長い廊下を歩く。
私の後ろには、灰色の青年。
彼は物珍しそうに周囲を見ながらキョロキョロと歩いている。
本来私一人で駆けていった道を、二人で進んでいく。
不思議な感覚。
そうしているうちに、私は一つの扉の前にたどり着く。
謁見の間、そこに繋がる道。
正面から入る場所ではないけれど、城の者なら入れる扉。
何かに気がついたように後ろからついてきていたテフラが声を上げる。
「お、そういえば俺はそこの扉から来たぜ」
「そうなの? ここは国主……『王様』が城を訪ねにきた客人と会う場所」
「何!? 王様がいるのか!」
「そうよ、ここは夢の中だもの。だから、その拳の意味はないわ」
「……そういや、夢って話だったな」
彼が目覚めた時に居たと言っていた広い場所とは、どうやら謁見の間だったらしい。
『王様』ときいて灰色の目を見開いて拳を構える。血気盛んだなぁと微笑ましく見守る。
彼はここが過去の夢だということをすっかり忘れてしまっているみたい。指摘すると、恥ずかしそうに後ろ髪を掻く。
「それじゃあ開くわよ」
「おう。……あ、待て何か嫌な予感がする」
ギィイ……。と重い音を響かせる。
私が入ろうとすると、テフラが私の腕を引いた。
嫌な予感がすると言っているが、それはそうだろう。
『遅かったな。また城の外へ行っていたのか』
「あ、おい!」
声。
父の声。
確か私は静かな城の中でようやく聞こえた声に歓喜して、父の元へと馳せ参じたんだ。
テフラの腕を振り払う。
夢を終わらせるために。
──彼との冒険をまた始めるために。
謁見の間。
美しくさまざまな色合いの布に彩られる部屋。
金の装飾や、ダンジョン産の美しい紋様の生地がふんだんに使われる権威を示す部屋。
中央の長い絨毯まで歩いていく。
外ではさらに激しい音。
あの大百足が暴れている音。
玉座が視界に入る。
そこに一人の男性が肘当てに手を乗せて座っている。
煌びやかな王冠。
ダンジョン産の献上されたアイテムに身を包む壮年の男。
座っているだけなのに、王としての威厳が伝わってくる男。
これが父。
そしてこの国の──。
「こいつが『王様』か。……なんかイメージと違うな、鳥じゃなかったのか」
「ぶふっ!? ちょっとテフラ!」
「あ、悪い。続けてくれ」
「……もう!」
テフラがなぜか『王様』を鳥だと思っていたらしい。
本当に変なところで抜けたりしている子だ。
……それに何だろう。悪い続けてくれって! まるで私が演劇でもやっているみたいじゃないか。
『お父様!! 国が!!』
『遅かったな。また城の外へ行っていたのか』
そんなふうに思って続きを始めることを戸惑っていると、先ほど私たちが入ってきた場所から私が入ってくる。
……どうやってもこの悪夢は、私に嫌なところを見せつけたいらしい。
夢の中の私は、終わりの時と同じような表情をしながら玉座に座る父の元へと駆け寄った。
父も先ほどと同じ台詞を吐いた。
「ちょ、おい! なんかもう一人アンタが来たんだけど!? アンタ双子だったのか!」
「そんなわけないじゃない。少し静かにしてなさいな」
「……!?」
いつも彼の肩で私が騒ぐ時にされているように、テフラの口を私の人差し指で塞ぐ。
テフラは顔を真っ赤にして、目を白黒しながら固まってしまった。
ふふん、いつもの私の気持ちを味わうといいわ!
