From dream to dream
桜に彩られた、静かな住宅街。
遠くに並ぶ高層ビル群は春の陽射しを反射して、その無機質さの中にも歓喜のような表情を見せる。
…ここは、東京だろうか。
僕はその春の空気に見合う清涼で温かな心で、その気持ちが赴くままに、街の中を歩き続けた。
こんなに爽やかな気持ちになるのは、随分と久しぶりだな、と思う。
とある踏切に差し掛かった。
向こうから、春色のカーディガンを羽織った女性が歩いてくる。
渡っている最中、踏切の警報音が鳴り始める。
線路の真ん中、すれ違った瞬間。
その女性は、彼女だと、確信した。
踏切を渡り終え、立ち止まり。
僕は心を落ち着かせながら、ゆっくりと振り向いた。
彼女が振り返る、確かな予感。
振り向き、向こう側の彼女の横顔を視界の端で捉えた矢先。
その姿は、長い長い電車に阻まれ。
電車が通り過ぎた後、彼女はそこにいなかった。
目が覚める。
青白い月の光に薄く照らされた天井が目に映り。
少し蒸し暑い部屋の中を、扇風機の弱々しい風がそよいでいる。
枕元の時計を見る、まだ二時過ぎだ。
布団を剥がし、上半身だけ起こした。
Tシャツの背中は汗でぐっしょりと濡れて、
先ほど見た夢の寂しさを連れて来たかのような冷たさも、その背にこびりついている。
夢の大半はもう霧散していたが、
喪失の感触だけはしっかりと残り、心に影を落とした。
篠原明里のことを、思い返す。
小学校、共に過ごした生活の記憶、小さな約束。
栃木から来た手紙を、初めて手にした感触。
雪の夜、初めてのキス、『大丈夫』という言葉。
映画を見てる時のような、他人の思い出を覗くかのような感覚。
それが本当に、かつて自分の身に起こった過去の出来事であるのかすら、最早曖昧に思える。
その思い出の中から見据えていた未来は、今、ここにいる自分とは無縁のように感じた。
…じゃあ今、ここにいる僕は。
今自分が見据えている未来とは、なんなのだろう。
…少なくとも、こんなはずではなかった。
高校を卒業したら、僕は東京に行こうと思う。
なぜ、東京に行くのか。
その先に、何を目指すのか?
…なぜ、そうしたいのだったか。
ただ明らかだったのは、踏切の先、彼女を失くしたという、ありありとした喪失感と。
もし、踏切の向こうに、あの女性が待っていてくれたなら。
僕は迷わず彼女に駆け寄り、声をかけただろう、ということだった。
もし、彼女がすぐそこにいたなら。
もし、僕がまだ東京にいたなら。
もし、彼女がこの島ににいてくれたなら。
もし、また彼女に、会えたなら。
手紙が途絶えて、もう二年近く経つ。
今さら何を、どうすればいいのだろう。
たかが夢のことだと、また眠りにつこうと布団に潜ったが、
夢のような切なさは消える気配なく、汗と共に背中に纏わりついて。
布団を被り、湧き上がる想いを落ち着かせることに必死になっていると。
そんな中、ふとどこかから、床の軋む音が聞こえた。