(1)
「もっと腰を入れろ!そんなへっぴり腰のパンチじゃ、ダメージなんか入んねえぞ」
「はぁ、はぁ・・・アステル、ちょっとタンマ!休憩しない?」
日曜日、時刻は午前11時頃。ほしぐも園の庭。ここは本来、入居している子供たちが遊んだり、憩いのひとときを過ごす場所だが・・・今のナユタにとっては、地獄にも等しい場所だった。
「ダメだ。お前、敵と戦ってて疲れたからって同じこと言えるのか?怪獣に待ったが通じるとでも?」
「いやそれはそうだけどさ!さすがにちょっと休まないと、ほら、パフォーマンス下がるって」
ナユタは、戦闘においては素人だ。先日のパズズとの戦いにおいても、肉弾戦で有効打を与えることができなかった。そこで、アステルはナユタに修行をつけることにしたのだ。自身と共に戦う光の巨人・・・クライスとして、より強くなれるように。
「・・・仕方ない。3分だけ休憩だ」
「短くないか!?」
ナユタはそう言うと、全身の力が抜けたのか、庭の芝生に仰向けで寝転んだ。
「あー!疲れたー!」
「この程度で、情けない」
アステルはそう言いながらも、ナユタの基礎体力と、運動のセンスについては一定の評価をしていた。飲み込みが早く、思ったよりも器用だ。今日で修行は3日目になるが、既に体術の基礎はモノにしつつある。クライスとして見た時、当然、父には遥か遠く及ばない。だが・・・少なくとも、ナユタが真剣に取り組んでいることはアステルにも理解できた。だから、アステルは父の言葉をナユタに伝えた。
「いいかナユタ。父さんは言った。・・・光の戦士は、いついかなる時も、助けを求める声を無視してはならない。その声を聴こうとする"耳"を持たなくてはならない。だから、たとえ性根尽き果てようとも、」
「ナユタ兄ちゃん」
そこにミヨコが駆け寄ってきたので、アステルは目を細め、そこで言葉を止めた。アステルの方を見ると、少し人見知りしたような表情で、ぺこっ、と頭を下げた。小さい声で、「あと、アステル兄ちゃん」と言う。
「おーミヨコ、どした」
「何してるの?」
「え?あぁ、練習だよ。練習」
「ウルトラマンの練習?」
ミヨコがそう言った時、アステルはナユタの方を睨んだ。
「ミヨコ、しーっ!それ言っちゃダメって言っただろ?」
「あ、そっか。秘密だったね。ウルトラマン、頑張ってね」
ミヨコはそう言うと、走って中へ戻って行った。アステルがしゃがみ込み、至近距離でナユタを凝視しながら言う。
「おい、どういうことだ今の。ウルトラマンってアレだろ?この星でのクライスの呼び名だろ」
「いや、実はさ・・・初めての変身の時、ミヨコには見られちゃっててさ」
「お前、わかってると思うが」
「わかってるって!ちゃんと口止めしてあるし!」
「・・・この星は、怪獣も宇宙人も未経験。宇宙基準で、文明レベル1の惑星だ。クライスの正体は刺激が強い。多くに知られることは、間違いなくプラスには働かないぞ」
「それもわかってるよ。・・・俺だって、みんなに知られたら精神保てる気がしない」
アステルはため息をついて、そのまま芝生に座る。ふと、ほしぐも園内の様子を見る。窓越しにリビングが見え、ミヨコ、ハルト、サヤの3人が一緒にテレビを見ていた。正確にはテレビを見ているのはミヨコとハルトだけで、サヤは手元のスマホをずっといじっている。
「・・・ナユタ、今更だが」
「ん?」
「"アステル兄ちゃん"」
「はっ?」
「あいつら、なんで俺のことまで兄ちゃんと呼ぶんだ?お前と違って、俺はあいつらの兄貴じゃないぞ」
「・・・あー、そっか。ちゃんと説明してなかったよな」
ナユタは、上体を起こしてアステルと同じ姿勢になった。そのまま、言葉を続ける。
「ここは、確かに俺が育った家だけど・・・あの子たちは、俺の本当の弟や妹じゃない。本当の、っていうのはアレだぞ、血縁的な意味での話な」
「・・・そうなのか?じゃあ、どういう集まりなんだ、お前たちは」
「家族だよ。家族だけど、・・・みんなそれぞれ色んな事情があって、産みの親のもとで生活ができなくなった。ここは、そんな子供たちを引き取って、生活の場所を提供する。そういう施設なんだ。だから、みんなは俺の家族。家族ってのは、血の繋がりだけじゃない」
