テフラdeダンジョン   作:唯のかえる

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沢のほとりダンジョン3

 

 先ほど、ファットラットが現れた通路を進んでいく。

 湿った地面の土を踏み締め、少し濡れたシダの生える壁をイッサとサキの双子が不思議そうに観察して進んでいる。

 

 人一人分の道。

 ぎりぎり二列になれるだろうが、武器を構えて戦うことはできないだろう幅の通路。

 基本、ダンジョンの壁は壊すことはできない。手や通常の武器などではとてもじゃないが壊せる硬度ではないのだ。

 だが、稀に壁を壊せる道具がダンジョン内で見つかることもあると言う。

 そういったアイテムで壁を壊すと、特別なアイテムが見つかるという噂もあるくらいだ。

 手に入れられたら、一攫千金を狙う人々に高く売ることができるそうだ。

 

 狭い通路を、テフラを先頭にして、殿を警戒するラカブ達は順調に進んだ。

 道自体はそこまで長くなく、新たな小部屋に突入する。

 

 小部屋に入ると、その部屋にいたファットラットが侵入者に気が付いて声を上げる。

 

 テフラは落ち着いて、先ほどと同じように木盾を体の前に、手斧を肩に担ぐように構え、ジリジリと距離をつめる。

 そして、何かに気がついたように、ファットラットの進む先の地面を見て、足を止める。

 

「罠を見つけた。ファットラットのちょうど鼻先」

「ちゅ? ……ギュイ!?」

 

 カチッ! プシュー! 

 ずりずりと太ったお腹でファットラットがテフラの見つけた罠、地面から迫り出していた突起物(スイッチ)に体重をかけた。すると地面から白い煙が噴き出し、ファットラットを包み込む。

 

 テフラ達に襲い掛かろうとしていたファットラットが、唐突にぺしょっと地面で寝そべった。ZZZと緩やかな寝息が聞こえる。

 

「へへへ、これは睡眠トラップだな。昏睡とはいかないが、一発叩き起こされるぐらいまでは眠る罠だ」

 

 テフラが鼻頭を擦りながら、イッサとサキに説明をする。

 んじゃ、倒すぞ。と眠ったファットラットに斧を振りかぶり、寝ている頭に叩き落とした。

 

「ぎゅいー!?」

 

 クリティカルヒットというべきか、凄まじい音をさせながら斧はファットラットに当たり、ダンジョンの外ではあり得ない緩い感触で弾かれる。

 斧を頭に叩きつけられたファットラットは、目を回すようにコミカルな動きで断末魔をあげ、先ほどと同じようにダンジョンに食われていく。ダンジョン内では剣や斧で切り付けられたり叩きつけられたりしても、スプラッタに血を噴き出したりはしないのだ。

 これはダンジョンに入る人間にも適用される。強力な攻撃を喰らって体を欠損するような大怪我をすることはない。精々擦り傷と青あざくらいのもの。

 だが、死に至るダメージを食らったり、細かいダメージを蓄積させていると、人もダンジョンに食われて死んでしまう。

 大怪我をしないとはいえ、決して油断していい場所ではない。

 

 ファットラットがいなくなった場所には、先ほどテフラが見つけたスイッチの正体の全貌が現れる。

 湿った地面に格子状の細かな穴が現れ、その中心に怪しげなスイッチがあった。もう一度踏むと、当然同じように睡眠ガスが噴き出す。

 

「こんな感じで、ダンジョン内ではよく地面を観察するんだぞ。今回は敵が掛かったけど、自分達がいつ罠にかかってもおかしくないんだからな」

「「うん!」」

 

 兄貴面をしてテフラが後ろのイッサとサキに注意をする。

 キラキラとした目で、金髪双子の兄妹はテフラを尊敬した。

 双子が尊敬してくれている表情に気を良くしたのかテフラは言葉を続け、無警戒に足をすすめた。……そこにはお約束のように、未発見のスイッチが。

 

「へへ、でもまぁ今回は大丈夫! だって俺は森番の倅だか『カチッ!』rぶべらッ!?」

「テフラにいちゃーん!?」

「大丈夫なのです!?」

「やれやれ」

 

 真横から飛んできた岩が脇腹に当たって、そのまま壁際までテフラは錐揉み回転しながら吹っ飛ばされて妙なポーズで部屋の壁に貼り付けられる。

 吹き飛ばしの罠である。飛んでくる岩の見た目の割にダメージが少ない、ダンジョンの不思議な罠の一種。

 

「……はぁ、ドジテフラめ。いいかイッサ、サキ? ダンジョン内では気を抜いてはいけないよ」

「「う、うん」」

 

 こうなるからな? 

