ぬらぬらと粘液に染まる巨体。
巨大に膨らむ頭の左右で触手をゆらゆらと四本ずつ揺らす『八本脚』は、そのうちの一本。
右の触手一本を対面に構える青年と青い鳥に向かって鋭い槍のように突き出す。
見た目よりもズルリと伸びる触手は、空気を引き裂く音と共に対面する青年、テフラの胴体に向かって殺到する!
「少年、右の二!」
「!」
テフラの肩で、震えながら目を逸らさないハピネスが甲高い声で前もって決めていたサインで指示を出す。テフラは声を出す余裕がないので心の中で頷きを返しながら──足を交差するように素早くステップを踏んで、小さな動きで左真横に回避する!
くるくると回っていた『鏡面の盾』は主人の視界を邪魔しないように、左腕の方で待機するように浮いていた。
テフラは完全に回避を決め、凄まじい風圧がテフラのカーディガンやマフラーをバタバタと煽る。
一度突き出された触手は、最大まで伸びると『八本脚』本体の方へ、突き出した時とは打って変わってゆっくりと下がっていく。
攻撃のチャンス……にも見えるが──!
「次! 左の一! 右の、三!」
──再びハピネスが声を上げる。『八本脚』との戦闘を唯一知っている彼女による指示。今まさに二人は一丸となってボスと戦っていた。
ぐぐっ、と『八本脚』の左の一番上の触手と右の上から三番目の触手が弓につがえられた矢のように引き絞られているのが見える。
戦闘開幕の『八本脚』は、四本の触手を使って敵対者の胴体を狙ってくるという情報をハピネスから聞いていたテフラは回避に注力する。
一本であれば、最低限の動きで。
二本であれば一本目とは逆の方向へと鋭く駆ける!
再び風を切る轟音が二つ続く!
触手二本が『八本脚』を起点にして、円を書くように左方向へ逃げるテフラの背中で放たれていた。
「最後! み、左三!」
ザリザリっ! 駆けていた足に急制動を駆けて、細かい砂利の地面で横滑りしながらテフラは現状最後の一本を避け────。
「いまだ少年! 攻撃ぃ!」
「ぜ、アァッ!!」
裂帛! テフラは渾身の力で全身で斧を振り上げる!!
本体の方へと引き戻されている触手。
その吸盤のない場所に狙いを定め、上段から全力で斧マスターキーを叩き込む!!
グニィ……!
叩きつけた部分から触手が地面に打ちつけられてくの字に曲がる!
一発目の攻撃を当て、テフラは……思わず舌打ち。
「ッチ!」
過去のマクキタラの兄の時に触手が切れることは確認されているらしい。
であれば、この鬱陶しい一本だけでも切り取ってしまいたい……が、どうやら一撃では切れなかった。そう簡単にはうまく行ってくれないらしい。
テフラは思考を加速させ、すぐさま斧を叩きつけた際の反動を使い、斧を引き戻し──
『────!!』
反撃を喰らい『八本脚』は名状し難い叫び声を、叫び散らかす。
ゆっくりと戻っていた四本の触手たちがグンッ! と天井の方へと引き上げられる。
攻撃を喰らった時の行動パターン!
天に向かって四本の触手。
まるで柱のように触手が伸びた。
それは走り回るテフラに向かって、一本一本先ほどの点の攻撃ではなく面の攻撃として凄まじい質量が叩きつけられる!!
「いち! に──!」
まるで爆発が起きたような音が、テフラの背中の方で響き渡る。ハピネスがその音を数えている。
数秒前までテフラがいた場所に、一本一本が連続で振り下ろされていく!
凄まじい追い風で、テフラは足が浮きそうになるが斧の重量で吹き飛ばされずに懸命に走り続ける。盾も背中の方で主人を守るように追走をして、衝撃と共に飛んでくる砂利からテフラの頭とハピネスを守り続ける。
カンカン! と激しく鳴る音が恐ろしくも非常に頼もしく感じるテフラとハピネス。
「──よん! 少年反転!!」
「ッ──!」
ザアアアッ! と擦過痕を地面に残しながらテフラはその場で反転して、先ほどまで振り落とされていた触手に向かって走り出す!
そして、跳躍!!
天に両手で掲げた斧が天井からの光を浴びて、ギラリと鈍い光を放ち存在感を示す!
「きれねぇなら叩き折ってやらァー!!!!!」
「やあああああ!!」
テフラとハピネスが雄叫びを上げる!
ズガン!!! と先ほどの『八本脚』の触手叩きつけと同等の衝撃が斧から放たれる!
カッ!! と叩きつけた斧が今までで一番光り輝く!
「──!?」
想定していたよりも凄まじい威力にテフラが目を瞬く。が、確かめている暇はなかった。
「少年、だめだ切れてない!」
『────────!!!!!』
今まで以上に激しい咆哮!