ーーー家族。血の結びつきが強い惑星クレスタにおいて、それは文字通り、血縁での繋がりのみを指す概念だった。だから、アステルの目には、今ナユタが語った関係性が、やや奇妙なものに映っていた。
「ナユタ、お前もそうなのか?」
「え?」
「お前も、産みの親と別れたのか?」
「あぁ・・・うん、そうだよ」
ナユタは伏し目がちに笑う。まだ付き合いの浅いアステルから見て、それは初めて見る表情だった。
「母さんがひとりで育ててくれてたらしいんだけど。俺が9歳の頃、事故で亡くなったみたいだ」
「亡くなった、みたい?」
アステルは、ナユタの言い方が気になった。まるで、他人事のような表現をしたからだ。ナユタは軽く頷いてから続ける。
「うん、俺覚えてなくて、母さんのこと。なんかさ、母さんが死んだショックで、俺、それまでの記憶ぜんぶなくなっちゃったんだって。・・・それからは、ここで育った。だから、まぁ、俺が覚えてる範囲での話だけど。俺にとっては、ここが育った場所で、ある意味生まれ故郷みたいなもんなんだ」
ナユタの話を聞いて、アステルは、自身が家族を失った時の心の痛みを思い出していた。それは今でも癒えることのない心の傷だが、・・・忘れたいか、と訊かれたら、きっと首を縦には振らないだろう。アステルにとって、家族との記憶は、それほどまでに大きなものだった。だからアステルは、肉親の記憶を失ったナユタのことを、哀れに思った。
「・・・その、なんだ。いつか思い出せるといいな、母親のこと」
「えー?まぁ、どんな人だったんだろう、とかは思うけど・・・俺にはほしぐも園の家族がいるし!死ぬまでにちょっとでも思い出せたら良いかな、くらいの気持ちだよ」
ナユタはそう言うと立ち上がり、大きく伸びをした。
「アステル、休憩サンキュー!修行しようぜ、修行。終わったら昼飯だ!」
「あぁ」
よく考えたら、自分が兄ちゃんと呼ばれてる理由は結局わからなかったなと思いつつ。アステルもまた、修行を再開するために、芝生から腰を上げた。
第3話「サムシング・ロスト」
凶悪怪獣 ギャビッシュ登場
(2)
「ごちそうさまでした!」
ほしぐも園は昼食の時を終える。今日のメンバーは、ナユタ、アステル、ミサキ、ミヨコ、ハルト、サヤ。園長夫妻は出かけており、レンは野球部の練習。タケルは友人と遊びに出かけている・・・とのことだったが。
「ねえナユタ兄。最近、タケ兄怪しいのよ」
「え?怪しいって何、どゆこと」
サヤがニヤニヤしながら言う。不穏なワードに、ナユタは興味を惹かれた。
「2学期入ってから、急に毎週日曜に出かけるようになったの。インドアなタケ兄がだよ?ひとりの時もずっとスマホ見てるしさ!これさ・・・」
「え、もしかしてタケル彼女できた?」
「そうなの!」
サヤが興奮気味にナユタを指差す。ミサキが静かに、指差しやめなさい、とサヤの手を制した。
「いや、確定はしてないけど、そうなんじゃないかなって。あ!あとね、最近やたら写真撮るのよタケ兄」
「ん?それは関係あるの?」
「わっかんないかなー!LINEのネタに写真撮って送ってんのよ。今何してるー?とかそういうやつ!絶対彼女だよ!彼女!」
「まぁ、タケルはイケメンだしな?背も伸びてきたし、彼女できてもおかしくないよな」
ナユタがそう言うと、サヤは何やらもじもじしながら、アステルをチラ見する。視線を感じたアステルが怪訝な表情でサヤを見ると、サヤは慌てたように目を逸らす。
「いや、でもぉ・・・。イケメンレベルで言ったら、アス兄の方が?断然上って言うか?」
「レンは?」
「あの野球小僧は論外!」
レンの名前が出た途端、サヤは苦虫を噛み潰したような表情に変わる。アステルは、目まぐるしく変わるサヤの表情に、自身の妹を思い出していた。
(あいつも、騒がしいやつだったな)
アステルの表情が、自然と緩む。それを横目に見ていたミサキは少し安堵したような表情を浮かべてから、食器を片付けるために立ち上がった。
立ち上がりざまに、ミサキはナユタに声をかける。
「ナユタ、この後は?」
