無事、今日までに第一章の予約投稿が終わりましたので、明日もし作者がトラックに跳ねられて異世界に行くことになっても章末までの更新は大丈夫なのでご安心ください。
今回は主人公の転生前の回想話です。
02話 異世界への招待
「一応、お前の担当範囲で優先度2までのバグは無くなったな。
よし、ミノルの方の田中。あとは伊藤と渡辺に引き継いで帰って良いぞ。次は俺が外出先から戻る19:00の時点でここに居ればいい」
二徹のはずなのに全く疲れを見せることのない課長の言葉を背に俺は席へと戻った。
始発電者で出社して絶賛作業中の、俺と作業範囲が半分づつ被っている同僚たちと短時間で作業の摺り合わせをした後、カードキーを通してオフィス部屋を出る。
トイレ帰りでオフィスに戻る気力もないのか廊下のソファーでぐったりしている同僚のもう一人の田中に挨拶を交わしてエレベーターを呼び一階に降りると、高給ながらも業務の過酷さからブラックIT企業として名高い我が社の広々としたロビーを抜け社屋を出、俺は二日ぶりとなる家路を目指した。
今月に入ってからだけでももう何回繰り返したのかわからない、終電どころか始発の時間を超えての徹夜のデバッグ作業を終えた俺は疲れきっていた。通勤中のサラリーマン、通学中の学生たちの流れに逆らいながら駅を降り、もう間もなくでアパートに着くという頃合いにそれは起こった。
眩しすぎる太陽の下、足を引き摺りながら歩いていた俺が顔を上げたとき、そこに目に入って来たのはうつ伏せになった運転者を乗せた大型トラックが車道を外れて路肩に乗り上げ、俺の向かい側から歩道を歩いてくる、小学校に入ったばかり位の年齢に見えるランドセルを背負った女の子に向かって一直線に進んで行く光景だった。
異常を感じた女の子が後ろを振り向いたときには、もう女の子の身体を覆い尽くすようにトラックの巨体が迫り来ていた。今更のように女の子が振り向いて逃げようとするがその動きは緩慢なものだった。女の子が顔を上げる。その表情は絶望に満ちていた。
どうして大した人間でもない自分がそのようなことをしたのか、理由は良くわからない。
そのときすぐさま車道側に逃げれば、女の子はともかくまだ少し離れた距離の場所にいた俺はトラックの暴走をいなすことが間違いなく出来ただろう。
だがその瞬間、俺はその女の子と目を合わせてしまっていた。女の子の目は確かに俺に助けを求めていた。俺は走り出していた。トラックをいなす車道側でなく女の子の方向へと。
運動不足で縺れる足を懸命に動かして、なんとか俺が出来たことはトラックの前に飛び出して女の子を腕に抱えることだけだった。そして次の瞬間に衝撃が訪れた。
跳ね飛ばされた俺はトラックの直線上にあった鉄製のフェンスに激突しビリヤードの玉のように反射され、次には逆に歩道側からガードレールにぶつかりながら、かなりの距離をその子と二人で転がっていった。そのとき俺が考えていたのは、腕の中の女の子を投げ出さないこと、そして俺の身体からはみ出させて大きな怪我をさせてしまってはいけないということだけだった。
次に意識が戻ったとき、俺は自分が死に掛けていることに気付いた。
歩道に横たわった俺の目には、スーツに吸収されることなく次々と自分の身体から流れ出して広がっていく驚くほどの量の血が映っていた。
目の前には無事、特に深い傷を負っているようには見えない女の子がいて、嗚咽を漏らし涙を流しながら俺の手を握り締め続けていた。
怖くなって俺を置いて逃げてしまうのが普通だろうに、なんて気丈で責任感のある子なんだろうと感心した。
この優しい女の子の未来と、この後も灰色のまま続いて行くに違いない俺の未来とを交換できた。それは多分かなり有意義なことで、自分にしては考えられる限り一番立派な死に方に違いないと思いながら、近づくサイレンの音と人々のざわめきを背に俺の意識は消えていった。
次に気が付いた時、俺は光に満ちた真っ白な空間にいた。前後左右上下見渡す限り何も存在していない。自分は立っているようなのだが足にも何の感触もない。勿論、自分では体験したことはないのだが宇宙空間にでもいるようなとでも言えそうな感覚だ。
自分の状況がわからず戸惑っていると、眼前に光の球が現れどんどん大きくなり俺の身長に並ぶかと思われるくらいになった所で、とても美しい姿をしたギリシャ風の衣装を纏ったまさに女神と呼ぶに相応しい雰囲気の存在が姿を現した。
トラックに跳ねられ死ぬことが決まったと自覚した俺に訪れたこの展開。
死を直前にして、神と呼ばれる存在に邂逅したいと願った俺の作り出した妄想で間違いない……
「なんでそうなるんですか、田中さん。
普通はここで人の生を司る女神様が降臨して下さったとか思って感動する所じゃないんですか!」
いきなり砕けた雰囲気になった女神風存在が叫んでいるが、これもまた俺の予想を強化するものだ。
そもそも、俺の妄想ではないと判断できる基準などここには……いやないこともないか?
