(1)
『検査の結果だけど・・・ミヨコ、問題なかったって。特に異常はないみたい。ナユタはどう?』
「うん、俺もちょうどさっき聞いたとこ。同じく、問題ないみたいだ」
『良かったぁ』
自宅にて、身支度をしながらナユタは電話をしていた。相手はミサキ。ーーーメガフラシが出現し、セイウンシティで暴れてから3日経った。ナユタとミヨコは、メガフラシの出した無重力光線の被害者だ。何か身体に異常はないか、自治体の要請によって病院での検査が行われたのだ。
『今日からまた仕事なの?』
「うん、とりあえず病院から許可はもらったからさ。これから出るよ。帰りにさ、今日も寄ってくから」
『忙しいのにごめんね。でも、みんな安心するよ。ありがとう。・・・とにかく、検査、何も見つからなくてよかったよ。何かおかしいことあったらすぐ言いなさいね』
「うん、わかった。じゃ、行ってくるよ」
ーーーそう、検査では何も見つからなかった。ナユタは、それが逆に不安だった。
(あの日、俺は巨人に変身した)
ナユタは、光の巨人"クライス"となって、怪獣と戦った。どう考えても異常事態が身体に起きている。しかし、検査では何も見つからず。ナユタは、テーブルの上に置いてある"それ"に目をやった。
「クライスター」
ナユタは、その道具の名前を"光の声"から聞いていた。俺に光の巨人の力を与える道具。装飾が施された十字架の周囲をリングが覆ったような形状をしている。このフリスビーのような謎アイテムを使うと、なぜか光の巨人に変身できてしまう。
『・・・日本政府は、セイウンシティに現れた巨人のことを"ウルトラマン"と呼称することを発表しました。SNS上での呼び名をそのまま採用し・・・』
ナユタはつけっぱなしにしていたテレビを見る。画面に映っているのは、クライスとメガフラシの戦闘の風景。3日前からというもの、テレビではこの映像ばかり流れている。
「・・・夢じゃ、なかったんだよな」
自分の記憶だけなら、あれは白昼夢だ、突然の災害でパニックになった自分が見た妄想だ、と思い込むこともできた。しかし、こうして映像に残っている以上、そうもいかない。これは、自分の身に起きている現実だ。
ナユタは、テレビに映るクライスの姿をまじまじと見た。黒と銀のボディ。胸部から肩にかけて覆う黄金のプロテクターのようなものと、その中心・・・胸の真ん中に光る、青い十字状の結晶体。テーブルの上のクライスターを見比べると、クライスのプロテクター部の形状と酷似していることがわかった。その相貌は、鉄仮面のような顔に光る、楕円形をした銀色の両目。俺は、こんな姿になっていたのか。
(いや、確かに俺のまま大きくなられても困るんだけどさ)
もしそんなことになっていたら、今頃ここでこうしてはいられないだろう。幸い、ナユタが変身した瞬間の映像は変身時の閃光により全てホワイトアウトしており、記録には残っていなかった。
『ウルトラマンとは一体何者なのでしょうか。街を襲った巨大生物との関係も含め、続報が待たれます』
ウルトラマンとは一体何者なのか。そんなこと、
「俺が聞きたいよ」
ナユタはため息をつくと、少し逡巡してからクライスターを鞄に入れ、仕事をするために家を後にした。
第2話「星の翼」
宇宙雷獣 パズズ登場
(2)
「柿澤さん、まーた変なサイト見たでしょ」
「そりゃ見るわいな、何のためにスマホ買ったと思ってんの」
「そのためではないでしょ」
ナユタは、高齢男性の柿澤マサオの家にいた。今日の仕事は、先月から週に一度の頻度で受けている依頼で、いわゆる「スマホ教室」だ。最近スマホデビューした柿澤だが、持病の腰痛のせいで携帯ショップに通うのも大変で、便利屋ホシジマに白羽の矢が立った。
「変なアプリがまたいっぱい入っちゃってるから。何でもかんでも同意しちゃだめですよ。ほら、消しときましたから」
「おう、ありがとうね。でさ、あの、ラインっていうのはどうやってやるの?お金かかるの?」
「お、LINEやりたいんですか?お金かからないですよ。登録しましょか」
「おう、してくれしてくれ。ラインがあれば若い姉ちゃんと友達になれるって見てな」
「柿澤さん、それまた変なサイトのやつなんじゃないの・・・ほんとに気をつけてくださいね」
あはは、と柿澤は笑う。柿澤は、数年前に妻を病気で亡くした。一時期はだいぶ意気消沈したようだが、今はこの調子だ。
「ん」
ナユタが柿澤のスマホを操作していると、一通のメールが入った。差出人の名前はカズヤ。見るつもりはなかったが、本文が目に入ってしまう。"親父、一昨日話した件、考えてくれた?"
