いや、なんやかやと大変だった。
潤い不足?筋肉のこわばり?それとも病気?……いや鑑定で見る限り健康なはず等、今世では初体験のはずの俺が四苦八苦して前世の知識や経験を思い出しながら、頑張ってマリアの気分がリラックスしたままの状態を維持し続けてなんとか一連の作業工程を無事に終えたのだった。
今回はちゃんとできましたと満面の笑顔で嬉しそうに話すマリアに、気を遣い過ぎて疲労困憊の俺が力なく相槌を打つまでの道のりの長かったこと。
一体、俺は何をしに娼館に来たんだ?という疑問をねじ伏せ、俺を腕枕にして楽しそうにしているマリアの笑顔が報酬だと自分を納得させてそのまま眠りに就いたのだった。
翌朝、会計のときだけ妙に殊勝な顔をしている店長に請求された通りの金額を支払う。
世間を知る目的でダンテさんとのタワバへの道行きで聞いてた相場より、三倍くらいの値段がしてる気がするぞ?
まあ娼館の値段なんてピンキリだろうから、ゴネたり説明を求めたりなんて無粋な真似はせずに店側の言い値を払うしかないよな。
ようやく終わりかと思ったら後ろで私服に着替えたマリアがにこにこしながら俺を見つめている。何かと聞いたらこの『猫と狼亭』では次回の指名予約金を入れてくれた客には昼迄の店外お出かけ特典がついているらしい。
店長、何しれっとした顔で会計にマリアへの次回分の予約金入れてるんだ?
当のマリアはご機嫌な様子で俺の手を引くと店の先輩のお姉さんにお勧めされたという若い恋人たち向けの甘味処へと連れて行く。出てきた甘味はこの世界で食した物としてはかなりの物で、店内での俺とマリアとの組み合わせも変ではないはずなんだが、妙に居心地の悪い時間だった。
そうこうしているうちに陽も中天にさしかかる時間になった。
名残惜しそうにしているマリアにそろそろ別れの挨拶をと思っていた所で、とんでもない光景が目に入ってきた。
通りの向こうでリズが柄の悪そうな三人組の連中に絡まれている。
「だから、あんたたちには着いて行かないって言ってるじゃないの」
「てめえ、こっちが下手に出てたら付け上がりやがって。少し顔が良いからって調子乗ってんじゃねえぞ」
「離しなさいよ。何言われてもあんたたちみたいなクズはごめんよ」
「ふざけんなよ、なんだよその目。気にくわねえんだよ」
あ、リズが頬をぶたれた。
女に手を上げるとは、本当にどうしようもない奴らだ。
「マリア悪い。知り合いの女の子が絡まれてるからちょっと行ってくる。
危ないから一区切り着くまでそこを動くんじゃないぞ」
眼前の凶行に怯える表情のマリアをその場に残して、リズと男達の間に割って入る。
「俺の知り合いだ。止めてもらおう」
「テオ、あんた何を……」
リズを背中に入れて遠ざけつつ、声を上げて不良どもを睨みつける。当惑した声をリズが上げているが、とりあえずこいつらを何とかする方が先決だ。
とりあえず鑑定。連中全員ジョブは遊び人でレベル10が二人、11が一人だ。街のチンピラの中なら強い方になるのだろうが、今の俺なら大丈夫だ。
「お前何様のつもりだよ。こっちは三人いるんだぜ」
「いや、全く問題ない。お前ら数人程度俺にとってはどうと言うことの無い相手だ」
意図的に煽って憎悪の対象をリズから俺に向け直させる。
「こいつ馬鹿にしやがって。死に晒せ!」
拳を固めて殴りこんで来る不良の一撃を身体強化を発動しながら顔面で受け止める。勿論、大したダメージはない。
「先に殴ったな。これで正当防衛ということになる」
「な、何を……」
思ったような結果が出ずに困惑している不良を蹴り飛ばす。その様子を見ていた残りの二人が喚きながら突っ込んで来るので順に相手をする。刃物を出されて大怪我させて生き死にの話になると面倒なので、自分的には手を抜きつつ相手にも殴らせてやる適当な泥仕合演出で時間かせぎの雰囲気だ。
街中でこんなことをしていれば、どうなるのかは自明と言える。
「お前ら、何をやってる!」
「やばい衛兵だ。ずらかるぞ」
しばらく続いた一対三の乱闘騒ぎは、住民が呼んだのか駆けつけてくる衛兵の登場で幕を下ろした。不良たちは俺を置いて一目散に路地裏へと駆け出して行く。後ろ暗い所の無い俺は現場に留まったまま衛兵を待つ。不良たちが居なくなったことでマリアが駆け寄ってくる。
「テオさん、大丈夫でした?」
「心配かけたな、マリア。大丈夫だ」
マリアに答えているうちに衛兵がやって来た。
「かなり酷い乱闘だと聞いたが大丈夫か?」
「大したことの無い奴らだったので問題ありません」
若いのに鍛えているんだなと衛兵が言う。とりあえず不良たちは逃げ去っていったし事情は説明したから、こちらに問題がないことは分かってもらえただろう。
衛兵には災難だったなの一言で無罪放免して貰えた。遠巻きに見ていた人たちも解散の流れで一件落着の雰囲気になる。あとはリズのことだけだ。
「おい、リズ大丈夫か?
