アストロナウト   作:戸口

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スターゲイザー - 冬

十二月ももう半ば。

来週には、クリスマスで。

更にもう一週間もしたら、今年ももう終わりかぁ…

 

毎年この時期になると、やり残したことばかり頭に浮かんで。

来年こそはあれをやろう、これをやろうって考えるけど、年が明けたら忘れるし、結局やらないのよねぇ…

 

数センチ積もった雪をサクサクと踏み、かじかんだ両手にスーパーの袋を持ち。

雲の隙間に小さく見える夕焼けを眺めながら、黙々と歩き続ける。

 

昨夜雪なんて降らなければ、自転車で買い物行けたのに。

…雪の上でも難なく走れる自転車とか無いのかな、なんてことを考えてしまう。

 

「お姉ちゃん、ちゃんと撮れた!?」

 

「うん、ばっちり。

 撮らせてくれて、ありがとね。」

 

曲がり角の奥から、声が聞こえた。

 

足を進めてその角を曲がると、とある家の門前に立つ二人の男の子(兄弟?)と、立派な青いバケツを被った雪だるま。

そして、その前に立つ明里。

 

「そっか!よかったな!じゃあな~!」

 

そう言って元気に手を振る男の子たちに、明里は手を振りながら遠ざかっていく。

私は転ばないように気を付けながら、小走りでその後ろ姿を追いかけた。

 

「やっほ!」

 

掛け声と共に、軽く肩をぶつけてみる。

 

「お母さん!?びっくりした!」

 

目を丸くして、驚く娘。

 

「また写真、撮ったんだ。

 ていうかあなた、学校までカメラ持って行ってるの?

 先生に見つからないようにしなさいよ。

 そのカメラ安くないんだから、没収されたらどうするの。」

 

「大丈夫だよ。

 学校にいる間は、カバンから出したりしないから。」

 

そう言いながら、カメラを学校鞄にしまった。

 

「袋、片方持つよ。」

と、大きい方を持ってくれた。

 

「ありがと。

 それにしても、最近一段と冷えてきたわねぇ。

 雪も良く降るし。

 外出る時はホッカイロが手放せないわぁ。」

 

「お母さん、冷え性だしねぇ。

 寒いけど雪が好きだから、冬は私、テンション上がっちゃうかな。」

 

そう言いながら、手のひらを吐息で温める娘。

 

「あんたは吞気ねぇ。

 雪なんて電車は止まるし、歩きにくいし、冷たいし…

 暑いのも寒いのも苦手だから、今は春が待ち遠しいわ。

 四季なんていらないから、春と秋だけで一年過ごせればいいのに。」

 

つい愚痴めいた口調で、そう言ってしまう。

 

「そっかぁ。

 私は、雪を眺めるのも、踏みしめるのも。

 吐息が白く見えちゃったり、朝霜を踏んでパリパリしちゃうのも好きだし。

 冬も、やっぱり好きだなぁ…」

 

寒さに震えながらも、うっとりした声色でそう言った。

 

「それはよかったわねぇ…」

 

そう思えるのが羨ましい、という尊敬と、

私はそうはなれないな…という残念な気持ちを込めて、ため息をつく。

 

…よく考えたらこの子って、嫌いな季節無いのしら。

 

===========================

『クリスマスまであと三日!

 関東の一部では今日も雪がちらついていますが、

 予報ではクリスマスにも雪が~~』

 

テレビで天気のお姉さんが、雪のちらつく夜の浦和を背景に、

クリスマスっぽい音楽と共に天気の解説をしている。

私はそれを流し見しながら、豚肉にパン粉を纏わせていた。

今日は夫の大好物の、トンカツだ。

 

「ご飯の準備、手伝うよ。」

 

リビングのドアを開け、部屋着姿の娘が言う。

 

「あら、ありがとう。

 じゃあ大根をおろしてくれる?」

 

「うん、わかった。」

 

そう言っておろし器や小鉢を取り出し始める。

けれど何だか、動きに冴えが無く、顔も声色も、仕草も見るからに暗くて。

 

「何かあった?」

 

あまりにも分かりやすいものだから、つい口に出してしまう。

 

「え… うん、ちょっと。」

 