「あ、すみません柿澤さん。メールです」
「おうおう、いいよ別に。せがれだ」
「息子さんですか。どちらにお住まいなんです?」
「そう遠くはねえよ。ほらさ、こないだ出ただろ?巨大生物。あれからな、ここ引き払って一緒に暮らそうって言われててな」
「あー・・・」
ナユタは、柿澤の息子の心情を慮った。確かに、不安にもなるだろう。謎の巨大生物が出た街で、腰の悪い父親が一人暮らし。巨大生物だけではない、地震などの災害や病気など、きっと離れて暮らしているだけで心配だ。3日前の事件は、そんな不安を強く呼び起こすトリガーになったのだろう。
「一緒に住まないんですか?」
「あー、あいつにもあいつの家庭があるしなぁ。邪魔はしたくねえしよ。それに、この家、離れたくねえんだ」
柿澤はそう言うと、少し寂しそうに笑った。ナユタは、目だけで家の中を見渡す。柿澤がひとりで住むには広すぎる一軒家。家の至るところに、ここで行われてきた生活の歴史を感じることができる。ーーーきっと、大切に思っているのだろう。妻と、息子と、この家で積み重ねた記憶を。
「何より、姉ちゃんと知り合えたらよ、自由に連れ込みたいじゃんかよ」
「まったくもう」
柿澤は、照れ隠しをするようにそう言うと、薄くなった頭をぽりぽりと掻いた。
(3)
メガフラシ襲撃の余波は、街の至るところに見られた。壊された建物、その瓦礫の撤去作業はまだ終わっておらず、街中に業者や彼らの使う車両の姿がある。テレビによると、巨大生物の攻撃による被害は、建物が50棟以上、人的被害は、負傷者が約800名、死者は・・・負傷者の数よりも多い、とのことだった。
午後5時頃。今日最後の客であった柿澤の家を後にしたナユタは、ほしぐも園に向けて自転車を走らせていたのだが・・・ふと思い立ち、街にある高台に来ていた。ベンチに座ったナユタは、街にできた"クレーター"を見つめる。それは、クライスに変身したナユタが、メガフラシを地面に叩き落とした際にできたものだった。クレーターの周囲は立ち入り禁止となっているようで、防護服を着た調査員らしき人々が忙しなく動いているのが見える。
「あれ、俺がやったんだよなぁ」
ナユタは、周囲に誰もいないことを確認すると、鞄からクライスターを取り出して見つめる。
「また、出たりするのかな。怪獣」
ナユタは呟いた。あの時は無我夢中だったけど、もしまた怪獣が出たら、俺はどうしたらいいんだろう。また、ああやって戦うんだろうか。・・・あの時は、たまたま勝つことができた。でも、今にして思えばあれは奇跡だ。わけもわからない力に身を任せてがむしゃらに戦ったが、あんな滅茶苦茶な生物を相手に、勝ち続けることができるのだろうか。
「もし、負けたら」
ナユタは想像する。もしも自分があの時、勝つことができなかったら。ーーー街に、そしてこの街に暮らす人たちに残る傷跡は、もっと大きなものになったに違いない。でも、もしも自分があの時戦わなかったら。自分が負けた時と同じ未来を呼ぶだけだろう。そしてそれは、これから先もきっとそうなのだ。何の因果かはわからないが、自分は力を得た。その力を"使わない"というだけでも、責任を背負うことになる。もしそれが、誰に知られずとも。ナユタだけには、それがわかってしまうのだ。
「・・・今考えても、仕方ねえか」
ナユタはため息をつくと、自身の頬を軽くピシャリと叩き、立ち上がった。近くに停めてあった自転車に乗ろうとした時、
「動くな」
背後から、男の声がした。そして、ナユタの身体はまるで金縛りにあったように動かなくなった。
「ッ・・・!?」
口も動かず、声が出せない。当然、声の主の方を振り返ることもできない。ナユタが混乱していると、声の主の方から、ナユタの前に姿を現した。
それは、青年だった。背丈はナユタと同じくらい、歳の頃も近いだろう。目を引くのは、その瞳の色だった。蒼い。蒼い目の青年は、ナユタを正面から見据えると、ナユタの顔に向けて手を伸ばす。
「少し眠ってろ」
青年がナユタの顔面を右手で覆うようにすると、ナユタの意識はそのまま暗転した。
(4)
「あーくそっ!くそが!クソニートがよぉっ!ふざけやがって」
ーーーセイウンシティから見ると、隣町。リンカイシティにあるアパート、その散らかった一室で、ぼさぼさ髪の中年男が、ディスプレイに向けて怒号を放っていた。ディスプレイに映るのは、オンライン対戦ゲームのリザルト画面。"YOU LOSE"の文字が大きく表示されている。
男の名は飯田。年齢は39歳で、現在は働いていない。両親からの仕送りで生活を送っている、いわゆる引きこもりだ。四六時中、ゲームをして過ごしている。
「あー腹立つわ・・・ニートの分際でよォ、時間だけはあるからなァお前たちみたいな奴らは、クソが、俺はお前たちと違ってなぁ、忙しいんだよ」
ゲームに負けたことがよほど悔しいらしく、飯田の怒号は止まらない。近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばし、咆哮する。飯田は、自称Webライターだ。実際のところはライティングの仕事など数回しかしたことがないのだが、家族や知人に対して"そういうこと"にしてやり過ごしているうちに、自分でもそう思い込むようになっていた。
「やめてやるよこんなクソゲー・・・あぁ、畜生」
飯田は、手に持っていたコントローラーを投げ出す。そして、散らかった部屋の天を仰いだ。そうだ、考えれば考えるほど腹が立つ。今俺がゲームに負けたのも、全部この社会のせいだ。どうして俺に気持ちよく生きさせないんだ?
