「ゴスラー隊長。急ぎの用件とのことで執政官様がお呼びです」
「わかった。すぐにお伺いする」
フルト騎士団の訓練場で配下の隊員達の錬度を確認していた作業中に、事務員の女から呼び出しの連絡を受けた。
副官に事後を任せ、領館に出向き執政官への面会を求めると即座に執務屋へと導かれる。
「ゴスラー、こちらは知っているかもしれないが冒険者ギルドのフルト支部副ギルド長のハマンさんだ」
「顔をお見かけしたことが何度かあるかと思います。今日はこちらの方のご用で?」
部屋の長椅子に座っている初老の男に会釈しながら執政官であるアロイス様の言葉に同意を返す。
だが返答は予想を大きく超えるものだった。
「いや、近頃我がフルトの治安を脅かしているダインの山賊達の拠点が判明したというんだ」
「なんですと……?」
ダインに巣食った山賊共による商隊襲撃の被害は馬鹿にならない。近頃は北部方面からの商隊による物資の流通量が数年前までの二割以下になっているとの話もあるくらいだ。騎士団でも商隊襲撃後の現場検証とその後の調査に力を入れていたものの、未だに空振り続きで山賊の拠点を把握するには到っていなかった。
「資料を見てくれたまえ」
アロイス様の言葉で副ギルド長から渡された書類にはフルト、ダイン周辺の街道の地図と襲撃のあった場所、山賊砦と二箇所の見張り位置が記載されていた。砦近郊の詳細地図、砦の概観図、砦内の建物配置と人員規模などの情報も添付されている。そして何より砦からの連絡員を襲って奪ったという砦からフルト内の山賊達への内通者への詳細な指令書が添付されている。
山賊砦の位置は襲撃地点から想定して内偵をかけた場所よりかなり東に位置している。これでは今まで見つからなかったのも当然だ。規模も七十~八十人予想と想定の倍近い規模となっている。
「これが本当であればものすごい情報です。すぐにでも騎士団を動かしたい所ですが、信憑性がどの程度あるのかが最大の問題点になります。しかし時間をかけると山賊側に対処を取られて機を失する危険性も考えられます」
あまりに都合の良すぎる情報提供にむしろ疑念を抱いてしまう。
「そこに関しては私から追加の説明をさせて頂きます」
副ギルド長からの説明は更に驚くべきものだった。情報提供者によると連絡員の殺害は物を取らずに獣に再度襲わせて死因を偽装する形にしてある。山賊側は現時点で情報漏えいに気付いておらず、こちらは時間をかけて慎重に情報の裏取りや準備を行っても構わないというのだ。
「それであれば対応は簡明なものになります。こちらで再度情報確認をして間違いないことがわかれば、即座に騎士団を率いて山賊砦を急襲致します。それで問題ありませんでしょうか?」
「うむ、ゴスラー今回の一件はフルトにとり大きな意味を持つものになるだろう。頼んだぞ」
「はい、お任せください」
真偽のわからない情報に賭けて大博打を打たされるのではないかと一瞬考えてしまったがそれは杞憂だった。自分で確認してから動いて良いのであれば安心だ。アロイス様に対応を請け負うと領館を出て足早に騎士団詰め所へと向かう。これは俺の経歴の中で一番の大仕事になるという予感に血が滾るのを止められなかった。
当日夜、騎士団の密偵専門の人員に山賊砦の偵察を命じて翌朝の帰還を待つ。
正しく幸運なことに冒険者ギルドから提供された情報は見張りの場所も山賊砦の位置も寸分の違いもなく正確だった。急襲時に乗り越える防御柵の高さくらいしか追加する情報はありませんでしたとの偵察員の報告だ。砦も静かなもので場所が把握されているとは微塵も考えていない雰囲気とのこと。これならば成功は間違いない。
