二月二日。
ポストに彼からの封筒を見つけ、いつものように期待に弾む鼓動。
はやる気持ちを抑えながら、封筒を抱え、急いで自分の部屋へとかけこんだ。
机に座り、ひと呼吸おいて。
封筒を開くと、写真が二枚と、便箋が三枚。
まずはいつものように、写真を机に並べる。
『アイショップ』というこの辺りでは見かけないコンビニと、山の上からか、風力発電所の敷地を見下ろした広大な風景。
…しばらく写真を眺めた後、続いて、折り畳まれた便箋を開いて読み始める。
礼儀正しい挨拶が、2行ほど。
その後すぐ、送った写真についての説明。
今回は二枚とも、彼が学校の帰りによく立ち寄るお気に入りの場所なんだそうだ。
写真を胸に、目を閉じる。
コンビニの横にあるベンチに座って、のんびりと缶ジュースを飲む彼。
風車の穏やかな回転を静かに見つめながら、風に髪を揺らす、制服の。
丘の上で座りこんで、そこで本を読んだりは…流石にしないだろうか。
彼の手紙も、私のも、序盤には同封した写真の解説を書いている。
私はいつもその解説が終わったところで一度読むのを止め、
写真を眺め、その景色の中で生活をする彼や、その写真を撮る彼に想いを馳せて楽しんでいる。
遠い遠い、小さな島で。
彼は今、どんな風に過ごしているのか。
例えるなら、小説や絵本の中のキャラクターが何を考え、どう動いて、どんな心情で言葉を発しているのか。
想像や妄想を膨らませ、自分の中に世界を構築している時の楽しさに、似ていると思う。
写真からひとしきり想像した後、手紙の続き、前に私が送った写真への感想や近況、お勧めの本や音楽等々…の文章を読む。
頭の中で描いた「彼」から、私に宛てられた、言葉たち。
大したことが書いてあるわけではないし、独り言めいていることも多いけれど。
その[大したことの無さ]や、[私宛過ぎない]という加減が、私には丁度良かった。
…前の文通は、私も、彼も、少し真剣すぎたのかな。
そんなことを、ぽつりと思う。
気を取り直して、手紙を読み進めた。
手紙の終盤、三枚目の便箋に入ったところで。
「実は春休み、志望校のオープンキャンパスを見に、東京へ行くことにしました。」
その一文に、胸が高鳴る。
無意識に胸に押し付けてしまった手紙を、ゆっくりとまた机の上に開いて、心を落ち着かせながら再び読み進めた。
その続きには、彼が東京に滞在する日程や、いつ頃東京に着き、いつ離れるのか。
そして、オープンキャンパスの場所と大体の日時が記載され。
「正直に言えば大学のオープンキャンパスはただの口実で、
今一度、東京の街を訪れてみたいだけです。
なので、気分次第でいくつかはサボってしまおうかと思います。
もし、明里の都合が合えば、東京で会いませんか。」
最後に、彼の携帯と、メールアドレス。
…貴樹くんが、東京まで、来る。
胸の鼓動が、高鳴って。
血液の巡りが、速くなって。
体が、熱くなっていくのを、感じる。
あと一年、卒業までこの文通を続けてゆっくりと待つだけだと思っていたから、突然過ぎた[大したことのある]提案に、つい気が動転してしまう。
落ち着かない手つきのまま卓上カレンダーを捲り、予定を確認した。
大丈夫、まだ一か月半くらい時間もある。
三月の予定も今のところ、三年生の卒業式と、その後に部活で引退試合があるくらい。
その日付も彼が来る前の週だから、大丈夫。
…うん、大丈夫。
ゆっくりと大きめの深呼吸して、心を整える。
あぁ、でも。
彼にも早く、返事を伝えてあげなくちゃ。
…彼の携帯に、電話をかけてしまおうか。
一瞬そんな考えが頭をよぎったものの、すぐに思い直す。
電話をかけてしまうことで、自分が何かに焦ってしまいそうで。
再開した文通でようやく作り上げられた何かが…壊れてしまいそうで、怖い。
やっぱりこれまで通り、手紙で返すことに決めた。
そうして私は、返事の手紙を訳もなく焦って書き始め。
写真は、一度没にした正月の鏡餅のをとりあえず入れた。
(振り返ると、そう焦る必要も無かったのだけれど。)
翌日の夕方にはポストに投函し。
そのまた数日後に彼から、また私から…と、早足な文通を三往復ほどして。
