階段を見つけ、降っていくテフラとハピネス。
天井の光がわずかに翳ってきたので、見つけた階段を中心に敵を倒すかを二人は相談。その結果、ワル魔導の不思議な杖の効果で妙なところに飛ばされて『掃除人』の時間になってしまうことを想定に入れたので、二人は降ることにした。
「『八本脚』の説明をしておこうか」
「おう、次のボスなんだっけ? どんなやつなんだ?」
階層と階層を繋ぐ階段の途中。
ここには敵が出現しないので、前に進んでさえいれば話に集中する事が出来る様だ。
立ち止まったり、余計なことをすると、後ろから大岩が転がってきたりするということも学んだばかりである。
「えっとね、こんな……感じの、かな」
長い階段を降りながら、テフラとハピネスは今後戦うであろうボスモンスターの名前を出す。
ハピネスが翼や尾羽をうにょうにょーとクネクネ動かし、妙な踊りを始めた。
テフラからは、飛べない青い鳥が空気に溺れているようにしか見えない。
「……スカルマンの真似か?」
「ちっがーう! 『八本脚』の真似だよ少年!」
「えぇ……」
憤慨したように、スコココとテフラのほっぺたをハピネスが突いた。
指でそれを逸らして、テフラは歩きながら話を続ける。
「で、その『八本脚』そんな動きをしてくるわけ? またお腹減らされるのかなぁ」
「いや、少年そうではなくて! 『八本脚』は大きく膨れた頭を中心に、八本ある触手のようで大きな足をこう、うねうね……。それをこう叩きつけるようにバシンとだね!」
ハピネスが全身を使って、うねうねシュッシュバシンバシンと表現する。
受け取った情報から頑張って想像するテフラは、人間の頭を限界まで膨らませた敵が首から八本の触手を振るってくる様子を想像した。
新手のテルテル坊主……。いや、どう足掻いてもバケモノである。
夜寝れなくなりそうだ。
まぁ弱そうなのを想像して、足元を掬われるよりはいいよな……、と恐ろしそうに背筋を震わせる。
テフラがそんな想像をしてビビっていると、ハピネスは気が付かずにムムムと話を続ける。
「少年タコはわかるかい? あれとそっくりで、あとは巨大なだけなんだけどなぁ」
「いや、見たことないぞ……。本当にそんな動物いるんだろうな?」
「むむむ。まぁ、私も図鑑でしか見たことがないんだけれども……。アレはどう少年に説明すればいいかなぁ。食べるとコリコリ美味しいらしいよ?」
「食えんの!?」
山村生まれのテフラ、タコを生涯で一度も見たことがない。
先ほど想像したバケモノが目をバッテンにして、木に吊るされ火に炙られてるところを想像する。その周りをハピネスのような鳥たちが、ドンドコドンドコと太鼓を鳴らし、囲んで踊っているところまでセットだ。
鳥の国ってちょっとゲテモノ喰いなのかな……とハピネスの味覚をテフラは心配した。
鳥のくせにタマゴサンドとか食べてるあたり、ハピネスって結構やばいよなと失礼極まりないことも考えていた。
失礼なことをテフラが考えているとは、露ほども思っていないハピネスが、ボス『八本脚』の説明を続ける。
「とにかく、その脚の八本が強力なんだ。一本の脚で捕まえてきたり、他の脚で道を塞いできて押し潰そうとしてきたり! 特に、一本一本に吸盤と呼ばれる、触れたらくっつく物がついている! これが厄介なんだよ少年!」
「へぇ。うーん……武器を取られたり、盾でガードするとその吸盤で引き寄せられたりしそうだな」
ハピネスが『八本脚』の戦い方を説明してくると、流石のテフラも失礼な想像をやめて攻略を考える。
ハピネスのいう通り、触手に吸盤がついているのなら、それが『八本脚』の武器なんだろう。それを先ほどやっていたハピネスの動きのようにクネクネと攻撃をしてくるとなると……。
テフラが黙り込む。
攻略法を真剣に模索する。
ボス部屋に入る以上、その時に所持している不思議なアイテムを手に入れることは難しいだろう。
今テフラが所持している不思議なアイテムは『身代わりワンド(3)』と、スカルマンに使って宝石が少し小さくなった『鈍足ワンド(4)』だけだ。