 呆れた表情でラカブは、ぴよぴよと頭の上で小鳥を飛ばして目を回すテフラを指差すのであった。

 

 

 ◇

 

 

「調子に乗る、ダメ絶対……」

 

 げっそりと頬がこけたテフラが、集団の先頭を歩いていた。

 その後ろのメンバーから、やんややんやと声が掛かる。

 

「ハハッ、次に活かせよ若人」

「テフラ兄ちゃん元気出すです」

「いつも通りのドジなテフラ兄ちゃんなのです」

「俺はドジじゃねぇ! ……えっと、ちょっと失敗しただけだ!」

 

 吹き飛ばしの余波、というか調子に乗った後に鼻っ面をへし折られたテフラは、いつものテフラ兄ちゃんだなという金髪双子の尊敬のかけらもない視線に晒されて、今度こそ粛々とダンジョンを進んでいた。

 時折現れるファットラットを、苦もなく蹴散らして先に進む。

 

 ダンジョン内のモンスターは時間経過でどこからともなく増えていくので、全滅させることはほぼほぼ不可能である。

 ある例外を除き、唐突にその階層にいなかった強いモンスターが現れるということもないので、階層内の敵を把握してしまえば、ある程度の安全マージンが取れる。

 

 なのでファットラットしか現れないこの階層で、イッサとサキも一人で戦い経験を積むことができた。

 そして、ついに。

 

「お、やっと階段だな」

「多分位置的に、最初の小部屋にあった別な通路からなら早かったな」

「……ぐぬぬ」

 

 地面にポッカリと空いた階段を見つけ出した。

 それは、ダンジョンの外にあったものと全く同じような、下に潜っていくタイプの階段。

 

「降りるのです?」

 

 イッサが首を傾げて、テフラに質問する。

 それに、腕を組んでテフラは唸った。

 

 ダンジョンで糧を得るために、同じ階層にとどまってモンスターを駆り続けるという手段がある。

 だが、この階層にはファットラットだけしか見つけることができなかった。一階層目だからしょうがないと言えばしょうがないのだが。

 弱いモンスターであるファットラットと戦い、勝利するのは容易だ。だが、良いアイテムが手に入るかどうかというと話は別。

 テフラは、ちらりとラカブを見る。

 ラカブは周囲の警戒だけをしていた。おそらく、ダンジョンに入る時に言ったように、フォローをするから好きにダンジョンを先導してみろということなんだろう。

 

「イッサとサキ、ダンジョンの中には慣れたか?」

「「少し慣れたのです!」」

 

 今回のダンジョンの目的はダンジョンの踏破や宝物採集ではなく、危険なく実際のダンジョンの教導を終えることだ。

 であれば、しばらくここでファットラットと戦ってダンジョンにもっと慣れるのもありか? とテフラは悩む。

 

 だが、一つだけ。

 一つだけ問題があるのだ。

 

 ざわざわと、天井の木々が音を立てて揺れる。

 今までなかった現象。

 緩やかな日差しに揺れていた天井が、徐々に夕暮れのような黄昏色に染まっていく。

 ゾワリ、と謎の悪寒がその場にいた全員の背筋にはしる。

 

「……早いな」

「「?」」

 

 ラカブが目を細めて呟く。

 初ダンジョンに挑戦中のイッサとサキが、不安げにお互い身を寄せ合った。

 テフラとラカブが視線を合わせ、頷く。

 

「テフラ」

「わかってる。……この現象の説明をしたら、もう先に進もう」

 

 先ほど、階層には同じ魔物しか現れず、唐突に強いモンスターが現れることがないと説明した。

 

 だが、少しだけ例外がある。

 

