俺は探査魔法で、俺と俺を待ち受ける七人以外に峠の近辺に人がいないことを確認した後、最初に七人を観察した位置へ、更にはそれを超えて隠行魔法を使いながら七人との間合いを詰めて近づいて行き、峠の荒地の終端にある茂みにまで到達した。
よし、仕掛けるぞ。
俺はまず風魔法で制御下に置いておいた大きな空気の塊を掴むと、地面の細かい砂を巻き込むように僅かに下向きに力を加えながら七人の方へ動かし、七人の手前まで行った時点で制御を手放した。七人にとっては峠特有の突然の横殴りの突風が来たかのように思えただろう。
七人は悪態を吐きながら手や身体を動かし、自分についた砂埃を払っている。リーダーとサブリーダーの二人も岩の窪みから立ち上がると自分の身体に纏わりついた砂埃を払おうとする。皆が同じ行動を取っているところを見ると洗浄魔法を使える人間はいないようだ。自分が連続して二つの賭けに勝ったことを知った俺は即座に次の行動に移る。
リーダーとサブリーダーが立ち上がり空席となった岩の窪みに、俺は大きな空気の塊を作った時に一緒に用意しておいた、麻痺毒をたっぷりと含ませた空気の塊を即座に窪み前まで動かすと、ゆっくりとした速度でぶつけて窪み周辺に麻痺毒をべったり付着させた。
リーダーとサブリーダーはご丁寧に自らの手で窪みの上の麻痺毒を含んだ砂埃を払って各々先ほどまでいた位置に座り直した。
仕込みは完璧に動作した。
俺は麻痺毒が効いてくるのを待つため頭の中で戦いに向きそうな歌を一曲分流した後、呼子の笛を持っている見張り役の男の胸に向かい風魔法で作った刃を直撃させた。
胸に深い傷を受けた見張り男が絶叫を上げ、ひもを切断された呼子の笛が地面に転がる。窪みから立ち上がろうとしたリーダーが腰を上げることもできないまま窪みの前に転がり落ちる。サブリーダーの方も一瞬は立ち上がったものの、その後糸が切れたように膝から崩れ落ちていく。残りの四人は恐慌状態で喚きながら周囲を見渡す意味のない動作を繰り返している。
現場は一機に騒然とした雰囲気になったが、地面にある呼子の笛にのみ注目していた俺は風魔法を起動し慎重な操作で呼子の笛に直撃させた。風の刃が笛を粉砕したことを確認した後、俺は茂みから飛び出して七人の前に姿を現した。
奴らの想像を超えていたであろう至近距離からの出現に驚いた無傷の四人だったが、誰も呼子の笛を取り出し吹こうとする者はいない。更に鑑定魔法を四人に対して放ち俺は最後の賭けにも勝ったことを知った。
「てめえ、なにしやがるんだ!」
一番近くにいた男が叫びながら俺に斬りかかってくるが、レベル10である男の斬撃はレベル13相当の俺の斬撃により簡単に跳ね飛ばされる。先の戦闘でもあった流れを再現し、俺は右側に回りこんで男の脇腹を深々とさした。
残りは三人だが、レベル9、レベル9、レベル10の三人では補正分を含め三以上のレベル差を持つ俺をもう止められない。
僅かな時間の後、峠の頂点には深手を負った五人と麻痺毒で転がる二人、そして平然と佇む俺という風景が完成していた。
それは先ほどまでいた茂みで俺が想像した戦闘後の理想形と寸分違わぬものだった。
最初に笛を黙らせた見張り男だけ低レベルだったため土魔法で処分して、後はいつもどおりレベルの低い方から順に手下の残りの四人を今回は風魔法を使い絶命させた。俺の風魔法はレベル10になり一時的に剣術と並んだ。
さて次はサブリーダーとリーダーをと思ったところ、座っていた位置の関係から麻痺毒の効きが弱かったのか剣を杖代わりにサブリーダーが立ち上がろうとしていた。
大事に至りかねなかった自分の注意力不足を反省しながら、俺はサブリーダーの剣を蹴り飛ばし、再び倒れたサブリーダーの首に剣を突きたて絶命させた。
楽観的な予想をしなくて本当に良かった。実は攻撃を二段階に分けるのではなく麻痺毒含んだ風をサブリーダーとリーダーの前まで運んで制御を手放して顔面にぶつけるだけでも良いんじゃないか?と一瞬思ったのだ。
だが、それだと先ほどの五人のときの見張り男の場合でも麻痺毒入り空気を押し付け続ける魔法は失敗したものの恐らく顔には当たっているはずで、それでは量が全く足りなかったのではないかと思い至ったからだ。サブリーダーの様子を見る限り、どうやら正解だったらしい。
そして最後に、この戦闘の間よだれを垂らしながら地面に横たわっていただけのリーダーの男の首に剣を突き刺して今回の戦闘は終了した。絶命する前に鑑定したサブリーダーとリーダーのレベルは各々、レベル12とレベル15となっており、俺のレベルは剣術と共に12へと上がった。
『テオ 人族 15歳
ジョブ:剣士 レベル12
スキル:火魔法2 水魔法2 風魔法10 土魔法5 回復魔法2 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法2 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法2 強化魔法1 剣術12 槍術4
