「安いので良ければ、カメラを買ってやろうか?
クリスマスもあったことだし。」
一月三日、家の大掃除を終えた後、父から不意にそう声をかけられた。
「…カメラはいらないから、その分現金が欲しい。」
そう言うと、
「可愛くないことを言うな」
と、笑いながら肩を小突かれた。
あの夏の夜中の会話をきっかけに、父とも少し距離が縮まり、ちょっとした友達のように話すことがしばしばあった。
その感覚で冗談のように受け取られてしまったようだったが、それは僕の真面目な、切実な言葉だった。
「春休みに、東京へ行きたいんだけど。」
その一言に父から笑顔が消え、いつもの顔になった。
「…どうしても、行ってみたい。」
そう、付け加える。
ちょうどその時、オープンキャンパスや大学の見学ツアーの冊子を手に持っていたから、その流れのまま、父に話を始めた。
一月の下旬、父の帰宅も早く、母と三人で食卓を囲んでいる時。
東京の志望校で開催される、オープンキャンパスのことを伝えた。
複数あるが、自分の行きたい大学の日付は三月の第三週目の二日間に集中していて、前泊を含めて二泊三日したい。
淡々と、そう伝えた。
勿論それは、表向きなことで。
本当はただ、今、この島から自分の力で、あの街に行ってみたくて。
そして叶うなら、明里に会う機会を作りたかった。
東京には大学に合格さえすれば、進学と共に行ける。
明里にも九月の手紙で、大学からは東京に行くと伝えてあるし、
文通の方も今の様子なら、あと一年程度ならば問題なく持つだろう、とも思う。
待てばその内、その春はやってくる。
ただ、今、この島にいる自分として、海を越え、あの街に行くことが。
この距離に抗うということが、どういうことなのか。
一度、確かめてみたかった。
大した事じゃないかのように、軽い口調でそれを口に出した。
そのまま母から、「へ~、いいじゃない。」と言われて済めば、御の字だ。
父は事前に話していたから問題ない。
父はわざとらしく考える素振りを少しした後、「…まぁいいだろう」と許可を出した。
だが予想通り、母は顔を曇らせる。
いきなり言われてもお金はどうするの、と最初の理由を口にしたが、
実際はその次の、「一人での外泊が心配だ」というのが、一番の理由だろう。
黙って栃木に行った前科があるせいで、母は僕が一人で遠出するとなると、少し神経質になる。
僕が何をしてきたのか、何も話さなかったのも悪かったのだが。
あの日から僕が一人、何も言わずに少し外に出ようとするだけで、「どこに行くの?」と。
鹿児島に出かける、というくらいのことでも、「一人で行くの?」と、必ず母から声をかけられるようになり。
そういう変化に気づいた時、母はちょっとしたトラウマを抱えてしまったかもしれないと、気づいた。
母が目を腫らし、大泣きしながら怒ったのは、後にも先にもあの日だけだった。
僕はそれまで、両親を困らせたことはほとんどなかったと思う。
それがある日突然家に置手紙をして無断で遠出、しかも帰ると書いてあった夜が明けても帰ってこないのだから、心配されるのは当たり前だった。
朝、僕が帰った時は、警察に捜索願を出す寸前だったらしい。
今思えばある程度は話しても良かったのかもしれないけれど、当時は全く話す気にはならなかった。
僕が東京を離れることになったのは、両親の都合で。
心の底では僕と明里の距離を生んだ最大の敵のように見えてしまっていたと思う。
僕は、謝りもしなかった。
やるべきことをしただけだと、信じてた。
それは、今でも。
「島に来てから鹿児島と福岡ぐらいにしか行かせてやれてないし、
受験勉強が本格的になる前に、羽を伸ばしがてらいいんじゃないか。
どうせ大学に入ったら一人暮らしするんだ、子供って歳でももう無いだろう。」
父から、フォローが入る。
「自分の貯金で行くんだし、日程も泊るところも、もう調べてある。
ただ、許可が欲しいだけなんだ。」
僕はそう言って学校鞄の中に用意していたオープンキャンパスの冊子を取り出し、自分の持っている金額やかかる交通費、日程も開示し、全て問題ないと。
『軽い一人旅の計画を立てて楽しみにしている』ように振舞い、説明した。
本当は自分の貯金だけでは心もとなかったのだが、
遅れてきたサンタクロースのプレゼントで少しは余裕のある金額になったから、不安なく話すことができた。
それでも…といくつか母は言葉を出したが。
僕はその回答も、全部用意してきた。
最後には観念し、毎晩家に電話をするという条件付きで、母からも許可が出た。
「同じクラスに、一人で東京に行った女の子だっているんだ。
そう心配しないでよ。」
軽く微笑みながら、母に言った。
「…本当に、大丈夫?」
母の心配に溢れた眼差しとその言葉に、僕は少し動揺して。
「…大丈夫だよ。」
一瞬の間を置いて、そう母に答えた。
その一言を最後に食卓は静かに、テレビのニュースの音だけが響き渡り。
テーブルに座りながら、僕は[大丈夫]なんだろうか…と。
箸を進めながら、頭の中で考えていた。
翌朝の十時過ぎ、目星をつけていたビジネスホテルへ電話し、予約を入れ。
続いて、明里宛の手紙を書き始め。
手紙に自分が東京に行くその予定のことと、自分のメールアドレス、携帯の番号を遂に書いた。
予定は一日目は移動日で、
二日目の午前と午後に見学会とオープンキャンパスを1つずつ、
三日目の午前にもう1つ巡り、午後には東京を離れる予定だ。
だが、明里がもし会ってくれるのなら、その時間は全て投げ出して、明里のために使おうと決めていた。
間違いが無いか、読み間違われることが無いか…何度も、何度も。
封に閉じる直前まで、記載した滞在の期間と、アドレスの文字列を確認した。
手紙にはその他にも様々なことを書いたが、最後書いた一文が一番重要だった。
「もし都合が合えば、東京で会いませんか。」
ほんの一週間後、彼女から返事は来て、OKだった。
返事を急いだのだろう、写真は鏡餅の一枚だけだった。
細かいところはメールで決めようと思っていたが、
明里は携帯を持っていなくて、メールもよくわからないから、当日何かあったら電話するね、と書いてあった。
それから二月の中旬から三月上旬まで、会う日の段取りを決めるための手紙を何度か書いた。
電話を使えばよかったのかもしれないけれど、会えるのなら、その声も、その姿も、何もかものことを、僕はその時まで取っておきたかった。
同じ理由かは分からないけれど、電話は控えているような雰囲気が、彼女の文章からも感じられた。
そうして、細切れなやり取りをいくつか重ね。
東京滞在の二日目の十三時、新宿駅で、明里と落ち合うことになった。