頬が赤くなってるぞ」
投げやりな雰囲気で所在投げに佇んでいるばかりのリズを一人では置いていけない。
とりあえず近くの広場の噴水がある場所の長椅子に連れて行き座らせる。マリアは事情がありそうな事を察したのか黙って着いてきている。
「そんな無防備な様子でふらふらうろついてると、また今日みたいな連中に絡まれて路地裏に連れ込まれて身ぐるみ剥がされるぞ。体調が戻らないうちは宿に居た方が良い」
顔を上げたリズが俺の方を向いて目を細めるとぼそりと呟いた。
「なに、女の子連れなの?
あんたは楽しそうで良いわね」
俺の後ろから服を掴むような感じで様子を見ているマリアの存在に今更ながらに気付いたらしい。リズの言葉を聞いたマリアは更に半分俺の後ろに隠れる雰囲気だ。
うわ、やさぐれてるな。と思ったがリズの気持ちを思えば当然か。言葉を吐いたリズ自身も苦虫を噛み潰したような顔をしている。自分でも嫌な事を言ったと思っているのだろう。
「ごめん、悪かったわ。あなたにもごめんなさい」
「いえ、大丈夫です。お気になさらず」
そのまま続けて俺とマリアに謝りの言葉を入れた。マリアはリズの顔をなんだか今度は少し驚いた感じでまじまじと凝視している。
リズがまた俯いて静かになってしまったので、マリアの手を引いて少し距離を取った俺はリズが三日前に山賊に襲われて恋人も幼馴染も全部失ってしまったばかりであることをマリアに簡単に説明した。
事情を知ったマリアは酷く痛ましそうな目でリズを見ている。
しばらくしてまたリズが顔を上げたので俺はリズに話しかけることにする。
「繰り返すけど、そんな調子が悪そうな様子であまり出歩かない方が良い。さっきの件でも俺らが通りかからなかったら今頃大変だったぞ」
「そ、そうよね。酷いことになってたわね。助けてくれて本当にありがとう」
今度はちゃんと俺の言葉を聞く気になっていたようだ。自分があいつらの良い様にされている姿を想像したのか、リズは両手を握り締めた。今更ながらに怖くなったのか身体を震わせている。と思うとマリアがリズの横に座って肩を抱きながら手を重ねた。
「大丈夫ですよ、テオさんがやっつけてあの人たちは逃げちゃいましたから」
びっくりしたように見上げるリズにマリアは頷き優しく微笑んで声をかける。
先ほどまでリズを遠巻きに見ていたはずなのに、すごい共感力というか距離の詰め方だ。
「さっきの人たちは街で良く見かけてて、とっても評判悪いです」
今度は俺に向けて顔を上げたマリアが顔をしかめながら言う。
今日のリズみたいに若い女と見ると粉をかけに行く態度が目に余る連中で、まだ他にも3~4人いるらしい。
「この辺の地理や人間に詳しい奴らか。厄介だな」
これはもっと本格的にとっちめておいた方が良かったかもしれない。
リズはあいつらの気分を逆なでするようなこと言ってたからな。目を付けられてたりしてたら面倒だ。
街を離れる俺には問題はない。だがリズが大丈夫かは分からない。これからどうしたら良いんだろう。
「それでしたら、リズさんはしばらくの間うちに泊まって頂くというのはどうでしょうか?」
またリズが絡まれるかもと思うと心配だと呟くと、マリアが店長はものすごく強くてその辺の連中にも睨みが効くから『猫と狼亭』に泊まると良いと言う。店長に話せば絶対に置いてくれるとマリアは断言した。
それは確かに良い考えかもしれない。
でもなんでそこまでとマリアに聞くと「だってリズさんとても綺麗ですから……」と小声で呟き顔を赤らめた。実は良く見たら外見も雰囲気もマリアの好みのど真ん中らしく会ったばかりのリズが他人とは思えなくなってしまったらしい。
捨て猫に一目ぼれみたいな感じだが、これも一つの吊り橋効果という奴なんだろうか?
