たった1つの笑顔   作:粗茶Returnees

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1st take
エレジア①


 

 ひび割れた壁をすり抜け、僅かに聞こえてくる音と匂い。それを感じ取った青年は目を覚まし、起き上がろうとして重みに負けた。

 起き上がる。ただそれだけの行為に、疲労でも蓄積してたのか体力が底突きているのか、それが叶わなかった。

 

「目を覚したのかい。丁度よかった」

 

「……すんげぇケツアゴ」

 

「初対面の人への第一声が失礼過ぎないか?」

 

「それはすまない。反射的に言っちゃうことが多いんだ。ッ……!」

 

「無理に動かない方がいい。幸いにも怪我はないようだが何時間も眠っていた。体が回復するのを待つべきだ」

 

「たしかに怪我はないのはありがたいな。……あ、助けてもらってるのに礼が遅れた。ありがとう」

 

「実際助けたのは私ではない。あとでここに来るだろうから、その時にその子に礼を言うといい」

 

「食事を用意してくれたのはあなたでは? えーっと……」

 

「ゴードンだ」

 

「ゴードンさん。オレはベルナート。この広い海を旅してる冒険家だ」

 

 ベルナートと名乗った青年は、ゴードンが運んでくれた食事に気づき、それを食べるために体を起こした。さっきはできなかったことだが、無下にするわけにはいかないと踏んばってのことだ。

 そうされるとゴードンも食事を下げるわけにもいかず、ベルナートに手渡す。

 

「これはゴードンさんが?」

 

「そうだ。料理人ではないが、人に出せる程度の自信はあるつもりだ」

 

「匂いからして美味しいのは確定ですよ。いただきます!」

 

「ゆっくり食べるといい」

 

 そう言ってゴードンも、用意していた自分の分の食事を食べ始めた。ゆっくり食べるようにと勧めたにも拘わらず、勢い良く食べ続けるベルナートの姿に、喜びを交えたため息をつきながら。

 人間誰しも、自分が作った料理を美味しそうに食べてもらえるのは嬉しいものだ。プロもアマチュアも分け隔てなく共通である。

 

「そういえば、んぐ。ゴードンさん。はむ」

 

「食べ終わってから喋りなさい」

 

「いや無言で食べ続けるのはちょっと。1人の時ならまだしも」

 

「……気持ちはわかるがね」

 

「この島ってどこなんだ? オレここに着く前に意識が飛んでたみたいなんだよ。気性の荒い奴と戦ってたのは覚えてんだけど、腹減り過ぎててその記憶自体曖昧だし、その後もわかんねーんだ」

 

「そんな状況あるのかね……」

 

 ベルナートが発見された時、彼の体は冷え切っていた。その状態から、長時間海水に浸かっていたことが推測できる。溺死しなかったのは幸運以外の何ものでもない。

 浜辺で発見したのもあって、気性の荒い奴とは近海の主といったところだろう。

 

「この島の名はエレジア。音楽の島として知られていた島だ」

 

「ここがエレジア!? ……んぐっ!」

 

「ほら水だ」

 

 喉に食べ物を詰まらせたベルナートに、ゴードンはすかさず水を渡した。それを流し込むことで解消したベルナートは、一度深呼吸して自身を落ち着かせる。

 

 空になった皿を受け取ったゴードンは、それをワゴンに乗せた。食欲が旺盛なのはいいことだが、残念なことにおかわりは用意していない。代わりとして、持ってきておいた果物を渡し、ゴードンは食事を再開する。

 

「すまないね。この島での食事は、あまり豪華にも盛大にもできないんだ」

 

「食べさせてもらってるだけ嬉しいよ。……事情もわかってる」

 

「そうか……」

 

「ところでゴードンさん。オレの荷物ってどうなってた?」

 

「君のものらしき船は壊れていたよ。修理可能かは私の目では分かりかねるがね。荷物の方もわからない」

 

 衰弱していたベルナートの保護を優先したのだから、見落としていても無理はない。目の前の人間を無視して、その人の所持物を漁るような人間性を、ゴードンももう1人の人物も持ち合わせていないのだ。