「うん、仕事。長引いたら、19時くらいまでかな」
ナユタはミサキを手伝いながら言う。最近、ナユタは極力ほしぐも園に来て食事をとるようにしていた。アステルがいるのもあるが、何より、頻発する怪獣の出現に、子供たちのメンタルが心配だったからだ。ミサキも、内心心細かったので助かっていた。
「今日はどんな仕事なの?」
「うん、今日のは・・・あ!そうだ!」
ナユタは思い立ったように勢いよく振り向くと、アステルに目を合わせて言った。
「アステル!手伝って!迷子犬探し!」
「・・・はぁ?」
アステルは呆気に取られた。
(3)
「じゃあ、この間の怪獣・・・巨大生物が出た時に」
「ええ、そうなの」
ナユタとアステルは、今回の依頼者である柴田シズカの自宅にお邪魔していた。セイウンシティ内にあるマンションの一室。柴田は、見たところ40代の女性だ。
「巨大生物から避難してる時に、抱きかかえて走ってたんだけど・・・きっと、ミルクもパニックになっちゃったのね。私の腕から離れて、そのままはぐれちゃったの」
「それは・・・」
ナユタの脳裏に、メガフラシ襲来の日ーーーミヨコとはぐれた時の記憶が蘇る。思わず、身を乗り出して柴田の話を聞いていた。
一方、アステルは・・・控えめに言っても、態度が悪かった。腕組みをし、さも興味なさそうに、その目は正直どこにも焦点が合っていない。
(なんで俺が)
アステルの様子を察したナユタは、横目で彼を睨みつけ、柴田に見えないよう、テーブルの下でアステルの脚を軽く蹴った。アステルは、面倒そうに腕組みを解く。
「これが、ミルクの写真。見て、ここ、目立つ首輪をしてるから」
「・・・あ、確かにこれはわかりやすいかもです」
テーブルの上に差し出された写真には、白い毛のシーズー犬・・・今回の捜索対象である柴田家の飼い犬・ミルクが写っていた。その首元にはバンダナのようなデザインをした青い首輪が付いており、アルファベットで大きく"MILK"と書いてあった。
「ね?わかりやすいでしょ。・・・私も、あの日から毎日、街中を探し回った。警察にも保健所にも連絡したし、動物病院にも片っ端からかけてみたわ。・・・でも、どこにもミルクはいなかった。だから、便利屋さんにお願いしようと思って」
柴田は膝の上に手を置き、切実な表情で続けた。
「私たちね、子宝に恵まれなかったから。私も主人も、ミルクのことは家族同然に思ってるの。・・・だから、何卒お願いします。星島さん」
「・・・はい!お役に立てるよう、力を尽くします。任せてください!」
アステルは、そう答えたナユタの様子が、いつもと少し違うことに気がついた。心なしか表情がこわばっており、テーブルの下で拳を握っているのが見える。
「・・・それじゃ、ミルクちゃんの普段のお散歩コースとか、そのほか役立ちそうな情報があれば、教えてください!」
「ええ、そうね・・・」
アステルは、また腕を組んだ。
(4)
「よし!じゃあ、手分けして探すか!」
「・・・探すったって、ほぼ手がかりゼロだろ?捜索範囲が広すぎる。それに、怪獣災害の中で消えたってことは、もうすでに死んで」
「ストップ!縁起でもないこと言うのやめろ!その可能性は柴田さんもあえて口にしなかった。考えてないはずはない。だったら、俺たちがそれを考える必要はないよ」
「・・・現実的に考えただけだ」
マンションのエントランスから出たところで、ナユタとアステルが話している。アステルは依然として不服顔だ。
「あ、アステル。俺を見つけた時みたいにさ、スターリングで探したりできないの?」
「あのな。俺がお前を見つけられたのは、お前がクライスターを持っていたからだ。スターリングに、地球の犬一匹探す機能なんてねぇ」
「じゃあ、地道に足使って探すしかないか。俺は街の東側を探すから、アステルは西側を頼むよ。定期的に連絡取り合おう。これ、使い方、もう覚えた?」
ナユタは、自身のポケットからスマホを取り出し、アステルに合図をする。アステルも同じようにスマホを取り出し、素早い手つきでナユタにメールを送った。
"俺が文明レベル1のおもちゃを扱えないと思ったか?"
