休んでいた部屋。
その部屋でテフラがワナワナと体を震わせ、寝る前とは姿形が変わってしまった『鏡面の盾』を持ち上げて叫んだ。ハピネスはうるさそうに耳の辺りを翼で押さえた。
テフラの持っている『鏡面の盾』は、寝る前は確かに円盤型の盾だったはずなのに、円の縁の装飾が豪華になっていて、まるで翼のような姿になってしまっている。
「なんか羽飾りついてるんですけどぉー!? 形も少し豪華になってないか!?」
「本当だねぇ少年。……もしかしてあの夢みたいに飛ぶのかな?」
ハピネスが、そっと呟く。
だが流石のテフラもその呟きには呆れたような表情で言葉を返した。
「ハピネスは物を知らないなぁ。昔に背中にお手製の翼をつけて崖から飛んだことがあるけど、鳥じゃなきゃ飛べないんだぜ? へへ、ラカブのおっさんが慌てたもんさ」
「少年、妙に頑丈だよね……。ところでそれは、私を馬鹿にしてるってことかな?」
ハピネスはちんまい翼をぴよぴよと広げた。一度も風を切って飛んだことのない翼である。
思わずテフラは顔を逸らし、持っていた鏡面の盾を置いた。
この青年、相方が飛べない鳥だということを一瞬ど忘れした様子。
「いや、そういう訳じゃないって……。俺は盾が飛ぶ訳ないって話をしようとしただけでだな……。そういやハピネスって飛べない鳥だったぜ」
「こら、少年! 小さくぼそっと言っても聞こえてる……から、ね」
ハピネスの言葉尻が萎んで、ポカンと宙に視線を向けて口を開いたままになった。
また色々と言葉責めされる、と身構えていたテフラだったが、ハピネスの様子に首を捻った。
「どうしたんだよ、ハピネス」
「少年、後ろ。後ろー!!」
あまりのハピネスの狼狽した様子にテフラは後ろを振り返る。そして、彼もそのままカチンと凍りついたように固まった。
────フワァ。
テフラが先ほど置いたはずの『鏡面の盾』が宙に浮いていたのだ。
「「飛んだァー!!!?」」
二人は同時に叫び、ハピネスがバッ! と机に添えつけられていた花瓶の裏に隠れ、テフラは腰を低くして拳を構える。
「しょ、少年! お化け、お化け!!」
「馬鹿野郎! ここはダンジョンなんだからモンスターだろ!? うおおおお、俺の盾を返してもらうぞ!!」
テフラが反射的に浮いている盾に拳を振るう。
スカッとそれはテフラの左側を追従するように『鏡面の盾』は避ける。
テフラが宙を逃げ回る『鏡面の盾』を捉えようと、虚実を交えた格闘を放つが、そのことごとくを左側に避けられていく。まるで、自分の尻尾を追いかける子犬や子猫のようだ。
そこで、ようやく花瓶の端から見ていたハピネスが気がついた。
「少年、止まって!! ストーップ!!」
「何だ、ハピネス何かわかったか!?」
息を整えながら、テフラが襲い掛からなければ動かない『鏡面の盾』に向かってハピネスが言った。
「それ、少年が装備してるんじゃない?」
「はぁ!? どういう……って」
「……少年が寝てる間に『成長』しちゃったんだろうなぁ」
「わ、訳わかんねぇ」
スゥ、と空中を滑るように動き、空中に浮いたままの『鏡面の盾』が、テフラの左腕の今まで盾がついていた場所で浮き始める。
そこでようやく、テフラの認識が突然『休憩階層』に現れたモンスターから、謎の『成長』を果たした『鏡面の盾』という物へと切り替わっていく。
テフラは盾の変わり果ててしまった姿に、頭を抱えて深く悩むのだった。
しばらくして。
浮いた盾に渋い顔をしたままのテフラは『休憩階層』に乗り出すことにした。いつまで悩んでいても、結局起きて変わっていたものは仕方がないというスタンスだ。