「みんな死ねよ、全部壊れちまえよ」
飯田がそう言った瞬間、彼の座るゲーミングチェア、その背後にーーー彼は現れた。
「くく、良い情動だ。気持ちいいまでの他責思考。本能のままに暴れる幼児性。まさに・・・怪獣だ」
彼ーーーシュライグは、驚いた飯田が振り向いた瞬間、彼の額に向けてモンスライザーを突きつけた。
「説明は面倒だ。産めよ、怪獣」
そして、引き金は引かれる。
(5)
ナユタは、見知らぬ部屋の夢を見ていた。ここはどこだろう。わからないけれど、なんだか懐かしいような気がする。
その部屋は、とてもよく片付いていた。埃ひとつない床、綺麗に拭かれた窓。夢の中でも、どうしても便利屋目線で物事を見てしまう。きっと、とても良いハウスキーパーがいる家なんだろう。
だが、こんなに綺麗な部屋なのに。ナユタの心の中は、不思議と不安な気持ちでいっぱいだった。漠然とした、モヤのような不安が心を占める。ここから出たい。でも同時に、ここを出てはいけないような気もする。そんなことを考えていると、声がした。
「おい」
ナユタは、その声にハッと目を覚ます。薄暗い。・・・目を覚ましても、知らない部屋だ。夢の中とは違い、埃の溜まった四角く小さな部屋。そして、身体の自由がきかないことにも気がついた。どうやら自分は椅子に縛り付けられているらしい。室内、壁際に座らされている自分の対角線上で腕組みをして立つ青年・・・蒼い目をした青年が、犯人に違いない。
「起きたか」
「・・・あの、なんのご用で?誰ですか、あんた」
「手荒な真似をしたのは悪かった。軽い念力で眠らせただけだ。悪影響は出ない、安心しろ」
「いや冗談じゃなくて、ほんとに誰ですか?なんですか、この状況」
「質問は俺が先だ。・・・お前、何人だ?」
「え?いや、日本人だけど」
「そういうことじゃない。訊き方を変える。お前はどこの星から来た?」
「はっ?」
ナユタは面食らう。ただでさえ意味のわからない状況で、意味のわからない質問をされているのだ。少し考えてから、考えるまでもない回答をする。
「いや、来たっていうか、ずっと地球人だよ。みんなそうでしょ」
「・・・本当に地球人なんだな?だとしたら、お前、どうやってそれを手に入れた?」
青年は、ナユタと自身を挟んで立つテーブルの上に置いてあるクライスターを指差してそう言った。ナユタは慌てる。
「あ!いや、これは、俺にもよくわからなくて」
「質問に答えろ。どうやって手に入れたんだ?」
「手に入れたって・・・なんか、急に飛んできたんだよ。それ以外、なんもわからん」
「飛んできた・・・クライスターに、意思があるとでも言うのか?」
ナユタの回答を聞くと、青年はひとりでぶつぶつ言い始めた。その口からクライスターという名前が出たことに驚いたナユタは、青年に訊ねる。
「逆に、あんたはこれがなんなのか知ってるのか?」
「・・・これは、俺の故郷、"惑星クレスタ"に伝わる神器だ。使用者に、光の巨人の力を与える」
「俺の故郷って・・・え、あんた、宇宙人!?」
「お前たちからしたら、そうだ」
「ほんとにいるんだ・・・」
青年は、咳払いをひとつする。そのまま、言葉を続けた。
「これは、俺の父親が使っていたものだ」
「え?」
「クライス。それは、俺の父がクライスターを使って変身した、惑星クレスタの勇者の名前だ。かつて父は、クレスタを襲った厄災を祓うために戦った。星は護られたが・・・父は、その戦いで命を落とした」
ナユタは、青年の表情を見て、口を突っ込むのをやめた。悲しんでいるような、怒っているような複雑な表情だった。青年は、そのまま続ける。
「その後、クライスターは忽然と姿を消した。戦いで消滅したかとも考えたが・・・こいつが、クライスの力がこの宇宙のどこかにあることを教えてくれた」
青年は、右の人差し指につけた銀色の指輪をナユタに見せた。まるで翼のような装飾を施されたその指輪は、デザインこそ違えど、なにかクライスターに似た雰囲気を感じさせるものだった。
「俺は、この"スターリング"が示すクライスの力の反応を追って、この星まで来た。そして、お前にたどり着いた」
「・・・事情はなんとなくわかったけど、俺はどうしたらいい?」
