モブに厳しいリバイス世界で生存してしあわせになりたいんだが   作:オルゴメタルム

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エピローグ

 

一輝兄視点のプロローグのエピローグ。本編でいう31話みたいな回です。

一輝兄の独自解釈した過去が入っておりますのでご容赦。

 

あと時系列が間違っていたので修正しました(今は1話の4,5年前)

 


 

 

 さすがに夜更けが過ぎた今、俺──五十嵐一輝は少女──水無瀬(みなせ)一叶(いちか)を寮まで送っている。

 

 現在彼女は選択制の学生寮に住んでいて、なんと俺の弟の大二と同じ杣林高校に通っているらしい。

 しかも、二人は同学年だ。これから一緒に生活するんだし、仲良くなれそうな距離感が最初から整ってるのはラッキーだな。

 

 

 寮暮らしなのは、昔デッドマンズに小学校と()()()()()()が破壊されたせいで、生活を成り立たせるために別れざるを得なかったから。

 家族と一緒になれないなんて辛いだろうと勢いで言ってしまったが、彼女は強かった。

 

 普通で、なにも可笑しくないのだと微笑む。

 こちらにうまく伝えられるように間を取りながら、大事な手紙を渡すみたいに話してくれた。

 

「いえ、連絡は普通に取り合っています。心の距離感とかはまったく離れてませんし、不足はないですよ。

 家族一緒が一番というのもわかりますが、世帯の数だけ家族の形があります。一輝さんがすごく仲良しな自分たち家族を誇れるように、私も自分の家族の形が愛しいです。

 一輝さんたちやほかにもいろんな家族があって、それぞれだけの魅力もあります。私は、どんな形の家族でも尊重できる自分でありたいです。

 いろんな家族の良いところや頑張りを理解して尊重する度に、自分の家族ももっとよく見えて深く知ることまでできますしね」

 

「家族の形を理解して尊重できれば、自分の家族ももっと……」

 

 

 確かにわかんないと決めつけで終わらせるよりも、人の良さを見つけて尊重できるように努めた方が良いよな。

 言われたら当たり前のことだと思えるが、その心掛けの延長で自分の家族についてもっとよく見えるって考えは、結構興味深かった。

 

 自分なりに咀嚼できたところで、なんとなく脳裏に浮かんでくるものがあった。さっき話題に上がった、高校に入った大二と、自分との距離感についてだ。

 

 最近の大二は、なんだか反応が悪いというかそっけないというか……よくわからないなって思うことが多い。

 俺は高校にも入ったらそんなもんだよなって思うようになっていた。実際風呂も飯も一緒に仲良くやってるし、一過性だろうなと決めつけている自分がいる気もする。

 

 でも、知らない家族の形を知ると、大二やさくらのことももっとよくわかるのかもしれない。

 もっと家族を好きになれるんだったら。そうなったら、嬉しいことだよな。

 

 

「それに、家族の形は常に変化するものです。大切なものはそのままに抱いて変わらずにはいられない。自分には自分のやりたいことがありますからね。

 変わることを否定したり恐れる必要はなくて。むしろより良い未来が来るように望んで、応援できるようにしたい。

 そのためには、当人が何をどうしてそうしたいのかを知って。どんな過程と感情を経て、ある決断に至ったのかを理解する。

 これは、自分でも他人であっても大切になる向き合い方だと思います」

 

 

 勢いづいたのか、一叶はさらに踏み込んだ言葉を続けた。

 

 さっきから思っていたが、彼女の言動は俺に負けず劣らず真っ直ぐ過ぎて、危なっかしいとまで感じられる。

 だがちょうど今、心配になるくらいの必死さにある根本が、少し見えた気がした。

 

 深く知って尊重するためには、まず変わらずにはいられない……いや、変わろうとするしかない、か。

 

 この子の場合は、やりたいことを叶えるために、変わろうと頑張ったってことだろうか。

 熱の籠った強い思いの言葉は、実際に事を成し遂げた彼女を大きく見せていた。

 

 

 俺はそういうの、今まで考えたこともないし、全然自分の曖昧な価値観と違うのに……なぜか納得しかけてる。

 何故なのだろうか、本当に、不思議だったが。

 ──そんな疑問は、すぐに拭い去られる事となった。

 