「・・・お前、マジでスティーブ・ジョブズに謝れな?」
ナユタは、日頃の連絡を取り合うために、アステル用のスマホを契約して彼に持たせていた。文明レベルがどうの言っているが、スマホを買い与えた日の夜、アステルがスマホに夢中になっていたことをナユタは知っている。なんならサヤに使い方を訊いていたことも知っている。
「よし、じゃあまた後でな!」
ナユタは自転車にまたがり、アステルに手を振って走っていった。アステルはそれを見送ると、大きなため息をついた。
(ほんとに、なんで俺が。あと、行きも思ったけど)
ーーーなんで俺の分のそれ(自転車)は無いんだよ。アステルは、街の西側に向けて歩き始めた。
(5)
捜索は難航した。まずは散歩ルートを重点的に見て、それこそ草の根をかき分ける勢いで探すナユタ。ミルクー、ミルクーと叫びながら茂みに入ってゆくナユタを見て、お得意様の池田ミチルが声をかける。ナユタは事情を話し、柴田に許可を取った上でミルクの写真データを池田に送った。ご近所ネットワークのみんなにも訊いてみてくれるそうだ。
気乗りのしないアステルは、街をぶらぶらしながら申し訳程度にミルクを探す。30分に一度のペースでナユタから電話がかかってきてウザい。意味もなく路地裏のゴミ箱を開けてみたりもする。当然そんなところにいるわけもなく、ただ悪臭を掴まされただけでより一層モチベーションが低下した。ずっと外で歩き回って暑くなってきたので、涼しそうなショッピングモールに入ると、タケルが少女とふたりで歩いているところを見た。特に興味はないのでスルーした。
ナユタは精力的に、懸命に。アステルは無気力に、ミルクを捜索した。
ーーー17:00頃。捜索開始から約4時間が経過し、ナユタとアステルは7回目の定期連絡をとっていた。
『アステル!そっちどうだ?』
「状況変化なし」
『そっか・・・こっちも全然だ。池田さんだけじゃなくて、近所の犬好きネットワークにも協力お願いしてみたよ』
アステルは相当に苛立っていた。俺は本当に何をしているんだ?宇宙の果てから、家族の仇をとるためにこんな辺境の惑星までやってきた。・・・そして、今。本来の目的とは全く関係のない犬探しをさせられている。
『これからちょっとずつ暗くなってくからさ、ペース上げて探していこう!アステルも、なんか良いアイデア思いついたらすぐに・・・』
「おい。・・・ナユタ。俺たち、こんなことしてる場合じゃないだろ」
アステルは、ナユタの言葉を遮って言った。電話の向こう側で、ナユタが絶句する。
「俺たちが、今一番にやらないといけないことはなんだ?怪獣を倒し、シュライグを討つために、お前は力をつけないといけない。まだまだお前に教えないといけないことがたくさんあるんだ。だから、こんなことで時間も体力も浪費してる場合じゃ・・・」
『こんなことってなんだよ』
今度は、ナユタがアステルの言葉を遮る。これまでとは明らかに雰囲気の違うナユタのその声に、アステルは思わずたじろいだ。
『アステル、お前さっき言ってたよな?光の戦士がどうとか』
それは、アステルがナユタに伝えた、父の言葉だった。
"光の戦士は、いついかなる時も、助けを求める声を無視してはならない。その声を聴こうとする"耳"を持たなくてはならない"
『途中までしか聞けなかったけど、その通りだと思った。お前の父さんも、お前も、すごいと思ったよ。でも・・・お前は全然わかってないじゃんか』