 だが、完全に放置しているわけでもないのだ。今この場にいないもう1人が、「彼が目を覚ましたときのために」ともう一度浜辺まで行っている。

 

「それはなんというか、いたれりつくせりだな。お返しできることなんてないぞ」

 

「見返りを求めて助けたのではない」

 

「良い人かよ。でも、そっか。探してくれてるのはありがたい」

 

「大切なものがあるのか?」

 

「そんなとこ。ふぁぁ」

 

「まずは休むといい。次に起きる頃には、あの子も戻ってきているだろう」

 

「……わかった。ほんと、ありがとうゴードンさん」

 

「礼はいい」

 

 気概はあれど体の疲労が拭えるわけではない。再度横になったベルナートは、数秒の後にあっさりと眠りに落ちた。

 食事を済ませたゴードンも、ベルナートに毛布をかけ直してからワゴンを押してその部屋を出る。

 

 

 

「彼起きたの?」

 

 洗い物まで済ませて椅子に腰掛けている時のことだった。あの日から来客など1人もいなかったなと思い返していたところ、もう1人の住人たる女性がひょっこりとゴードンの前に現れた。

 その肩には彼の物と思わしきカバンがあり、彼女の両手には別の荷物も抱えられている。ゴードンの予想よりも荷物が流れ着いていたようだ。

 

「乾かさないといけないのも多そうだけどね。それで彼は起きてた?」

 

「食事を取ったらすぐに寝たよ。一時起きていたことにまず驚く」

 

「無事ならよかった」

 

「……彼のとこに行く気か? 寝かせといてあげたらどうだ」

 

「とりあえずこの荷物を干してから、様子を見てみる。起こすようなことはしない」

 

 そう言って彼女は、日当たりのいい場所まで荷物を運んでそれらを干し始める。失礼を承知で、カバンも開けて中にある荷物を取り出した。風で飛ばされないように気をつけつつ、一通り終えたところで次はベルナートにあてがわれた部屋へ。

 ゴードンにとってもそうだが、彼女にとっても外からの来客は大変珍しい。より正確には彼女にとっては初めてだ。

 体温が低下し、血の気が引いていた状態で浜辺に打ち上げられていたベルナートを見た時は、混乱と焦りで染まっていた。目の前で人が死ぬかもしれないという状況が、彼女にとって恐ろしいものだったから。

 それが今では異なっている。一度目を覚まし食事を取ったということは、一命を取り留めたということ。それで安心できた彼女は、好奇心が勝るようになってきている。

 

(次に起きるのは明日とかかな。それとも夜にまた起きるかな?)

 

 夕飯の量が変わるかどうか。作るのは基本的にゴードンだが、彼女もそれを気にする。

 過去を振り返りながらそのことを考え、どうなるかなと思いつつ部屋に入ると彼女はその目を丸くした。

 

「お、起きてる!? 大丈夫なの!?」

 

「すんげー髪」

 

「え、ああうん。ありがとう。……そうじゃなくて! さっき寝付いたばっかって聞いてたんだけど!」

 

「人が来る気がしたから起きた」

 

「結構敏感なタイプなんだ?」

 

「気心知らない相手の時だけだよ」

 

「ふーん? 睡眠の邪魔してごめんね」

 

「慣れてるから別に。それより名前は? オレはベルナート」

 

「そうだった。私はウタ。音楽家だよ」

 

 ウタと名乗った女性をベルナートは寝転びながら眺めた。  

 起き上がったほうがいいとは思っているものの、食事を取るわけでもない今はそれを止めている。一安心できたからか、先程のようには力が入らない。

 彼女の長い髪は後ろで一度結われているようだが、それよりもベルナートの目を引いたのは、髪色が綺麗に白と赤で分かれていることだ。ウタの左側の髪が白く、伸ばしている前髪で片目は隠れている。反対に赤い髪は目を覆ってはおらず、ウタの丸い目がはっきりと見える。

 

「音楽家って、何か演奏するのか?」

 

「ううん。私は歌手だよ。作詞とかももちろん自分で」

 

「へ~。それはすごいな」

 

「歌ってみようか?」

 

「音楽の感性が壊滅的だからやめとく」

 