「何だか、元気が無いじゃない。

 無理に手伝わなくてもいいわよ。

 部活だって、疲れたでしょうに。」

 

「いいの。

 何かして、気を紛らわしたいの。

 何もしないと、色々考えちゃうから。」

 

「そう。」

 

とりあえずそのまま、手伝ってもらうことにした。

ただ、いつもは雑談しながら料理を手伝ってくれるのが、

今日は本当に静かで、一言も喋らないものだから、ちょっとだけ気まずいし、寂しい。

 

そのまま静かに、目も合わせないまま、それぞれ夕食の準備を進め。

明里が三人分の大根をおろし終え、キャベツの千切りを始めた時。

 

「実は今日… 帰りに、男の子に告白されちゃったんだ。」

 

「あら!」

 

そういうこと、だったか。

 

「あらあら、青春じゃない。

 で、返事はどうしたの?」

 

「断った。」

 

「ふ~ん、まぁ、そうよねぇ。」

 

暗さの理由に、察しが付きはじめる。

 

「あの人きっと、今日告白するつもりなんて、無かったと思う。

 クリスマスに、お互いの友達を呼んで遊ばないかって、誘われたんだけれど。

 …私はクリスマス、家で過ごすって決めてたから、断ったの。」

 

[手紙の彼がいるからねぇ]という、口から出かかったその言葉を飲み込み、

 

「そっか。」

 

とだけ、応えた。

互いの作業をしながら、目を合わせずに会話を続ける。

 

「私は『予定があるから』って、断ったんだけど。

 誰と?とか、何するの?とか。

 色々と訊かれて、その会話の流れで…

 あっちが勢いあまって、弾みで出た言葉が、告白になっちゃった…っていう感じで。」

 

油の中から、浮き上がってきたトンカツ。

裏返して、一息つく。

 

「でも、ちゃんと断ったんでしょう?

 告白された側にも選ぶ権利はあるんだから、そう気にしなくてもいいじゃない。」

 

言葉を作る余裕ができたので、少しだけつついてみる。

 

「そうだけど…」

 

続く言葉が、なかなか出てこない。

そのまま、トンカツがカラカラと揚がる音、キャベツの千切りの音、リビングから聞こえるニュースの音だけが、しばらく台所に響き渡った。

 

「…その人、私と帰る時間帯がよく被る人で。

 一年生の時から、タイミングが合った時は一緒に帰ってたの。」

 

「へぇ~…」

 

私は内心かなり驚いてたのに、調理しながらなせいか、間の抜けた相槌が出てしまう。

トンカツの揚がり具合から、もう目が離せなくなってきた。

 

「何となく、私のことが好きなのかもっていうことには、本当は前から、薄々とは気づいてて…

 気づいてたのに、私はその人と、何度も一緒に帰って。

 でも帰り道で私は、いつも別の… 他のことを考えてた。

 男の子と二人で学校から帰るのって、こういう感じなんだ~、なんて。

 その人のこと、ちゃんと見てあげてもいなかった。」

 

トントントン、と、包丁がまな板を打つ音は止まらない。

冬の風が窓を揺らし、カタカタ鳴った。

 

「悪いことしちゃったな、って。

 もっと早く、私から言ってあげればよかったって。

 私は訊かれなくても、もう答えは決まっていたのに。

 その人のこと、傷つけちゃったかなって。」

 

「それはまぁ、傷ついたでしょうね。

 告白を断る時なんて、どうしたってみんな傷つくわよ。」

 

綺麗なきつね色。

頃合いだ。

トンカツをサッと油の中から引き揚げた。

 

包丁でザックリと切りわけ、一息ついて娘の方を見る。

 

「さっきも訊いたけれど、しっかりと、ちゃ~んと断ったのよね?」

 

娘と目を合わせる。

 

「…うん。

 ちゃんと、正直に。

 理由も話して、断った。」

 

真っ直ぐこちらを見ながら、そう言った。

 

「ならいいじゃない。

 そんな時にそれ以上できることなんて、きっと無いわ。

 下手な気遣いで、期待を残すような断り方をしちゃう方が、残酷だと思うけど。」

 