「それでいきましょう。ひとつずつ段階を踏めば簡単ですからね。私がちゃんと田中さんにわからせてあげます」
俺の言葉を何故か引き継いだ女神風存在が微笑んで言うと、一歩一歩の理解で絶対に到達可能ということで選ばれた数学基礎論を題材に、俺は手取り足取りの説明を受け『モデル理論のコンパクト性定理を用いた超実数の構成可能証明』というのをわからせられてしまった。
こんな知識は間違いなく今日までの俺の中にはない。創作物内の登場人物の言動が作者の知識を超えることは絶対にないことを思うと、この女神風存在は俺の作り出した妄想ではなく、確かに外部の存在と証明されたことになる。
人間の直感では俄かに理解し難い無限に関わる概念の話というのがまた気が利いている。いや効き過ぎているな。
「説明を頑張ったおかげで、田中さんも私が女神だということを納得して頂けたようですから……、田中さん?」
人類が宇宙人とコンタクトした場合に、実際にまともなコミュニケーションがとれるのか?という疑問が呈されることが多い。人類にとっての善悪の概念が宇宙人にとっての色の違いみたいな感じで物事の捉え方が全く異なっていたとしたら、いくら言葉を重ねてもまともな意思疎通が出来ない可能性もあると指摘されていた。
俺と女神風存在とのこれまでの会話はあまりに円滑に行われすぎている。相手が知的に遥かに上位の存在だとすれば、こちらに完全にコミュニケーションのやり方を合わせてくれていると考えるのが自然だろう。
例えるなら俺は野鳥で相手は鳥類学者。そして学者は野鳥の反応を調べるために野鳥の外見を持ったぬいぐるみにスピーカーを入れて野鳥の目の前に置き、ぬいぐるみからこれまでに取得済みの野鳥の泣き声を出すことで野鳥とコミュニケーションを取っている。野鳥とぬいぐるみは十全なコミュニケーションをとれるが、それは野鳥の側から見ただけの話で鳥類学者の意図は野鳥には図りしれない。
今の状況に置き換えると、俺は人間で相手は今の所人間より上位の知的生命体としか判明していないものの、相手の言葉のとおり人間の生を司る神だとして、目の前にいるのは神の作った対人間用コミュニケーションインターフェースの女神型アバターと言ったところか。
「田中さん、言うに事欠いて私、スピーカー内臓のぬいぐるみですか?
いえ、確かに私が神様そのものかと言われると困りますけれど、神様の意志をそのまま伝える者であることは確かなんですからね!」
それはそうだろう。神が有象無象の俺ごときの死に直接構うことは有り得ないのは当然だ。役割を推測するに彼女のガワは女神型アバター、中身は人類死者専用カスタマー係コールセンターの自動応答プログラムというのが一番ありそうな……
「挙句の果てに、今度は自動応答プログラムですか!
違います、神様もちゃんと見ていらっしゃいます!
私の身体を通じて直接ご意志を示されることもあるんですから!」
良さげな落とし所を見つけたと思ったのにダメみたいだ。
どうしよう、なんか機嫌を直さないといけない雰囲気になっている。
神が乗り移って意志を示すことがあって、さっきから俺の言葉にしていない意図を汲み取っている所から、神との対話能力とテレパシー能力のある巫女さま、洋風だから聖女さまか?でも格好的にはやっぱり女神さまなんだよな。
ああ、これだ。神様や女神様のそのものでなく、ちょっと親しみ易く女神さまという所でどうだろう。
「いいでしょう。大分遠回りしてしまいましたが、それでは私は女神さまということで田中さん、よろしくお願いいたします」
「それでは、本題に入りますが、私は地球とは異なる世界を司る神の意志を表現する者になります」
女神さまの一言目で俺はいきなり混乱した。
この女神さまの役割は地上での生を終えた人間の悔恨、執着、苦悩といった現世への未練に苦しむ魂を救済して無に帰らせる、或いは輪廻転生が真実だとしたら魂を漂白して新たな生を用意する等のものだと思っていたのに、いきなり異世界?なんだ、それは?
