無事に『魔法の地図』をシーフキャットから取り返し、時間経過から発生した『掃除人』から逃げたハピネスとテフラは次の階層へと繋がる階段を歩いていた。
直接対面することはなかったが、『掃除人』の圧はハピネスにはキツかったようで、テフラのマフラーの中で出口を探すようにもがいている。
「しょ、少年、体がカチカチになって。むぐぐ、ここも布、こっちも布だよ少年!」
「ああ、マフラーから出てこないと思ったけど。ほら、ここから顔出せよ」
「ぷはっ、少年の匂いで窒息するところだった……」
「そんなに臭うか……?」
絡まっていたマフラーからハピネスの顔を、引きずり出す。
テフラは言われように自分の腕をクンクンと嗅いで首を捻る。ちょっと気になってしまったみたいである。
確かに、ダンジョンに入ってから水浴びもしていない。臭うと言われても仕方ない気がするテフラだったが、面と向かって鳥とはいえ女性に臭いと言われるとはちょっと嫌な気分になるのだった。
その様子に、慌てたようにハピネスは声を上げる。
乙女的に口に出してはいけない言葉だった気がしてきたのだ。冷静に考えて、勝手に懐に入って匂いを評価してるとか特殊すぎる。
「え、まぁその、少年の匂いは……」
「匂いは?」
「……匂いはだね、少年! ええと……!!」
自分の匂いの評価に不安になるテフラ。
なんだか、ハピネスがマイルドな表現を探している感じがする。
もう一度自分で確かめるように、マフラーを口元に当てて大きく息を吸い込もうとする、と。
「あ、待ちたまえ少年! クンクンするつもりだろう!?」
それをハピネスがバッ! と翼を広げて止めた。
「少年、ちょっと! 乙女が散々入ったところの匂いを嗅ごうとするのは、流石にちょっと!」
「はぁ!? 俺のマフラーだぞ!? というか匂いの話題を出したのお前だぜハピネス!」
あまり自分の匂いなど普段は気にしないテフラであっても、ここまで言われると気になってくるのだ。
ぷい、っとハピネスがそんなテフラにそっぽを向いて尾羽を振る。
「出してない! 出してないわよ! もうテフラなんて知らない!」
「えぇー……。って跳ね回るな! 落ちるぞ!」
「落ちないもん!」
NG! とハピネスがわちゃわちゃぴょんぴょこテフラの頭中を跳ね回る。
恥ずかしさの隠し方が独特すぎる。若干幼児退行気味な言葉遣いになっていた。
どうやら『掃除人』の気配のせいで凍りついた体は復活したみたいである。
当のテフラは、呆れた表情でされるがまま。
ハピネスの変わり果てた言葉遣いに関しても、前回変と突っ込んで機嫌を損ねられたのでもうツッコまないことにした。
とりあえず、休憩階層に水浴び場があればそこでちゃんと水浴びと服を洗おうと心に決めるテフラなのであった。
「……安心できる匂い、とか言えるわけないでしょう」
「え? また匂うって?」
「言ってない!!」
「うわっ!? 耳元で大声出すなって!」
そんなこんなで、二人は次の階層へと降り立つのだった。
◇
階層に降り立ち、周囲を警戒する。
今度は足元に罠がないか、しっかり確認をしてから動き出す。
そして、テフラは気がついた。
「壁と床が、また変わってきたな」
「うん、ここが終わったら『休憩階層』の後にボス階層だよ。気をつけるんだ少年」
「おう」
岩場のようなテクスチャだった壁と床が姿をわずかに変化させてきた。
壁は茶が中心だった岩のゴツゴツした物の中に、灰色の岩石が混じり出す。
床は岩の中に僅かな砂が混じり、時折小さな雑草などが生えている。
周囲に敵がいないことの確認が終わると、テフラはカバンの中から白パンを取り出した。
上の階でスカルマンにハラヘリダンスを食らっていたので、実はものすごくお腹がペコペコだったのだ。パンを取り出し、肩かけカバンの中を確認すると、食料品が僅かになってきている。後、二食分ほどだとテフラは頭に入れた。
スカルマンでの足止め作戦みたいな事は、この食品の量では不可能だろう。
それにダンジョンはまだまだ続く、どこかで食品がドロップしてくれないとかなり厳しいことになりそうだ。
そんなふうにテフラが考えていると、ハピネスから声がかかる。
「少年、見て」
「ング? ン?」
口にパンを丸々突っ込みながら、テフラは声をかけてきたハピネスを見る。ハピネスは、真剣そうにテフラが広げた『魔法の地図』を眺めているようだ。
ハピネスが『魔法の地図』を指差す。
そこには二つの青い光点があった。
おそらく、ボス階層に挑む前に手に入る最後のアイテム獲得チャンス。
ここで不思議なアイテムを手に入れられなければ、かなり厳しいものになってしまうだろう。
「あ」
テフラは、未鑑定品がまだあることを思い出した。
「うん? どうしたんだい少年」
「いや……ええと、これだ! これわかるかハピネス」