「だって……私はそうやって、勇気を出して今を変えようとしたから。そして、あなたは私に向き合って理解し、応援してくれたから。

 結果として私たちは、新しい形に至ることができたんですから」

「あ……」

 

 

 そうだ。彼女は住み込みバイトのために勇気を出して、俺はその想いを知って、理解しようとした。

 自分と似てるから、彼女の心がわかって尊重したくなって……俺自身も心から応援したくなった。

 

 彼女だけじゃない。最後に変化を受け入れて決断したのは、俺だ。

 俺たちは、二人で一緒に変わろうとしていたんだ。

 

 

 重要なのは、俺が自分の心で、今の家族の形が変わることを受け入れられたという事実。

 これから大二やさくらのことが今以上にわからなくなっても、恐れる必要はないんだ。きっと、自分のやりたいことのために変わろうと頑張っている証拠だから。

 俺がそんな二人をありのままに知っていけば、心から尊重して応援できるようになる。そうしたら、どんな形に変わろうと大事なものはそのままに、家族の未来は明るいって確信出来るんじゃないだろうか。

 

 そりゃあ、この話もすっと入ってくるわけだ。実際に俺たち二人が成し遂げることができて。これからも同じように成し遂げられる可能性が生まれた。

 俺たち自身が実例だったんだから、急に説得力が増してくる。

 

 きっと、今日の事は、ちょっとやそっとでは忘れない。

 大切なことに気づかせてくれた一叶に、心の中で感謝した。

 

 

「えっと、ようするに、なんていうか……

 何かが変わっても、どこか違っても、家族ってみんな良いよね!ってことです! ……うう、纏まりにくくてすみません……」

「いやいや! すっごい面白い考え方だった。忘れないでおくよ!

 こういう話、したことなかったけどさ。一叶とはなんだか話しやすくて、腑に落ちるっていうか……やっぱり俺たち、似た者同士なとこがあるからかもな」

「ににに、似た者同士なんて! 恐れ多いですよ……!」

「はは、謙遜しなくていいのに。でも不思議だよなー……」

 

 

 一人でヒートアップした反動か、また顔を覆ってしまった彼女の傍らで、考える。

 今日会ったばかりなのに、彼女とはパーソナルな会話まで出来てしまうのはなぜか。

 

 やはり、彼女が俺と似ている所が多いと思ったからだろうか。…………いや、それだけじゃない。

 一叶が俺と似ていて……彼女を通して、いつの間にか俺自身が浮き彫りになっていたからなんだ。

 

 

「そうだ! 私ばっかり話しちゃいましたし、次は一輝さんの話を聞きたいです」 

「俺の話? 参考になればいいけど……」

「はい、私高校に入学したばかりで、まだどこの部活に入るか決めてないんですよ。うちの高校は風潮的に入部しておいたほうがいいので……ほんとは四六時中しあわせ湯にいたいんですけどね。

 それで参考に、一輝さんの入ってた部活での思い出や体験を、ただ聴きたいんです」

「そっか……」

 

 

 俺の……サッカーの話か。

 一瞬迷ったけど、話すことに決めた。彼女はあんなにも真っ直ぐに自分をさらけ出してくれたんだ。俺もそんな彼女の誠実さに、真っ向から正直に応えたいと思った。

 

 なんて、大層な言い分だけど、結局は俺のフェアにしたいってワガママの延長線だ。

 ワガママで……そういや、こういうスタンスをなんて言うんだっけ。

 昔コーチの先輩や、友人だった……ジーコに、言われた気がする。

 

 ……そうだ、思い出した。

 

 俺たちは──エゴイストなんだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 彼女のワガママかつフェアでいようとするスタンスは、奇しくも俺を映す鏡になっていた。

 話すペースとか、距離感とかもそうだ。似通ってるところが多くて、なんていうのか、観察者羞恥みたいなものが感じられた。

 だから否応なしに、俺も自分を見つめ直すことが出来てしまいつつある。きっと、心の内側までも。

 