通常の騎士団の訓練予定を今年は領政府の都合で前倒しするという名目で山賊砦への急襲準備を大急ぎで整える。特に気を使ったのは、騎士団詰め所で働いている山賊砦の内通者として名前が挙がっている経理の男に気取られないことだった。
急襲の当日にかかる予定を割り当てて失踪がばれないようにした上で前日に拘束した経理の男は哀れな程に取り乱して命乞いした。悪党たちの賭場で借金を負わされて悪事に加担するようになったとのこと。男の騎士団経理の立場を分かった上でのやらせだろう。指令書の指摘が無ければ間違いなく分からなかった。
男の証言からフルト内の山賊達に内通している商会名も山賊砦からの連絡方法も間違いないことが判明した。
急襲当日は慌しく過ぎていく。夕方にフルト旧市街地の用水路から侵入した山賊四人を拘束して用水路の封鎖を行うと、同時並行で内通者に名前が上がった商会を衛兵に立ち入らせて真贋の鐘を用いた尋問で内通者の選別と拘束を行う。結局、店主と第二番頭、第二番頭配下の数名の人員と人足複数名が山賊砦用の物資と知りながら調達や流通に関わっていたことが判明した。
更に本日の夕方以降にフルトの街を離れようとする者は全員拘束するように命じておいたため、この時間に商会を離れていた者が山賊砦に情報を流すのを阻止することも実現出来た。
残りの時間で南門に要員と物資を終結させ準備を行い、深夜の山賊砦急襲に時間を合わせるよう夜が更け始める頃に部隊を出立させる。
山賊砦の領域外まで街道を進んだ後、密偵役の隊員が街道のフルト方面の見張り役を排除した知らせを伝えてくるのを待つ。合図が来た。
「総員、これより山賊砦討伐を開始する。行動は伝えておいた通りに行え。火は決して使うな。門を出たら砦に侵入するまで原則隠密行動とする。行くぞ」
騎士団からは二十五名。衛兵からは六十名。物資輸送や周囲警戒が二十名で総勢百名を越える大作戦だ。
できる限りの速度でひたすら街道を進み、山賊砦最近接の街道湾曲部に到達する。ここからは徒歩での行動となる。戦いを前にした高揚感で鎧の重さも特に気にならない。山賊共が街道を襲い易い地点ということで選んだ砦の位置にはそれほど時間をかけずに到達した。
鬱蒼とした森の中に篝火が焚かれた砦の様子が浮かび上がる。正しく冒険者ギルドの副ギルド長に見せられた資料どおりの光景だ。
五人の弓兵を用意して見張り櫓の男を狙わせる。愚かなことにこちらに注意を微塵も向けることなく既に排除済のフルト側の見張り場所ばかりを気にしている。よし、男に三本の矢が刺さって音も無く崩れ落ちるのを確認した。
手を振って合図すると待機場所で組み合わせた充分な高さを持つはしごを支えた一組二名の補助要員の男達が幾組も砦の尖った獣向け防護柵にとりつき、即座にはしご上を部下達が登っては次々と柵の向こう側に消えていく。完璧だ。俺はこの時点で作戦の成功を確信する。
「後は頼んだぞ。出来る限り逃げ出す者が出ないよう警戒を怠るな」
「はっ、ご武運をお祈りします」
騎士団の侵入が終わり続けて衛兵の侵入が始まっているのを見ながら、俺は残り部隊を率いる衛兵部隊の副長に声をかけ自らもはしごに登り砦内へと降り立つ。
あちこちで山賊と部下や衛兵たちが切り結び怒号が飛ぶ乱戦状態となっているが、完全装備の我が部隊と剣だけを手に慌てて出てきた山賊共では同程度の錬度があってさえ優劣は見えている。まして戦場の経験も豊富で日夜鍛錬を重ねる我が騎士団が、山賊共より錬度が劣るなどありえないことだ。
最優先目標の山賊の首領がいる砦内の作業所へと歩を進める。途中で身の程知らずにも斬りかかって来る者たちを斬り捨てての道行きだ。
「攻略の調子はどうだ」
「順調です。今のところ本丸の作業所内部にかなり押し込んでいて一階部分はまもなく制圧できる模様です。現状で重傷者なし、軽傷がご覧の両名です」