「・・・なんだと?」
アステルはナユタの物言いに、思わずカチンとくる。頭に血が上るのがわかった。
「おい、それはどういう意味だ。父さんの言葉を、俺がわかってないだと?お前みたいな部外者が、どの立場からそんなこと言えるんだよ」
『実際わかってないだろ。お前、柴田さんの話ちゃんと聴いてたか?!』
「あぁ、聞いてたよ。犬が一匹いなくなったから探せって話だろ?・・・実際どうだっていいだろ。たかが愛玩動物だ、見つからなきゃ新しいのを買えばいい」
アステルがそう言ったのを最後まで聞くと、・・・ナユタは、声のトーンを一気に落として、突き放すように告げた。
『・・・わかった。もういい。もうお前には頼まない。先に帰っててくれ』
「おい、ナユタ!」
ナユタはそのまま一方的に電話を切り、ツー、ツー、と、機械音がアステルの耳元に木霊した。
(6)
サラリーマンの近藤は疲れ果てていた。駐車場に停めてあった社用車の中で、ため息をついてうなだれる。・・・時刻は17:30頃。もう日も暮れる。せっかくの日曜日だったのに、休日出勤し、顧客からのクレーム対応で1日が潰れてしまった。しかも、顧客は納得せず、まだ終わっていない。これから帰社し、本案件について途中経過の報告をまとめなくてはならないのだ。
「はぁ・・・」
明日は月曜日だ。月曜になれば、また課長が出勤する。今日の案件が鎮火できなかったことについてもグチグチ言われるだろうし、またいくつもの無茶振りをされるに決まっている。近藤は30歳。係長の役職に就いてはいるが、それは、課の人間が立て続けに辞めたことによる、空いた席への繰り上がりの昇進だった。実際のところは、役職にかこつけて、"課長がやりたくない仕事"をこなすだけの雑用係。部下からも舐められていることがわかる。何度も転職を考えたが、そのための気力も、日々の業務に忙殺されて奪われてしまう。帰ったら寝るだけ。たまの休みも寝るだけ。近藤は、疲れ果てていた。
「・・・これじゃまるで、会社の、」
「会社の犬か。なら、今が牙を剥く時だ」
近藤がそう呟くと、それを遮るようにして、助手席から声がした。近藤は突如として助手席に現れた男・・・シュライグの姿に驚き、声を上げる。
「うわっ!・・・ど、どちら様でしょうか」
「説明は面倒だ」
シュライグは、近藤にモンスライザーの銃口を向けた。
「お前は、強く抑圧しているな。お前自身の中にある情動を。会社が爆発したらいい。上司が、厄介な顧客が死んだらいい。全て、めちゃくちゃになればいい。・・・簡単なことだ。その情動の赴くままに、爆破してしまえ。殺してしまえ。めちゃくちゃにしてしまえ」
「ちょ、やめ、」
「産めよ、怪獣」
こうしてまた、引き金は引かれた。
(7)
アステルは、公園のベンチに腰掛けて空を眺めていた。空は茜色、間もなく夜が訪れる。日中に比べると、少し涼しくなってきた。
アステルは頭の中で、先程のナユタとの電話のやりとりを反芻していた。なぜ、ナユタはあれほどまでに怒ったんだろう。そして、俺は一体、
「何がわかってないって言うんだよ」
アステルは思わず声に出した。確かに、嫌な言い方はしてしまったかもしれない。ナユタにとっては、日々の稼ぎに直結する仕事だったかもしれない。だが、それにしても、なぜナユタはあのようなことを言ったのか。アステルにはわからなかった。
"お前、柴田さんの話ちゃんと聴いてたか?"