…』
後はこの場を短時間で片付けるだけだ。
俺はその辺に転がっている手下の男たちの身体から剣と財布、そして薬用ポーションがあれば回収しながら、今後、峠へ来るであろう道を通る人たちの視界に入らないよう身体強化を使い死体を運んで近くの茂みの奥へと投げ捨てていく。
最後に残ったリーダーとサブリーダーに関しては、防具も今俺が使っているものより一段良い物であったため、防具一式も身体から外してアイテムボックスに入れることとした。
ところが最後にリーダーの防具をアイテムボックスに入れようとした所でトラブルが起こった。回収の意図を頭に描いて収納しようとしても眼前から消えない。
時間がかかるといけないので、とりあえずリーダーとサブリーダーの死体を捨ててきて、見張り男の時と同じく現場の簡易隠蔽処理を行ってから少し目立たない位置に場所を移して作業再開。もう少しだけ頑張ってみることにする。
これで何か想定外のトラブルが起きたら俺は単なる物欲に足を引っ張られた愚か者という奴になるな。
剣を何本か外に出してしまった後なら入るため、純粋に容量オーバーのようだ。剣を捨てるのも勿体ないし、このまま何とかならないものか。
かばんに衣類をぎゅうぎゅう詰める時の感覚で防具がアイテムボックスに収納されるよう念じていると、あるタイミングでそれこそかばんの底が抜けたかのようなイメージが脳内に沸き、目の前にあったリーダーの防具が無くなっていた。
もしかして、アイテムボックス壊しちゃった?
そうか、こういうときは再度の鑑定だ。
『テオ 人族 15歳
ジョブ:剣士 レベル12
スキル:火魔法2 水魔法2 風魔法10 土魔法5 回復魔法2 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法2 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法2 強化魔法1 剣術12 槍術4
HP 21 MP 3945 STR 9 INT 6 VIT ……』
収納魔法が2になっている。そして今まで経験したことがないのだが MP が 100を越える程度に通常の数値から減っている。
収納魔法をレベル2に上げるときに MP 100 くらい使ったということなのだろうか?
しまった、さっきの鑑定の時に出ていたはずの作業直前の MP の値が思い出せない。
今回一度起きただけのことを正しい理屈付けで考えられるとは流石に思えない。
もしいつか収納魔法がレベル3になる機会があれば、今回のデータと比較するとこでもう少し汎用性のある理解が得られるに違いない。
何にしても収納魔法のレベルが上がって、アイテムボックスに入れておけるものが増えるのは目出度いことだ。
時間がないことを思い出し、今回のアイテムボックスの一件を保留で切り上げる。
直接の危険がなくなるとすぐ注意が散漫になって優先順位の低い行動を取りかねないのが自分の弱点に違いないと思いながら、俺は予定していた次の行動に移ることにする。
峠から街に向かう道の途中にいる見張り男の排除だ。
苦労して峠に陣どっていた連中をどかし終えたが、その事実を街にいる多数の連中に悟らせるのを出来る限り遅らせて、こちらに再度の人員を送るのを止めないといけない。
そのためには峠に異常事態があり連絡がこなくなったという重大異変を感じさせる情報を街にいる半グレ連中に届かせるのではなく、峠からの連絡の繋ぎ役である見張り男に何かトラブルが起きたかもしれないという情報の方を街の方には届けさせたい。
そのための見張り男の排除だ。よし、始めるぞ。
峠とはいえ上がり下がりがあるため似たような高さの場所も多い。岩場の合間に木々も茂っているため、見張りの男は出来る限り見晴らしの良い場所にいるようだが、今戦っている場所からは少し移動して似たような標高で、見張りの男に対して最前面の高台に出ないと直視はできない。
俺は峠から少し街側に戻る道を行き、遠距離ではあるが見張りの男と正対する高台にまで移動して、木の陰に隠れながら遠見の魔法を使い男の様子を観察する。
午前中に遭遇した奴とは違いこの男は遠見を使えないようだ。
俺に観察されていることに気付かず呼子の笛を指で弄びながらこちらの方を気だるげに見つめ続けている。顔つきや雰囲気から見てこいつのレベルも他の見張り役と同程度だろう。