「・・・俺は、お前が父の最期の戦いの現場にいた火事場泥棒で、どさくさに紛れてクライスターを盗み出したんだと思っていた。だが、そうではないんだな?」
「そんなわけないだろ」
「だったら、クライスターを返せ。これは、俺が父から受け継ぐべき力だ」
クライスターを返せ。そう言われて、ナユタは戸惑った。たしかに、意味のわからない力だ。それも、明らかに自分の手に余る力。その本来の持ち主が現れて、(盗んでもいないが)返してくれと言っている。普通に考えて、返すべきだ。しかし、
もし、また巨大生物が現れたら。
「・・・それなんだけどさ、あの、ちょっと聞きたいことがあって」
「なんだ?」
「これが俺のところに来る前に、街に巨大生物が出たんだ。そいつは街を壊して、俺たちの生活をめちゃくちゃにしようとした。俺は、そいいつからみんなを護るために、クライスに変身して戦ったんだ」
「・・・そうだな、それも訊かないといけなかった。クライスターは、惑星クレスタの戦士が、修行の果てに扱えるようになる神器だ。なぜ、それが使える!」
「それもわからん!ちょっとは俺の話も聞いてくれよ」
青年は眉間に皺を寄せ、話を続けろ、と顎で促した。
「あんた詳しそうだからさ。あの巨大生物についても、なにか知らないか?」
「・・・それは怪獣だ。この宇宙にはいくらでもいる。この星には、宇宙の定義における怪獣は、本来生息していないようだが」
「怪獣・・・なんでそんなもんが街に?」
「この星に、怪獣使いが来ているからだ」
「怪獣使い?」
「そうだ。怪獣使いシュライグ。怪獣を生み出す道具を持ち、クレスタを襲った怪獣軍団、その元締めの片割れだ。もう片方は、命と引き換えに父が倒した」
青年はそのまま続ける。
「シュライグの持つ道具・・・モンスライザーは、知性体の心が持つ情動から怪獣を生み出す。生み出した怪獣は、暴れることでモンスライザーにエネルギーを還元する。シュライグは、そのエネルギーを集めるためにこの星に来たんだろう」
「・・・ってことは、また怪獣が出るのか?!」
「あぁ、出るだろうな」
「・・・だったらだめだ、これは、」
ナユタがそこまで言った時、青年は何かを察知したように目を見開いた。
「・・・おい、どうしたん」
「噂をすればだ。出るぞ。・・・怪獣だ」
「え?!」
(6)
リンカイシティ上空には、先程までの晴天が嘘のように、突如として暗雲が立ち込めていた。
「やだ、雨かしら」
街ゆく人々は、空を見上げて口々にこぼす。予報外れの暗雲ーーーそれも、不可解なことに、雲はリンカイシティ上空の、限られた範囲だけを覆っていた。それは黒く渦を巻き、急速に広がり、そして、
「う、うわぁぁぁ!」
悲鳴。暗雲の中心部に生まれた歪みから、厄災はその姿を現した。地響き。アスファルトを砕き、土埃を上げながら降り立ったそれはーーーまたしても、巨大生物。メガフラシ同様、怪獣であった。
怪獣は雄叫びを上げる。その巨躯を除いて、メガフラシとの共通点は見受けられない。人が想像する恐竜のような姿に、特筆すべきは、その頭部から生えたヤギのような角。ーーーいや、ヤギというよりも、それは悪魔を思わせるものだった。
「やれ、パズズ」
パズズの姿がよく見えるように、シュライグは近くのビルの屋上に立っていた。パズズは、飯田から生み出した怪獣だった。当の飯田はモンスライザーのエネルギーにあてられて気を失っているが、もうどうでもよかったので置いてきた。
パズズは雄叫びを上げながら、進撃する。その角を変形させ、雷撃を街に放つ。大きな爆発音がリンカイシティのそこかしこで鳴り響き、人々は狂乱の中逃げ回る。シュライグは、右手のモンスライザーに、少しずつエネルギーが集まってくるのを感じた。
「よく食べろ。くく。・・・さぁ、来るのか?クライス」
シュライグはモンスライザーを撫でながら、仇敵の名を呼んだ。
(7)
「見ろ」
青年が四角い部屋の壁面に手を当てると、まるで空間に穴が空いたように、その映像が広がった。そこに映し出されていたのは、怪獣パズズと、ーーーパズズによって蹂躙される街。
「怪獣!・・・リンカイシティか!」