「貴方が自らの命を賭けて助けた女の子は、元々、私の世界で生きて謀殺され無念のうちに人生を終えた者でした。その絶望は深く魂は同じ世界での輪廻転生を望みませんでした。そのような者たちには別の世界で生きる術が用意されることがあります。それが彼女にとってのあなた方の世界、地球でした」
俺が救った女の子、なんか普通じゃないと思ったら元異世界人だった模様。
「かつで私の世界で高名な女性宮廷魔導士だった彼女は、今度は貴方の世界、地球で人類の持続可能な繁栄を願って行動し続ける高名な女性環境科学者となる道を選ぶことになります。これは彼女に人類の善性を信じさせることになった、田中さんの献身が大きく貢献しています」
この言い方、女神さま未来が分かるのか?
「いえ、未来は完全に確定しているわけではなく、人々の自由意志により定められていく個々人の未来により紡がれる、確率的に実現可能な選択肢の重ね合わせという形で私の眼前に示されています。今回の件でも、貴方が彼女を助けないという選択をする未来も有り得ました。でも、貴方は彼女を助けた。一つの大きな分岐がなされ、彼女の人生の方向はほぼ揺るぎなのない形で定まりました。貴方と彼女の人生はここに強く結ばれたのです」
俺氏、追加で将来の偉人を助けたことになった模様。
「彼女は前世の記憶を持たず、将来に渡ってもその記憶を取り戻すことはないでしょう。それでも、自らの犠牲となり命を失ってしまった貴方への配慮を求める心の叫びは、かつて彼女の生を司った私の元に届きました。私は彼女の願いを叶え、私の元で貴方に新たな生を送ることにさせようと決めたのです」
私という女神さまの言葉にちょっと引っかかってしまう俺を目ざとく見咎め、女神さまがちゃんと聞きなさいという顔をする。大丈夫です、わかってます。ちょっとお茶目でも女神さまの口から出てくる言葉が、本物の女神様のお言葉であることはちっとも疑ってません。
でも、そうか。これってもしかして創作物でよく見る展開。「わしの世界の者のせいでお前の命が失われてしまった。すまんかった。お詫びにわしの世界で人生をやり直してみんか?」とか言って神様が土下座してくれる流れと殆ど一緒か。
自分で読んでるときは、神様本人でもあるまいし、おじいさんアバターに横柄な態度取って土下座させた所で何が嬉しいのかと思ったものだ。でも、こちらに居るのは女神さまだから。これだけ素敵なプロポーションなら土下座してもらって、どうしようかなあ……と言いながら、横から見て豊満な胸が押し付けられて形が変わってるのを鑑賞したり、後ろに回って括れた腰から続く大きな形の良いお尻を存分に堪能したりするのはとても魅力的な。し、しまった……
「田中さん、神の化身である私に対して貴方は、一体何変な想像をしてるんですか……
いえ、私は気にしませんよ。田中さんに較べて私はずっと精神的に大人ですから。
田中さんの得意な例え話でいえば、お隣りの男の子が『今日はお姉ちゃんとお風呂入りたい』とか言ってくるようなものですね、これは」
呆れを通り越して、これは酷いという目で俺を見てくる女神さま。
「子供ながらにちょっと邪な心が入ってるなあと思っても、そこは広い心で笑って許して『じゃあ、今日はお姉ちゃんと一緒にお風呂入ろうか』って応えてあげるのが正しい大人の対応というものです。悪意ない願いを出来るだけ叶えてあげるのは、大切なことですからね。ただ夕ご飯の時に隣の男の子の話題が私の両親に披露されるのは、もう仕方ないことです。それでは、田中さんたってのご希望ということで……」
膝を折り、俺の前で土下座の体勢を取ろうとする女神さま。
こうして転生空間での土下座は実現された。
ただし、土下座をしているのは俺の方だった。
どうか土下座の体勢を取るのは止めて女神様本人にも伝えないで下さいと、困惑する女神さまの足元に縋り付いて、社会人生活で培った謝罪の仕方を披露する俺の姿があるだけだった。
「そんなに心配するなら、元々自分ですることも出来ないような、変な想像しなければ良いのに」
女神さまはそう言うけど、出来ることなら実行するから、出来ないことが専門に想像されるんだと思います。
「田中さんの相手をしていると中々話が進まないような気がするのは私だけでしょうか? もう、次です、次」
確かにこの話をこれ以上深堀りしても、俺のダメージが増えるだけの気がしますので次に行って下さい。