 俺のワガママなお節介は、しあわせ湯で働くって決めてから、さらに強くなっていたと思う。

 そのきっかけは……俺がプロサッカー選手を目指す道を諦めた事だ。

 

 昔、練習中に友人だったジーコを怪我させて、彼の夢を絶ってしまった。

 本人は自分の不注意も原因だから仕方ないし、自分の夢も背負って俺がプロになれって言ってくれたけど……俺にそんな資格なんてなかった。

 俺はその期待やプレッシャー、罪悪感に耐えきれなかったんだ。

 

 

 

 サッカーは他の球技に比べて、得点を獲得できるチャンスがどうしても限られる競技だ。一本のシュートを決められるかどうかが、勝負の決め手になる。

 みんなが繋いだ大事なボールを、緊張も責任も忘れて、ただ我先に自分こそがという気概で決めにかかる。そうやって利己的になれるストライカーが強くなる。そんな我の強い──エゴイストこそがテッペンを取れるのだと、ジーコが言っていた気がする。

 

 俺はそれが、まったく出来なくなった。思うプレーが、何一つ通せなくなったんだ。

 

 

 今思えば、あの時の俺はイップス*1になってしまってたんだ。その原因は、決して償う事が出来ない大罪。だから、絶対治らない症状だってわかってたのに。そんな状態の俺じゃジーコの夢を背負っていけないって、心の奥底ではわかってたのに、無茶なオーバーワークで自分を追い込んで……。

 

 ……そこからは、悪い意味で早かった。

 トレーニングとリカバリーのバランスが崩れて、動的柔軟性や平衡性、調整力が落ち込んで、行動体力まで減衰して、それで……次の選抜が来たらレギュラーから落ちてしまうと不意に確信してしまって──サッカー、辞めたんだ。

 

 約束、破ったんだ。

 

 

 

 誰も俺を引き留めなかった。俺の症状は誰が見てもわかる致命傷だった。そういう理由でやめる人は決して少なくない、この世界ではあり得ないことじゃないんだってコーチも言ってたけど……なおさらやるせなくなって。後悔と諦念と、解放感と空虚とがどんどんごっちゃになって……気づいたら、自分に一切興味が持てなくなっていたんだ。

 

 でも今なら。なんで俺がそうなったか、わかってしまう。

 

 

 なにもできなくなって、誰かの夢を背負えない、不義理で惨めで脆弱で情けないヤツが──五十嵐一輝でしかないんだって認めたくなかったんだ。そんな自分が嫌で、そんな自分で申し訳なくて。そんな自分が、受け入れられなくて。

 

 だって、何をしようと、したくとも、もう何も変わらないんだって、心の内ではわかってた。もう何もできないからこそ、堕ち切った自分を正しく見つめられなかった。

 現在の自分を客観的に、正当に評価できなくて……いや、しないようにしてて。誰にも自分の心を明かさなくなって、そうしたら「これ以上」を心配しなくて、考えなくて済むから……。

 そのために、自分に無頓着で無関心でいようとして──本当にそうなったんだ。無意識でも意識でも負の方向に努め過ぎた結果、俺という人間は、本当に自分に興味が持てなくなっていたんだ────

 

 ──そこまで踏み込んで、ようやく現実を実感する。

 

 

「おれ、は…………」

 

 脳が揺れる。心が震える。

 今やっと、自分が何なのかを思い知った。

 

 ぜんぶ、ぜんぶ、俺だけが……いや、「俺だけ」がなんて思ってしまう自分のせいだったんだ。

 だって、あいつが悲しみと苦しみ全部を込めたほどの夢を託された俺だったのに。

 何もできなくなって諦めてしまった末の選択を、みんなが尊重してくれた俺なのに。

 家族が最後まで見守って応援してくれた俺なのに。

 

 それなのに何もできなくて、認めようとしなくて、向き合わなくて、無関心になって、自分を大事にできなくなったってことは。

 そして、その過程も出来た人格への疑問も、全て忘れようとしたってことは──俺が。

 俺が──みんなに託されて尊重されて応援された俺自身を、裏切ってたんだ。

 