ナユタの言葉が頭を過ぎる。アステルは、思い返していた。柴田が、何を言っていたのかを。
"私たちね、子宝に恵まれなかったから。私も主人も、ミルクのことは家族同然に思ってるの"
「・・・家族」
家族。アステルは、自身の父と、妹のことを想う。父は、戦いで死んだ。妹は、怪獣が汚した土壌に起因する病で死んだ。家族、それは、俺が失ってしまったものだ。だから、俺は今ここにいる。俺から家族を奪った者に、復讐を果たすために。
"家族ってのは、血の繋がりだけじゃない"
「この星では、・・・あいつらにとっては、そういうもんなのか?」
アステルの脳裏に、今朝のナユタの言葉が蘇り。思わずそうこぼした刹那ーーー彼は、"気配"を感じ取って立ち上がった。
「・・・怪獣が、来る」
(8)
タイヘイシティ。ここもまた、ナユタたちの暮らすセイウンシティに隣接する都市である。巨大なベッドタウンであり、この国において最多の人口を誇る街だ。日曜日のこの時間、多くの人々が家路につき、来たる平日に向けて心身を休める。そんな憩いの時間が待っているはずだったが・・・
シュライグが近藤から生み出した怪獣・ギャビッシュが、タイヘイシティの市街地に姿を現した。それは、まるで二足歩行になった狼のような姿をした青い怪獣だ。刃のような先端部を持つ尻尾、そして・・・その凶悪さを物語るような、大きな牙を持つ恐ろしい相貌。
雄叫びを上げるギャビッシュ。街は瞬く間に大混乱に陥り、人々は逃げ惑う。ギャビッシュは建物を踏み潰し、口から吐く光線で街を、人々を蹂躙してゆく。
恐怖の中、人々は祈った。声に出す者もいれば、心の中で叫ぶ者もいた。その祈りは、つまるところ、こうだ。
「助けて、ウルトラマン!」
「クラァァァーイス!」
ーーーセイウンシティ。アステルから電話が入り、タイヘイシティに怪獣が出現したことを知ったナユタは、人気のない場所を選び、クライスターを天に掲げた。光の巨人となったナユタは、タイヘイシティに向けて高速で飛行する。
そこに、スターウイングと同化したアステルも現れ、クライスと並んで飛行する。ナユタはスターウイングの方をチラリと見やり、そのまま、何も言わず飛行の速度を速めた。
『いたぞ』
『・・・あぁ』
ーーー前方、ふたりはギャビッシュを捕捉する。ギャビッシュの周辺はすでにボロボロに壊され、そこかしこから火が上がっているのが見える。ギャビッシュの姿を目視したアステルは、自身の記憶を辿る。
(あれは、ギャビッシュ)
アステルは、惑星クレスタにて、父と共にギャビッシュと戦ったことがあった。ギャビッシュは非常に凶暴であり、そして高い知性を持つ狡猾な怪獣だ。口から放つ針のような光線、その鋭い牙や長い尻尾による攻撃など、多彩な技を使う。その上、非常に俊敏だ。今のナユタであれば、真っ向から組み合うことは間違いなく有利に働かない。
(さぁ、どうする・・・)
「デヤァァァーッ!」
アステルがナユタへの指示をどうするか考えている間に、クライスは、ギャビッシュに向けて飛び蹴りを放っていた。
『おい、ナユタ!』
クライスの攻撃を察知したギャビッシュは、素早い身のこなしで横へ飛び、キックを回避する。大きな音と土煙を上げながら、クライスは大地に衝突する。すかさず、ギャビッシュは反撃に出た。尻尾を素早く振り、着地に失敗したクライスを激しく殴打する。
(くそ、何してんだあいつ)
アステルは、ギャビッシュに向けてビームを放つ。命中。ギャビッシュの意識はスターウイングに向き、これを撃ち落とすべく口腔から針状の光線を放つ。スターウイングは旋回し、光線を回避した。クライスはその間に立ち上がり、体勢を整える。そして、アステルから教わった"戦いの構え"をとった。
「シャアッ!」
そして、再びギャビッシュに挑んでゆく。だが、接近しようとしたところを尻尾攻撃に阻まれ、避けられず再び横転。ギャビッシュはクライスに飛びかかり、鉤爪による攻撃を加えた。クライスはこれに抵抗、寝そべったままギャビッシュの腹部にキックを放つ。ギャビッシュが怯んだ隙に素早く立ち上がったクライスは、真正面からギャビッシュに掴みかかり、その首元にチョップを繰り出した。しかし、ギャビッシュは噛み付き攻撃で応戦。鋭い牙はクライスの肩を貫き、クライスは苦悶の声を上げる。
『ナユタ!』
アステルは、咄嗟にビームでギャビッシュの顔面を狙う。が・・・それを察知したギャビッシュは素早く態勢を変え、クライスをビームからの盾にした。クライスの背中にスターウイングの放ったビームが命中し、火花が散る。
「グアァッ!」
『ナユタ、すま・・・』
アステルがそう言いかけた時、ギャビッシュの放つ針状光線がスターウイングを襲った。アステルは旋回で回避を試みたが、避けきれず、左翼部に光線を受けてしまう。バランスを崩したスターウイングを、ギャビッシュが放った次なる針状光線が襲う。その追撃はスターウイングの胴体部分に命中し、大きくダメージを受けたスターウイングは、アステルのコントロールを失って地上に落下し始めた。
(くそっ、やっちまった!)
落下しながら、アステルはかつて父と肩を並べて戦った日のことを思い出していた。父と共に戦う時、多くの言葉を交わさずとも、不思議と通じ合っていたような感覚があった。それは血を分けた親子だったからかもしれないし、父の戦士としての練度の高さから、自身も気づかないうちに導かれていたからかもしれない。
・・・だが、今は違う。ナユタとは、生まれた星も違えば、生きてきた環境も、価値観も違う。肩を並べて戦い、それぞれの役割を果たして勝利するためには、深く理解しなくてはならないのかもしれない。互いが、互いのことを。