「壊滅的って……。まあ今はいいか。それよりこのケースは何?」

 

 ウタが見せたのは、片手で持てる程度の長方形のケースだった。たいした量を中に入れられるわけではなさそうだが、そのケースは相当頑丈な作りになっているらしい。そこらの鉄より硬そうだ。

 

「あ、オレの荷物も流れ着いてたのか」

 

「うん。全部じゃないとは思うけど、拾った分は乾かしてるとこだよ」

 

「ありがとう。そのケースには大事なものを入れてあるんだよ」

 

「そうなんだ。じゃあそっちに置いとくね」

 

 部屋にあるテーブルにケースを置いてそれをベッドの近くに移動させる。大切なものなら、少しでも近くにあったほうがいいだろうとの配慮だ。

 

「いたら寝れないよね。また来るね」

 

「いやいいよ。少しは起きてられるし、ウタが良い人って分かったから寝ようと思えば寝られる」

 

「いやいや、まずは寝て体力を回復させなきゃ」

 

「話をしたいって顔に書いてあるんだけど?」

 

「うっ……。そりゃあ外から来る人なんていなかったし……、でも無理をさせるのは嫌だから」

 

「そっか」

 

 それならとベルナートは目を閉じるも口は変わらず動かした。寝落ちするまでは話をするつもりか。

 それが伝わったウタはくすっと笑い、椅子をベッドの近くに動かして座る。

 

「話って言っても何から話すかだよな」

 

「名前は聞いたけど、どこから来たのかは聞いてないよ」

 

「たしかに。オレは新世界出身で、そっちから来た」

 

「新世界ってなに? 場所のこと?」

 

「そっから……? え、無知ってやつ?」

 

「し、仕方ないじゃん。私ずっとこの島にいるんだし、外のことなんて全然知らないんだもん。ここ半年でようやく知れるようになってきたけど」

 

「ここ半年……。この島にはニュースクーは来ないのか」

 

「ニュースクーって?」

 

「……新聞を配る渡り鳥のこと。新世界はグランドライン後半の海のことだ」

 

「あ~、あの鳥たしかにそんな名前だったね」

 

「だいたいの島にはそいつが新聞を配るんだけど、まあエレジアは仕方ないか」

 

「あ、ゴードンから聞いたんだ?」

 

「ここがエレジアってことはな」

 

 かつて音楽で栄えた世界一の音楽の島。それが一夜にして滅び、そこからは完全に外海と遮断されている。

 より正確には、もうこの島には誰もいないと思われている。なにせ生存者はたった2名。普通に考えればその2人は近隣の島に移住してその後の人生を送るはずだ。だからニュースクーもここには来なくなったのだろう。

 

「ねぇ、新世界ってどんなところ? ベルナートの島はなんていう島なの?」

 

「オレの島のことは……また今度で」

 

「なんで!?」

 

「いろいろとあるんだよ。それで察してくれ」

 

「……わかった」

 

「ありがとう。んで、新世界……グランドラインの後半は世界でも名だたる海賊たちが蔓延ってる海だな」

 

「海賊……」

 

「4人の大海賊がそれぞれ縄張りを持ってて、ある意味それで安定はしてたんだ。半年前に白ひげが死んでからはそれも崩壊して、今はまだ荒れてるかな。いずれ安定はするはず」

 

(半年前……私が電伝虫を拾った時期と重なる)

 

「そんな海とグランドライン前半を隔てるのが、世界を横断してる赤い大陸(レッドライン)

 

「? それならどうやって行き来してるの?」

 

「1つは壁を登って反対側へ。天竜人たちが住んでるからそういう道があるんだけど、基本許可は下りない。だから深海に行っての魚人島経由」

 

「魚人島ってそこにあるんだ。でも深海にはどうやって?」

 

「これがまた面白い技術があってな。魚人島に行くためには──」

 

「うん」

 

「…………」

 

「……あれ? ベルナート?」

 

 黙ってしまったベルナートの顔を覗いてみると、すやすやと安定した呼吸で眠っている姿が。

 

「寝ちゃった!? このタイミングで!?」

 

