心配ごとが無くなったせいか、ぐっすり眠って起きたら今日はもう太陽が沈んで街の閉門時間は過ぎてしまっていた。
格好良くとは行かなかったが、とりあえず俺はヤス(仮称)とのタワバの街冒険者ギルド最弱決定戦を勝ち抜いて、無事、平穏な生活を取り戻すことが出来たのだった。
本来の予定だったら冒険者ギルドから帰ってきてこれが初期状態だったはずなのに、俺何を回り道しているのだろう。しかし考えてみれば、俺は既にレベル3。ヤスにロックオンされていなければ、森にも行かず宿でごろごろして過ごして、未だに一度も魔物討伐をせずにレベル1のままだった可能性も結構高いと思えば、この二日間の経験は『禍転じて福となす』というやつではないだろうか。
目が冴えてしまったし、さて何をしよう。
異世界は物騒だからという理由で自分自身を治せる回復魔法を取ったのだから、魔物討伐とかで大きな怪我をして慌てふためく前にレベルを上げておきたいところだよな。これが他人を治せる治癒魔法と一緒になってたら、怪我してる他人を治して回れば良いんだろうけど、回復魔法の対象は自分だけだから自分で怪我して自分で治すというとても嫌なマッチポンプをしないといけなそうだぞ。さて、どうしよう。
ます今の回復魔法はレベル1だから、この瞬間大怪我してしまうと直らない可能性が高い。魔物狩りの経験を思うと回復魔法ですぐ治るような楽すぎる回復処置を何回続けても大して経験値が入らない可能性が高い。だとするとギリギリ回復魔法1で治るレベルの怪我をして治すという絶妙な程よさの怪我をしないといけないということだ。
自分で自分の身体を傷つけるなんて、アラン父さん、ハンナ母さんごめんなさいという感じで気が進まないけどやりますか。
アイテムボックスから果物を剥く時に使うような小さ目のナイフを取り出す。なかなか小綺麗な装飾つきで柄の中央部に家紋が入っている。
建国時の大貴族だったのがある時担ぐ王位継承者を間違えて没落して、数世代辛酸を舐めた後に、中興の祖が現れてまた有力貴族に返り咲いた貴族家の紋章だ。そのせいで上は上級貴族から下は殆ど農民と変わらない下級騎士階級まで、この紋章を使っている家が国中にやたらと存在する事態になっている。貴族の累系がいるふりをする身分証代わりに使えそうということで、女神さまに頼んで入れておいて貰った一品だ。
この有り難味のありそうなナイフに洗浄魔法をかけ、もう一つついでに火魔法で炙って殺菌する。怪我の場所はまあ左手でいくか。おっと、レベル1の回復魔法で回復しきらなかった時のためにアイテムボックスから薬用ポーションを出して用意しておかないとな。
まずはお試しで左手の中指の先にナイフをそっと押し当てて血を滲ませる。さあいくぞ。気は心ということで「ヒール」と叫ぼうかと思ったけど、この世界で今まで出てきた魔法はみんな無詠唱で呪文も魔法陣も必要なかったので、回復魔法も自分を癒す行為を発動する意志を心で示すだけにした。
おお、なんか治った気がする。
ナイフを当てた後に感じていたわずかな痛みが去り、指先に洗浄魔法をかけると血汚れが取れてぴかぴかの指先が現れた。うん、なんか回復魔法素敵だぞ。どんどん鍛えてどんな怪我でも一発で治るように早くなりたい気分が盛り上がってきた。
次はさっきよりもう少し力を込めて指先を切る。うわ今度は結構痛いし血の量も多いぞ。回復だ回復。これも時間がかからず治った感じだぞ。
それならということで、その後左手の手の平を場所と強さを替えながら都合4回傷つけて自分で治してみた結果、最後の4回目だけ完全回復に少し時間がかかったものの自分を鑑定した結果、回復魔法はレベル1のままだった。
これは今日の成果として回復魔法がレベル2に上がらなかったことを悲しむべきか、それとも現状のレベル1でも深くない刃物傷なら治せるということが確認できたことを喜ぶべきか、微妙だなあ……
とりあえず結構痛かったので今日の回復魔法の実験はもうおしまい。
……じゃないだろ、異世界サバンナ舐めてんのか、俺!
今の俺のレベル3だったら、明日この宿を出た途端にその辺の街のチンピラ兄ちゃんに路地裏に連れ込まれて身ぐるみ剥がされて、刃物で刺されたり殴られてぼこぼこにされても全然おかしくないんだぞ。のんびりしてる場合じゃねぇ。
俺はさっきのナイフを取り出すと今度は気合いを入れて左腕に突き刺してみる。
現状を悲観しての自傷行為ではありません。
勿論、回復魔法の練習の続きです。
痛い! 回復! 鑑定! 変化なし!
よし、知見は増えた。ならもう一回今度は同じ強さで刺した後に引いて傷口二倍だ!
痛い!痛い! 回復! 鑑定! 変化なし
よ、よし、わかった。今回は更に倍。同じ強さで刺して傷口は刃渡り4個分だ!
心、折れそう……
痛い!痛い!痛い!痛い! 回復!おっ、時間がかかるぞ それでも変化なし!
仕方ない。今度は同じ強さで刺して傷口は刃渡り8個分!もう殆ど肘から下の左手の長さの大半を引き裂いてるぞ。大丈夫か、俺!
痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い! 回復!