諭すようにそう言った。

私から言えることなんてもう無い気もするけれど…

娘はまだ、心細そうな面持ち。

 

「…心に決めてる人がいるなら、他の人に言い寄られたって、きっぱりと振って、振り向いちゃダメよ。

 少なくとも、そう決めている内は。

 それが何よりあなたの為にも、相手の為にもなるんだから。」

 

もう少しだけ背中を押す。

 

「…きっとそう、そうなんだよね。

 そう、なんだろうけど…。」

 

目を逸らす。

苦しそうな、悲しそうな、瞳。

 

「それでも、その人、泣きながら…

 別れ際に、『応援してる』って、言ってくれたんだ…」

 

…あぁ、だから。

 

「そっか。」

 

だから余計に、辛いのね。

 

「…そんなに強くて優しい男の子なら、なおさら大丈夫。

 誰かと真剣に向き合ったら、どう足搔いたって互いにどこか傷つくし、真剣な分だけ痛むものよ。

 いつか、ちゃんと向き合って断れたことを、良かったって思える日が来るわ。」

 

きっと、そうに決まってる。

 

「ただいま~。」

玄関の戸を開ける音と共に、夫の声。

…なんて間の悪い。

 

「おかえりなさ~い!」

玄関の夫を、声だけで出迎えた。

 

「さ、早くご飯にしましょ。

 病める時も、健やかなる時も、悩める時も。

 ご飯を食べなきゃ何も始まらないんだから。

 食べた後に、ゆっくりと悩みなさい。」

 

「…うん。」

 

明里が小さく、微笑んだ。

 

明里も、その男の子も。

頑張って、いっぱい悩んで、自分なりの答えを出して欲しいと願う。

 

「いや~ほんとに寒いなぁ。

 またさっき雪がちらついてやがって、少しは加減しろっつーんだよなぁ…」

リビングのドアを開き、冬の愚痴を言いながら入ってくる夫。

 

「お、とてつもない量のキャベツだな。何作ってんだ?」

 

夫に言われて気付いたけれど。

この子、キャベツどれだけ切ったのよ…

 

===========================

 

「お母さん、台所借りるね!」

 

中学校の冬服に身を包み、スーパーの袋を持った明里が私に声をかける。

 

…あぁ、夢だ、これは。

あの子がまだ、中学生の頃の。

いつの日の、ことだったか。

確かあの日、外には雪が降っていた、と思う。

 

娘は制服の上からエプロンを羽織り、袋から材料を出して。

お米を研いで、ご飯を炊いて。

ボールに卵を二つ入れてかき混ぜ始めた。

卵焼きに挑戦するようだ。

 

何の為、誰の為かはわからないけれど…

一生懸命に、でも、嬉しそうに作る娘の姿に心が温まる。

 

できあがった卵焼きを味見しているが、しっくり来ていないようだ。

私も横から、ひとつつまむ。

 

あぁ、やっぱり。

 

「卵焼きはね、混ぜる時に泡立て器を使わない方がいいわ。

 菜箸を使って、少し荒いかな~っていうくらいまで混ぜれば、十分なのよ。

 混ぜ過ぎるとこんな風に、出来上がりが固くなっちゃうから。」

 

私は得意げに指摘した。

 

「そうなんだ!」

 

そう言うと、明里は時計をちらりと気にした後、再度ボールを出し、新しい卵を用意し始めた。

 

菜箸でボールの中をかき混ぜる娘。

横で口を出しながら、固い卵焼きをつまみ続ける私。

 

「誰にあげるの?」

 

そう訊いて、目が合ったけれど。

 

「ふふっ」

 

そう微笑んだだけで、答えてはくれず。

そのまま明里は卵焼きの後、ウィンナーを炒めたり、小さなハンバーグを作ったりして。

その嬉しさで満たすように、弁当箱を詰めていった。

 

きっとこの子にとって、とても大切な人に贈るのだろう。

 

 

気が付くと娘は、弁当箱と共に姿を消し。

テーブルの上には代わりに、置手紙。

 

何時になっても絶対に帰るから、心配しないで、と。

その手紙には書いてあった。

 

 

…そう、それで、いいんだわ。

 

心に決めて、いるのなら。

その気持ちのままに、行けばいいの。

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