 話している時間だって長くはなかった。むしろ短かった。

 それなのにもう寝てしまったのは、それだけベルナートの体が睡眠を求めていたのだろう。

 ウタはそれを起こすわけにもいかず、仕方ないかとため息をついて、乱れている掛け布団を直してから部屋を出た。

 

 

 

 

 ベルナートの回復力は高かった。というよりも、怪我をしていたわけでもないため、一晩もあれば体力もほとんど回復する。

 動けるようになったベルナートは、ウタがいつの間にか纏めて置いておいてくれた荷物を整理していく。海水で濡れていたものもすべて渇き切っていた。

 荷物は元より少ない方だが、エレジアまで流れ着いたものは、そこからさらに数を減らしている。何があるか確認し、カバンに入れるものは入れて部屋を出る。これからどうするにしても、改めてゴードンとウタに礼を言いたい。

 この島にいるのは3人のみ。見聞色で把握できるベルナートにとって、探すのは造作もない。

 

「おはようベルナートくん。もう動けるのかい」

 

「おはようゴードンさん。おかげさまでね。本当にありがとう」

 

「改めて言われることでもない。それで、君はこれからどうするんだい? 君の船は壊れてしまっている」

 

「ひとまずその船の状態を見に行こうかと。場所を教えてほしい」

 

「了解した。しかしその前に朝食だな。ウタもそろそろ来る頃合いだ。座って待っていてくれ」

 

「手伝えることがあれば手伝うぞ。昨日から世話になりっぱなしだし」

 

「気にしないでくれ。私にとってもおよそ10年ぶりの来訪者だ。歓迎したくてね。それに、ウタの話し相手になってくれると嬉しい。見たところ年齢もそう変わらない。あの子にとって貴重な刺激になるだろう」

 

「……それでいいなら」

 

 引き下がって大人しくしていること数分。ゴードンの言う通りウタも姿を現し、ベルナートの姿を見るやいなや素早く対面の席に座った。

 

「おはよう。昨日はよく寝れたみたいだね。あのあと起きてこなかったし」

 

「うん、まあ」

 

「なんだか歯切れ悪いね。寝違えた?」

 

「いやそんなことはない。昨日何話したかあまり覚えてないなって」

 

「魚人島に行く手段が何かってとこでベルナートは寝てたよ」

 

「あーそこか。魚人島は深海1万メートルのとこにあって」

「1万メートル!? どうやってそこに行くの!?」

 

「船をシャボンでコーティングするんだ」

 

「……??? 全然想像できないや」

 

「ははは。知らずに一生を終える人も多いからな。これは知らなくても無理はない」

 

「んんー、私が無知なのは自覚したけど、なんか複雑」

 

「負けず嫌いかよ」

 

「そうかも! 私幼馴染との勝負に負けたことないもん。向こうは向こうで負けを認めないんだけどね」

 

「似た者同士だな」

 

「あっちの方が子どもだったよ。……懐かしいなー。今は何してるんだろ」

 

「さぁ? 少なくとも、元気に好きなことやってんじゃないか?」

 

「それは間違いないね。そうじゃない姿は想像できないし。っと、話が逸れちゃったね。それでそのシャボンってのは?」

 

「これがまた面白いものでな──」

 

 ベルナートは冒険家を名乗ってはいるが、その旅を人に話すことは滅多にない。そもそも帰国することを頭に入れていない放浪の旅だ。着いた島でしばらく滞在し、仲良くなった人や懐かれた子ども相手に話すことがあるぐらい。自分から人に語って聞かせることはない。

 しかし冒険家っぽい面を持っているのは持っている。着いた島での出来事であったり、航海中の新たな出来事があれば、それは本に書き記している。

 では、ベルナートは語ることが嫌いかと言うと、そういうわけでもない。自分の経験談で相手が楽しんでくれることは、語り手にとって嬉しいものなのだ。子どももそうだし、ウタのように目を輝かせて聞いてくれるとなおさらだ。

 

「歓談中悪いが朝食にしようか」

 

 

 

 

 

 

 船の状態を見て、可能なら修復したいというベルナートに、「必要なものがあるなら、倉庫から持っていくといい」とゴードンは許可を出した。ゴードンとウタしか住んでいなかった島だ。鍵はかけられておらず、自由に持ち出すことができる。