 本当は、心が折れても、何もできないとわかっていても。最後までがむしゃらに全部なげうてる俺じゃなきゃいけなかった。そうありたかった。

 でも、どうすれば諦めなくていられるかわかんなくて、どうすりゃ向き合おうとできる自分でいられるかわかんなくて。

 

 

 ────逃げた。

 

 全部、忘れたいなんて、最低のことを思って、終わったんだ。

 

 

 

 

(……それで、自分じゃなくて他者を助けて心を満たす、って意味合いだけじゃなくて。

 もう二度とみんなが傷つかないように、未来が奪われないように、余計にお節介焼くようになった……ってことだよな)

 

 目を合わせてしまった真実の自分を取りこぼさないよう、確認するように回顧する。

 

 当時は実感がなかったけど、サッカーで仲間と真剣にテッペン目指して自分を高めてた日々は、俺のエゴを満たしていたんだろう。

 サッカーとジーコに向き合えなくなった蓋したままに放置したエゴは、行き場を失い、裏でどんどん肥大化してて。それを解放できる対象が、俺が生まれた時から繋がりを持っていた唯一のモノ──家族だけだったんだ。

 最初から大事でかけがえのないモノだから。自分の中にはもうそれしか、それだけが大切で全てなんだって思う自分しかいなくなっていた。

 燻ったエゴは、お節介という形で全部家族に向かっていった。かけがえがなくて、大切なのは本当だから。いや、それだけが俺という人間に残った唯一揺るがないものだったからこそ。

 俺が自分で銭湯を継ぐと決めたのは、当然の結果だったと言える。

 

 

(──じゃあ、今の俺は何がしたいんだ? ここまで無視してた自分を捉えようとしたのは、それ相応の、目的があるだろ?

 ……自分のことなのにわからない。いや、本当に何も無いのか? 自分に興味を持たないようにしてきてしまった俺は、ここまで鈍いっていうのか──?)

 

 

 下手くそな俯瞰の末に至っても、俺はまだ何も未来が見えない。

 ……いや、当然だ。だって俺は俺自身を、斜め上から見たような自分としてしか考えられてない。哀れだの無様だの思うのは、確かに自分に向けた感情なんだけど、でもやっぱり今生きてる自分を直視して言えてるわけじゃないっていうか……。

 

 とにかく、せっかく向き合えた過去はもう忘れちゃダメだ。止まった過去の延長線にいる今の俺が、変わろうと動き出さなきゃいけないんだ。

 みんなが見ていた俺を裏切って忘れようとした俺は、きっとこのままだとまた同じことを繰り返す。どうすればいい。

 

 

 みんなが思いを募ってくれた俺と、忘れたくて逃げた俺は、同じがいいのに、煩わしいぐらいに乖離してて。そのギャップは責任抜きに、いまだに気に入らないと思ってしまうけど……否定まではしたくない。

 どっちだって、願いは同じはずなんだ。どっちも、自分のことなんだ。

 何度裏切ってしまっても、許されないし償えないことが本当に辛くて申し訳なくて仕方がなくても。

 最後には、絶対向き合いたい。どれだけ無様を晒しても、良い子ちゃんでいられなくなっても、いつか、いつかから──今から。

 

 

 資格がないのも、力がないのも、全部わかった。

 それでも、一叶みたいに、一歩前に踏み出すことが許されるのなら。

 あの日置いてきてしまった過去を認めて背負って、救おうとしていいのなら。

 いつだって、今日この瞬間から、今までの自分を全部抱いて、新しい自分へ────

 

 

 

「──ごめん、今は話せない。

 ちゃんと、自分の中でまとめて、決着付けてから話せるようになりたいんだ。

 だから、それまで待っていてくれないか?」

「一輝さん……」

 

 

(だって、俺はエゴイストなんだ。興味ないふりして、本当にそんな振る舞いと思考しかできなくても最後に────()()()()()()()は、裏切れない。

 俺ももっと、一叶みたいに自分に正直で他者に誠実で在ろうとしたい。

 今の自分がどんなのかわからない俺なんて、イヤだ。誇らしくて未来にすら受け継いでいけるような自分でありたい。

 咎と罰ばかりに縛られた人生なんてダメだ。俺は、普通に生きる自分がいい)