作業所前で指揮を取っている副官に尋ねる。傍らには治癒術士の女性団員と負傷して治療を受けたであろう、鎧を脱いで剣を手元に引き寄せて座っている団員二名の姿がある。
「良いだろう。一階を制圧したら俺達も建物に入るぞ」
「はっ」
ほどなく一階の制圧が終ったとの報告が入り、俺は副官を始めその場にいた連中を纏め建物内へと入り本隊と合流する。元が作業場の建物は簡素な造りで我々の眼を盗んでどこからか逃げ出すことが出来ない構造になっているのは幸運だ。
「隊長、連中自暴自棄になったのか建物に火をつけました。大挙して突破を試みてくるものと思われます!」
上階で戦っていたはずの部下が降りてきて報告をする。じり貧になることを恐れての行動なのだろうが、山賊風情の考えだ。底が知れている。
「来ました」
予想どおりある程度の腕がありそうな十数名の男達が雪崩を打つかのように階下に押し寄せてくる。
「ここを一人も通すな。こいつらを倒せば実質終りだ」
叫び声を上げ俺自身も戦いに加わる。先頭を駆けて切り込んで来た男は中々のレベルのようだが俺には及ばない。一撃を受け止め跳ね返すと絶望的な表情で二撃目を放ってくるが、巻き込んで返しの突きを放って胴体を串刺しにする。剣を塞がれないように身体を蹴り飛ばして次の相手に向かう。
「魔術師がいるぞ!」
聞き覚えのある配下の声に目をやると、建物内に蔓延してきた炎を利用する形で団員に浴びせかける男の姿がある。魔法剣士だ。俺は身体強化をかけ男に近づくと有無を言わさず剣を胴体にねじ込んだ。勿論、致命傷なのは間違いない。
「隊長、ありがとうございました」
「気をぬくな。まだ後続がいる」
最後に突っ込んできた装備の整った三人の男を数で囲んで一人ずつ止めを刺していくと続いて来る者がもういなくなった。これで山賊砦の要員も打ち止めらしい。
配下を階上に上らせるとほどなく一人が数人の女たちを連れ降りてきて俺に上に来て欲しいという。女たちは山賊達の情婦だろうということで拘束を命じてその場を離れた。
上階に行くと、そこには書類の山にへたり込んで絶望した表情の小男の姿があった。
頬を殴って何者かと聞くと、山賊砦の事務を取り仕切っていた者らしい。これは幸運だ。苦しまない服毒死を条件にこの山賊砦の組織と行動を記録した重要書類の持ち出しを命じる。先ほどの三人組がこの砦の首領を含めた組織の最高幹部だったことも確認した。これで証人も含め証拠の確保も万全と言える。
検分のための死体を運び出す作業を火が廻り切る前になんとか終えて、轟々と音を立てても燃え上がる山賊砦の本丸を前に団員たちからの報告を集める。戦いも完全に終局した雰囲気だ。
「すいません隊長」
洞窟方面に向かわせた分隊の一人が顔をしかめながら近づいてくる。悪い知らせのようだ。
「捕まえた連中の一人によると、左手側の廃鉱の奥から砦の北西方向に出る抜け穴があってある程度の人数がそこを通っての逃亡を図った模様です」
くそ、本隊は潰したものの一部を取り逃がす展開か。砦外の人員は正門前に固めているからそちらには多分手が回っていないだろう。完璧な奇襲のはずが一つ傷がついたか。
「砦の外にいる衛兵の連中に言ってその辺を探らせろ。お前の分隊は危険がないかを確認しつつその抜け穴から外へ向かって奴らを追え」
無駄だろうと思いつつ手配した配下から驚くべき情報が入ってきた。
「逃げ出した山賊連中ですが砦の外で息絶えている者が幾人もおります」
信じられない気分だったが衛兵側からも複数の死体を発見したとの報告が上がる。
人数的には逃げ出した者達総てに当たるほどの数だ。これらも死体を回収するように手配を回す。