映像の中に、見覚えのある建物があった。特徴的な見た目をしているので、すぐにわかった。しかし、その建物も、パズズの雷撃を浴びて壊れてしまう。
「おい!縄を解いてくれ、あいつと戦わないと!」
「・・・なんでお前が戦うんだ?」
「え?」
「クライスターを返せと言っただろう。・・・俺がクライスになる。俺は、奴に復讐をしなくてはならない」
青年は、クライスターを手に取る。そして目を閉じ、精神を集中するように、深く呼吸した。ナユタは、その様子を見守る。
そして青年は、カッと目を開き、クライスターを持った右手を、天高く掲げて叫んだ。・・・かつて父が、そうしていたように。
「クラァァァーイス!」
ーーー静寂。
「・・・?おかしいな、もう一度。クラァァァーイス!」
ーーー再び、静寂。
「クラァァァーイス!」
「・・・ねえ、大丈夫?」
「うるさい!クラァァァーイス!くそっ!なんで変身できないんだ!なんで!」
「それ、ほんとに使えるの・・・?」
「使えないわけがないだろ!これは、父さんの力なんだ!俺が受け継ぐべきものなんだ!お前に使えて、俺が使えないなんてことが・・・あってたまるかァーーーッ!」
しかし、何度やっても結果は同じだった。クライスターはうんともすんとも言わず、やがて青年は、苦虫を噛み潰したような表情で、クライスターをテーブルの上に叩きつけ・・・ようとして思い留まり、そっと置いた。
「・・・くそっ、まぁいい。これについては後でまた調べる。怪獣一匹くらい、クライスターを使うまでもない」
青年はそう言うと、右人差し指のスターリングに力を込める。すると、青年の身体は銀色の光に包まれた。
「おい、なにそれ!」
「来い!"スターウイング"!」
そう叫ぶのと同時に、光になった青年の身体は、四角い部屋の壁をすり抜けて外へ出て行った。
そこから先は、ナユタには見えなかったが・・・光となって飛び出した青年の身体は空を高速で駆けながら、やがて光り輝く翼を持つ、銀色の飛行体に姿を変えた。その飛行体の名はスターウイング。これもまた、惑星クレスタに伝わる神器のひとつであった。
『あそこか!』
スターウイングに乗った青年は、街で暴れるパズズを捕捉した。速度を緩め、パズズに接近する。パズズは突如として現れた飛行体に気がつき、雷撃を放つ。旋回。スターウイングは雷撃を回避し、そのままパズズの側面へ。攻撃を開始する!
『くらえっ!』
スターウイングの先端より、光の力で構成されたビームが放たれる。命中。それはパズズの体表を焦がし、火花を上げる。パズズは再び雷撃を放ち、スターウイングを襲う。
スターウイングとパズズの戦闘の様子を見ていたシュライグは、呟いた。
「クライスのみならず。クレスタの小蝿まで湧いてきたか。・・・だが、小蝿だけでなにができる?」
(8)
(くそ、しぶといな)
既に十発以上、攻撃を加えた。しかし、パズズは一向に弱る気配を見せない。それどころか、怒りで勢いを増しているように見えた。
(動きが鈍ってきたら、アレで一気に畳み掛けられるが・・・)
スターウイングには、そのメインウエポンであるレーザー以外に、高威力の攻撃技がある。しかし、発動まで時間がかかる上、その間は静止しなくてはならない。ーーー今この状況で狙えば、雷撃の格好の的になるだけだ。
(くそっ、もしも父さんがいたら)
青年は、父と共に戦った時のことを思い出していた。クライスに変身した父を、青年はスターウイングに乗って援護した。ただでさえ一騎当千の力を持つ父だったが、青年のスターウイングとのコンビネーションは抜群だった。青年は、父と共に数多くの怪獣を倒し、故郷を護った。
・・・しかし、父の命を護ることはできなかった。
(そうだ、もう父さんはいない!あいつらの・・・あいつらのせいで!)
青年は頭に血が上り、ーーー無茶な攻撃を行った。それまでは、パズズの放つ雷撃の間隔を見てビームを放っていたのだが、その攻撃のリズムを乱してしまった。結果、パズズの雷撃はスターウイングを貫いた。
「ぐぁぁぁっ!」
そのままパズズは、口を大きく開け、スターウイングに向けて火炎弾を放つ。
(雷だけじゃねーのかよ・・・!)