(だが・・・もう遅いか?)
高速で近づく地表。アステルが自身の終わりを悟った時ーーーギャビッシュを振り解いたクライスは強く大地を蹴り、堕ちてゆくスターウイングに向けて駆け出した。
『アステル!』
そして、クライスは間一髪のところでスターウイングを捉え、その両腕に抱えた。
『へへ、ナイスキャッチでしょ』
『・・・助かった』
クライスは、スターウイングがダメージによってその光の翼を維持できなくなりつつあることを悟った。ふと思い立ち、自身の光の力を、その胸の水晶体から放出し、スターウイングに分け与える。スターウイングは再び光の翼を取り戻し、クライスの手元を離れ、ゆっくりと飛翔した。
『わぁ。なんかやってみたら、できた』
『・・・それ、お前のエネルギー食ってるんだからな。ライフゲージを見ろ』
『うん、わかってる』
クライスは、自身の胸元の水晶体ーーーライフゲージを見る。赤く点滅し、エネルギーの減少を伝える。ふたりは、雄叫びを上げるギャビッシュを、正面から見据えた。アステルが、口を開く。
『・・・ナユタ』
『ん?』
『これだけは言っておく』
『何さ』
『・・・俺には、妹がいた』
『・・・え?』
ナユタは、アステルの突然の発言に驚く。今する話か?ーーー内心そう思いつつも、アステルが真剣なので、ギャビッシュの様子を伺いながらも、アステルの言葉に耳を傾けた。アステルは、やや早口で続ける。
『妹が迷子になったことがあった。数日の間見つからず。俺も父さんも、それはもう心配だった。生きた心地がしなかった』
『・・・うん』
『だから!』
アステルは言った。
『あの犬は、そういうものなんだろ。あの人にとって。・・・勝つぞ、ナユタ。勝って・・・ミルクを探すぞ』
『・・・あぁ!』
(9)
アステルは言葉足らずだったが、ナユタは彼が言わんとすることを理解していた。
きっとアステルは、わかってくれたのだ。柴田が、どんな想いでミルクの捜索を依頼したのかを。そして、ナユタがどんな想いでそれに応えようとしたのかを。
ナユタにとって、便利屋の仕事と、クライスとして戦うことの間に大きな違いはなかった。それはどちらも、人を助けたい、人の役に立ちたいという想いから始まったものだ。だから、共に戦うアステルにも、同じだけの想いで、一緒にミルクを探してほしかった。
実際のところ、ナユタはアステルと喧嘩をした後、ひとりで反省していた。アステルの心情を考えず、自分の気持ちを押しつけてしまった、と。確かにアステルの態度は目に余るものがあったが、もっと他に伝え方はあったはずだ、と。
『アステル、さっきは嫌な言い方した。ごめんな!』
『全くだ!』
アステルはそう言った後、ごく小さな声で。俺も悪かった、と続けた。クライスは、スターウイングを見上げてゆっくりと頷く。
『・・・で、どうしたらあいつに勝てる?』
『充分わかってると思うが、あいつは素早い。大ぶりな攻撃はやめておけ。あと、尻尾攻撃の間合いが厄介だ。切り落としたいが・・・』
アステルは、かつて父と共に戦った時、ギャビッシュを倒した"ある技"のことを思い出す。
(・・・いや、アレはぶっつけ本番では使えない。何か、違う手を)
『アステル?』
『・・・いや、尻尾切りの線は諦める。だから、逆に接近しろ。尻尾の間合いの内側に入り込んで、そのレンジを意地でもキープするんだ』
『で、その後は?』
クライスは首を傾げる。アステルは、修行に励むナユタの姿を思い出しながら言った。
『肉弾戦だ。さっきも言った通り、大ぶりな攻撃は避けて、確実にダメージを与えていけ。俺も援護する。・・・弱らせたところに、その時手が空いてる方が必殺技だ』
『・・・わかった!』
クライスは、力強く頷いた。そして、大地を蹴ってギャビッシュに接近する!
「ダアァッ!」
ギャビッシュは雄叫びを上げ、尻尾を振り抜く。右方向より迫る尻尾・・・クライスは、咄嗟の判断で左方向へ前転し、それを回避した。ギャビッシュの眼前に立ち、戦いの構えをとるクライス。ギャビッシュが鉤爪を振り、クライスを攻撃する。
(止めろ!)
アステルの心の声に応えるように、クライスは左腕でギャビッシュの攻撃をブロック。ギャビッシュの胴が空いている。クライスは右のボディブローを放ち、そのまま膝蹴りへと連携させてゆく。ギャビッシュはクライスを振り払うために体当たりをし、クライスは後方へよろめいた。
『くらえっ!』
クライスとギャビッシュとの間に距離ができた瞬間、アステルはスターウイングからビームを放った。ビームはギャビッシュの腹部、頭部と順に命中し、火花と共にギャビッシュは苦悶の声を上げる。
『ナイス、アステル!』
『いいから行け!』
クライスは再びギャビッシュに接近。一発、二発、三発と、そのボディに連撃を叩き込んでゆく。アステルとの修行により身につけた動きだ。ギャビッシュは怒り、再びクライスに噛みつこうとするが、その口元をスターウイングのレーザーが狙う。脆い口腔部を撃たれたギャビッシュは、明らかに怯んだ。
『ナユタ、お前がやれ!』
『わかった!』
アステルは、そのままレーザーを連続で浴びせかけてゆく。光のエネルギーの残量から見て、もう時間はそう多くない。ここで一気に勝負をつける!スターウイングの猛攻を浴びてのけぞったギャビッシュに向けて、クライスは、腕を十字に組み、照準を合わせる。
「ハァッ!」
光の集合。クライスは、十字に組んだ自身の腕に、大きな光のエネルギーが集まるのを感じた。そして、目の前の敵に向けてーーー必殺の一撃は放たれる!
