ベルナートもモネも、共に過ごしたからこそ影響を受け合っている。シュガーは2人の距離感を見て1歩引いていたから、ベルナートの影響を受けていないが、モネは違う。よく知っているからこそ、価値観が少しズレることもある。
今モネが担っている仕事も、ベルナートが知れば怒るだろう。モネだって「何年も会っていなくても、知られたら怒られるわね」と思いながら任務に就いたし、自分の仕事に後ろめたさも感じるようになった。
しかしドフラミンゴを裏切るような行動も取れない。それもまた、自分自身が許せない。
「海賊嫌いって聞いてるけど、ウタから何か働きかけることは考えているのかしら?」
「新時代を作る。その目標は昔からあるよ。でも具体的なのはまだで、海賊は嫌いだけど、だからどうのってことも考えてない。私に何ができるのか……私は知らないことが多過ぎる」
「少なくとも戦うとかではないのね」
「もちろん。傷つけ合うのは嫌だし」
「いいんじゃないかしら? あなたは歌姫としてこれからもっと知られる。戦い以外の方法で、あなただけのやり方を模索していけばいいと思うわ」
「うん! ありがとう」
ベルナートは今席を外している。デザートを食べたいという女性陣の要望を聞き入れ、買い出しに行っている。初めはウタが行こうとしたのだが、昼食はウタが買ってきていた。今度はこっちの番だとベルナートが譲らず、渋々ウタは残っている。
「そんなに気になる?」
「え?」
「ベルナートのこと。顔に書いてあるわよ?」
「……うん。正直に言うと気になる。ベルナートはいつも秘密ばっかだから、ベルナート自身のことを全然教えてくれないし」
「……そうなのね。それなら私が話し過ぎるわけにもいかないわね」
「そうなるよね。……あれ?
「ふふふふ、彼の線引きもわかってる。どこまでなら私が話してもいいのか、ね」
その言葉にウタは目を丸くした。秘密主義とさえ思えるベルナートのことを、モネは多分に知っているらしい。しかもベルナートの性格すら理解している。
なぜそこまで知っているのか。どうやって聞き出したのか。聞いてみたいことが次々と頭に浮かんでくるが、ウタはそれを振るい落とした。モネが話せることだけを聞くしかない。
「聡いのね。……ウタはベルナートのことどう見えてる?」
「どうって、どういうこと?」
「正義か悪か」
「正義か悪かって……。正義だと思ってる。悪いことは悪いって言える人だし、理不尽なことは許せない人だから」
「うふふ、そうね。彼の倫理観と行動原理を見ればそう。でもベルナートは、自分のことをそうだとは思っていない」
「二分して考えるのは、極論になるから?」
「あら、思っていたより視野が広いのね」
「前よりは少しだけ広げられたから」
「いい変化だと思うわ」
素直な感想だった。けれどこれもベルナートと関係するからだ。ウタが彼と共に行動しているわけじゃないのなら、モネもそこまで気にかけなかった。
少しは知見を広めても、ウタの箱入り娘感はまだまだ拭えない。モネとしては、少しくらいベルナートの負担を減らしたい。
「自分の立場を棚に上げて言わせてもらうけれど、この世界はそう綺麗に二分できるわけじゃない。グレーゾーンの人たちも実在する。王下七武海も、私の目からすればそこね」
「元は海賊だからだよね」
「そういうこと。ベルナートもそこなのよ」
「なんで?」
「そこは彼自身が話すでしょうね。私が話せる範囲を超えてる」
周りの話はできる。しかし肝心の核の話をするわけにはいかない。ウタは焦らされた気分に陥ったが、自分も肝心なことは話していない。問いただすような真似はできない。
「……モネ、ベルナートは海賊じゃあないよね?」
「もちろん。海賊は彼が嫌う対象の1つよ」
「よかった……」
「ウタ。彼のことを本当に知りたいのなら、答えてちょうだい。あなたは何があっても、ベルナートが何であっても、彼を信じられる?」
「え……? それって、どういう……」
「答えて。もしそうじゃないのなら、あなたは彼のことを知る資格なんてない。彼が隠しているのは、彼なりの優しさなのよ」
モネの目も言葉も、真剣そのものだった。その問いには、誰よりもベルナートを知るモネの想いが込められていた。
聞いてからの回答なんてできない。今この場で、ウタは答えないといけない。
戸惑いを押し留め、静かに深呼吸しながら思い返す。エレジアで出会ってから見てきたベルナートのことを。
「私は、
「…………そう」
それがウタなりに言い切れる限界だった。
「信じられる」とは言えない。「信じる」とも言えない。
そこにはウタの過去が関係していて、モネはそれを知らないなりにウタの目を見てその言葉に頷いた。
とても100点の回答とは言えない。モネが心配せずに済む回答なんかじゃない。けれど、その答えならばモネも信じられる。
「それが聞けただけましね。……ベルナートはちゃんと新聞読んでる? 情報を怠っていない?」
満足したわけではないが、これ以上こういう話はできない。まだ人混みに紛れているが、ベルナートがこっちに戻ってこようとしているのが見えたからだ。
タイムリミットは予想よりも短いらしい。それなら、モネはモネでベルナートのことをウタに聞きたかった。
「え、うん。いろんなこと知ってるし、私もゴードンもベルナートに助けられてばっかりだよ」
「ちゃんと読むようになったのね」
「昔は違ったの?」
「そうね。あまり読もうとはしていなかったわ。情報収集もやりたがらなかったし」
「へ~意外」
それもこれも、勤勉なモネが一緒にいたからだ。モネに頼りきっていた。別れてからはそうするわけにもいかず、