火炎弾はスターウイングに命中し、大きな爆発音が上がり、・・・青年は、地に堕ちていった。
(9)
「おいおい、大丈夫かあいつ・・・?!」
ナユタは、壁面に開いた空間の穴から、スターウイングがパズズの攻撃で堕とされる様子を見ていた。
「・・・ていうか、あいつ、行く前にこれ解いてけよ!」
ナユタはなんとか身動きを取ろうとするが、椅子に強く縛り付けられていて動けない。机の上にはクライスターがある。あれに手が届けば、変身して怪獣と戦うことができる。
「街が・・・!」
目の前では、街への攻撃を再開したパズズの姿が映し出されている。縦横無尽に雷撃を放ち、その巨躯を振るい、リンカイシティをめちゃくちゃにしてゆく。多くのものが壊れてゆく。そして、多くの命が奪われてゆく。それが、今、目の前で起きている現実だ。
ナユタの脳裏に、多くの顔がフラッシュバックする。これまで、自分に依頼をしてくれた人々。私生活で、仕事でお世話になった人々。ほしぐも園のみんな。
「・・・クライスター!」
ナユタは叫んだ。テーブルの上にある、それに向けて。
「どうやって手に入れたとか、なんで使えるとか、そんなんわからないし!惑星クレスタとか、怪獣使いとか、多分色々、俺の手に負えることでもないと思うけど!それでも、」
クライスターは、うんともすんとも言わない。
「今、護る力がないと、もっと多くの人が死ぬんだ!」
クライスターは、僅かに光を放つ。
「そっちから俺のところに来たんだろ!だったら、また俺に力をくれ!この力で、みんなの役に立てるなら!みんなを護れるなら、俺は戦う!」
クライスターは、強い光を放ち始める!
「・・・クラァァァーイス!」
ナユタの身体は、クライスターの放つ黄金の光に包まれた。
(10)
「痛てて・・・くそっ」
パズズに撃墜された青年は、地面に激突する寸前に念力を使い、その衝撃を命に危険のないレベルまで弱めることに成功した。しかし、それでも身体を強く打ち付けたことに変わりはない。しばらくは痛みで動けなかったが、気力を振り絞り、なんとか身体を起こした。
パズズは、引き続き暴虐の限りを尽くしている。どうしたものか・・・青年が考えていると、"それ"は空の彼方より飛来し、光と共にーーーパズズの前に降り立った。
「クライス!・・・あいつ・・・変身したのか!?」
「シャァッ!」
クライスは気合いの掛け声を発すると、パズズに向けて走ってゆく。しかし、角から発せられる電撃を受けて阻まれる。体制を崩したクライスにパズズが近寄り、その爪で攻撃を加えた。クライスは苦悶の声を上げながら、がむしゃらに反撃の蹴りを繰り出す。・・・しかし、まるでダメージを与えられていない。パズズは引き続き、爪による攻撃をクライスに加え続ける。
「・・・くそ、あいつ。まるでダメじゃねーか」
青年は、そう吐き捨ててから・・・「俺もか」、と続けた。
青年は思い出していた。かつて、父に言われたことを。
『いいか。戦いとは、ひとりでするものではない。そして、ひとりで戦うわけではない以上、共に戦うそれぞれに、それぞれの役割がある。光の巨人の力は、確かに強大だ。だが私は、ひとりで勝ったと思ったことはない。・・・私には家族がいて、この戦いを様々な形で支えてくれる仲間たちがいる。それが、私の受け継いだ、光の戦士の戦いだ。だから、お前もそうであってくれ。決して、独りよがりになるな」
「・・・決して、独りよがりになるな」
青年は、痛みを堪えながらゆっくりと立ち上がる。俺は、父さんの意志を継いで、クライスにならなくてはいけない。勇者の息子としての誇りにかけて、そうでなくてはならない。そう思っていた。だが。・・・父の言う光の戦士として、戦うのであれば。
「こだわってる場合じゃ、ねーか」
今できることはひとつだ。ーーーあの素人巨人と、共に戦う!
「来い!スターウイング!」
青年は、再びスターウイングを呼び出した。
(11)
(くそ、全然隙がない!)
メガフラシの時のようにはいかなかった。パズズは暴れ狂い、一切攻撃の隙を与えてはくれない。必殺光線を放とうにも、雷撃で阻まれる。何より、蓄積してゆくダメージがやばい。クライスの超人的な体力をもってしても、度重なる攻撃に、少しずつ身体機能が低下してゆくのがわかった。
(・・・なんだ、これ?)