「さすがですゴスラーさま。一人の逃亡者すら出さない討伐など聞いたことすらありません」
「いや、今回の件に関しては最終的に運が良かったに過ぎん」
衛兵の副隊長が阿ってくるが自分でも理由がわからないことから、それ以上の説明を求められないよう不機嫌顔であしらっておく。
驚いたことに本丸で捕まえた男を引き回して死体と面通しさせて調べた範囲では、本当に山賊砦から逃げおおせた者はいないとのことだ。険しいとはいえ山賊砦から更に森の奥側に逃げ出す者が出るはずと予想していたのだが、逃亡を試みようとしたらしい者たちは皆、砦から大した距離もいかない場所で絶命していたことが確認されている。
恐らく今回の山賊掃討に何者かの手が加わっていたことはほぼ間違いない。
今回討伐した賊の一味の中にその者の標的が混じっていた可能性などが考えられるが明らかになることは無いだろう。
名乗り出ることが無いというのであれば暗黙の了解ということで何らかの意図があることは承知で、山賊砦の壊滅と人員全員の捕縛、殺害は総て我らフルト騎士団の功績とさせて頂く。
砦内に突入した衛兵に三名の死者が出たが、我が騎士団側には重傷者すら出ていない完勝劇だ。
事後処理をしているうちに砦を燃やす炎は下火となり、空もすっかり明るくなっていた。気がつけば街の門の開く時間も過ぎており執政府から検分の役人まで出張ってきている。
役人によると昨日の山賊砦の燃え落ちる炎はフルトの街からも見えたということで、山賊砦壊滅のニュースは既に街中に広がっているらしい。我らフルト騎士団の帰還を待って、既に多くの住民が通りを埋め尽くして歓呼の声を持って出迎えようとしてくれているとのことだ。
そう、これで良い。フルトの街を守るのは常に我らフルト騎士団の役割なのだ。
今回の殆ど非の打ち所が無い山賊討伐行はフルト騎士団の、いや私自身の立場と影響力を大きく強化するものとなるだろう。今回の件を足がかりにして私は必ずより自らの能力に応じた高みを目指して見せる。
(第二章 完)
二章の結末に当たるこの部分まで読み進めて頂きまして本当に有難うございました。
後の章での繋がりがありますため、今回の説明回は山賊砦の急襲翌朝までで事務男の尋問結果など山賊砦の情報が半ば以上伏せたままになりましたことをお許し下さい(最後が主人公に功績をお膳立てして貰いながら増長しまくりの騎士団隊長の独り言というのは締まらない感じです……)
04/03 とりあえずここまでで予約投稿させて頂きました2章の分の内容は終わりとなります。1章の時と異なり公開前の内容修正もほぼ不要と思いますので、今回作ることのできた残りの自由時間で、3章の分の内容検討を進めたいと思っています。あまり期間を置かずに3章の投稿でご挨拶出来るよう努力するつもりですので、またどうぞ宜しくお願い申し上げます。
04/30追記:思った以上に多くの方にこの作品を読んで頂けましたことをお礼申し上げます(感想や評価を付けて頂きました皆様には本当にありがとうございました)。現状で3章の展開を凡そ決めようかという感じになっているのですが、主人公の陽気度が2章よりも更に一段下がってしまう雰囲気になっています。そのため1章の主人公の独白で軽薄さが過ぎると感じられそうな部分に修正をいれないとちょっとバランスが悪くなりそうな気がしてきました。3章を書き終わって予約投稿を行う時点で1章にあった主人公のふざけた物言いやパロディみたいな言い回しを修正、削除する可能性が高いかと思われますのでどうかご了解を宜しくお願い致します。あと今後、GW開け以降に感想などをもし頂けました場合の対応は毎週末に一度程度の頻度になるかと思います。それでは次回3章の予約投稿時にまたご挨拶できますことを楽しみにしています。