ここで触手が切れてくれれば一番良かったのだが、今の一撃ですら触手に打撲痕は残ったが切れていない。さすがはボスモンスターといったところか。
ビュおう! と円形のボス部屋に伸びきっていた触手が風切り音と共に一斉に引き戻された。
テフラは大きく息を吸って、斧を構えて次の攻撃に備える。『八本脚』も大きな頭の横についたヤギのような瞳孔が横型の目をキュッと細める。どこか自分の攻撃を完璧に避けたことを不思議がっているような気配をテフラは感じた。
お互いが次の一手を思考する時間。
ボスモンスターは強力であるが故に、ダンジョンを作る神様から行動の制限を受ける。
それはボスモンスターが神々の演劇を盛り上げるための舞台装置であり、人間が一縷の希望を見つけてその糸を辿るような奇跡を神々が見たいからだ。
それは既出ボスの『パローレミングス』であれば、手に持つチーズ塊を投げたあとは必ず再び入手するまで敵を攻撃することができない隙であったり、群れのスラットがやられるまで現れた場所から遠距離攻撃しかできない。
この『八本脚』も一気に八本の触手を使って連続攻撃をしてこないのも制限の一部なのだろう。先ほどの天からの叩きつけを八本で永遠に続けてしまえば、テフラの体力が先に無くなる持久戦となり、簡単に勝てるはずなのに決してしてこない。
上記を踏まえ、この『八本脚』も短慮な即死になり得る攻撃をしてくることはないだろう。
しかしボスも思考をするのだ。
今のままテフラの先を読んだような動きを不思議がって何かを考えているのが、まさにその様子を表している。
だからこそテフラは虚勢を張る。
「おいおい、この程度かよ!! このダンジョンのボスはよォーッ!!」
テフラは出来た隙の時間に、ニヤリと笑って斧を肩に担ぐ。
そして反対側の手でクイクイと手のひらを揺らし、大声で叫んだ。
挑発。
家ほどのサイズがある怪物に対して、細身の人間からの挑発だ。
思考のできるほどの生物であれば、それが自分よりもはるかに劣る生物に馬鹿にされているとわかる行為。
キュッと窄められていた『八本脚』の瞳孔が全開に見開かれ、再び雄叫びを上げる。
ズンッ!! と体の左右で揺らす触手の上から左右二本ずつを地面に突き刺した!!
「少年、地面から囲んでくる触手攻撃!」
「タイミングで突っ込むぞハピネス!」
「うん!」
グラグラ、地面が揺れる。
それは挑発して待ち構えるテフラに向けて、『八本脚』の触手が地面から向かっている合図!
慌てずテフラはひたすらタイミングを測る。
変に駆け出さず、いつでもかけ出せる格好で待つ。
引き伸ばされる思考。ぬらぬらと生理的嫌悪感を煽る『八本脚』が、その場から動かないテフラを嘲笑の目で見ている気がする。
背筋にはいつもの嫌な予感がビンビンと走って、今すぐでも走り出してその場から逃げ去りたい。
冷や汗がたらりとテフラの頬を流れた。じり、と足裏に力が篭る。
──ああくそ、怖いな。目で見て避けれないってのは怖いぜ……。
心の中でテフラは少しだけ弱音を吐く。
テフラとしてはこの『八本脚』はハピネスの話でしか聞いていない全てが初見なのだ。
それでも。
それでも肩でテフラに寄り添うハピネスにその怯えを見せるわけにはいかない。
この肩の友達の知恵を信じると決めたのだ。
だから、テフラは動き出しそうな足をその場に止め、ここでタイミングを測り続ける。
テフラは無理矢理震えを押し殺し、ニヤリと頬を吊り上げ続ける!
そして、地面の揺れがおさまった瞬間テフラは──!
「うおおおおおおおおッ!!」
──中央で悠然と構える『八本脚』の頭に向けて駆け出す!!
地面の中で先ほどまでテフラが立っていた場所を囲むように四本の触手が囲むように地面から飛び出す!
テフラの眼前。
先ほどの突き出し攻撃のような速度で触手が地面から迫り上がってくるのがテフラの優れた動体視力が捉える。
──間に合え、間に合え……! 間に合わせろ、跳べ!!
テフラは障害物競走のように鋭く跳ねる!
股座の下、後ろへと暴風が流れる!
風に吹き飛ばされる凧のようにテフラは空中で加速する。
前へ前へと推進力を持ってテフラが地を流れる流星のように飛ぶ!!
「オァアアアッ──! 喰らい、やがれぇええええええええええ!!!」
地面から飛び出してきた触手をギリギリで飛び越え、そのまま空中を滑空するままに斧を振り上げたテフラは、捕らえたと油断した『八本脚』の膨らんだ頭に向けて!
──この『ボス階層』で、現時点最高の一撃を放ったのだった!
これは不思議なダンジョンの戦い……?
次回からアイテム使っていきたいですね……!