『城のメイドも、護り人たちも、他にも普段なら人がいる場所に誰もいません! いったい何が起こっているのですか……!』
取り乱した私が、父へと縋りつき。
ぱんッ。
平手で頬を張られて、床に倒れる。
「あの野郎ッ!! 人に怪我をさせるなって親父に習わなかったのか!」
「止まってテフラ」
私が口を抑えていたテフラが、グッと前に飛び出そうとする。彼の顔が怒りに染まっている。
話が進まないので私はテフラに抱きついて止める。テフラの方がはるかに力が強いはずなのに、ここが夢の世界だからかテフラを抑えることができた。
『
『……?』
父は邪悪に笑っていた。
頬を吊り上げて、人間の醜悪さを見せつけながら。
生まれて初めて頬を叩かれた私は、何が起きたのかわからなくて呆然と父を見上げていた。
『いつか尾根の向こうを見たいと言っていただろう。その望みを叶えるために城の皆、国の皆には糧になってもらう』
『何を、言っているのですか……?』
『我が国を永遠にするのだ。
意味がわからなくて絶句した。
何故? 何を言っている? 理解が及ばなくて思考がショートしたのを覚えている。
そんなこと、神にしかできない。
ダンジョンとは神々の娯楽劇場。
それを一から作るも演出をするのも、人間には決してできない。この世界のルール。
それが出来るからこそ神様なのだ。
椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩みを進めて近づいてくる。
重厚な靴が音を鳴らす。
初めてみる父の姿と表情に、私は訳がわからなくて、首を振って後ろに少し逃げる。
『そんな、それは子供の頃の夢で……』
『国主は、吐いた言葉は飲み込めないんだエフティヒア。王の言葉とは力を持つ』
『私は……! 痛い、お父様やめて!』
『それにお前が城の外に出ている理由は明白だろうに。少しでも外を感じたかったんだろう? あの尾根の向こうの空気を感じたかったのだろう?』
父が私の前にしゃがみ、私の髪を掴み顔を持ち上げる。
目を逸らしたかったのに、狂気に染まった父と目を合わせられる。
訳がわからなくて涙が出てきたことを覚えている。
父の目に正気の色はなかった。
最近どこかおかしいと思っていた。
宰相たちも忠言をして、でもそれでも最後は問題点を受け入れて改善していたはずだった。
こんな風に飢えた獣のような瞳はしていなかったはずだった。
確かに幼児の頃、父に語った夢がある。
昔、尾根の向こうを見てみたいと、そう言ったことがある。
それを責められる。
あの時の父は、憂いを帯びて尾根の外に思いを馳せていた。
ああ、あれが悪かったのか……?
私の中に罪が生まれる。
『尾根のダンジョンには女神がいます! こんな所業……!』
『女神は尾根の上で我らを待ちぼうけているよエフティヒア。罠、いや誓約をしたからな』
『罠……!?』
『フフ、お前には話してしまっても良いか』
ギリギリ、と私の髪を掴んで吊り上げながら、父はニコニコと笑う。
『尾根の神はここで我らを飼っていた。あの方に……アイツにそんなつもりは無くとも我らはカゴの中の鳥だ!!! だから、私が媚びてあげたよエフティヒア』
私のためにやってやったんだ、喜べと笑う。
声音を変えて、くだらない話をするように猫撫で声で、貼り付けた笑みで嗤う。
『力のない私の娘が、尾根の向こうを一目みたいのです。女神よ、尾根の上に祭壇を作りました。そこでお待ちください。私がこの身、この血を懸けて貴女の作ったダンジョンを越え、いざ愛と知恵と勇気を示さん! とね、ハハ、ハハハハハハ!!』
そんなくだらない嘘。
女神が騙される訳がない。
私はそう思って、哄笑する父を睨みつけた。
いくら父とはいえ、国を豊かにしてくれて見守ってくれている女神をそんな目に合わせるなど許せなかった。
私が睨みつけたとわかると、急に父が笑いを消す。
ゾッと、鳥肌が走る。
『神はたいして人と変わらない。常に上位者だと思い続け、下から足を掬われることを知らないだけ、だそうだ』
淡々と言葉を綴る。
父の背後の影が────外で王都を破壊していた大百足へと変貌していく。
ひっ、と息が漏れて小さな悲鳴になる。
『許せない、許せない。こんな逃げられない国へと閉じ込めたアイツらが憎い。のうのうとその上で何も知らずに生きているお前らが憎い……。君もそうだろう
虚ろな目になった父が、ブツブツと呟く。
『そして我らは尾根のダンジョンの席を手に入れる! 憎いアイツを懲らしめる。この国の栄光が、永遠に保存されるのだ! 僕は外に出る。人類初の快挙、人が神の視点をいただくんだぞ!! あはは。ハハハ、ハハハハハハハハ!!!』
情緒が乱れていく。
もはやそれは人ではなかった。
父が大百足に巻きつかれていく。たくさんの人の手がついたおどろおどろしい、恐ろしい化け物。
ぎちぎちと口を鳴らしながら、大百足は口を開いた。
『お姫様はコイツの大切な子供だからね。この国のことを知っている者を一人だけ飼ってあげる約束なんだ。ああそうだ、いつも空を見上げていたね。鳥になりたいんだったかな?