クライスは、自身の胸の発光体の色が青から赤に変わり、点滅していることに気がついた。それは鼓動のようにリズムを刻みながら、少しずつ点滅が早くなってゆく。ナユタは直感した。これは、まさに自身の心臓の鼓動と同義である、と。この点滅が絶えた時、それは自身の死を意味するのだろう、と。
(どうしたらいい?どうしたら・・・)
『おいお前!ボサっとすんな!』
その時、ナユタの脳裏に声が響いた。テレパシーだ。ナユタは、目で見るより先に理解する。この声は・・・
『雷撃、来るぞ!』
その声に反応し、クライスは横に飛んでパズズの雷撃を回避する。クライスは、横目を飛び去る銀色の翼・・・スターウイングの姿を見た。高速で駆け抜けるスターウイングは、そのまま上空へ向かい、パズズの頭上を旋回する。
『時間がない!一回しか言わないからよく聞けよ!』
ナユタは、青年の声に耳を傾ける。
『雷撃がとにかくめんどくせぇ!見りゃわかると思うが、あいつは角から雷撃を出す。まず角を潰すぞ!』
『・・・でも、どうやって?』
『10秒、あいつを引きつけろ!そしたら俺が壊してやる!』
『・・・わかった!あ、ねえ!』
『なんだ!』
『あんた、名前なんて言うの?』
『時間ないって言ってんだろ!・・・アステルだ。アステル!』
『そっか!俺はナユタ!』
『聞いてねえ!・・・おい、勝つぞ、ナユタ!』
『あぁ!』
クライスは、アステルに言われた通り・・・パズズを引きつけるための行動を始める。ダメージは覚悟の上だ。思い切って飛びかかり、角を掴む。パズズは当然怒り狂い、雷撃を放ってクライスを攻撃しながら殴る蹴るの大暴れだ。アステルは、その上空で必殺の一撃をチャージし始めた。
『おい!角掴むな!巻き込まれたいのか!』
『たぶんなんかビーム撃つんだろ!撃つとき言ってくれ!そこで避けるから!』
『避けるってお前・・・うわっと!おい!こっちに雷撃来たぞ!だから角掴むのやめろって、また10秒やり直しだ』
『無茶言うなって!こっちもだいぶやばいんだから!』
『せめて懐に入ってボディ抑えろボディ!そう!そんな感じだ!そのまま10秒持ち堪えろ!』
クライスはパズズの懐に入り、抱き抱えるようにして踏ん張っている。パズズはクライスを引き剥がそうとして動き回る。上空のスターウイングは、目に入っていないようだ。
『カウントしてカウント!』
『あぁ?!・・・5、4、3、』
スターウイングの先端に、光のエネルギーが集まってゆく。アステルは意識を集中し、その矛先をパズズの角に向けて、照準を合わせてゆく。
『2、1、』
そして、光は放たれた。
『0!発射!』
瞬間、スターウイングから銀色の光線が放たれた。通常のビームの数倍の太さを誇る、光の力の集合。その技の名前は、ウイングオーバードライブ。スターウイングの放つ、最高火力の攻撃だった。
クライスは、カウントの終了と共にパズズから離脱し、バック転で後方へと距離を取る。ウイングオーバードライブはパズズの二本角に命中し、見事、それを破壊せしめた。パズズは苦悶の声を上げ、のたうち回る。
『よし!』
『すげえ!アステル、ナイスプレー!』
『ボサっとすんな!思ったより怯んでるぞ!スターレイいけるんじゃねえか?』
『おう、そうだな!』
クライスは、パズズに向けて腕を十字に組み、精神を集中する。ーーーメガフラシを葬った、必殺の一撃!
