美しい街並みの『休憩階層』
周囲を囲むせり立つ壁さえ無ければ、ダンジョン内ということさえ忘れてしまいそうな白亜の街並み。
中心には憩いの場になりそうな噴水の美しい中央広間。
テフラの持つ『魔法の地図』で確認しても、調べずに眺めて回るだけでも丸一日かかってしまいそう。地図上にはハピネスを見つけた時のように人を示す交点は存在せず、音のない静かな世界だけが広がっていた。
その広い『休憩階層』の中一角。
体を休めるベッドなどを見つけたテフラは、そこで布団の上に胡座をかいて座り込んでいた。
うつらうつら、青年は眠そうに目を細めながらも対面にいる小さな青い鳥の言葉に耳を傾けようとしている。それは以前ハピネスが言っていた『休憩階層』についたら話をしたいと言っていた身の上話。
「少年、聞けそうかい? ものすごく眠そうに見えるけど……」
「へ、平気だ! ぐぅ……ハッ! 大丈夫だ!友達の……ぐぅ……話……ぐぅ! う、うおおお!」
「わぁああ、何やってるんだい少年! ただでさえ体力減ってるんだから自分の顔をビンタして目を覚まそうとするんじゃない!! 痛いでしょうが、あ、ほら少年のほっぺたがお餅みたいに腫れちゃった!?」
パパパパパン、と激しい平手の音がベッドの上で広がる。自らの顔面に激しいビンタを送り眠気を覚まそうとしたテフラの顔がパンパンに膨れ上がった。何もそこまでしなくていいよ、とハピネスが慌てる。
ただでさえ難易度の高いダンジョンでの戦闘をこなし、前回の書庫のような『休憩階層』からだいぶ時間が経っている。階層を潜るたびに天井の明かりがリセットされているので分かりにくいが、この生贄ダンジョンの一階層の制限時間は大体百分程度。
それを早めに降りている場所もあるとはいえ、大体六階層降りているのだ。
しかも内容がとにかく濃い。
3Fでいきなりモンスターハウスにぶち込まれて親玉ファットラットと木盾が壊れるほど殴り合ったり、4Fで『ダンジョンショップ』の店主に泥棒扱いされかけてなすすべなく殺されそうになったり、6Fで見えない敵ナニモノに不意を打たれて気を失いかけてダンジョンに食われかけ、7Fで逃げ回るモンスターを追い続けたり『成長』したアク魔導に襲われ、挙句の果てに時間経過で『掃除人』降臨……。
羅列するとこの男、ピンチに陥りすぎである。
何事もなかったような5Fもモンスターが切り替わった所為で不思議な杖の効果やハラヘリダンスに苦戦して、8Fも武器が成長し姿を変えたせいで結構体に負荷がかかっている。
トドメはこの『休憩階層』でのボス戦に向けてのイメージトレーニングで、全力の出し切り。
ハピネスがこの数時間で何度悲鳴を上げたことか。
死線を何度も一緒に潜り抜けたせいで、もはやお互いの気分は竹馬の友だ。ハピネスが鳥の姿をしているのもテフラが気を許す要素だろう。これがテフラの好みの一目惚れの美少女であったらきっとこうはなっていない。
だからこそ、テフラは襲ってくる眠気を取っ払って新たな友達の話を聴きたいのだ。
と言っても──。
「ぐぅ……ぐ……!」
ピクピクと白目を剥きながら必死で起きているふりをしてる青年の出来上がり。
ハピネスも、こんな状態で聴いてほしいわけでもないのでテフラに苦笑いをしながら声をかける。
「少年、気を遣って聞こうとしてくるのは伝わってきたよ。でも、この『休憩階層』は時間制限もないのだし、少年がしっかりと眠って英気を養ってから、朝食の時にでも話そうか」
「お、う……ぐぅ」
ハピネスがそう声をかけると、気力で保っていたのかそのまま仰向けにテフラは布団の上へと倒れ込んだ。
深い寝息が、静かな部屋に響く。
やはりテフラは疲れ切っていたようで一瞬で深い眠りへと落ちていってしまう。
それをハピネスは数分ほど眺めた。
テフラが熟睡して起きないことを確認した。
懐かしさを感じる『休憩階層』の中をゆっくりと散歩を始める。