こうしてマリアとの店外お出かけは予想外の展開を見せ、俺とマリアとマリアに肩を抱かれるリズは営業準備中の『猫と狼亭』に戻ってきた。
明らかに面倒ごとを持ち込んできた風体の俺達三人に目をやると、店長は店の奥へと消えていくマリアとリズを素通りさせ、俺の目の前に立ち塞がったのだった。
「言っちゃなんだが、どこにでも転がってる話というやつだな」
掃除中の机を出してきて真向かいに座った店長に事情を説明しろと言われた俺はリズとの出会いになった山賊襲撃事件とその後の経過を余さず語ったが、店長の反応はこの一言だった。確かにこの世界ではそうなのだろう。
「現状では何も出来そうもないあの娘を俺に頼みたいというんだよな。保護者代わりのお前さんが?」
俺が頼んでリズの面倒を店長にお願いするんだからお前が保証人だよなと言外に店長が言う。リズと知り合ったのはつい先日だし、保護を最初に言い出したのはマリアだと主張したい所だが店長相手にそんな理屈が通るはずがない。これは勿論予想通りの流れだ。
「俺自身が様子を見てやることはできないので、出来ればこれでお願いしたいと思ってます」
皮袋に金貨を詰めたそれなりの金額を積んでお願いする。デイルさんに貰った報酬と商人ギルドへの登録とレベルアップの分のリズの貢献を頭の中で少し色をつけて計算してある。普通の宿屋なら月が一巡り半するくらい余裕で泊まれる金額だ。
「結構、奮発したな」
思ったより多めだったのだろう。店長が少し想定外という顔をしたがそれも一瞬だ。
「リズと知り合ったことで得た俺の利益の換算分なので、リズのために使う正当な理由があると思ってます。リズが調子を取り戻して、これからどうするか自分で決められるようになるまで置いてやって下さい」
「フルトを今日にでも離れるつもりなんだろ」
店にいた間にマリアから聞いていたのか、俺を見ながら相変わらず皮肉な調子で店長が言う。
「金を渡して女の世話を人に任せて置いていくのは、男としてはせいぜい甘めに見てもようやくの及第点だな」
「自分でも理解してるつもりです。リズを宜しくお願いします」
「まあ、良いだろう。とりあえずあの娘のことは任せておけ」
反論したいけど出来ないということで下手に徹する俺を見て、店長は肩をすくめながら了承の意を返したのだった。今日まで泊まってたリズの部屋の荷物の回収もすぐ手配してくれている。見た目と雰囲気通り店長は頼りになる男のようだ。
「リズさんは部屋に入って少ししたら眠ってしまいました。起こしますか?」
「良いよ、このまま寝かせておいてあげよう。リズの調子が戻るまで面倒かけると思うけどよろしくな」
「はい、またのお越しをお待ちしています」
店長との話を終えた俺にマリアが話しかけてくる。リズが眠ってしまったというので挨拶は諦め、店先まで出てきて手を振る接客モードのマリアに見送られながらのお別れだ。
予定外の出来事が多かったが、とりあえずフルトでの用事も終わりになったことは間違いない。
エレウシス王国の北西部へと向かう旧南北街道はフルトの南に接する形で通り抜けているので行きと同じく南門を通っての旅立ちだ。
冒険者証だろうが今回手に入れた商業ギルドの会員証だろうがとりあえず何を使っても問題ないはずだが、異世界にあるのかないのかわからないが個人情報の秘匿ということで入るときに購入した短期滞在許可証を衛兵に見せて門を出た。
遠ざかって行くフルトの外壁を幾度か振り返って見ながら考える。
本来ならこの地での予定はもう終りのはずだ。
だが、今の状態でこの街を離れてそのまま次の目的地アボンに向かって本当に良いものなのか?
一応自分のやれることはしたはずだと自らを納得させようとはするものの、やはり釈然としない気分を晴らすことの出来ない俺だった。
(20話に続く)
この作品は健全な若者向けファンタジー小説の分類になっていますので、少し危険な箇所に差し掛かると自動的に早送り機能が働く仕様にしておきました。読者の皆様にはいつかまたの機会にということでお許しを頂けましたら幸いです。
殊勝な顔の店長「こちらがお会計になります……(女慣れしてない童貞坊主とマリアの組み合わせで、てっきり二人で四苦八苦のぐだぐだ初経験になると思ったんだが予想外だ)」
タワバの街で宿屋から出たらすぐチンピラに襲われるかもと自分を心配していた主人公も成長したものです。主人公のもやもやも章末までには解消するので安心してください。
次回、20話は4/20 20:40に予約投稿済です。