『スターレイ・ストリーム!』
「デヤァァァッ!」
十字の光の奔流は、パズズの腹部に直撃する。膨大な光のエネルギーはパズズを灼き尽くし、やがて、パズズは光の粒子となって爆散した。
『・・・か、勝った』
『・・・あぁ、なんとかな』
『アステル、俺思ったんだけどさ』
『なんだ』
『さっきの、アステルの必殺ビーム・・・あれ、角じゃなくてあいつに直接撃ってたら、それで倒せてたんじゃないの?』
『お前・・・そういうのは先に言えよ』
こうして、ナユタとアステルーーーふたりの光の戦士の、初の共同戦線は勝利によってその幕を閉じた。
(12)
「やはり邪魔するか、クライス。・・・まぁいい、また怪獣を作るだけだ。むしろ、」
クライスによってパズズが倒されるのを、シュライグは見ていた。手元のモンスライザーが怪しく光る。
「多少の刺激があった方が、怪獣の力は引き出される。・・・当て馬としては悪くないか」
シュライグは、ビルの屋上から飛び去った。
(13)
「アステル、さっきは助かったよ。ほんと、ありがとうな」
戦いが終わり、変身を解いたナユタ。同じくスターウイングとの同化を解除し、近くに立っていたアステルに声をかける。
「・・・あの時は、ああするのが一番合理的だっただけだ。別に、お前をクライスとして認めたわけじゃない」
「あぁ、それなんだけど・・・やっぱりわかんないんだ。なんで俺が変身できるのか。わかんないけど、」
「そうだ。わからないが、現にお前はクライスになれる。俺はなれない。だったら、やることはひとつだろ」
「え?」
ナユタの言葉を遮ったアステルは、なにやら目を逸らしながら、ナユタの方へ歩み寄る。
「あくまでも仮に、だ。当面の間、俺の代わりに、お前がクライスになって戦え。もし、お前がこの星を護りたいならな。・・・クライスになって、俺と一緒に戦え」
アステルが伏し目がちにそう言うのを聞くと、ナユタはたちまち笑顔になり、答えた。
「あぁ!よろしく頼むよ、アステル!じゃあ、今日から俺とお前は・・・バッテリーだな!」
「は?バッテリー?意味わからん。アレだろ、この星の言葉で、電池みたいな意味だろそれ」
「それ以外の意味もあるんだって!野球知らないの?」
「必要のない知識は仕入れない」
「必要ないって言ったか?お前、野球は必要だぞ!地球に!」
「あーうるせぇ。・・・とりあえず、今日は疲れた。また呼び出す。じゃあな」
アステルはそう言って立ち去ろうとしたが、ふと疑問に思ったナユタが呼び止める。
「ねえ、アステルさ」
「なんだ?」
「家って、さっきの部屋?ほら、俺を監禁してたとこ」
「いや?空いてたから適当に使った」
「え!不法侵入じゃん。ダメだよそれ。あるの?家」
「ないが」
「え、じゃあどこに帰るの?」
「そりゃお前、適当に空いてるところ使うさ」
「だから不法侵入だってそれ!ダメだろ」
「・・・いちいちうるせーな、じゃあどうしたらいい?」
「えっと・・・」
ナユタは少し考える。自分の部屋に住まわせるか?・・・いや、ダメだ狭すぎる。ナユタの部屋はワンルームだ。大の男がふたりで生活できる空間ではない。
「あ!そうだ!」
ナユタは妙案を思い付き、アステルは怪訝に首を傾げた。
(14)
「というわけで」
ほしぐも園。時刻は20時頃、いつもより少し遅い夕食の時間。ダイニングを囲むのは、ナユタ、ミサキ、園長夫妻、ミヨコ、ハルト、レン、サヤ、タケル、ーーーそして、アステル。
「今日からしばらくここに住むことになった、アステル兄ちゃんです!ほら、アステル。よろしくって言いなよ」
「・・・よろしく・・・」
ナユタがアステルを紹介すると、子供たちは口々に騒ぎ立て始める。
「すごーい、目青ーい」
「いくつ?ねえ、アステル兄ちゃんっていくつなの?俺、7歳!」
「わぁぁ・・・すっごいイケメンじゃん。ねえミサキ姉、超イケメンじゃない?うっわ、やばっ」
「サヤ姉みたいなガキ、どうせ相手されねーよ」
「家、巨大生物のせいでなくなっちゃったんですよね?大変っすね」
その様子を、ミサキが少し不安そうな眼差しで見ている。そして、隣に座る園長に、小さな声で訊ねた。
「園長、ほんとに大丈夫なんですか・・・?どこの誰かもわからないような人、ここに住まわせて」
「ナユタの友人だ。問題ないよ。ちょうど、部屋もひとり分空いてたしね。・・・それに、賑やかな方が良いじゃないか」
「そういう問題ですか?もう・・・」
「ほら、喋ってばっかいないで食べな食べな。アステルくんも、どうぞ」
アイコがパンパンと手を叩き、一同はそれを合図に手を合わせ、いただきます、と口々に言う。アステルも、ナユタに促されてそれを真似した。
「・・・いただきます」
今日の夕食はカレーライスだった。アステルは、目の前にある未知の食べ物に戸惑うが・・・食べないのも不自然だ。意を決してスプーンを手に取り、カレーライスを掬って、恐る恐る口に運んだ。
「・・・うまっ」
アステルの口から思わず感嘆の声が漏れ、それを隣で聞いたナユタは、笑顔で頷いた。
続く。
次回予告
ナユタは、迷子犬探しの依頼を受ける。アステルとふたりで、街中を捜索するが・・・
「こんなことしてる場合じゃないだろ」
「こんなことってなんだよ」
ナユタ&アステル、早速の仲違い?そんな中、またしても現れる怪獣。ナユタとアステルは、強敵ギャビッシュを倒すことができるのか?
次回「サムシング・ロスト」