誰もいない静かな王都の憩いの中央広間へ、青い鳥がゆっくりと跳ねて歩いた。
周囲をキョロキョロと眺めて、どこか懐かしそうに。
────噴水の前で、目を閉じて、記憶を辿るのだった。
◇
騒めき、喧騒。
元気な国民の声。
空を見上げれば、鳥の声。
どこまでも飛んでいく、美しい大きな鳥。
王都の中央広場。憩いの場所。
噴水の前で、日差しを遮る青いつば広帽子を深く被って、空を行く鳥を眺めていた。
いつの間にか見失ってしまう。
国を囲う尾根の向こうへ、どこまでも遠くへ。
あの青空の向こうへ。
鳥になったならば、あの向こうが見えるのだろうか。
青は好きだった。
よく着る服の色に使うくらい。
私もあの青にいつか溶けられたらと思っていた。
そんな風に鳥へと思いを飛ばす私に、誰かが声をかけてくる。
鍛えた体、背中に大きな盾と長い剣を携えた人。
こんななりでも、立派な行商人だ。
国に尾根のダンジョンを超え、尾根の外で仕入れてきた物を運ぶ人。
そんな男が声をかけてきた。
『おや、お姫様! 今日もお忍びかい?』
『ち、ちがうわ! あ、こほん! 人違いじゃないかい? 私はハピネスというものだ!』
どうしていつもバレるのだろう。
深く帽子をかぶって、城の中で着ているものより簡素な服を着せてもらったのに。
バレないように言葉遣いだって変えているというのに。
私がお忍びで出かけると、たいていお姫様と言われてしまう。
私は帽子を掴んでさらに深くかぶって、赤くなった顔を隠して声をかけてきた男の顔を伺った。
男は本当に嬉しそうに笑っていた。
国民が笑っている、父の統治で幸せな人を見るだけで私も嬉しくなる。
その後の言葉は許さないが……。
『こんな透き通るみたいな別嬪さん、我が国のお姫様以外にいたかぁ? いや、お姫様は胸のあたりがもう少しマシだったかな?』
『んなー!! なんて無礼な! 私はこれからだって着付けのメイドが言ってたもん!! ってはっ、違う、いや違わなくないなくなくない!?』
『ハハ、面白い嬢ちゃんだ。これはお姫様じゃないかもなぁ』
『ムムム……! これからだもん……!』
私は将来性に溢れているのだ。
城の先生たちもメイドたちもそう言っているから大丈夫!
尾根の外から送られてきた服の胸が余ったりしてない。
……余っているのもあるけど、それらは未来にちゃんと着るもの!
『ワハハ! そうだな、お姫様はこれからだものなぁ。ハピネスさんはどうかは知らないがね』
『ぐぬぬ……!』
『ああ、そうだハピネスさん』
そこで男が思い出したように何かを取り出す。
美しいガラス細工。
様々な色がガラスに溶け込まされた美しいソレを、尾根の向こうから運んできたのだろうか。
『ハピネスさんよ、こいつは『護り人』様方が外に拠点として作った開拓村で作り始めた工芸品でね。名前は村の名前を頭につけるからこれからだそうだ。綺麗だろう? おひとつどうだい』
『私、お金持っていないわ。……うむ、持っていないとも!』
『ハハ、随分と自信満々な一文なしさんだな。まぁ見るだけ見ていきなよ。後で気に入ったものは城の方に持っていくから』
『ほんとう!? ……城の人もきっと喜ぶんじゃないかい、商人さん!』
くすくすと、いつの間にか集まっていた顔を知っている城の近くに住まう人たちが笑っている。私はまた深く帽子をかぶって顔を赤くした。
ああ、そうだ。
そうなのだ。
この頃には尾根の向こうなんて、どうでもよかった。
気にはなっていたけど、この人たちを導く国主として勉強をしていた。
だから、本当に────。
赤く燃える都市。
国を囲む尾根が熱で揺れて見える。
────贖いを。
国を導くものとして、果たさなくてはならないのだ。
みんな、煙になって空の向こうへと行ってしまった。
いつか見た鳥のように。
青に溶けて、見失ってしまった。
まとめきれなかったので、明日も幕間……。