 中に何があるかを確認し、必要そうなものをいくつか持ち出す。1人で運べる量には限界があるのと、どのみち状態を見てから他に何が必要か決めないといけない。往復するのは確定だ。

 

「ベルナートは船を直せるの?」

 

「ついて来るのか」

 

「外の話もっと聞きたいからね。それで船を直せるの?」

 

 船のある浜へと向かっていると、途中で待っていたウタが合流。ベルナートの手から用具を1つ奪い取って横に並んだ。

 

「本職じゃないから限度はあるけど、ウォーターセブンで覚えてきたからな」

 

「そこは船で有名なところ?」

 

「惜しい。船大工で有名なところだ。世界一の船大工がいて、世界最高基準の腕をしてる人たちが依頼を請け負う。政府から依頼が入るくらいその腕前が評価されてるんだ。あとは島から島へと人や物資を運ぶ海列車でも有名だな」

 

「うみれっしゃ?」

 

「あれは見ないとピンとこないやつだから、知らなくても仕方ない」

 

「そっか。世界って広いね。私の想像より」

 

「そりゃそうだ。4つの海のどこかでしか生きてない人からしたら、季節が1つだけの島とか想像できないだろうしな。世界は驚きの連続だ」

 

「ベルナートは冒険が好きなんだ?」

 

「……そう見えた?」

 

「うん。楽しそうにしてた。目をきらきら~ってしてたし」

 

「昨日今日知り合ったばっかのウタに言われるなら、そうなんだろうな」

 

「?」

 

 いろいろあるんだと言って有耶無耶にしたベルナートは、話題を変えてその話を終了させた。

 誰にだってあまり話したくない話題もある。ウタもそれを理解できるから深堀せずに、ベルナートの話題転換に付き合った。今度はウタについてだ。

 

「この島って一応、その……1回滅んでるだろ?」

 

「…………うん」

 

「その島にいながら歌詞を作ったりしてるって昨日言ってたけど、それはどうしてるんだ? ニュースクーすら来ないこの島で歌を作って、誰かに披露しないのか?」

 

「あ、それならしてるよ。半年くらい前にこのでんでん虫たちが流れ着いててね。あっ、ちょうど君みたいに」

 

「余計な一言入らなかった?」

 

「この電伝虫たちが」

「無視か」

「気にしない気にしない。それでこの電伝虫たちが、映像を発信してくれるんだ!」

 

「映像か! あ~なるほどね! それで曲を披露してるのか!」

 

「うん! 今までは何もなくて、本当にただ生きてるだけの生活だったんだけど、これのおかげで私の歌をみんなに聞かせられる。そうなってからは毎日が楽しくて楽しくて!」

 

「ウタの好きなことはそれなわけか」

 

「そう見える?」

 

 くすっと笑いながらそう聞いてきたウタに、ベルナートもニヤッと笑いながら頷く。

 

「ウタの綺麗な目が輝いてた」

 

「あはは、綺麗とか言っちゃって。ありがとう」

 

 そうやって褒めてくれる人たちとは、物理的にも疎遠になった。今どこで何をしているのか。海賊を続けているとだけは想像できるけれど、それ以外は何もわからない。

 大好きで、大切で、尊敬もしていた彼らのことを思い出し、首を横に振ってそれを頭から追い払う。

 

「そこの分かれ道は左ね」

 

 道案内へと脳内を切り替えた。彼らがまた出てこないように。

 たった2人で島全体の管理が行き届くわけもない。手付かずになった道が緑に覆われるのも珍しくなく、ウタは限られた道、決まった範囲でしか行動しない。

 だから案内する道も、そういう道のみだ。目的地によっては遠回りになることもあるのだが、それを気にするような日々を過ごしているわけでもない。時間に追われることも、急ぐ理由もない。

 

「ベルナートは船を直したらまたどこかに行くの?」

 

「そりゃあな。船の状態にもよるから、それが可能かってのといつになるのかは不明」

 

「次はどこに行くつもり?」

 

「考え中。グランドラインは海流もめちゃくちゃだしな」

 