「なんか盛大に脱線してしまいましたけど、今までの話を纏めると、田中さんはこれから私の司る世界で新しい人生を始めて貰おうかとなと思っているのですけれど、まずこれは了解して頂いたと思って大丈夫ですか?」
「そちらの世界は所謂剣と魔法の世界なんですよね。地球の人間が行っても何も出来ない底辺層になって終わりというだけではないでしょうか?」
女神さまが俺に問いかける。あの女の子は前世で宮廷魔導士とか言ってたけど、俺にそんな素養がないことはわかり切っているので、例えばこの姿で異世界に放り込まれても、喋れない、戦えない、魔法使えないで普通に考えてどうにもならないぞ。
「ああ、なんかイメージがかみ合っていないと思ったら、田中さん、今の貴方のままで異世界に移って新しい人生を……と思ったのですね。そうではなくて、生まれてから亡くなるまでの新しい次の人生を私の世界で送ってみませんか?という話になります」
それなら、風土病で一撃死は勿論、外見や言葉や風習の違いでいきなり詰むということもないわけか。
女神さまは俺たちがいる空間をVR空間のようにして、これから俺が行く世界の風景や人々の暮らしをプロモーションビデオのように流して見せてくれた。自然が一杯の綺麗な世界のようだけど、どうみても生活インフラが整ってなくて生きていくのは中々に大変そうだ。
「田中さんは、思考が変に回るだけあって色々気苦労が多そうですよね。
でも大丈夫。苦労するためだけに私の世界に来てくださいというつもりはありません。そんな田中さんのために人生を楽しめるに足る事前の準備を用意しましょう。どのような人生を送りたいのか希望を聞いて、それに沿った形で新しい人生が始められるようにお手伝いしたいと思います」
女神さまが俺に提案してきたのは、あちらで生まれる時に親ガチャや能力ガチャを一発勝負で引くのではなく、出来る限り叶えるので、この場で事前に希望を言って貰って良いとのことだった。おお、これはなんだか素晴らしいぞ。
これから俺が行くことになる異世界は剣と魔法の世界と言うだけあって、人間の持つ素養が、地球人の場合と較べて極めて多岐に渡るようだ。
話を聞くと、魔法だけでもものすごい数の種類があり素養を持たない者はその時点で決してその能力は生涯使えないことが決まってしまうのだそうだ。これはどうみても慎重に選択しないといけなそうだぞ。
「いろいろな組み合わせを自分で試してみたいので、作業できそうな環境って作れますか?」
俺は女神さまにどんな能力の組み合わせを選ぶことが可能なのか、試行錯誤できる環境が欲しいと言ってみた。
「田中さんの作業って、いつも使ってるあのパソコンとかいう二次元表示の機械の画面と同じようなもので良いですか?」
「そうです、そう」
「ただ他の方に較べて多くの情報を与えるわけには行きませんので、作業中にわかるのは田中さんが試そうとする組み合わせが、総体として選択可能かそうでないかの情報だけですよ」
俺の要望が通じて、普通に日常的に作業で使っているような指先で操作可能な、フォルダーとか選択可能なリスト表示があるユーザーインターフェースのウィンドウが女神さまの手で中空に用意された。これで一杯試せるぞ。
俺はわくわくしながらリストを検索して見つけた「時間遡行(レベル1)」を自分のスキルホルダーに入れようとしたが、エラー表示が出て入れることは出来なかった。
そうか、こんな超絶能力が転生した瞬間に使用可能になるわけがないじゃないか?
俺は気を取りなおしてレベルを指定しなおし「時間遡行(レベル0)」を再度スキルホルダーに入れようとしたが、それもエラーで果たせなかった。これ、もしかしてバグってないか?俺はちょっと半目になって女神さまの方を見た。
「田中さん。最初の一つ目から何とんでもないスキルを見つけて自分のモノにしようとしてるんですか!『時間遡行』なんてこの世界ヴィロナスで神と人間が共に過ごしていた神代に、半神ヘルギが歪み始めた歴史を正すために一度使われたことがあるだけの殆ど神の力ですよ。人族に転生する田中さんの人生の選択肢の範囲内で手に入るようなモノでは全くありません!」
怒られてしまった。確かに時間遡行なんて人の身で持てるような能力じゃないといわれれば、そういう気もするな。諦めよう。次だ、次。俺はリストを検索し直して見つけた「空間転移」のスキルをレベル0にしてスキルホルダーに入れようとしたが、これもエラー表示に阻まれた。ダメじゃないか!
