アストロナウト   作:戸口

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プロローグ
Fall into the blue hole


種子島の北東にある小さな海岸、その丘の上から、遠野貴樹は更にその先の北東の景色を眺めていた。

 

空は青く晴れ渡り、空気も澄んで、遠くを見通すにはこれ以上ないほど良い天気だが。

青い空と、海と、水平線しか、目には映らない。

 

この海の、遠い向こうに。

本当に、東京や、栃木や、あの桜の木や。

あの子も、本当にいるのだろうか。

方角は、合っているはずだ。

この先に…確かに、あるはずだ。

 

どれだけ目を凝らし、見据えても。

上下に2つの綺麗な青と、その境界と。

せいぜい、小さな船が時折見えるだけだ。

 

頭では理解できていても、その事実を信じることが、できない。

 

僕の書いた手紙は、どう思われているのだろうか。

手元に届いたこの手紙を、彼女は何を考えながら、書いたのだろうか。

何が届き、届けられているのか。

僕らはまだ、続けていけるのだろうか。

手元にある手紙から次々と沸いてくる疑念、不安、疲れ。

 

それを無視してただ存在する、目の前の広大な青い景色は。

世界の懐の広さというよりは、僕らへの無関心さを表しているように見えた。

 

『同じ空の下にいれば 僕らは繋がっている』

 

コンビニのラジオで流れていた曲のワンフレーズを、ふと思い出す。

 

この空も、海も、空間も。

あの場所まで、あの子にまで繋がっているのだろう。

でもそれを言ったら、月にだって、太陽にだって、

海王星にも、未だ広がり続けている宇宙の果てにだって、僕は繋がっているだろう。

 

そんな無理やりな繋がりで、何が引き止められると言うんだ。

何か繋ぎとめられるとしたら、何故その方法を教えてくれないのだろう。

そんな些細なつまらない事柄に苛立ち、当たり散らしている自分が恥ずかしく、とても矮小な人間に思えたが、

空は、海は、ただ静かに、波の音だけを鳴らし、その醜態も無力感も、何もかもかき消していく。

 

目の前の青い果てしなさは、深く暗い、底の見えない穴の奥行きに似ているように思えた。

その穴に物を投げ入れてしまえば、見えなくなり、その物は無いのと同じになる。

ここにいると、重苦しい物の全てが、その中に落ちていっているように感じる。

落としている、ではなく、僕の意志とは関係なく、勝手に落ちていくのだ。

 

その小さな八つ当たりが、多分最初に落ちていったものだった。

この距離に対する苛立ち、こうなってしまった経緯、不条理さ、無力さ、湧き上がる疑問たち。

僕はそれから、この島の生活の中で、そういったものが体内に蓄積され、大きな塊に成長すると、

その度に丘に足を運び、空と海、その青の中に落としに行った。

 

落ちていくものが何なのか、大事な意味を持つ物なのか、見定める間もなく。

自然の摂理であるかのように、重いものは意志に関係なく、勝手にその中に落ちていき、見えなくなった。

 

僕の心はいつしか、少し不自然さを感じるほど軽くなって。

やがて、手紙を出すことを止め、その海岸にも行かなくなった。

 

時は流れ、中学を卒業し。

高校生活を一年過ごし、澄田と言う女の子と、帰り道を共にするようになった。

手紙の代わりに習慣となっていた、出す宛の無い携帯のメールの内容も、独り言のようになり始めた頃。

 

高校二年、一学期の終業式を終えた、その日の夜。

不思議な、春の夢を見た。

 

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