 

 

 確立してから、「ああ、何て浅はかなんだろう」と思った。

 だって、俺の想いが動き出したのは、ジーコや家族への罪悪感や義理がきっかけじゃない。結局俺は「自分のため」を原動力にしないと、一歩踏み出せる気がしなかった。

 約束でも契約でもない。他者との問題から始まったのに、自分への願いしか懸けられない。俺は、ただ自分が──

 

 

「──待っています。私はずっと、あなたを待ってます」

「……いいのか? 俺は、……」

「変わろうとしているのでしょう? その願い自体に罪も遅いも無い。私はあなたを目指してここまで来ました。だから今度は、あなたが私の待つ未来を見据えてください」

 

 俺とよく似た、けれど少し前で明るく瞬く瞳。それは、自らを変えようと果たした証で、俺の目指す未来だった。

 

 

「私が、そうして変わったあなたを待っています」

「────」

 

 息を飲む。鼓動が速まった。

 霧中の願いと迷いが認められ、目先が晴れる思いだった。

 

 俺は、手を伸ばしていいのか?

 俺は、未来に踏み出して、いいんだ?

 俺は────変わりたいんだ。

 

 胸の前で拳を握る。

 自分と彼女に、誓うんだ。

 どうなるかなんてわからない。何も変わらなくて余計に変になるかもしれない。

 不安だけど、彼女は待ってる。何も問わず、ただ俺の生き証人になろうとしてくれる。

 今、一叶が待つ未来の俺自身に、応えたいと思ってる。いや、彼女すらも道標にして、俺はただ──変身してみせるんだ。

 

 ……そっか。

 俺も、変わりたいって心から思えるってことは。

 これって、自分に興味持ててるってことじゃないか。

 

 

(俺……やるよ。俺も、絶対……もう自分から逃げない)

 

 ポケットの中の携帯を握りしめる。

 明日、連絡する。すれ違うことも出来ずに、別れてしまったアイツと。資格はないから、許しと救いのためじゃなくて。もっと、道理を外れて傷つけることになる可能性だってあるんだけどそれでも。

 ただ自分を、心のままを話すんだ──。

 

 

「ありがとう。信じて、待っててくれ──」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 もうすぐ桜並木の下町を抜ける。この辺りは縁日も近くて提灯でライトアップしてると聞いてたけど、こんなに遅い時間にも点いているんだな。

 

 まったく知らない、明かりが灯された夜の時間。

 今日出逢った彼女と、心を砕いて語らうペース。

 その果てに見出した、五十嵐一輝の変わる未来。

 そんな初めての非日常に揉まれ、俺は言いようのない感慨と感動を覚えていた。

 

(これから俺たち家族だけだった銭湯に、新しいメンバーが増えるんだ……)

 

 まだ想像出来ない未来について、ひとりでに思いが馳せられた。

 交わされた契約と願いを込めた誓いを胸に、ようやく俺にも実感が湧いてきている。

 

 

(そういえば、俺は自分に興味が持てないからみんなを……ってのがお節介が強くなったキッカケだったけど、彼女の行動のキッカケは一体何なんだろう)

 

 大胆な行動をしているキッカケまでは分からないけど、自分のためだということは隠していない。それがしあわせ湯に掛けた願いのためだっていうのも明かしてくれた。

 俺もお節介してるのは自分のためだって隠してるつもりはないけど、ここまで愚直でいられている自信はない。無意識かもしれないけど、それだったらそれで凄いもんな。俺もそうなりたいと思う。

 だから、その最初のキッカケが気になるのは当然のことだった。

 

 

「あのさ、一叶って」

「……?」

「──ここまで来たホントのキッカケって何なんだ?」

 

 

 いきなりで突拍子が無さすぎる俺の発言に、不思議そうに曖昧な微笑みを向ける一叶。多分、似た状況になった時の俺と同じ反応だ。

 そんな彼女だから、正直なんだっていいと思えている。俺も明かせてないわけだし、今迫るものでもないんだけど。

 

 でもやっぱり、考えてはみたくなる。

 例えば本当はやりたくないのにやってるとか、何も考えてなくてパッションで動いたとか邪推みたいな仮定も浮かぶし、解消しておきたい。

 