「それ用のもあるんじゃなかった?」

 

「ログポースな。あるにはあるんだが、あれはグランドラインを奥に進んでいくための、ラフテルを目指すためのものだから。それを使うとこの逆走旅もやめになる」

 

「え、じゃあこれまではどうやって逆走してたの?」

 

「エターナルポースを入手したり、あとは……なんやかんやだ」

 

「それって半分以上運任せじゃない? ……あー、だからお腹空いたまま漂流してたのか。もしかしてバカなの?」

 

「ははは、痛いところを突かれたな。これでもいろんな島にはたどり着けてるんだぞ? 今回もそうだろ?」

 

「たどり着いたっていうより、流れ着いたって言うんだよ」

 

「……そういうことにしておこう」

 

「負け惜しみ?」

 

「なんのことやら」

 

 これぐらいのことで勝ちも負けもないだろうと、ウタと視線を合わせないベルナートにウタはくすくすと笑った。

 世界を冒険している。年齢はおそらく変わらないだろうに、ウタ以上に豊富な経験を積んでいる。それがあってベルナートのことをどこか遠い人だと感じていたのに、話せば話すほど、彼の一面を見るほどにそれが薄れていく。

 何やら子供っぽいとこもあるようだ。

 

「もう少しで浜辺に出そうだな」

 

「浜辺に出て右側の方に君の船があったよ」

 

「右ね」

 

「それ左ね」

 

「わざとだからな?」

 

「ほんとかなー?」

 

 焦ることなく淡々と言われたから、ウタも嘘か本当か見抜けずに流す。しばらく歩き続けるとようやく浜辺に出ることができ、自然のままと化したビーチに似つかわない船がそこにはあった。

 海賊のように髑髏を掲げているわけでもなく、海軍や世界政府のようなマークを掲げているわけでもない。ただの真っ白な旗があるだけの、少人数用の船だ。

 

「錨は下ろしてくれたのか?」

 

「ううん。私じゃないよ。私が見たときから下りてたし、なんかの拍子に落ちたんじゃない?」

 

「……たしかに、いつも引っ掛けてたとこが壊れてるしな」

 

 幸いにも船が真っ二つになっているわけでもない。一度海の中に潜って船の底も確認し、船の命とされる竜骨が無事なことも確かめた。破損箇所は外から見て分かるところだけ。船の側面であったりマストだったり。なんにせよ、修復不可能というわけではない。

 

「1人でやるにしても、1ヶ月はかからないか」

 

「そういうものなの? 結構大変そうだけど」

 

「他にやることがあるわけでもないしな」

 

「はいはい。エレジアには何もありませんよ~」

 

「そういうつもりで言ったわけじゃ……」

 

「道具は運んできたやつだけで足りる?」

 

「あー、うん。一応は。何本か木を切り倒さないといけないけど、それはやっても大丈夫か?」

 

「大丈夫だよ」

 

「ありがとう。あとは……オレの刀がどこに行ったかだな。海の中だと絶望的」

 

「刀…………あの船首を貫いてるやつじゃなくて?」

 

「船首? ……っ!? 何であっこに刺さってんだよ!?」

 

「私に言われても知らないよ」

 

 刃が剥き出しになっていて刺さっているわけではない。納刀されている状態で突き刺さっているのだ。まるで船首にちょんまげがあるかの如く。

 

「訳わからんけど、刀もあるのは助かるな。早速始めるか」

 

「何か手伝おうか?」

 

「ん~、今は何もないかな」

 

「じゃあ見とく」

 

「なんで?」

 

「迷惑?」

 

「それはない」

 

「じゃあいいでしょ。船の修理も見たことないし」

 

「退屈だと思うぞ」

 

「その時はその時だよ」

 

 ウタは適当な場所に腰掛けてじーっとベルナートを目で追う。右から左から、時折手で押しながら船の状態を確認し、内部も確認しに行ってからまた外へ出てくる。

 船の修理に使う木材を手に入れてくるとウタに声をかけたかと思えば、ベルナートの姿がウタの視界から消え、代わりに木が倒れる音がその耳に届いた。

 頭での理解が追いつかず、その音の方へと目を向けると1本の大木を持ち上げて歩いてくるベルナートの姿が。

 