 例えば、モンスター召喚の特殊なアイテムを使ってしまった場合。

 例えば、先ほどと同じようにトラップを踏み、モンスターが召喚された場合。

 

 そして。

 

「いいか、イッサとサキ。これが、今回のダンジョンで一番学ばなくてはいけない部分だ」

 

 ──ダンジョン内に、時間経過で特殊な掃除屋が現れる、という仕組みがある事。

 

 掃除屋の力は矮小な人間が及ばないほど、あまりにも甚大。

 少なくとも、テフラ達の住むニシキの村では、大人であろうが絶対に戦わずに逃げろと厳命されているほどだ。

 

「この現象、この悪寒、よく覚えておけ。感じたらなりふり構わずこの階段を目指せ」

「目指さなかったらどうなるんです?」

「ダンジョンの『掃除人』が来る。事前に学んできただろ?」

 

 テフラの言葉に、質問をしたイッサがこくりと頷いた。

 

 ダンジョンとは神々の娯楽劇場。

 故に。

 観客(神々)が退屈するような、一箇所同じ場所にとどまり続けるなど、許されるはずもない。

 

「ね、ねえ、ここで止まってて平気なのですか?」

「ん? ああ、掃除屋が現れるまでには段階があるんだ。まずは天井が夕暮れに変わって、それから「……おい、急げ」……え?」

 

 周囲の警戒をしていたラカブが、階段の方に質問している途中のイッサとサキを押し出す。

 視線は、ここに入ってきた通路の先を見ている。

 

 ラカブの視線の先を、全員で追った。

 

 暗い通路、その向こう。

 ただの小部屋があっただけのはずだ。

 それ以外、何もなかったはずなのに向こうから音がした。

 

 ーーーーぎぃぃ。

 古い扉が、軋みながら開くような音。

 

 バッ! と慌ててテフラが、天井を見る。

 木々の隙間から除いていた夕暮れの黄昏が、今度はどんどん深く濃い赤色に変わっていく。

 ダンジョンの壁も床も、血濡れのように妖しい赤い輝きを灯す。

 

 僅かに聞こえていた、せせらぎの音や風の音が消え。

 

 きぃきぃ、音がする。

 

 ファットラットの這いずり音など、比較にならないほど身の危険を感じる。

 通路、暗がりの中。

 きぃきぃと空間が軋む音をさせながら這い出るように、手が見える。白骨化した手。

 大鎌。

 黒い外套。

 外套の中には、腐り落ちた人の顔。

 

 にたり。

 その顔が笑って、腐って削げた頬の肉が地面に吸い込まれる。

 

「おい、急げ!! 早く降りろ!」

「あ、足が、うごか、です」

「…………ぁ、帰還の洋燈を使わないの、です?」

「言ってる場合か! 行け、行け!!」

 

 風が吹き始める。

 まるで、モヤの中にこの階層の空気が吸い込まれていくように。

 

「担いでやるから、暴れるなよ双子! おっさん、どうなってるんだ! こんなに早いのは珍しいぞ!!」

「分からん……! 階段を見つけるのに時間がかかったといえばそうだが、こんなに早いのは聞いたことがない! とにかく、この階層を下れば奴は追ってはこない! 急げ!」

 

 顔色が真っ青になって、イッサとサキが震えている。

 テフラは震える二人を力任せに担ぎあげると、階段に向かって突入した。

 

 階段に全員で飛び込む。

 最後に飛び込んだラカブが、武器を構えながら振り返った。

 

 階段の前で佇む『掃除人』は、窪んだ眼窩でテフラ達を見つめていた。

 

 奴に降りてこられたら、殺される。

 今度は自分たちがファットラットのようにダンジョンに食われる。

 そう、はっきりと分かった。

 階段を下る足が、速くなる。

 

 階段を降りている間、背中の方からきぃきぃと音がして。

 ダンジョン内の階層をつなぐ、階段の中腹。

 

 残念そうなため息が聞こえた。

 

 そこでようやく。

 ばたん。扉の閉まる音がして。

 

 テフラ達の悪寒は消えていくのだった。

 





時間経過の突風より、チョ○ボの死神とか不思議な幻○郷とかの空とかの方が個人的に好き。
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