い払って自分自身が青い鳥になってしまうなんて、なんて滑稽な物語なんだ。
◇
ゆらゆらと揺れる止まり木。
見覚えしかない格子の中。
鳥籠の中。
何百年経ったのだろうか。
初めの頃はずっと泣き続けた。
泣き飽きたら脱出を幾度と試みた。
鳥の軽い体では鳥籠はビクともしない。
最初の十年ほど狂ったように小さな体をぶつけ続けた。
父の名前を呼び続けた。
きっと聞こえているはずだった。
なのにアイツは姿を現さない。
ああ、自分だけの力じゃここから出れないんだ。
そう理解するのに十分な時間だった。
いつだっただろうか、私が諦めて呼吸さえやめてしまったのに死ねなくて。
気が狂ってもおかしくないはずなのに、決して狂えなくてもどかしくて。
ただ目をうつろに、体を横たわるように意識を繋げていた。
目に映る本の数をただ数えていた。数えれば一秒過ぎていくから。
ただ天井の光を眺めていた。この環境で唯一動くものがそれだけだったから。
そんな時。
『護り人』
国旗を刻んだ服を着た子供が天井に映像として現れる。
きっと私を助けに来てくれたんだ! 実際は私のせいで罠にかかった尾根の神を助けに来ていると知っているはずなのに、そう思ってしまった。
天井に映った最初の子供に何度も喉から血が出るほど声を叫び続けた。
こちらから声が届かないと気がついて嘆いて絶望した。
そして。
その子供は呆気なく、ダンジョンに食われて死んだ。
一面が毒の罠で力を蝕まれていった後に、武器を握れなくなるくらい弱ったところを魔物に襲われた。
初めてみるダンジョンの攻略というものだったが、明らかに難易度がおかしかった。
きっとアイツがおかしくなった頃に、人を嘲笑うのが好きになっていったから、その一環でしかないのだろうと思った。私がここに閉じ込められて助けを待っているのも、アイツにとっては演目でしかないんだ。
そこでようやく気がついて。
気がついたところで、もはや何もできなかった。
ぽきり、ただ心が折れる音だけが聞こえた。
そしてまた二十年経った。
何回も何回も時期が訪れた。
徐々に、天井にダンジョンに挑む少年少女だけが心の拠り所になっていく。
だんだんだんだん、待ち遠しくなってしまう。
この書庫やその先の『八本脚』を超えるような護り人の子供も現れる。
その先を見ることは叶わなかったけれど、彼らの冒険を何度でも反芻して想像する。
どのように切り抜けたのだろう。
この先はどのようになっているのだろう。
それが見れないことがとても残念に思えて──。
────いつの間にか、子供が死ににやってくることが楽しみになっていたことに気がついた。
気がついた時、自分が恐ろしくて恐ろしくて仕方がなかった。
いつか私もアイツと同じように、おかしくなってしまうんだと怖くてならなかった。
そして、二十年。
時期がまたやってくる。
視界に映ったのは、灰色の少年だった。
◇
ゆらゆらと揺れていた止まり木。
それが止まった。
鳥籠の中から、鎖で塞がれた扉が見えている。
誰かが来てくれるのをずっと待っていた。
過去に読んだ童話のように、どこかの国の王子様が迎えに来てくれると蜘蛛の糸より細い希望を捨てられなかった。
きっと、アイツが私にそう思うように仕向けた悪辣な仕掛けでしかなかったんだろう。
決して開くことのない扉。絶望を与えるためだけに存在する扉。
私は何の理由もなく鍵があると信じていたけれど、もしかしたら鍵なんて用意されていなかったのかも知れない。
そんな、お飾りでしかなかった扉が揺れた。
誰かが扉をノックする様に叩いてる。
記憶の中の私が。
人の声を忘れた私が、鳥としての叫び声を上げる。
記憶を辿って思い出すように、掠れそうな人の声を叫ぶ。
誰かが扉の向こうで騒ぎ出す。
気がついてくれた……!
まだ少ししか一緒にいないのに、私にとって希望の声。
その後、まるでホラー演出のように、扉から斧の刃が飛び出してくる。
思わず苦笑い。
でも、今度は隠れないで待っていた。
だって来るのは彼だから。
扉が壊れていく。
徐々に徐々に、崩れ落ちていく。
ああ、やっぱり少年はすごいや。
本当に夢の中まで助けに来てくれた。
灰色の髪が見える。
純朴そうな顔立ちが見える。
灰のカーディガンに優しい匂いのする灰のマフラー。
肩に斧を担いだ青年の姿が現れる。
決して白馬の王子様ではない。
決して生贄の青年ではない。
ちょっと抜けている所がキズだけど、誠実でとっても優しい森番の倅。
────それが私を助けてくれる素敵な人。
◇
優しい匂いがする。
暖かい指が、私の意識を覚醒させるように優しく撫でる。
少年。テフラの声。
「──きろ、そろそろ起きろよハピネス。『掃除人』が来ちまうぞー?」
「……てふ、ら?」
「おっ! 気がついてくれたか!」
目を覚ます。
夢を見ていたようだ。
鳥籠の中に戻る夢。
けれど、思っていたよりも恐ろしくなかった。
寝ぼけ気味の頭を、テフラの胸板にぐりぐりと押しつけ目を覚ましていく。
「う……ん? 少年、ここは……?」
周囲を見回すと、あの恐ろしい『店主』はいなくなっており、テフラはあそこから既に退出していたようだ。
天井を見ると、既に灯りが陰ってきていて、いつ『掃除人』が現れてもおかしくない時間。
「しまった時間が! 少年急ごう!」
「ん? ああ、気にしなくても大丈夫だぜ。ほら、階段はここだ」
そのことに気がついた私が慌てて体を起こすと、既に階段の上だった。
どうやら私が起きるまで、テフラは待っていてくれた様子。
こちらを安心させるように、優しく言葉を吐く青年の姿に強い安堵を覚えた。
出会って短いのに、何度も何度も助けられる。
「……そっか、起きるまで守ってくれてありがとう少年」
「おう! ……ハピネス、ありがとな。正直あそこで死んだかと思ったぜ」
テフラが困った時にする仕草、後ろ髪を掻きながら声をかけてくる。あの『店主』に襲われた際に『客』と言ったことに対してだろう。
だから、私は首を横に振った。
『ダンジョンショップ』の知識で少年を助けようとしたのに、逆に危険に陥れてしまったから。
「それこそ私が貰っていたと勘違いして言ってしまった所為だ。少年が気にすることじゃない」
「いやでも、ありがとう。本当に感謝してるんだ」
きっと、私が感謝を受け取るまで彼は感謝を続けるだろう。
短い間でも、そのくらい彼の人柄を知った。
だから、私は。
「…………あはは、少年がそういうなら受け取っておこうかな。よし、行こう少年!」
「おう!」
アイツがまだ役目を果たしていないのであれば。
血を引く私が果たさねばならない。
生還を願う彼にとっての『幸福』になってあげよう。
「ねぇ少年」
「なんだハピネス。忘れ物があってももう戻れないぞ」
「ふふ、そうじゃなくてね」
そして、今度は私が。
「尾根の神を助けようね、少年」
「? ……おう! 尾根の神様も助けて、全部解決してやろうな!」
「うむ、少年は何も心配をしなくていいからね」
────私を助けてくれた人を助けるんだ。
「ハピネス」
「なんだい少年?」
「
テフラはそういうと、私をその頭に乗せて階段を降りていく。
頭に乗った私からは、少年の表情は見えなかった。
三日ほど執筆時間が取れないので、日曜日までお休みします。