それはテフラがワーウルフと戦闘をしている頃の話。
黒影の大百足に巻きつかれた『王様』が、その戦闘を覗き込んでいた。
時折苦悶に歪む表情に変わるが『王様』の背後に控えた大百足が、キツく体へと巻きつきその相貌は笑みに変化していく。
「ほら、あのボスを超えたら
独り言。
その笑みはどんどん深まり、心底楽しそうに青年と青い鳥の行く末を見ていた。
まるで蟻を観察する子供のように。
小さな生物の入った籠を覗くような。
とても無邪気な笑みで、興味深そうに。
──指先が空中に浮かんだ青い紋章に触れる。
「忘れる程度の大切ならさ」
その場にいるのは一人の癖に、まるで誰かに語りかけるように言葉を紡ぐ。
くつくつと、喉を鳴らすような笑い声が混ざる嘲笑う口調。
「僕にちょうだい。……ふふ、貰った後の君の顔はとても面白いだろうなぁ! 大丈夫だよ、約束は守るってば僕は優しい神様だからね」
その指先で触れた青い紋章の光は、まるで虫食いのように途切れ途切れになって歯抜けになっていく。
まるで苦しむように青い紋章が明滅を繰り返す。
「手足をもぎ取ってでも取り戻してあげるよ! うーん、少し準備をしたいね。……ああ、そうだ」
そう邪な言葉を呟き、大百足に巻きつかれた『王様』は、何かを思い出したようにダンジョンの中を映す。
灰色の青年と青い鳥とは違う、別な場所。
冷たい石造りの部屋。格子の扉。
まるで牢屋のその場所。
──巨大な折れた剣をもち、痩せこけた大男が座り込んでいた。
「古い玩具を処分しようっと! 今来てる玩具は情に厚いみたいだし時間を稼げるかも! うんうん、楽しいなぁ……!」
そう言ってダンジョンの構造を弄っていくのだった。
まるで二重人格の様子。
それを指摘する者はどこにもいない。
◇
ぶるっ! とハピネスが体を震わせ周囲を見回した。
何事かと思ったテフラが立ち止ま──ることなく階段を降りていく。
テフラとハピネスが現在いる場所は『生贄ダンジョン中腹10F』から『生贄ダンジョン中腹11F』に向かう途中の階段だ。
立ち止まると以前のように、後ろから大岩が転がってくるかもしれないので、テフラとしては立ち止まるわけにはいかなかった。
止まる代わりに足を進める速度を落として、自身の頭の上で震えたハピネスに声をかける。
モンスターが襲ってくる場所ではないので、じっくりと会話をするにはもってこいの場所ではあるのだ。
「ハピネス?」
「なんだか、悪寒が走ってね。少年、ほら見て! 羽毛が逆立って……うーん、ワカメエキスでカピカピしてるね」
「うーん、嫌な予感か何かか? とりあえず、マフラーの中に入って体を温めておけよ」
カピカピ羽毛はともかく、良く戦闘中に悪寒が走るテフラとしては聞き逃せない発言だった。
基本が生存本能全開の青年テフラ。
この危険なダンジョンを一緒に冒険する仲間の感覚もちゃんと検討をしていきたい。
ハピネスはテフラの言葉に従い、のそのそぴょこんとテフラの灰髪の上から肩に飛び降りてマフラーの中に潜り込む。
「どうだろう、嫌な予感……。少年は何も感じたりはしないのかい?」
「今のところはこれといって感じてないな? というか、常にこのダンジョンに入ってから生死を彷徨ってるからな! へへへ!」
「少年、笑い事じゃないよそれ……」
笑い事じゃないが、笑うしかないテフラだった。
それに笑っておけば原因不明に不安がってしまったハピネスの不安が薄れるかもしれないという、青年の小さな気遣いでもあった。
そして、ちゃんとハピネスの震えの原因を考える。
首元からハピネスの小さな体の震えがテフラにも伝わってくる。
どうやら一瞬だけの寒気ではないようだ。
「ワカメエキス浴びすぎて風邪引いたとかじゃないだろうな?」
「ウゥン、食事のいらないこの体が風邪をひくかなぁ」
「……わからん。とりあえず、ハピネスが何か感じてるなら俺も気をつけるぜ」
「ごめんね少年」
「へへ、どちらかというと俺がお礼をいうべきなんだけどな。危険を察知するってのはこのダンジョンで一番大事なことだぜ!」
テフラがマフラーにすっぽり収まり、隙間から顔を覗かせ気まずそうなハピネスにそう声をかける。
そして、新たな階層の入り口が近づいてくる。
何があってもいいように、次の階層にたどり着く前に取り回しの良い『吹き飛ばしワンド』に手を近づけておく。
掴むと過去の『鏡面の盾』装備事件の時のように大岩が転がってきてしまうので予防に予防を重ねる。
テフラとハピネスの中では大岩の印象がとても強いのだ。
その後の謎鳥籠モンスターの存在をほとんど忘却する程度にはトラウマである。
まぁ逃げ場のない場所であんな巨大な大岩に潰されてしまえば、即死なので仕方がないとも言える。
そして、テフラが階段を降りた先は、全体が石造りで、冷たさを感じさせる格子のある小部屋が大量にある場所。
上の階層とは全く違う壁や床、そして『魔法の地図』が
「なんか陰気臭い場所だけど、ここって『休憩階層』だよな。……体洗う場所あるかな」
「どうだろう……って『魔法の地図』を見て少年!! 私たちとは違う光点がある!」
ハピネスがテフラの握っていた『魔法の地図』を覗き込んで、大声を上げた。
そこには白い光点があった。
敵を示す赤い光点でもなく、宝を示す青い光点でもなかった。
──それは封じられた部屋を見つけた時のように人がいることを指し示す光。
バッ! テフラとハピネスは視線を合わせ、すぐさまその方向へ駆け出す。
そしてテフラが見つけたのは。
「おい、あんた大丈夫か!? おい!」
牢屋に閉じ込められた、頬が大きく痩け無精髭だらけの大男。
その男は目を瞑って、床に力なく座り込んでいた、
男の背後には折れた大剣が転がっている。
格子にしがみつき、テフラは男に声をかける。
ハピネスは何かに気がついたのか、男と大剣を交互に見つめてあんぐりと口を開けている。
テフラに気がついた牢屋の中の男は、弱々しく顔を上げると驚いたように目を見開いた。
そして。
「りーぶ……?」
たどたどしい言葉遣いでそう呟くと、ぐらっと体を横倒しにして気絶した。
その様子にテフラは慌てふためく。
「お、おい! ……なんで親父の名前? と、とにかく助けないと!」
「少年、多分この人……」
何かに気がついていたハピネスが、震える声音で話し出す。
「君が探していた、村長のお兄さんだよ……!」
奇しくも、倒れた男の着ている服には。
──ニシキの村で使われる魔除けの紋が編み込まれていた。
お知らせ。
毎日更新に重きを置きすぎて、ストーリーラインがぐちゃぐちゃになって戦闘過多になった挙句、戦闘も不思議なダンジョンらしさが減ってきてるのでちょっと調整してきます。
具体的には長くて一週間程度、早ければその時に更新再開……できればいいなと思っています。
モチベ上げたいので気が向いたら感想や評価等いただけるととても喜びます。
よろしくお願いします!