いつもの癖で続けて鑑定をかけようとした俺は、鑑定をかけることで得られるメリットがまるでないことに気付いた。もし、この男が実は高レベルだった場合、俺が鑑定をかけさえしなければ低レベルの俺の攻撃で深いダメージを与えられる可能性があるが、もし鑑定をかけた場合には、鑑定は失敗しこいつは鑑定が行使されたことに気付いて戦闘状態に入り唯でさえ通じ難い俺の魔法がますます通じ難くなってしまう。挙句の果てに呼子の笛を吹かれてしまうに違いないのだから、まさに百害あって一利なしだ。
こいつがだらけている今この状態のまま攻撃すべきだ。
俺は遠見の魔法を使い続けながら平行して風魔法を起動し、かなり遠距離での制御であるものの、特に問題なく見張り男の目の前で空気の塊を操作して風の刃を作り出した。
自分の目の前で何が行われようとしているのか全く気付かずだらけ続けている見張り男のことに安心しながら、風の刃を男の首に向けて全力で振るう。
先ほどレベル10に上がっていた俺の風魔法の刃は見張り男の首に直撃すると、殆ど何の障害も受けなかったかのようにそのまま男の首を斬り飛ばした。心配しなくても、結局、この見張り男は大したレベルではなかったらしい。
呼子の笛を吹く暇などあるはずもなく見張り男は横倒しになり動かなくなった。間違いなく絶命しているだろう。最後まで何が自分に起きたのか或いは自分が死んだことすら理解できていなかったかもしれない。
よし、自分が実際に出向いて手を下すまでもなく、見張り男を排除することに成功したぞ。
これでかなりの時間は稼げたはずだ。
後は街の外に出る道にいる最後の見張り男をなんとかすれば終わるはずだ。
俺は再度峠へと引き返し、今度は街を出る道を進むことにする。
最後にもう一つ嫌がらせということで、峠の大岩の足元の地面に木の枝を使って「タワバの街で」と大きな文字で書き込みを残しておいた。勿論、何の意味もない単なる攪乱のためだけのものだ。せっかくの置き土産なので是非人手を一杯使って俺の姿を探し回ってくれ。
冒険者ギルドから貰った羊皮紙に記載があったとおりこちらの道は馬が使える程度のなだらかさだが、その分少し岩場を離れるとどんどん背の高い木々が増えてきて監視魔法で前方にいるはずの見張り役は直視できない。
これはこれで好都合だ。監視魔法での輝点の位置が現実のどの場所あたりに対応するのか気をつけながらどんどん距離を詰めていく。そのまま遠見の魔法など必要無さそうな距離にまで近づいたところで俺は道を外れ、道の脇にある茂みの中を隠行魔法を使いながらしばらくの間ゆっくり進むと見張り役の男が直視できる場所にまで辿り着いた。
様子を見る限り、この最後の見張り男もやはり大したレベルではなく特殊なスキルも持っていないようだ。だが、街の外への道に最後に塞がる奴だ。先ほどの思考と同様、見た目の雰囲気と異なり高レベルである危険性を考え、俺はこの男に対しても鑑定をかけることを止めることにした。
道の中央に立つ見張り男の横の茂みを、隠行魔法を使いながら気付かれないように更に時間を掛けながらゆっくりと進み、俺は無事、男がいる場所の真横をすり抜けることに成功した。
峠の方向にしか注意を向けていない見張り男に感謝しつつ、俺は段々と速度を上げながら道の脇の茂みの中を進んでいく。
街に戻る道にいる見張りの男を殺して、街から出る道にいる見張り男を殺さなかった事で俺が街を出たことに気付かれる可能性は殆どなくなったはずだ。
これでもう安心かと思いながら、それでも万が一のことを考え身体強化を使いながら早足で茂みの中を進む。
しかし俺の楽観も探査魔法に右斜め前方に静止した輝点があり、それらが実は俺が進もうとする道上にあることに気付くまでだった。見張り男の立っていた場所から少し進んだ所で道が大きく右に曲がっていることを俺は見落としていた。
探査魔法を戦闘状態指定にして確認しても輝点は残っている。こいつが敵であることはほぼ間違いなくなった。
ルペが自慢げに語っていた、俺を張っているルカス班とやらの総数は十人だったはずだ。
叫びたくなる衝動を抑えて、また直接の視覚が得られる地点まで隠行魔法を使いながら近づいていく。既に遠見の魔法を使うまでもない距離になっていため隠行魔法を使いながら更に慎重を重ね現れた輝点の中身を確認する。
輝点の人物は現状の俺より遥かに高レベルの実力がありそうな剣士風の男で、鞍をつけた軍用馬が暇そうに隣に佇んでいた。その男の愛馬ということだろう。
この剣士風の男は南方系の浅黒い顔立ちに黒味がかった髪、そして鋭い目つきをしていいるので、明らかにこの辺の出身ではなく遠方から来た者だろう。身に纏う雰囲気からして半グレ集団に所属していそうには見えないが、前方に視線を向け明らかに自らの意志を持って注意を払っているようだ。
こいつは何者だ?突如出現した高レベルらしき男の存在に動揺しつつ、懸命に気配を殺しながら思考を巡らせていくと、やがて一つの考えが浮かび上がった。
今日やり合った連中ではなく、もう少し上の組織の幹部が万が一の後詰のために直接依頼した用心棒役あたりか?