今回は全領域いっぺんにじゃなくて肘の付け根の方からじりじり傷が治っていく感じ。痛みのある箇所が段々少なくなってくるぞ。おお、観察している間に怪我した部分の先まで届いて傷口と痛みが無くなった。結構時間がかかった感じで、怪我が無くなるまでの間にタオル代わりにひいておいた上の下着に大分血が滲んでるぞ。
とりあえず洗浄魔法をかけたら傷は綺麗に治っているようで一安心。左腕を動かしたり 指を動かしてみても何の違和感もない。
さあ、今度こそどうだ。鑑定!
『テオ 人族 15歳
ジョブ:剣士 レベル3
スキル:火魔法2 水魔法2 風魔法2 土魔法2 回復魔法2 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法1 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法1 強化魔法1 剣術3 槍術2
HP 21 MP 4071 STR 9 INT 5 VIT ……』
よし、やったぜ。人間努力してみるもんだ。
無事、回復魔法のレベルが2になっている。
ちなみにいつもあんまり気にしてない身体状況(ステータス)を見てみると、せっせと回復魔法を使ってた割には二桁目の数字が少し下がってるだけで、ほどんど魔力は使ってない感じだな。初級の回復魔法を使っただけで魔力をごそっと持っていかれたら、そっちの方が変か?うん、そんな気もしてきた。
しかし、今日の実験結果から思うと回復魔法を今度レベル3にしようと思うと、どれだけの深さの怪我しないといけないんだ。結構きてる気がするぞ。というか用意しておいた中級ポーションで治る怪我の範囲で収まるのか?上級ポーションなんて買う金ないぞ。
うーん、どりあえずサバンナはわかってるけど、今回というかとりあえず当分は回復魔法がレベル2になったって事で我慢しておくしかなさそうだよな。
まあ、頑張った分の成果は出たし良しとしよう。
あれ、なんか忘れてるような気がするぞ。
ああ、今日はまだ飯を食っていなかった。せっかく朝夕の飯込みの宿に泊まってるのに、自分から忘れてしまってどうするんだ。起きてからの時間の経過を考えると、そろそろ宿の夜の飲み屋風食事の提供も終わってしまいそうな時間だぞ。
俺は慌てて部屋から出て階段を下りると、看板娘のお姉ちゃんを呼び止める。
「すいません、まだ夕ご飯ってお願いできますか?」
「あ、出てきたわね。もう少し遅かったら今日は終わりにしちゃうとこだったわよ」
めっ、という感じで窘められたものの無事、今日の夕飯にはありつくことができそうだ。
カウンター席で少し待つとちゃんとお酒のつまみではなくて定食風の料理が運ばれてきた。素晴らしいぞ。なんかいつもより味も美味しい気がする。あっという間に食べ終えてしまった。
「今日の味付けは気に入ったみたいね」
「えっ……?」
皿を片付けに来たお姉ちゃんに話しかけられた内容に戸惑ってしまった。
「わかるわよ。うちのご飯食べる度に首を捻ってるのなんて、客の中であんたぐらいのもんよ」
「もしかして、気付いてました?」
「そりゃ、お客がどんな顔してご飯食べてるかはいつも気にしてるからね」
腰に両手をあててお姉ちゃんが言う。
「昨日みたいに、夕ご飯一回抜きになっても全然気にしないし、逆に食い物へのこだわり妙にありそうだし、もしかして……」
げげっ、これは「もしかして、あんた『流れ人』でしょ?」とか指摘されて転生者身バレの大ピンチ展開なのか?
「あんた、結構良いとこの坊ちゃんでしょ?」
セーフ!そりゃ、食い物の味付けへのこだわり一つで異世界人扱いされるわきゃないよな、普通に考えて。
「冒険者で銀貨一枚稼がないうちから全身装備つけてるし、お金にも無頓着なようだし、起きて寝るまでの生活無茶苦茶だし、あんたどこからどうみても金持ちの家の放蕩息子そのものよ。言葉使いが変に良いのが極めつけだわ」
転生者身バレはなかったけど、お姉ちゃんに金持ちの道楽息子認定されてしまったぞ。
確かに行商人のダンテさんが宿屋のおっちゃんに俺を紹介するときも、「いつも商売でお世話になっている方の息子さんが冒険者になりたいとのことで……」としか言ってないもんな。流石、ダンテさん。商売人は自分から余分な情報は一切出さないところが素敵です。
「えっと……」
「まあ、うちは毎日ちゃんと宿代を払ってもらって問題なしなら、誰でも大歓迎なんだけどね」
頬をぽりぽり掻いてどう答えようかな……と思っていると、お姉さんの方が追撃してきた。
「というわけで、あんた金持ちそうだしご飯の味付けにもこだわってそうだし、明日からは上客向けの食事にするから」
おお、これは素晴らしいかもしれない。
「はい、是非それでお願いします」
「一日に付き銀貨二枚分、余計にかかるけど良いよね?」
明日からは毎回の食事にも期待できそうだ。
お姉さんの言葉に首を縦にぶんぶん振って同意を示す俺だった。
俺の異世界生活も着々と充実し始めてるぞ。
(08話に続く)
お馬鹿な内容の今話でしたが、個人的には難産でした。
異世界サバンナを生き抜かねばなどと言いつつ、食事の味付け一つに文句の出る、覚悟が全然決まっていない主人公です。
次回、08話は9/20 20:40に予約投稿済です。