「だから、田中さん。貴方はなんでよりにもよってそういうのばっかり見つけてくるんですか!『空間転移』のスキルは300年前に魔王を倒した勇者パーティにいた人類史上最高の魔法使いと呼ばれるパロミデスが唯一使うことが出来た能力なんですよ。無理ってば、無理です」
またも女神さまに呆れられてしまった。なかなか上手くいかないものだ。
どうしようと思って悩んでいると、女神さまがこちらに向かってきて俺の隣で選択画面を眺めこんだ。
「じゃあ、ちょっと田中さんに私がやり方の例を見せてあげますね」
女神さまは指先をひょいひょいと動かすといろいろなものを俺の初期設定画面やスキルホルダーに放り込んで行き、あっというまにお勧めセットを作り上げた。
「どうです、田中さん。このレガリア大陸で最大の王国ハルキスの筆頭公爵家の嫡男に生まれて、剣聖の職業を得て、高レベルの火魔法と浄化魔法のスキル持ち。この世界に生きる男の子なら誰でも夢見ちゃうような英雄譚の卵さんですよ。こうして見れば、普通にこの世界に暮らす一般の人と較べて、どれだけ田中さんに優遇措置が与えられてるかわかるというものでしょう」
ふんすかという調子で女神さまは胸を張る。
「じゃあこれはおすすめ一号ということで保存してっと。次はこんなのも出来ますからね。レガリア最古の王国、魔法国家カヴァラの王家の一員に賢者の職業を持って生まれて、自由気ままな研究三昧で世界屈指の魔法使いとか呼ばれちゃう存在が目指せますよ。これはおすすめ二号ということにしておきますね。義務とか責任とか嫌いそうな田中さんにとっては、魅力的じゃありません?」
ますます調子に乗った感じで胸を張る女神さま。
「勿論、気の済むまで自分で組み合わせを選んでも良いですけど、私のおすすめ一号、二号はなかなかのものだと思いますので、それで決めちゃうのも充分ありだと思います」
こうして女神さまは鼻歌を歌いながらまた俺の元を離れていった。
確かに女神さまの提示してくれた俺の転生パッケージは客観的に見て、立派なものだと思う。でも、俺的にはしっくりこないんだよなあ……
「女神さま、これって、俺がいくら時間かけても怒りませんよね?」
「また貴方の得意な例え話にしたら、アリさんが道に落ちてる食べきれない程大きなケーキのかけらを運ぼうとしてるのを見たら、早く切り上げろよじゃなくて頑張ってるなあ……と思いませんか?だから、全然大丈夫ですよ」
笑顔で返してくるけど、これは本当に応援なのか?
あと見られてると、ちょっと作業し難いんですけど……
「勿論、ちゃんと応援してますよ。あと、私との時間より作業に集中したいというのもちょっと納得いかないですけど、許してあげます。それじゃあ、納得できるまで自分で試して見て下さいね」
「あっ、ちょっと待ってください」
「はい?」
挨拶して俺の前から去ろうとしていた女神さまを俺は呼び止めた。
「アイテムボックスのスキルを是非取りたいと思ってるんですけど、ここで最初から中身を入れておくのってありですか?」
「私が知る限り、今までそういうことをした人はありませんでしたけど、確かに問題ないですね。スキルとかの取得のコストに較べればアイテムボックスの内容物を揃えるコストは全然大したものにならなそうですし」
「それはとっても役立ちそうです。ありがとうございます」
「それでは、もう大丈夫ですか?」
こうして女神さまの姿は消え、白い空間には作業ウィンドウと俺だけが残された。
そして、俺は気のむくまま時間を気にせず、思いつく限りの選択肢を試してみた。
選択肢の中にはスキルだけではなく、先に女神さまが触れた生まれや容姿に関するものも含まれていた。
現代日本と異なり社会生活のためのインフラストラクチャーが整備されていない異世界での生活が楽なはずはない。出来るだけ生まれは良い所にしたかったのだが、やはり貴族に生まれるということは、この世界では大きなアドバンテージなのだろう。取れるスキルがぐっと減ってしまうことに気付いたのだった。
最初、高位貴族の次男、三男辺りから始まった俺の選択は、スキルの取得を目指すに連れどんどん階級を下げていく方向に進んでいくことになる。