『スターレイ・ストリーム!』
その十字の光はギャビッシュの腹部に命中し、やがてその全身に広がった。ギャビッシュの肉体は粒子となって分解され、最後には、光となって爆散した。
『どうだった?アステル。俺の攻撃』
『・・・修行の時の方がよかった』
『やっぱ、本番は違うなぁ』
光のボディの維持限界が訪れ、クライスとスターウイングは、それぞれナユタとアステルの姿へと戻っていった。
(9)
クライスとギャビッシュの戦いを、またしてもビルの屋上から見ていたシュライグ。ギャビッシュが爆散したのを見届けると、あくまで無表情に、右手に持ったモンスライザーを見やった。
(やはり、クレスタで戦ったクライスより、明らかに弱いな。あの厄介な"武器"も使えないと見える)
シュライグはそのまま、空へ飛び去ろうとしたが・・・
「ねえ」
バタン。音を立てて、シュライグの背後・・・シュライグの立つビルの屋上に通じる扉が開いた。それと同時に、その女性は現れる。
「シュライグ。探したよ」
藍沢ユウリ。ーーーシュライグが、地球に来て初めて作った怪獣。メガフラシの、産みの親となった女性だった。
「ねえ、また私の怪獣作ってよ。今度はさ、ウルトラマンも、街も、全部壊すような強い怪獣を・・・」
「言ったはずだ、お前の情動はもう使いものにーーー」
シュライグがそう言ってユウリをあしらおうとした時ーーーシュライグは、感じた。初めて会った時とは異なる、ユウリの中に渦巻く強い情動を。シュライグは、咄嗟にユウリの心の中を読む。
(・・・ほう、これはーーー)
シュライグは、くつくつと笑った。
「お前、・・・良い感じに拗らせたなぁ、藍沢ユウリ」
ユウリもまた口角を上げ、邪悪な微笑みを見せた。
(10)
「この度は本当にありがとうございました」
ギャビッシュとの戦闘の翌日。時刻は17:00頃。ナユタとアステルは、また柴田宅にいた。潤んだ目をした柴田はーーーその両腕に、大きくMILKと描かれた、青いバンダナのような首輪が目印の。愛犬・ミルクを抱えていた。
「ばう!」
「柴田さんが、もう1日お時間を下さったからこそです。僕たちを信じてくれて、ありがとうございました」
ナユタは、深々と頭を下げる。アステルは横目でそれを見ながら、柴田に向けて軽く会釈をした。
「あなたが見つけてくれたんでしょ?」
「・・・あ、ええ。まぁ」
柴田はアステルを真っ直ぐに見ながら言う。アステルは思わず目線を逸らし、頭をぼりぼりと掻いた。
そう。ミルクを見つけたのは、アステルだった。諸々細かい事情はあったが、要約するとこうだ。ーーーミルクが柴田からはぐれた後。近所の小学生女子が、混乱して帰れなくなったミルクを見つけた。その少女の家はペット禁止だったため、彼女は友人と一緒に、ミルクを近くの土手で保護していた。親には内緒で。アステルは、偶然だったが・・・ミルクの捜索中、立ち寄った公園にて、"ミルク"という名前の犬の話をしている彼女たちの話を耳に挟み、追跡の結果、発見に至ったのであった。
彼女らは、その首輪からミルクの名前を知ったのであろう。飼い主がいることも当然わかっていたが、どこに連絡していいかもわからず。悩んでいるうちに愛着が湧いてきてしまい、別れるのが辛くて、誰にも言えずにいたそうだ。
「本当にありがとうね。その子たちにもお礼を言わないとね。ミルクを保護してくれたんだから」
柴田は本当に嬉しそうだ。安堵した表情で、ミルクを抱きしめる。ーーー家族か。
(覚えがあるな)
アステルは、またナユタを横目に見て、彼の様子を伺った。暖かい目で柴田を見つめ、優しい表情で微笑んでいる。
(こいつは、本当にお人好しだ)
ーーーアステルは、自分もナユタと同じような表情をしていることに気づいていなかったし、もしそれを指摘されたら、すぐにいつもの仏頂面に戻ることだろう。それでも、アステルは確かに今、素直に思っていたのだ。
(見つかってよかったな、柴田さん)
(11)
柴田宅からの帰り道。もう西陽が射す時間帯だ。ナユタは自転車を押しながら、アステルと並んで歩く。柴田宅を出た時、よかった、よかったとナユタがひとしきり騒いだ後、ふたりの間にはしばらく沈黙が続いていたが。ナユタは、少し照れたように口を開いた。
「・・・アステル、改めてなんだけど」
「なんだ」
「昨日はごめんな。俺、よく考えたらお前の都合も考えずに、一方的に仕事に巻き込んじゃったから」
「・・・別に。宿と飯の分だ。たまになら手伝ってやってもいい」
アステルがナユタの方を見ずにそう言うと、ーーーナユタは飛び上がって喜んだ。
「マジか!あ、そしたらさ!明日ティッシュ配りの仕事があるんだ!経営苦しいラーメン屋さんがあってな、そこの一発逆転の策で」
「ティッシュ配りだぁ?・・・なんで俺がそんなことしないといけないんだよ」
「おい!今そんなことって言ったか?」
ーーー帰り道は騒がしく。ナユタとアステルは、全く同じことを思っていた。こいつ、やっぱり全然わかってねえ!
続く。
次回予告
光線技が通じない!奇獣ガンQに苦戦するナユタとアステル。迫るタイムリミット。ガンQを討つべく、ナユタは"新たなる力"の習得に臨むが・・・
「昔からナユタはね。自信がない時は、いつもこんな感じだったから」
次回「逆境のバッターボックス」