ボス階層を後に
ついに『八本脚』を倒したテフラとハピネス。
疲れ切ったように地面に座り込んだテフラが、大きくくしゃみをする。肩に止まっていたハピネスが音にびっくりしてピョーンと跳ねる。
「はっ、くしゅ!」
「わ、びっくりした。少年、気がぬけて風邪をひいたんじゃないだろうね」
「ズビ、そんなわけあるかよ。……だれかに噂されてるのかもな!」
「……とりあえず、体を冷やさないようにしようね少年」
心配するハピネスに適当に返したテフラは鼻をすすり、大きく伸びをしてから立ち上がる。その後に、先ほどまで斧マスターキーを握っていた手をグーパーと開いて感覚を確かめる。
顔をしかめた。
「少年?」
「……痺れてるな」
食糧事情でさっさと先に進みたいところであるが、手の痺れが抜けてくれないのだ。
そのテフラの様子をハピネスが心配そうに見つめていた。
「やはり最後の一撃は無茶だったのかい?」
「少し休めば大丈夫だと思ったんだけど……。『パワーアップの薬』は体の限界を超える全力を引き出す薬だと思った方がいいな」
思い出すのは『八本脚』へのトドメの一撃。斧の性能によって増幅された一撃が、幾重にも衝撃の波紋を生み出した技。……技といっても凄まじい力を維持し続けたまま『パワーアップの薬』で、究極ごり押し脳筋フルパワーであっただけだが。
しかし、どうやらその反動がテフラを苦しめているようだ。
実際に振り下ろした最中、斧を握っていた腕からビキビキと、先ほどの『八本脚』の触手が千切れるような音が聞こえたほどだ。
ふと、腰のウエストバッグから小瓶を取り出す。
それは緑色の丸薬が入ったテフラの緊急時の生命線。先ほどの戦闘でも大活躍していた緑色の丸薬だ。
「……そんなに使ってるつもりはなかったんだけど、減ってきてるな」
以前『パローレミングス』のアイテム整理時に確認した時には二十粒。
ナニモノ初見時が緊急時だったので二粒使い、特に描写はなかったが『成長装備』のために戦闘を繰り返していた最中に数粒。
最後に『八本脚』戦の時にハピネスが口に入れてくれた一粒。
よって。
からん、とテフラの手の中で揺れる小瓶が音を立てて揺れる。
「ひーふーみー……。少年、あと十一粒」
「ハピネス次の階層がどうなってるのかは分からないんだよな?」
「……うん、申し訳ないけれど私が知っているのはここまでなんだ」
となると、そう心で呟いてテフラは視線を部屋の中央に現れた階段に目を向ける。
それは下に向かう階段。
どうやら、ダンジョンはまだまだ続いているらしい。
ダンジョンが終わる時には、登る階段が現れるからだ。
手の痺れのまま階段を降りた際の危険、緑色の丸薬を節約しなくてもいいのかと言う思いを天秤にかける。
そこで思い出すのは今までの階段を降りたばかりのピンチ度合い。
いきなりモンスターハウスに、レアっぽい鳥籠モンスター、ナニモノ強襲に、アイテム泥棒シーフキャット。
テフラが思い出しながら白目を剥いた。
嘘、私開幕ピンチになりすぎ、と言う表情。
「よし、わからないなら万全で行くべきだな」
「うん! ……ところでその苦いの本当に、いや今まで飲んでるからアレだけど、少年よく飲めるよね」
「……いうな」
ここ数日で大量摂取している目の前の緑色の丸薬に、テフラの胃が受け付けたくないようにギュルリと今入っている内容物をせり上げようとするが我慢する。
そんな勿体無いことしたら餓死してしまうからテフラは必死だ。
手のひらに乗せた緑色の丸薬がカタカタと揺れているのは気のせいだろうか。いや気のせいではあるまい。
先ほどの戦闘で少しだけ丸薬をつついたハピネスも、青い顔をさらに青くして舌を出している。
どうやら味を思い出してしまったようだ。
正直、ハピネスはつつくまでテフラが飲むときに大袈裟なリアクションだなぁと思っていた。もしもの時はテフラに口移しとか……! とか思っていた乙女心。
そんなものを粉砕し、翼で押し込むしかない、それがこの緑色の丸薬である。
「うおおおおぉおおお!」
「少年」
「はああああああ!!」
「少年、手が動いてないよ」
気持ちは分かるけど、気合いの声だけ響かせているテフラにハピネスがジト目。その視線についに覚悟を決めるテフラ。
「……ハー!! う、おえ……ぅ……」
「よしよし、お薬飲めたね。少年いい子いい子」
正直『八本脚』戦の最中よりダラダラと冷や汗をかきながら、涙を溢すテフラは丸薬を口に含んで吐きそうになる前に必死に嚥下していく。
飲み込んだ後に目を全開に見開き、喉を抑えてるあたり先ほどより満身創痍に見える。
そんなこんなで、ボスのいなくなった階層で回復に努めるテフラなのだった。
ハピネスは地を這いつくばるテフラの背中でぴょんぴょんと跳ねてトントンとしてあげる。
しばらく後。
頬をげっそりさせて少し涎を垂らすテフラは立ち直り、手の痺れも完治した。胃のムカつきはあるがもうこればかりはしょうがないのだ。
完治した手で、斧マスターキーを上の『休憩階層』で改造した斧ホルダーに仕舞い込む。『鏡面の盾』がその主人の回りを存在を示すようにくるくると回った。どことなく哀愁漂う主人を元気づける様に見えた。
その『成長装備』達の形に変化はない。
残念ながら『成長装備』は『成長』してくれなかったようだ。一応どちらも三段階目まで成長しているので、『八本脚』が強敵だったからとはいえ難しかった様子。
二段階目の時であれば、割と成長していた気がするので唸るテフラとハピネスだった。
といっても経験値は確実に蓄積しているはずなので、この先を進むための糧にはなっているはずだ。そう前向きに考える。
「まあ装備はいいんだよ。装備はな!」
「なんにも不思議なアイテムが落ちなかったねぇ少年……」
「これはキツいぜ」
二人はそう言って肩を落とす。
視線は先ほどダンジョンに『八本脚』が食われていった場所。
あれだけ強かった『八本脚』は宝箱すら落としてくれない。倒したと言う達成感は強いが、アイテムを消費した割に合わない戦闘だった。
残ったアイテムは『鈍足ワンド(0)』『吹き飛ばしワンド(5)』と『ワープの薬』、未鑑定品の『太陽のペンダント』だけ。細々とした物は食品は白パン一個だけ、回復剤は緑色の丸薬は十粒と簡易の包帯と塗り薬。
「……そういやここって高難易度ダンジョンだったなぁ」
「少年しょうがないよ。こればかりは神々の思し召しだからね」
上の階層で強敵が宝箱をドロップしてくれたことを思い出すが、そううまく行かないから高難易度ダンジョンなのだ。不思議なダンジョンあるあると言ってしまえばそれまでだが、正直かなり厳しい。
ショボくれた表情でテフラは階段まで歩く。
そして、仕方がないと切り替えるように頬を叩いた。
その時にポツリと一言。
「せめて、次が『報酬部屋』だといいんだけどな」
「ボスの部屋の次にあると言う部屋だね少年! 私見たことないんだ。どんなところなんだい?」
「へへ、そうだなぁ──」
不思議そうに首をかしげるハピネスに『報酬部屋』の説明をしながら、テフラは階段を降りていくのだった。
少なめで申し訳ない。