その言葉で、父が私の髪を掴んでいた手とは逆の手を開く。
ここで、私の夢は終わるはずだ。
あの手に捕まえられて体は青い鳥になって、あの封じられた部屋で数百年の時を過ごして、灰色の青年が来るまでそのままだ。
終わりの始まり。
瘴気のような黒い波動が父の手に溜まって、ぎゅっと目を瞑った私に向けて────。
────しゅるるるるっ! すごい勢いで回転しながら飛んできた光り輝く円盤が、邪悪に笑っていた父の顔面にメゴォっと突き刺さっていた!
突き刺さった円盤。
テフラの『鏡面の盾』がキラキラと光を放ち始める。
「ええええ!?」
「よっしゃぁ!!!」
私は驚いて、思わずテフラを見上げる。
この男、青筋を立てながら犬歯を剥き出しにして左腕を振り抜いていた。動けないから、何かできることを全力で探した結果がこれだったのだろう。
大切な盾なのに、思いっきり投げたんですけどこの人!!
「テフラ、ダンジョン内でモノを投げたら消えちゃう!」
「お、おう!? ここダンジョンなのか!? 夢じゃないのかよ!?」
「夢だけど!」
急に慌て出すテフラ。ヤベェ、と青ざめた頬を両手で押さえる。
彼はどうやら、ここがダンジョン内だと思っていないようで……あれ、でも投げたアイテムは消えてない。
ピカァ!! と父の顔面に突き刺さった『鏡面の盾』がこれでもかという風に光り始めた。
何だこれ!? 思わず私は現実と同じようにテフラにツッコミを入れてしまう。
「ちょっ、少年!? 君何やってるんだい本当に!?」
「い、いや、女の子が襲われてると思ったら体がつい動いちまって……! あれ、今ハピネスの声がしなかったか!?」
「あ、してないよテフラ! してない全然してない!」
ブンブンブン、なぜかバレたくなくて首を横に振ってしまった。
ぴしり、空間がひび割れて行く。
大百足が、父が、謁見の間が、世界が。
まるで鏡を砕いた時のように、甲高い音ともに散り散りに砕けていく。
夢が冷める前兆だろうか。
私は初めてみる光景に、テフラを抱きしめていた腕にぎゅっと力を込めて、それを眺め続けた。
しかし慌てるのはテフラだ。
「アンタ大人しくしてろよ! 逃げるぞ!」
「え、キャ!?」
テフラは抱きついていた私を胸の前に抱き抱えると、必死な形相でその場から逃げ出した。
いわゆるお姫様抱っこという奴。……私は初めてされたけど、お姫様抱っこという名前だ!
見た目よりも随分と逞しい腕と胸に抱き締められて、思わず心臓が跳ねる。
そんな私にお構いなし。
テフラは砕けていく世界に背を向けて、先ほどの扉の方へと駆け込んでいく。
その時逃げるテフラの周りを、先ほど投げた『鏡面の盾』がピカピカ光を放ちながら飛んできた。その様子はいつかの『成長』した瞬間を思い出させるような光り方だ。
何だこれ!?