 

(いや……そうだとしても、別に何も変わんないや)

 

 だが、自分は思った以上に一叶をリスペクトしてるみたいだ。

 裏があったとしても、彼女の誠実でいようとするスタンスや真っ直ぐさは真実だから、心から応援したい。

 やはり代替行為かもしれないけど、自分によく似た一叶にはしあわせになってほしい。

 

 俺に出来ることなら、なんでもしてあげたい。

 それが例えば──命を懸けたり、自分を犠牲にするような事だったとしても、そう思うんだ。

 

 

 

「ううん、やっぱり何でもない」

 

「…………」

 

「いきなり変だよな。まるで騙してるみたいな言い方で──」

 

「──そうですね」

 

 なんて、独り言ちた俺の言葉に。

 いや、俺だけに向かって。

 

 彼女は信じられない爆弾を落としてきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「その通りです、一輝さん」

 

「──えっ?」

 

 

 予想していない。

 その肯定に、脳が揺らぐ。

 

 

「私は、あなたを騙していました」

 

 

 涼風がよぎり、背筋が立った。

 連む提灯が、昏く揺らめく。

 はらりはらりと、桜が舞い散っていた。

 

 

「銭湯と家族が好きだと言いましたが……順番と順位が逆なんです」

 

 

 不意にめくられた光景の最中(さなか)

 かよわくて、あやしくて、儚くて。

 それでも確かに、微笑む彼女は立っていた。

 

 

「どう、いう……」

 

 

 逃げないし、急に消える幻じゃない。これは現実で、さっきまでの言葉の想いは嘘でもない。

 置き去りになりかけた俺を、真実の彼女が誘った。

 

「キッカケ……最初の、一番の理由は──あなたです」

 

 ──そして一瞬で弾き上げられた。

 

 

 

 

 

「私は、一輝さんのことが好きなんです」

 

 

 

 

「…………!?」

 

 全ての思考が、意識が、飛び散った。

 だって、その言葉の熱が、今までと全然違う。それが、意味するのは。

 

 

「一目惚れ……なんでしょうか。しあわせ湯で見かけて、言葉を交わして、今……知らない気持ちがここにあります」

 

「自分でも、まだよくわからないんです。だから、もっとちゃんと知りたかったんです」

 

「この想いが本物かどうか。一輝さんがどんな人か。

 好きになれたお湯と家族が。その中にいる一輝さんの姿が。

 もっともっと、間近で見て知りたいんです」

 

 …………。

 

 立っている感覚がない。

 向けられた事の無い強い想いに、圧倒されている。

 

 反応の無い俺に不安になってしまったのか、たどたどしく一叶が続けた。

 

 

「あ、えっと、もう一度……一輝さんが好き、です。

 これがキッカケで、強くなったしあわせ湯と五十嵐家への思いと恩に報いるために、ここまで来たんです。

 自分の気持ちが本当なのかわかってから、ちゃんと切り離してお話するつもりでした。

 事情、信じていただけましたか……?」

 

「う、うん……」

 

 そ、そうだ。

 一叶の銭湯への謝恩と義理を果たしたい思いは真実で、そのきっかけが、俺への、想い、で────!?!?

 

 

「正直に言って、しまいました……だから、お返事はまだいいんです。

 急過ぎますし、最初に言った銭湯に貢献する意思が本物かどうか、怪しくなっちゃいましたよね」

 

「あ、そんな……」

 

 それ自体は、信用してて、大丈夫なんだ。本当に嬉しそうに未来を提案してくれて……だからこそ、それ以上が込められた想いに、打ちのめされてるわけで。

 

 

「恩は必ず、行動で示します。信頼されるように頑張ります。でも、告白してしまって……だから、この本心についても、願いを乗せたいです」

 

「今はただ、一輝さんやあなたを形作ったご家族が知りたくて、私自身も知って、知られていきたいです。

 全部ひっくるめて、あなたと信頼し合えるようになりたいです。答えは、その先で聞かせてください」

 

「もし信じて、下さるなら──改めてこれから、よろしくお願いします」

 