パパッと、休む為に外していた鞄や斧などを装備し直す。
そして、休んでいた部屋から出るテフラの周りを、ゆっくりと衛星のように『鏡面の盾』はクルクルと宙に回って浮いていた。
そんなテフラの肩の上から、ハピネスがテフラのほっぺたをペタペタ触りながら慰めの言葉を送る。
「しょうねーん、いい加減落ち着きなよぉ」
「……ハピネス」
「いいじゃないか! 『成長』した装備があれば『八本脚』だって怖くないさ。なんたって飛び回って少年を守ってくれるんだよ? すっごくいいことじゃないか!」
「はぁ……。わかってねぇな」
「む、何がわかってないっていうのさ!」
ぴょんぴょん、ハピネスはテフラの肩の上で跳ね回る。
それに、テフラは先ほどよりも大きいため息を吐いて、理由を言った。
「戦う時の癖とかだよ。戦う時はいつも盾を使ってたから、手数が足りない時に咄嗟に盾がないのに殴りかかったりしそうだぜ……」
「それは! ……そうかも」
ハピネスはダンジョンで戦ってきたテフラの様子を思い出す。盾を上手く使ったステゴロも、テフラの得意とする技に見えた。それが意図せずに使えなくなってしまったと思うと、テフラの落ち込む意味もわかってきてしまう。
当のテフラの頭の中で渦巻くのは『八本足』対策で、昨日斧を散々振り回していた記憶だ。
ただでさえ使いこなせない武器があるっていうのに、今度は飛び回る盾だって? 体の動かし方の器用さはソレナリだという自負があるテフラでも、慣れるのにどのくらいかかるか……。
下を向いて後ろ髪をかくテフラを、ハピネスは頑張って励まそうと言葉をかけ続けた。
「少年、どうせ盾は使わないつもりだったんだろう? じゃあ両手で斧を振ってる間に、勝手に守ってくれる盾があるって素晴らしくないかい?」
「それは、そうだけどよぉ」
咄嗟に盾を使ったバッシュとかしそうになったらどうするんだ。
とテフラが思った瞬間。
「うお、何だ!?」
キュッ! と空中を漂っていた『鏡面の盾』がテフラの左腕に沿うようにフィットする。思わずテフラはのけぞる。
たった今テフラが盾で殴るイメージをした場所に、盾がやってきた。
それじゃあ、と思って肩にいるハピネスを守るようなイメージをする。
再び直ぐに『鏡面の盾』は動いて、ハピネスのいる肩を守るような位置に配置された。
「こいつ、思った通り動くのか……!」
「やっぱりすごいじゃないか! 少年の懸念も減るんじゃないかい?」
しかも脳波コントロールできる! その様子を見ていたハピネスは、唐突に電波を受信したが発言するのは我慢して慰めの言葉をかけ続けるのだった。
◇
自由に自分の意志で盾が動かせるとわかったテフラは、昨日に続き体を動かす。
当然盾の試運転も兼ねている。
ハピネスは中央広場の噴水の場所で、それを眺めていた。
昨日のように、激しく体を動かすのではなく簡単な素振り。
それを軽く終えると、テフラは斧を杖のようにして呼吸を整えながら、休憩がてらハピネスに会話を振った。
「そういやさ、昨日変な夢を見たんだ。ハピネスは特に何もなかったか?」
「! ふふ、実はね少年、私も一緒にいたんだよ」
「まじか!? あ、でも確かに終わりぐらいに声が聞こえたな」
大きく呼吸を繰り返すテフラの傍ら、ハピネスはピクンと反応を示す。
ついにきたか……! と鳥類のキメ顔。
若干キメ顔通り越してドヤ顔である。キランと、顔の横に光マークが浮かぶ。
「ふふ、少年も私の姿に見惚れたかな……? あんなに抱きしめられちゃったからなぁ」