テフラが取り出したのは上の階層で『掃除人』が現れた時に、アク魔導の宝箱からドロップした『液体の入った小瓶』だった。
中に入っている液体は、透き通る銀色の液体。
ハピネスはテフラが近づけた小瓶をじっくりと眺める。
そして、思い出したように目を見開き……、非常に言いにくそうに呟く。
「これは……ええとね、少年」
「おう、教えてくれ」
「『ワープの薬』だね……、戦闘中に役に立つかどうかっていうと微妙かな」
液体の名前は『ワープの薬』という。それの効果は、飲んだり浴びたりすると、その階層のランダムな場所に移動する薬。上の階層でシーフキャットがテフラから『魔法の地図』を奪った後、天井に大ジャンプして姿を消したのを思い出せば分かる通り、飲んでみな、(物理的に)飛ぶぜ! の効果である。
残念ながら、今の所『八本脚』戦で使ってる人はいないとハピネスが告げた。
テフラも肩を落とす。
「となると、今の所役立ちそうなのは『鈍足ワンド(1)』と『パワーアップの薬』だけか。実際の『八本脚』を見てないから、まだ何ともいえないけど結構きつそうだな」
「少年……。大丈夫だよ、きっと何かいいアイテムが手に入るさ。とにかくアイテムを手に入れてから、作戦を立てよう」
「おう、それじゃ行くか」
他に確認してないことはないよな、と食べたパン屑をはらい……、ようやくテフラは思い出した。
「うし、それでいこう。……ってそうだ、斧だよ斧! ってなんか光ってるんだけどぉ!?」
「なんだい少年、何が起こってるんだい!?」
真っ先に思い出してくれと言わんばかりに、ピカピカ猛抗議している手斧は怒っていい。
慌てたテフラが背中の手斧を引き抜き、自分の目の前に持ってくる。
すると。
手斧サイズだったテフラの愛用斧が──。
「────うぉッ!? なんかデカくなった!?」
テフラが握っている場所からニョキニョキと柄が伸び、斧刃がデカくなる。
持っていた武器の重心が変わって、テフラが思わずタタラを踏んだ。どう考えても、今までよりも重くなっている。
びっくりしたハピネスが、テフラのほっぺたに飛びつく。
「わぁー!? 何してるんだい少年!!」
「何もしてないって!? これどうするんだよぉ、背中に収まりきらないぞ!?」
鋼色をしていて取り回しやすかった片刃だった手斧マスターキーが、ぎりぎりテフラが片手で扱えるくらいの大きさで、両刃の鋼斧へと姿を変えた。もはや、これを手斧と呼ぶのは間違っているくらい大きくなってしまった。
とりあえず、テフラの背中のホルダーに収まりきらなくなったことだけは確かだった。
どことなくテフラが驚いたのを見てから、斧の光っていた輝きが収まっていく。
成長のたびに気付かれなかった意趣返し……ではないだろうが、流石のテフラもこれには驚くしかない。
僅かに放心状態になって、テフラは斧を眺めた。
父からもらった時の姿とはもうかけ離れてしまっている。流石に思うところがあるらしい。
ハピネスは、とりあえず放心状態にしたままにするのは良くないとテフラに声をかける。地図で敵がいないのは確認しているが、ここも一応ダンジョン内。いつ悪辣な罠が発生してもおかしくない。
「そのー、少年……。大丈夫かい?」
「お、おう。とりあえず、破壊力は上がったんじゃないかなぁ……」
後ろ髪をガシガシと掻きむしりながら、テフラがハピネスに言葉を返す。ハピネスが、心配そうにテフラに寄り添う。
「……少年、使いこなせるかい?」
「それはその……、この階層で慣れるしかねぇなぁ。ま、前向きに考えればさ、一発で敵をぶっ飛ばせるようになったとも言えるんじゃねぇか?」
「それは、そうだけど……って、巧いものじゃないか!」
テフラは、重くなった斧マスターキーを右手で上手に操る。ハピネスは、目を輝かせてその様子を見ている。
だが扱っているテフラには分かった。
今まで使っていた手斧状態の時よりも精細を欠いている。この階層で扱えきれなかったら、次の『休憩階層』でしばらく素振りをしなくてはならないだろう。
ただでさえ食糧が少ないのに、と僅かに不安が湧き上がってくるが表には決して出さない。
ハピネスの命もテフラは預かっているのだ。
とにかく、やってみせるほかない。テフラは頷いて呟く。
「……ま、そりゃそうか」
「少年、何かコツが分かったのかい?」
斧を振り回していたのを止め、テフラが呟く。ハピネスが首を傾げてまん丸い目を瞬かせる。
成長した斧を撫でて、ぽつり。
「いや、装備が成長してくれたならさ。俺も『成長』しないとフェアじゃないって思ったんだ」
そういってテフラは、デッカくなってしまった斧をまるで山賊のように担いで、ノシノシと階層を歩き出す。
目指すは地図に映る青い光点の場所。
『八本脚』の攻略に役立つアイテムが手に入るように祈って、二人はダンジョンを進んでいくのだった。
手斧君迫真のアピール。