 

 また、何も言えなくなるところで。遠のきかけた視界が、彼女を淡く映していた。

 かよわい手首を抑えたその手は、緊張で強ばっていた。もしかしたら、声も少し震えてたかも。柔和な笑みだけは、途絶えなかった。

 

 全部、明かしてくれて。納得できてしまう理由だった。

 不躾に暴いたのは俺なのに、本当に愚直で誠実で。

 まだ、飲み込めないけど……そんな彼女だから。

 

 

「……ああ。今度こそよろしく、一叶」

「……!」

 

 手を差し出して、握手をしていた。

 住み込みの契約は……続行する。

 

 

「えっと、信じてるよ。でも、いきなり過ぎて飲み込めてる自信無いんだ。一叶の言う通り、まずはこれから信頼関係を築けていけたら、嬉しい」

「あ……本当、ですか?」

「あくまでキッカケ、なんだし……いやダメだ。今何言っても無神経になる気がする、ゴメン。この事は二人だけの秘密にしよう。

 いつか必ず、返事はするよ」

「──ゃ、はは…………嬉しい、です」

 

 張り詰めていた身体が、みるみるうちに脱力していく。安堵からか、初めて見る、ふにゃっと温かい笑みを浮かべていた。その光景が微笑ましくて、こっちまで温かさを覚えた。

 実感はまだ何も湧かない。意識もできてない。未来はまったく想像できなくなった。

 

 でも、まだ他人事みたいな考え方しかできないけど。

 彼女が望む未来が訪れるといいな、と。確かに俺は思ったんだ────

 

 

 

 

 


 

 

 

プロローグはこれにて完結。一輝兄はきっかけさえあればすぐに自分の心と真っ向から向き合って、答えまで出せるお方。

 

次章のキーパーソンは大二とさくら。オリ主が振り回したり振り回されたりする予定です。

あと、そこでずっと監視してる人達も出てきます。

一輝同様、オリ主のせいで本編から乖離して……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「うーん、上手くいかないな……」

 

 後日、コーチ経由で今のジーコの連絡先を聞いた俺は早速電話をかけ、自分が夢を背負えなかった事、一度全部忘れようとしてしまった事、みんなが尊重してくれた俺を大事にできなかった事を懺悔した。

 

 まあ、途中で切られちゃったんだけど……。

 突然裏切り者が擦り寄ってきたら誰だって不快になるよな。いきなり過ぎて困惑もしてたし、今度は直接会って話そう。

 

 でも俺の意志を聞いたコーチ曰く、ジーコもずっと俺に対して謝りたいことがあったという。

 いつか二人が話せる場を作りたいと思ってたから今回の件は渡りに船で、全面的に協力すると言ってくれた。

 

 あの確執は簡単に解けるものじゃないのはわかってる。でも、少しずつ前に出て、いつか終わらせるって決めたんだ。

 根気よくやっていこうと思う。

 

「諦めの悪さがプラスに働いてる。……俺は、ちゃんと俺なんだ」

 

 ちょっとだけど、自分に自信が持ててる気がする。その自覚がある俺は、自分に関心を持ててるってことになる。

 ……知らなかった。そう思える自分に変わりつつあるのは、こんなに嬉しいことなんだ。

 

 いつか、自分を誇れるようになったら。もっと自分に愚直になって、家族にお節介できるようになりたい。やっぱり家族が大事なのは本当だから。

 ──そんな決意を胸に抱いた時だった。

 

 

『あの女やるじゃんか! こんなに早く俺っちが話せるようになるなんてな!』

 

 

 

 胸の内から幻聴が聴こえたのは。

 

 

 

 

『結果的に一輝の過去は清算され~……美味しく食べたい家族のことだけ、考えられるんだからよぉ!』

 

「…………え?」

 

 

 

 


 

 

一輝、オリ主のせいで自分の心と向き合った結果、内なる悪魔と早くも目が合ってしまう。

 

*1
極度の緊張、無意識な筋肉硬化などにより、スポーツの動作や意識に制限がかかる症状。

現在、医学的根拠をもった治療法は確立されていない。重なった精神的、心理的なショックが原因であることが多い。

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