私は目を剥いて、光り飛び回る盾を見つめる。
しかもテフラは鏡に気がついていない様子だ。
ああ、もうこの少年はもう!
訳がわからなくなって、とりあえずテフラの胸の中で、現実と変わらない安心できる匂いを嗅いで落ち着く。そこで鳥の時は平気だったけど、人としてはしたないことをした気がして、今度は私の顔が真っ赤に染まる。
「アンタこの場所に詳しいんだろ! どこに逃げればいい!」
「……あ、あっち?」
「あっちだな!! その調子で分かれ道とかは頼むぜ! ……って、ダメかッ、うわああああ!?」
背後がガラスの音と共に壊れていく。
流石のテフラといえど、足元がなくなってしまえば、駆けることはできなかったようだ。
騒がしくも逞しい彼にぎゅっと抱き締められながら、私は────。
────まるで落ちるように、悪夢のようなナニカから覚めていくのだった。
◇
どごん!
すごい音でぱっちり目を覚ましたハピネスは、テフラが簡易で作ったベッドの上から飛び上がる! 慌てて周囲を見回すと、テフラがベッドから転げ落ちて頭を地面にぶつけてピクピクと体を震わせていた。
「テフ……、少年!」
「ハッ!? どこだここ、また夢か!?」
ハピネスが声をかけると、テフラは意識が戻ったのかバッと跳ね起きて周囲を見回す。
なぜかそのまま、壁へと頭を打ち付けようとしているので、ハピネスは胡乱げな表情のまま声をかけた。
「……少年少年、しょうねーん? ちゃんと考えて行動!」
「って、そうだ。あの子に怒られる……。ってハピネス!」
テフラは机の上、布の上にいたハピネスの姿を見つけると、心底安心した表情で抱きしめた。起き抜けなのにバタバタと慌ただしいのが、実にこの青年らしいとハピネスはぼんやりと思った。
「キャッ!? しょうねん、ぐ、苦しい……」
「よかったぁ、すげぇ探したんだからな! ほんと夢でよかった……! ってわりぃ痛かったか?」
むぎゅっ、とテフラの腕の中で潰れかけているハピネスは必死で翼でテフラの腕をタップ。それに気がついてテフラはようやく落ち着きを取り戻し、ハピネスへと平謝りをするのだった。
厚い胸板から解放されたハピネスの目が、キランと悪戯気味に光る。
「……少年もしかして寝てる?」
「起きてるよ! いや、寝てるのか……? もうわけ分からなくなってきたぜ」
「ちなみにここは夢だよ」
ふふふ、とハピネスが悪そうに笑って告げた。
たまらず飛び上がるテフラ。
「ええ!?」
「フフ、嘘だよ」
「何だよもぉ……。本当に混乱してきたぜ……」
潰されかけたハピネスは、テフラに意趣返しをしてみた。
本当に頭がこんがらがってきたのか、テフラは目をぐるぐると回して頭を抱える。
その様子が本当におかしくて……。
「ふふ……、ねぇ少年」
「お、おう? 何だよぉ」
「私は、君と出会えて本当によかったよ」
「おう……」
本来であれば悪夢だったはずというのに、ハピネスはくすくすと楽しげに笑ってから起床をする。あんな強烈で不思議な夢体験をしてしまったら、きっとあの夢を見てもこの青年がまた助けに来てくれる。ハピネスにはそんな気がするのだ。
──その二人の様子を翼が生えたような姿になった『鏡面の盾』が、部屋に届く光をきらりと反射させて映しているのだった。
Q:テフラはハピネスに結局気が付かなかったんですか?
A:事前に見てた店主くらいボインボインのバインバインだったら、もしかして……! となっていたかもしれない。