ズルズルズル、狭い通路の奥から体を引きずる音。
テフラはその前で仁王立ちして待ち構える。無手で斧は背中にしまった状態。
浮遊するようになってからテフラの周囲を回っていた『鏡面の盾』も左腕の位置に定まっている。
これから行われるのは、斧で攻撃をした際と同士討ち行為で分裂し、数を増やしてしまったモンスター『ワカメ丸』の攻略法を見つけるための戦いだ。
先ほどダンジョンでの拾得物である投擲石で一匹は討伐することができた。
『ワカメ丸』は無限に増えるわけではなく、うまくやれば倒せる敵ということが分かったのだ。
「うおおお、千切っては投げてやるぜ!」
「少年千切るのはだめだよ! 増えちゃうからね!」
「……その、言葉通りの意味じゃなくてだな」
気の抜けるやり取りの最中、這いずり音がする方向からは三つの影が迫ってくるのが見えた。敵の位置を示す『魔法の地図』上では、さらにその後続に真っ赤な群れが迫ってきているのだ。
前哨戦、そう思ってテフラは気合を入れながら腰深く構える。ハピネスもテフラの邪魔にならないようにマフラーの中にしっかりと隠れた。
「来るよ少年! ドジして千切らないようにね!」
「いや、だから俺はドジじゃねぇッ! ──いくぜッ!」
ここでなんとかして、効率よく敵を倒す方法を今この瞬間にも見つけなくてはいけない。
それを肝に銘じてテフラとハピネスは、狭い通路からこちらに向かってきている三体のワカメ丸に挑むのだった。
◇
小部屋から、テフラは左腕に定まった『鏡面の盾』をカンカンと叩いて先頭の一匹の注意を引く。
ワカメ丸の頭の頂点から出たナメクジのような二本の瞳がテフラを捉える。
転がり攻撃をテフラに仕掛けるために、その場で回転を始めた。
それを確認するとテフラは、すぐさま壁際に姿を隠す。
理由はもちろんワカメ丸の転がり攻撃対策だ。
それも自身が攻撃を喰らわない対策ではなく、先頭のワカメ丸が後続のワカメ丸に轢かれる事への対策。
ワカメ丸は同士討ちすることを恐れない。
味方を攻撃で轢いたとしても、分裂して数を増やしてしまう特性があるからだ。
ただでさえ三匹迫ってきているのに、これ以上増えられては溜まったものではない。
そして、何よりも恐ろしいのが。
味方を轢いたワカメ丸が運良く、テフラたちにとっては運悪く『成長』してしまう事。
前回の『ワープの薬』で逃げ出した時に『成長』をしている個体はいなかったが、もしも『成長』されてしまったら本当に手がつけられなくなってしまう。
幸いなことに、ワカメ丸の移動速度自体はモンスターの中でも遅い方だ。
転がり攻撃のみが素早い移動法となっている。
先頭の敵だけ先に部屋に引き込めれば、当然テフラに勝機がある。
「少年、軽めに!」
「おうよ!」
ワカメ丸の大きさはテフラの腰くらいまでの高さ。
転がり攻撃の後壁にぶつかって目を回しているワカメ丸に向かって、テフラはローキックを一発放つ。
スパン! 良い音がして、ワカメ丸が怯む。
分裂は……していない!
ニヤリ、と笑ってテフラは────
「うわ、なんか変な匂いが、少年!」
「言うな! イテテ!? こいつ噛んでくるぞ、どこが口だ!?」
当然、テフラが先頭の敵に攻撃を加えたということは後続の視界に入ると言うこと。
転がり攻撃を、狭い通路からもう一体が行ってくる!
幸い、さらに後ろのもう一体はまだ転がり攻撃をしてこなかった。
テフラの腕の中で暴れるワカメ丸を頭の上まで持ち上げて……、そのまま飛び上がりながら自分の膝に落とす!
「飛び膝蹴り……。うわぁああ、ぬちゃってするぅ!?」
「我慢して少年! ってきゃああ、ぬるってするぅ!?」
ぬちゅ! とテフラの腕と膝がヌメヌメのワカメエキスまみれになった。ついでにマフラーにも染み込み、ハピネスの体をぬるっとさせる。
そしてテフラはその気持ち悪さを我慢しながら、自身の膝の上、強い衝撃で二つに裂けそうになったワカメ丸を────空中で抱きしめてそのまま力強く吠えた!
「ベアハッグだオラァ!!!!!」
ばちゅん!