考えを深める内に、この予想が正しのではないかと段々と思えてくる。
何故なら、俺がつい今しがた迂回した見張り男がもし俺に気付いて笛を吹いたとしても、峠で張っていた連中を俺が倒した後では応援も来ないので俺の街の外への逃亡を阻止する手段がない。笛を吹くことと自分が殺されることで、俺が街を出て行ったことを証明するカナリアになる以外は何も出来ない。
それよりは、見張り男が笛を吹くことでこの用心棒の男が馬で駆けつけ、最後の防波堤として余りある実力で俺を殺す段取りになっていると考えた方がよほど合理的だ。
見張り男から直接の視界に入らない場所にいたのは、笛が鳴ればすぐに駆けつけられる位置で待つことで、強そうに見えない見張り男を囮にして俺に強行突破を試みさせようという意図があったに違いない。
どうするべきか? 道が大きく右に曲がったことで魔物の森の外周部と同じ左曲がりの形になっている植生の道沿いの茂みは、もうすぐ利用できなくなってしまう。
見張り男よりも数段優れた気配察知能力を持っているに違いないこの剣士風の男を欺きながら進むのはかなり困難に違いない。
しばらく考えた結果、道からどんどん離れることを承知で茂みの中を進むしかないかと思い始めた頃に動きが出た。笛の音が聞こえてきたのだ。俺がたった今やり過ごしてきた見張り男のものではなく、もっと遠くからのかなり小さな笛の音だ。連中の人員配備を考えると、俺が最後に殺した街へと向かう道への見張りがいなくなったことが発覚したのが一番ありそうな流れか。
俺が考えを巡らせている間に、剣士風の男は馬に飛び乗ると俺が身構える暇もないまま隠行魔法で隠れている俺の横を風のように通り過ぎて見張り男と合流した。少しの時間、見張り男と会話を交わしていたその男は、見張り男を残してそのまま馬で峠の方へ駆けていき、後には心配そうに峠の方を見つめ続ける見張り男だけが残された。
降ってわいたチャンスに俺は飛び起き、見張り男が峠の方を見続けているのを確認しながら後ろ向きのまま急ぎ足で見張り男の視覚可能領域から外れるまで動くと、身体の向きを変え別の街へと続く道を一目散に走りだした。逃げ出したい一心で身体強化を使いながらの全力疾走を行うと景色があっと言う間に後方に流れていく。
気分の高揚による躁状態が収まるにつれ速度は徐々に下がっていったが、魔力が十分にあり回復魔法も使える俺にとって、走り続けること自体は実は大した苦行ではなかったようだ。
気がつくと俺はずっと声を出して笑いながら走っていた。
もう何も心配することはない。
とうとう俺はまた自由で安全な身に戻ったのだ。
(13話に続く)
もはや主人公が誰かと何か会話するというシーンが浮かんでこなくなっている状態の作者です。既に剣士より暗殺者の方が絶対向いている感じになってしまいましたが、とりあえずテオ君はタワバの街を舞台とした異世界サバンナを生き残ったようです(半グレ集団の方は右往左往中ですが)。
とりあえず主人公視点の物語の方は片付きました。
13話は冒険者ギルド受付嬢視点による第一章の回収話になります
次回、13話は9/30 18:10に予約投稿済です。
文中で格上相手の鑑定でジョブが確認できる誤った記述がありましたので訂正しました