「……どういうこと?」

 

「走って切り倒してきただけだぞ」

 

 大木を浜辺に置き、運んできた道具に手を伸ばす。先程口にしていた通り、着々と作業を始めるらしい。

 しかしウタの要望にも応える気があるらしく、自身の船旅で経験してきたことを話しながらだ。そのおかげでウタも退屈せずにすみ、にこやかにベルナートと言葉を交わす。

 

 それから数時間が経ち、ベルナートは一旦手を止めて休憩に。ウタは交代だと言わんばかりに勢い良く跳んで立ち、電伝虫たちをある程度離れた位置に置き始めた。

 

「何してんだ?」

 

「今日はここで歌おうかなって。1人目の前にお客さんもいるし」

 

「オレのことか」

 

「他にいないでしょ」

 

 電伝虫の準備を終えると、ウタは電伝虫が送る映像の先のファンたち、新たな聴衆たちに向けて話し始め、それが終わるとベルナートに目配せしてから歌い始めた。

 活動を始めてから半年。その歌声は人の心を掴み、魅了するがまだ半年だ。ウタの人気はその存在が知られると共に高まっていくだろう。音楽の島エレジアの元国王ゴードンをして「天使の歌声」「歌の天才」と評するのも伊達ではない。

 この活動を、歌うことを何よりも生きがいにしているのは、この瞬間唯一生で見ているベルナートの目に明らかだった。本人の口から聞いてはいたが、ベルナートの想像以上に、ウタは誰かに歌を届けることが好きなようだ。

 

「今日はここまで。みんな聴いてくれてありがとう。またね!」

 

 いくつか歌を披露し終えたウタはそう言って締め括り、電伝虫たちにも配信を辞めさせる。

 すべての電伝虫が辞めたことを確認すると、目の前にいる唯一の生の客に駆け寄った。

 

「どうだった!?」

 

「近い! 感想の前に()()()()()?」

 

「! 気付けるんだ。それとも知ってた? ……安心して。ここはウタワールド。私の歌を聞いたらここに来るだけ。現実の君は寝てるだけだから」

 

「なるほどな。って、作業に支障が出るんだが!?」

 

「あ。うん、長く滞在しなよ。急ぎの旅でもないんだから」

 

「開き直りやがった! はぁぁ、まあいいか。実際目的のある旅でもないしな」

 

「うんうん」

 

「で、聴いてて思ったんだけどさ」

 

「うん! どうだった?」

 

「この島を出てライブするのもいいんじゃないか? 電伝虫越しに聞こえたけど、ファンはいつもよりウタが楽しそうだって言ってた。それってやっぱ目の前に客がいるからだろ? ライブツアー。世界を渡り歌うワールドツアーなんて、有りじゃないか?」

 

「それも良さそうだから考えとくけど。私はまずベルナートの感想を聞かせてほしい。楽しめた?」

 

「……だからオレ音楽の感性が壊滅的って言ったじゃん。……凄いんだろうなってことはわかったぞ? あとウタが生き生きしてて楽しめてるんだなってわかった。だから良かったと思う。……あの……ウタさん?」

 

 目を泳がせながらなんとか言葉にしたベルナートだったが、ウタは顔を伏せてぷるぷると体を震わせる。

 どう声をかけようかとベルナートが悩んでいると、悔しそうなうめき声と共にウタがバッと顔を上げた。

 

「ぅぅぅっ! 全ッ然ダメじゃん!」

 

「ごめんて」

 

「違う! ベルナートじゃない!」

 

「え? いやだって、オレだけこうなのは、オレの感性が死んでるからで」

「そんなの関係ない!! どんな人だろうと、私の声が届く人みんなを元気に、幸せにできる! 私はそうなりたいの! だから!」

 

 ベルナートに真っ直ぐに指を差してウタは宣言した。

 

「私の歌で必ず君を心から笑顔にしてみせる!!」

 

 それはウタからベルナートへの、一種の宣戦布告だった。

 

 

 

 




 短編に纏めるか連載形式にするかは考え中。
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