「何言ってるんだ……? というか、同じ夢見てたのかそれ」
「む、あんなに強く抱きしめてくれたじゃないか」
バッサバッサと翼を振ってハピネスが言う。それをテフラは眉を顰めて首を傾げた。
「本当に同じ夢かそれ……? というか、抱きしめて潰しそうになったのは朝だぜ」
俺はハピネスの夢の中で鳥にでもされてしまったのだろうか。テフラは困惑した。
とりあえずハピネスの話は置いといて、テフラは自分の話を続ける。
「……へへへ、俺はめっちゃくちゃ美人な女の子助けたんだぜ」
「うんうん、そうだろう! 美人、そうだろそうだろう! ムフフ」
「何でお前が自慢げなんだよ……」
なぜか盛り上がるハピネス。
だがテフラの次の一言でカチンと固まった。
「あんな可愛い子人生で初めて見たぜ。スッゲェかわいくてなぁ、もう一目惚れよ!」
「な、な……」
鼻を擦って、テフラはニヤリと笑う。そしてさらに思い出すように目を閉じて、ふふん! と盛り上がる。
ハピネスの青いはずの体色が、熱に茹だれるように真っ赤に染まったように見えた。
「しかもぎゅってされちゃったりして、もう心臓が飛び出るかと思ったり、最後にはもう物語みたいに一緒に逃げ出したんだぜ! いやぁお前にも見せてやりたかったなぁ」
「ぁー……!」
「しかも、すっごい柔らかくて軽くて物語のお姫様みたいだったぜ! あとなんかいい匂いもした!」
「ヒィー……!」
ハピネスの頭から、湯気が出ている気がする。翼で自分の顔を覆ってしまった。
テフラはハピネスの様子に気が付かずに話し続ける。
「いやぁでも夢だってんだからなぁ。……現実でもあんな子とお近づきになりたいぜ。へへ、とりあえずダンジョン出てから、あんな子探してみるか!」
「……」
「そんときは、ハピネスも一緒に……おい、ハピネスどうした? 話聞いてるか?」
そこでようやく、ハピネスの様子が変なことに気がついたようだ。挙動不審に翼を顔の前でモニョモニョやっているのを見咎められてしまった。
ハピネスは呂律が回らなくなった口を開いて。
「き、きいてるよしょうねん! い、いやぁ今日はあついね、いやうんうん! ね、少年!」
「『休憩階層』は快適そのものだけど……。お前大丈夫かよ、調子悪かったりするのか?」
「噴水あるから平気!! いい夢だったね! おやすみ!」
「おわ、馬鹿! 急に噴水に飛び込むなって!! おやすみって何だよ!?」
ハピネスは頭から湯気を噴き出し、そのまま噴水に飛び込んだ。テフラは慌ててバシャバシャ溺れそうになっているハピネスを救い出す。
そのあと水に濡れてしまった二人は、寝起きした部屋まで戻るのであった。
「……ちなみに、少年。その……それが私だって言ったらどう思う?」
「はぁ? 確かにお前はお姫様って言ったけどさ」
フッ、とテフラは鼻で笑った。
過去に言っていたハピネスの言葉を思い出して、ニヤついて告げる。
「あの子はボインボインのバインバインじゃなかったぜ? しかも人間!」
「ああああああ!!! もうテフラのバカ!!! 知らない!! あほ!! デリカシーなし!!」
「イダダダダダダダ?!!? 急に暴れるんじゃない、っていうかおまえが出会った時に言ってたんだろうが!? アイタ!?」
スコココココココ!!
普段の十割り増しくらいの勢いで、ハピネスはテフラの頭を突きまくる。
どことなく照れ隠しに見えるのは、きっと気のせいだろう。
そんな青年と青い鳥の『休憩階層』の一幕。
──未来、二人がこの会話を思い出してどんな思いをするのかは、まだ誰にもわからないのであった。