真っ二つに分裂しそうだった所を、テフラの意外と逞しい両腕で強制融合され、ワカメ丸は体から汁を噴き出して潰れる。
テフラの胸の中で息絶えたワカメ丸は搾られた雑巾のようになって、ボタりとダンジョンの床に落ち、ダンジョンに食われていく。
全身ワカメエキスまみれになりながら、テフラは後ろで目を回していたワカメ丸を肩越しに睨みつけた。
口からはコォオ……と謎の気を練っているような声が聞こえる。
ちょうど、最後の後続のワカメ丸も小部屋に入ってくる。
そして部屋の惨状と、同族の末路にビクゥ! と体を震わせた。
テフラに睨みつけられたワカメ丸二匹は、全身同族の汁まみれになった人間にドン引きして、一歩後ろに下がり……、涙目になりながらも回転攻撃の突貫をしてくるのだった。
二連同時の転がり攻撃。
テフラが避けてしまえば避けた先の壁で同士討ちが行われ、先ほどのように分裂して数が増えてしまうだろう。
しかし、避けなくては重い攻撃を受けてしまう────、ふと、ワカメエキスまみれのテフラは思いついた。
意識を『鏡面の盾』にむけ、自身の足の甲に向かわせる。
主人の道具である以上『鏡面の盾』は従った。
一瞬ラグがあったように見えるのは気のせいだろうか。
テフラと同様にマフラーの中でワカメエキスまみれになって涙目のハピネスは、テフラが口元を吊り上げているのを見た。
「お前は、ボールな」
「──!?」
二匹転がってくる内の一匹。
転がってきたワカメ丸をテフラは巧く蹴り上げ、まるでリフティング開始のボールのように転がったワカメ丸を『鏡面の盾』で宙に浮かせた。
その後素早く飛び上がりもう一匹の攻撃を回避しながら、膝、両拳、自身の頭を綺麗に十字に配置する。
空中に飛ばされたワカメ丸は見た。
──それはまさしく断頭台だった。
テフラは菩薩のような笑みを、空中でゆっくり落ちてくる怯えきったワカメ丸に向けた。
そして、急に表情を鬼の形相に変えて吠えた。
テフラにモンスターに対しての情け容赦なんてなかった。
おそらく汁まみれになった私怨もこもっている。
「くたばれぇえええ!!」
ぷちゅ、と音をさせて二匹目のワカメ丸を押しつぶす。
初めに体力や防御力が高いと勘違いしていたが、投擲石五個で倒れる程度の体力しか持ち合わせていない。
うまくやれば短時間で倒せると言うことに、……非常に野蛮で原始的な方法ではあるがテフラは気が付きつつあった。
まるで雨のように、ワカメエキスがテフラとハピネスに降り注ぐ。
ここまで無言のハピネス、全身濡れ濡れで茫然自失状態である。
しかし、最後の一匹が残っていることに気がつくと、慌てて思い出した様にテフラに指示。
「よ、よし少年! もうヌルヌルの濡れ濡れだからあれなんだけど、あいつは斧の面で──!」
「悪いハピネス。多分それも実験なんだろうけどよ……」
「へ、少年?」
破れかぶれで転がり攻撃をしてきたワカメ丸を避けながら、テフラはハピネスに残念なお知らせを告げる。
ポカンと、鳥の頭の上にワカメのかけらをペチャとくっつけたハピネスは呆けたまま、サムズアップしたテフラの言葉を聞く。
「手のひらが滑って、斧がすっぽ抜けるから無理だぜ!」
「しょうねぇーん!?」
ハピネスの叫びをよそに、テフラは壁にぶつかって隙を晒す最後の一匹を、ボールを両手で圧縮するように握りつぶして倒すのだった。
◇
敵が消えた部屋の中。
ぬるぬるの残る『鏡面の盾』がぶるぶると全身を震わせて、綺麗な姿に戻っていく。
その様子を見ながら、自身もダンジョンの地面で掌の滑りだけでも拭ったテフラは、あまりこの状況で触りたくない『魔法の地図』を取り出し、……白目を剥く。
懐に入れてたから『魔法の地図』も少しぬめっとしているのだ。
まあ不思議なダンジョンのアイテムである地図は、すぐに乾くので平気だと思われる。
……匂いはしばらく残るが。
「しかし、これは……。害がないとはいえ、これは……」
「乙女的になしだよ少年。いや、本当に」
「言うなって。千切って投げるのがダメだったら潰すしか思いつかなかったんだよ」
「乾いてカピカピしないといいなぁ。わ、見て少年! 翼が糸引いてる……!」
びよーん、とハピネスの普段はふわふわの翼がワカメエキスの糸を引く。なぜか妙な気持ちになったテフラはそっぽを向いた。
早く次の『休憩階層』まで行って水浴びしたい、そう思う二人。
だが、取り出した地図には次の赤い光のグループが迫ってきている。
次は五匹の団体だ。
「「はぁ……」」
同じ気持ちの二人は大きくため息。
先ほどと同じように、この部屋の中央でワカメ丸達を待ち構える。
地図上の赤い光点が移動しても大丈夫なくらいに減っていくまで、二人はそこでワカメエキスを浴びながら敵を倒し続けたのだった。
最後の一匹は一人用のポットみたいに潰されました。
現在アイテム
E:斧マスターキー
E:『鏡面の盾』
未鑑定『太陽のペンダント』
投擲石(5)
『鈍足ワンド(0)』
『吹き飛ばしワンド(5)』
白パン1 緑色の丸薬十粒
塗り薬 包帯