あ、飛行機だ。
澄田花苗は、高校の帰りによく通ったコンビニの横で。
昔から何一つ変わらないベンチに座り、ヨーグルッペをのんびりと味わいながら。
その行く末と後ろに伸びる飛行機雲を、ぼんやりと眺めていた。
…そういえばあの日も、こんな春の、よく晴れた日だった。
あれからもう随分と経ったんだなぁ…と。
高校の卒業と共に島を離れた男の子のことを思い出す。
かつてその男の子に抱いていた想い、失恋。
このベンチで隣にいた時の、苦しみの混ざった幸せ。
夕日に照らされた彼の顔も、優しく静かに語りかける声も。
最後に彼から贈られた言葉、自分の涙を受け止めてくれた、彼の胸の温かさも。
数年前のこととは思えないほど、鮮やかに思い出せた。
…遠野くん、元気にしてるかな。
一瞬、彼の行く末を案じたけれど。
まぁでも遠野くんのことだし、私ですら元気なんだから、きっと大丈夫だよね!
ものの数秒で、そんな暗さは春の陽射しに消えていった。
遠野くんもきっと、私を忘れていない。
たまには私を、思い出してくれているだろう。
明確な根拠も無いその自信が、彼女の不安の全てを振り払っていた。
…でも、今さらだけど。
ちゃんと好きだって、言っておけばよかったなぁ…
それだけは少し、後悔している。
「花苗ちゃん、おまたせ!」
コンビニから出てきた彼が、ヨーグルッペを片手に勢いよくベンチに座り込んだ。
彼は二年前、サーフィンのためにこの島に移住してきたプロのサーファーで。
よく同じ場所で波に乗って、知り合って。
挨拶みたいに何度も告白してくる彼と、先週の告白を機に付き合い始めた。
彼は老若男女隔てなく、誰とでも仲良くするけれど。
付き合いが長くなるにつれ、私にだけにしてくれている気配りや言葉や、些細な仕草。
軽そうな態度の中にある、彼なりの誠実さや信念にも、段々と気付いて。
少しずつ彼の存在は、私の中で大きくなっていった。
「珍しく、選ぶのに時間かかったね。」
「波に乗って疲れた身体に、一体何が最適なのか。
真剣に審査してみたんだけど、やっぱりヨーグルッペなんだよねぇ…
俺の体が欲してたから。」
「なにそれ。」
意味が分からなくて、つい笑っちゃった。
いつも結局、ヨーグルッペにしてるくせに。
彼には一度、遠野くんの話をしたことがあった。
ある日の、夕暮れの終わりかけ。
オレンジと紺色の空に、星が輝き始めて。
昔、遠野くんとロケットを、並んで見た時と似たような光の中。
懐かしさに胸が溢れてしまい、遠野くんとの思い出を彼に話してしまっていた。
遠野くんのことを、今更どうしようとは思っていなかった。
ただ、何度も私に向かってきてくれる彼に、正直で在りたかったんだと思う。
私はきっと、ずっと、遠野くんのことは忘れられないから。
彼には伝えておかないといけない…そう感じたんだと、思う。
こんな話をする私から、彼は離れていってしまうかもしれない。
そんな予感は、彼には関係なくて。
その男のこと、ムリに忘れなくてもいいよ。
そういう真面目で不器用で、誠実なところも可愛いと思うから。
…それでさぁ、あれこれ考えるの置いといて、とりあえずつきあってみようよ~。
続いた言葉のせいで、その時の彼の告白は台無しになったけれど。
あの時からようやく、私の気持ちも彼に向かい始めた。
「なに、考えてんの?」
彼の言葉で、思い出の中から帰ってくる。
「ちょっと、昔のこと。」
「そっか。
思い出に浸るのもいいけど、ちゃんと隣にいる彼氏を構って欲しいねぇ…」
ふてくされた顔で、彼は空を見上げた。
あなたのことも、ちゃんと見てるんだけどね。
…そういえば、このベンチに誰かと座るなんて、随分と久しぶりだ。
「ねぇ、この後まだ時間ある?
少しこのまま、喋っていかない?」
彼は腕時計を確認し、
「ちょっとだけなら。夕方までなら、大丈夫だよ。」
真上から降り注ぐ眩い陽射しの中、白い歯を見せ、爽やかに微笑んで言った。
他愛の無い話ばかり、飽きるまで話し続けた。
…少しだけ、懐かしい。
でも、あの頃と違って。
こんな薄っぺらで、冗談ばかりの話なのに。
どこか明るい方向に、進んでいるような気がした。
名前を明確に書いてませんが、
登場する「彼」は、漫画版の終盤に出る亮くんをモデルにしていて、セリフも一部拝借しています。
名前を書いていない理由とかは、全部終わった後のあとがきに書こうと思います。