俺はあと、容姿も名前もこの国で一番ありふれた特徴のないものになるよう、条件設定をしておいた。
先に女神さまの口から人族という言葉が出てきていたけど、異世界の人族と地球人との外見の相違は小さいようで、それもそのはず使用されている遺伝情報は世界を跨いで殆ど同じとのことだった。これは違和感を覚えずに生きていけそうということでありがたく思おう。
名前に関しては、そもそも使われる名前の数自体が多くないということで、上流貴族以外の人間の名前は被り捲くりだそうだ。
生前の自分の名前がカタカナで書くと日本で一番同姓同名が多い名前ということで、個人情報保護の観点からは、近年、非常に嬉しく思うことが多かった。
日本で同姓同名が全くいない大学時代の俺の友人は、名前で検索するだけで出身大学も修論のテーマも就職先も速攻で検索結果に出てきてしまうが、俺の名前、一万人に及ぶ「タナカミノル」軍団は鉄壁のガードで俺の個人情報を守ってくれていた。
そこまで個人情報に拘らなそうな異世界でも、悪目立ちせず生きるためには、平凡な容姿に平凡な名前というのは役に立つはずだ。
最後に自分が覚醒する年齢を選ぶことも可能だった。
俺みたいな捻くれた性格の人間は場合によっては親とうまくやれない可能性もあるし、親から本当の子供を奪ってしまってるかのような気がするから、自分の意識が戻るのは成人してからで良いと自分内で結論づけた。
どれだけの時間、一人で操作ウィンドウに向かっていたのだろう。
俺はいつの間にか、もう試そうと思っている選択肢が残っていないことに気が付いた。
よし、これで終わりにしよう。
実際に向こうの世界に行ったら想定外のことも多いだろうし、後は自分で頑張るということで作業終了ということにした。
「女神さま、出来ましたよ」
俺の言葉に応じたのか、また目の前に光の球、続いて女神さまが姿を現した。
「この世界で生きていくための準備に満足できましたか?」
「はい」
「それは良かったです」
なんだか先ほどまで話していた女神さまと違って、もっと年嵩のお婆さんとでも話しているような気がする。
これもしかして中身、女神さまじゃなくて女神様の方だとでも言うのか……
女神さまは俺に近づいてくると、俺の顔に手を当て微笑みを見せる。
自分の意識が急激に薄れていき、目の前の女神さまの姿がぼやけていくのを俺は感じた。
「それでは、次に目覚めるその時まで、私の世界で過ごす良い夢を……」
慈愛に満ちた言葉に見送られ、この空間内での俺の存在は消失していった。
(03話に続く)
次回、03話は9/10 23:10に予約投稿済です。
前話で現地テオ君を物語から追放宣言したのですが、第0章を投稿した作者はその後の読者数の増減を見て、投稿直後のトップページに載っている10分程の時間を除いて、この作品自体が完全にハーメルン読者の方の視界から追放されていることに気付きました。
本当は全話同じ時間の更新にしたかったのですが、是非もなしということで、一人でも多くの読者の方の目に作品が触れるよう読者の方を求めて、ハーメルンさんの投稿サバンナをさまようことになりました。今日は23:40の予約投稿でしたが、次回は23:10、その次は22:40という感じで第一章の間は30分づつ時間を変えながらの予約投稿になりますが、どうか宜しくお願い申し上げます。
後はもう自動的に予約投稿したものが順次公開されていくだけ、ということで作者の後書きなども事前に書いてあることだけになります。一杯時間の取れる作者の休みも終わってしまったので、誤字脱字、言葉使いなどの投稿済話の修正は第一章が終わった時点で纏めて行います。感想返しも終わってからかと思いますが、そもそも第一章が終わった時点で返すべき感想があるのかの方が重要な問題な気がします(投稿済みなので、展開予想でも展開批評でもなんでも気にせず書いて頂いて大丈夫です。活かされるのは、続けば第二章(汗)もしくは別の作品からになりますが……)
それでは、次は第一章全話の公開後に最終話の後書きを追加する位になると思います。拙い作品とは思いますが、せっかく書いたので一人でも多くの読者の方に読んで楽しんで頂けましたら幸いです。