彼が東京に滞在する二日目。
新宿駅、東口の交番前に13時に集合。
そう決まり、卓上カレンダーに印をつけた。
…そういえば、私は。
二月の手紙には、チョコレートも一緒に送ってしまおうかなんて、最初は考えてたっけ。
でも、会えるのなら。
それまで、その時まで、そういうものは伝えない方がいいように思えて、やめたんだ。
それからの日々は、私はひたすら彼が来る日のことばかりを考え続けた。
日が近づいていくにつれて。
期待と共に、何か…心寒さか虚しさのようなものも、段々と大きくなっていった。
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ガラガラに空いた車両の中、目についた適当な席、とりあえず窓際に座る。
聞き慣れた駅員さんの案内の後、電車の扉が閉まり、車両はゆっくりと動き始めた。
通学で毎日のように乗っている電車なのに、
今日は行き先が違う、というだけで、別の乗り物に乗ったように感じてしまう。
東京に行くのは、中三の夏休み、部活の引退記念に同学年のメンバーで遊びに行った時以来だ。
朝早くから出発して、渋谷周辺を適当に、人混みをかき分けて、一緒に何件もお店を覗いて。
頑張って長い行列にも並んで、美味しいアイスや、でっかいパフェをみんなで分けて食べたりして、夕方まで過ごした。
…物凄く疲れたけれど、楽しかったなぁ。
あの時が、岩舟に引っ越してからの、小学校の卒業式以来の東京だった。
目が回るほどの人の数、半端な位置で立ち止まることの許されない密度と流れにとても驚いた記憶がある。
一時間ほどあった自由行動の時間中、私は一人、当ても無くふらついて、人の流れを眺めながら。
こんなにも、人がいるのに。
この中に、貴樹くんはいないんだな。
なんて、考えてた。
彼は、遠い遠い、種子島にいて。
東京に、渋谷になんて来るはずも無いと、分かっていても。
でも何か、本当にたまたま、彼が今日この街に来る用事があるんじゃないか。
そういう奇跡があるんじゃないかと思ってしまうくらい、どこもかしこも見渡す限り、不自然なくらい人に溢れていた。
[これだけの数の中に、彼がいたっておかしくない]なんて、無意識に考えてしまっていたと思う。
たまに背格好の似た人を見ると、胸が痛んで。
一人、本当に良く似た後ろ姿の男の子がいたから、私はつい走って前に回り込んで、顔まで確認して…勝手に失望した。
いたずらに可能性ばかりが通り過ぎて、交差して、無作為に散らばって。
そんな期待をしている自分が、とても虚しくて、馬鹿みたいに思えた。
…あぁ、今の私は。
あの時と、同じ気分なんだ。
私は今日、彼に会うんだ。
会いたい、会えたら嬉しいに決まっている。
これから会うんだ、っていうのに。
私は今、会える「かもしれない」という可能性を目の前にぶら下げられていて。
いざ手を伸ばしたら、悪戯な何かがそれを引っ込めてしまうような…そんな気がして、ならないんだ。
手紙も写真も、今日の約束のことだって、何度もやり取りして、互いに確認した、っていうのに。
本当は、彼とは会えないんじゃないか。
彼はあの街に来てすらいないような、気がしてしまって。
そういう自分に気づいた途端、朧気だった寒さが確かなものになり、胸中を凍えさせ始める。
…何かに、縋りたくなってしまって。
鞄の中からあの写真を取り出し、眺めた。
彼がポストの横で、ピースをしている写真。
仄かに、不安が和らぐ。
…この写真、本当に好きだなぁ。
昔、一緒にいた頃にも見たことが無い。
夢に思い描いたことも、想像もしていなかった、彼の姿。
私の想像じゃない、ちゃんと種子島で、[彼なりに過ごす彼]が、存在している。
私の知らない彼が、見えなくても遠くにはいる。
そんな風に、考えられるから。
写真をお守りのように、手に持ち続けたまま。
電車に揺られ、東京へ…新宿へと向かった。
明里視点の話です。
投稿するか迷いましたが、書くことにしました。
当初の予定より話数が増えてしまいそうです。
あと三話『ぐらい』と後書きを書いて、完結予定です。
次の投稿は、早くても三が日以降になります。
よいお年を。