「ちなみに、攻略した昔の人たちはどうやって乗り越えたんだ?」
「そうだね、思い出せる限り言っていくと……。読んだら部屋中にまるで剣を振った時のような衝撃が走る『鎌鼬の本』で、怯んだところに剣を何度も振って倒していたかな。他にはとても体が素早くなる薬を飲んで、触手を掻い潜りながら『稲妻ワンド』を全部振るっていたり────」
「……やっぱり、不思議なアイテムは必須ってことか」
ハピネスが今までの攻略者の行動を、懐かしく思い出すように語り出す。
それを聴きながら、テフラが後ろ髪を掻いた。
聞く限りでは『鈍足ワンド(4)』があればなんとかなりそうだが……、ボスモンスターにはそういう効果がなかなか効きにくいと、村長マクキタラやラカブから聞いた事を思い出しているのだ。
要はボスモンスターには不思議な効果に耐性があり、相手を遅くしてもすぐに解除されてしまうかもしれないと考えている。
幸い、まだボス階層までには階数がある。そこでアイテムを収集していきたいところだ。
最後にハピネスが、少しだけ言いにくそうに呟く。
「そして、最後に。君世代の村長の兄なんだけど……」
「村長の兄ちゃんかぁ……。実は、俺名前も聞いたことないんだよね……」
兄ちゃんが居たってことも知らなかったし。と少し俯いて呟く。
村長マクキタラの兄は、悔いるリーブの幼馴染であったということもあり、テフラの家庭では名前を出す会話が行われることが少なかった。話に出してしまえば儀式の中心人物ということで、生贄ということにテフラが気がつく可能性も出てくるからだ。
故に、テフラはこのダンジョンに向かう時、マクキタラが話してくれなければ兄がいるということを知ることすらなかっただろう。
しみじみと呟く、テフラの様子に何かを感じたのか、ハピネスがそっと寄り添う。
「……八本脚に勝ったのは間違いない! 私が見ていたからね! きっとこの先で生きているよ少年!」
「へへ、そうだな! で、村長の兄ちゃんはどう倒したんだ?」
先ほどハピネスが言い淀んだことを聞く。
「その、すごいフィジカルで……。『八本脚』を薙ぎ倒していった。馬鹿でかい剣を持ってそれをぶん回してね……」
「もしかして、村長の兄ちゃんって親父の同類か……?」
歯切れ悪く、ハピネスはそう呟く。
それを聞いたテフラは遠い目をして、筋骨隆々の偉丈夫で丸太みたいな腕をした自分の父のことを脳裏に思い浮かべるのであった。
◇
二人は階段を降りて次の階層、生贄ダンジョンの6Fに入る。
ちり、とテフラの背筋に嫌な怖気が走った。
それは、敵に見つかった時のような……。
今入ったばかりの小部屋を、すぐさま見渡す。
だが、敵は見えずに特に変わった様子が見えない。
肩にいたハピネスに、今すぐマフラーに隠れるように告げて、盾と手斧を構え周囲を見回した。
「なんだい少年……?」
「わからない。ただ、何か嫌な感じがするぜ」
周囲は先ほどの階層と変わらない岩場のテクスチャ。
警戒をするテフラの背中で、ゆっくりと階段が消えていく。
一瞬、テフラの耳に何かが聞こえた気がした。
ペタ、ペタっという音。
それは、まるで………………
────テフラは失敗した。
武器を構えずにテフラは真っ先に『魔法の地図』を見るべきだったのだ。
その攻撃は、唐突であった。
ゴッ!!
テフラの胸に凄まじい衝撃が走って壁に叩きつけられる!
こひゅ……!? と肺から息を噴き出して、テフラの視界が明滅する。
「────!?」
「きゃあっ!?」
激痛。
それでも考えろ。思考思考、思考! テフラは自分に必死で言い聞かせる。
いつだって考え続ければ、どんなピンチでもなんとかなってきた。
そう思って必死で考える。
何が起きているのか、何がいるのか!
テフラはともすれば失ってしまいそうな意識を繋ぎ、星が飛ぶ視界の中、必死に大きく目を見開いて周囲を見る。
加速する思考、テフラの瞳に映るものは何の変哲もない小部屋。
────やはり敵の姿が見えない!
ペタ、ペタ。
テフラは、咄嗟にその場を横に転がって壁伝いに逃げる!
たった今テフラがいた場所に、強い攻撃の衝撃音が響く!
何かがこの小部屋にいる!
見えない何者かに襲われているのだ!
「少年とにかく武器を振って牽制するんだ!」
「…………ぉおッ!」
焦るハピネスの声が聞こえる。
思わず従い、足音が聞こえた方へと手斧マスターキーを横に振る!
そこは、確かに攻撃してくるモンスターの息遣いと足音が聞こえた場所だ!
すか、と。
「うそだろっ────!」
敵に当たったような感覚がない!
まるで幽霊でも相手にしているか? 物理攻撃が効かないのか!? テフラの頭の中が新たな疑問で埋まる。
見えない敵からお返しとばかりに、テフラの腹部にもう一度攻撃が突き刺さる。
「ぅぎ、がッ……」
「少年!! 」
全身に響く衝撃!
再び壁に強く叩きつけられる!
壁で強く頭を打ち、テフラの全身に強いだるさが襲い掛かる。
思わず意識が────!
「────テフラ、負けないで……!!」
「……ッルォオ!!」
自分の名を呼ぶハピネスの悲鳴に、閉じそうになった目を見開き、自身を発奮するように雄叫びを上げる。
テフラは必死で逃げた。
ダンジョンの床を転がるように、ペタペタと聞こえる足音の方向から遠ざかるように逃れていく。
そして──、小部屋の角まで…………!
「へへ……!」
一か八か。
加速する思考の中、テフラは一つの案を思いつく。
焦りに焦り、汗だらけになった顔で、テフラは不敵に口角を吊り上げる!
部屋の角。
そこは、絶体絶命。逃げ道のない場所。
追い詰めたと敵は思っているのか、ペタペタと足音がゆっくりと盾と手斧を構えるテフラへと近寄ってくる。
だが。
「へっへへッ! 走ってこられたら、やばかったぜ……! おらッ!」
壁を背に、テフラは一本の杖をベルトから引き抜き、角から放てる方向。
右、左、正面の三方向、全てに放った!
三回放ったせいで、杖についていた宝石。
角度によって不可思議に色を変える宝石が粉々に砕け散る。
それは『身代わりワンド』と呼ばれる不思議な杖。
その効果は──光の当たった敵を杖の所有者と同じ姿にする効果。
「正体を、現せ!!」
三つ放ったうち、二つがそのまま小部屋の壁まで届き、意味をなさずに消える。
そして、残った一つが……!
ぼわん。
テフラを襲ってきた何者かに身代わりワンドの光が当たり、偽テフラへと姿形を変えた!
瞬間!
すでに構えていたテフラが、近づいてきていた偽テフラの体を手斧で攻撃する!
それを偽テフラは大袈裟な動作で、大きく後退して攻撃を避けた。
「へっ、そういうことかよ! さっき攻撃が体に当たらなかった訳はよォッ!」
元々のモンスターとしての動きなのか、避けることに注力しているような避け方。確かに姿が見えていなければ、どこに行ったかわからなくなるような動きだ。だが、姿が見えている状態では、ただの隙が大きな動きにしか見えない。
手品のタネが割れたならば……!
テフラが鏡面の盾を体の前に構え、バネのような勢いで前に飛び出し、偽テフラの体を狙う。
カウンターを狙うように、偽テフラから大ぶりの拳が放たれた。
ニヤリと口角を吊り上げて、盾で簡単に受け流す。
偽テフラは、受け流されたことで体勢を崩した。
見え見えの大振りだった。
完全に姿が見えないことを前提としている動き。
であれば!
日々組み手の訓練に励んだテフラが、このモンスターに負ける道理はない!
体勢を崩した偽テフラを、本物のテフラからマスターキーの連撃が放たれ、そして。
「…………ゥ」
「よっしゃ……! 生きてるぜ……!」
「少年、少年少年……! よかった……! 本当によかった……!」
体力を削られた偽テフラがダンジョンにゆっくりと食われていく。
とんでもない強敵。
こんなのがいる階層をこれから歩くのか、とテフラは戦慄しながら額の汗を拭い、マフラーの下でハピネスが心底安心してテフラの首に抱きつく。
その時、きらりと鏡面の盾が輝いた。
盾に刻まれている紋様が、キラキラと光で瞬く。
その鏡面の盾の様子に、戦闘を終えたばかりのテフラ達は目を見開くのであった。
モンスター名:ナニモノ(テフラ命名)