それがベルナートがモネから受けた影響の最たるものだ。ベルナートはそれを言わないし、モネも知ることはない。照れくさいから。
「おかえりなさいベルナート。早かったわね」
「あ、おかえりベルナート」
「買ってきたぞ。こっちはホイップを盛りに盛ってくれたパンケーキ。こっちはモネ用のかき氷」
「ありがとうベルナート! いっただきま~す!」
「あら、覚えていてくれたのね。嬉しい」
「モネのことで忘れたことなんてないぞ」
「うふふふ、お礼にベルナートも食べて」
ミルクのかかった抹茶かき氷。スプーンでその一部を掬ったモネが手を伸ばした。最初の一口目をいいのかと目で問うと、ウィンクで返された。お礼だからこそ一口目を食べろとのことらしい。
その光景を目の前で見るのも何だかなと思ったウタは、好物のホイップましましパンケーキを堪能することに。味は店や人によって違いも出てくる。ここのお店の味はどうかと、品評する気分になりながらゆっくりと食べた。
「せっかく水着に着替えているのだし、ウタもプールを楽しんだら? ベルナートがいるなら海も楽しめるわよ」
「海も?」
デザートを食べ終えたところで、モネがウタにそう持ちかけた。もちろんウタはプールに入るつもりだったが、海もと言われると疑問が浮かぶ。
しかし話はそう難しいことじゃない。ベルナートは能力者ではなく、泳ぐこともできる。そのサポートがあれば、海も楽しめるという話だ。実体験だからモネはそれを推せる。
「力は抜けるけどベルナートに寄りかかることはできるし、ベルナートもしっかり掴んでくれるから大丈夫よ」
ただし、肌の露出が増えた状態で男女が密着することへの躊躇いを、モネは頭から落としているが。
「ええっと……とりあえず浮き輪借りてくるね」
ウタは物心ついた時にはすでに能力者だった。泳ぐことなどできないし、ましてや海で遊ぶこともままならない。
それができるとなると心惹かれるものがあるが、やり方は躊躇いが生まれるものだった。他に方法があるかと言われると、たしかにないのだが。シャボンがあれば話も早かったが、残念ながら誰も持ち合わせていない。
浮き輪を借りに行くウタを見守っていると、ベルナートは後ろからそっと腕を回された。
「モネ……?」
「あなたにまた会えて、元気そうでよかった……。ずっと……心配だったから」
ベルナートが振り返って目が合うと、モネはすぐに顔を赤くした。恥ずかしさを堪えて、やっとできたことなのに。至近距離で顔を見合わせるのはキャパオーバーだった。
そんなモネの頬をベルナートは右手でそっと撫でる。くすぐったそうに目を細める姿に、ベルナートもくすりと微笑んだ。
前よりも近くなった距離だ。背丈が伸びたという事実は、それだけの年月の証。成長の印の1つ。
「モネ。オレは」
「言わないで」
「……」
「あなたの言いたいことはわかる。嬉しいけれど、それは駄目なのベルナート」
「……お前は
「それは……。でも……」
回されている手に力が加わる。子供がぬいぐるみを抱き締めるように。大切なものを手放したくないのだと言うように。力強くそれでいて優しく。
「私はもう二度と。……あなたが傷つく姿なんて見たくない……!」
「ありがとうモネ。そう思ってくれる人がいるってだけで、オレは幸せだよ」
駄目だ。
届いていても、それは受け入れられない。ベルナートは最後の賭けをしているが、それでも覚悟自体は固まっている。あとはタイミングだけだ。
「過去にもしもなんてない」
もしもベルナートがドンキホーテファミリーに入っていたら。
もしもモネがドンキホーテファミリーに入っていなければ。
もしも2人が、もっと早くに出会えていたら。
もしも…………。
どれか1つでも叶っていたら、今とは違う形になれていた。だが現実は違う。だからこうなっている。
「けれど未来にはもしもがある。オレは、どれだけ傷ついても掴みたい。またモネとデートしたいしな」
「……っ!? …………ばか」
不思議と今回は照れることがなかった。スッと胸の中に落ち着き、柔らかな温かさを感じる。
それに感じ入るように、モネはそっと目を閉じて──。
浮き輪を借りてウタが戻ってきた頃には、モネはどこかへと行っていた。「これ以上一緒にいると別れにくくなるから」という理由だ。
だがまだキューカ島自体にはいるらしく、ウタがライブをするのならそれも聴くつもりらしい。それを聞いてウタも、それならやらないとねとライブの決心をしたものだ。
「今回はゲリラライブにするね。この島は大きな島でもないし、長居するわけでもないんでしょ?」
「なら夜間だな。浮き輪まで借りてきたんだから、まずはウタがこの島を楽しんどかないと」
「ふふっ、ありがとう」
「なにが?」
「ううん。ベルナートはいつも気にかけてくれるから。でも本当によかったの? モネと一緒にいなくて。まだ話すことあったんじゃない?」
「……いいんだよ。話し過ぎるのもまずいことになるから」
「?」
半分も理解できなかったが、とりあえずウタは流すことにした。モネが予防線を張っていたように、世界には踏み入れるべきじゃない闇がある。ベルナートもモネも、ウタがそこに近づかないように最大限気をつけていた。今になってウタからそこに行くわけにはいかない。
プールと海のどっちで遊ぶのか。浮き輪借りてるしプールだろうなと予想するも、ウタはどっちもと答えた。プールでは浮き輪を用い、海では使わない。
「本気で言ってるのか?」
「うん。モネにオススメされたし、ベルナートなら大丈夫。パンツ見られたけど」
「いつの話だよ。……見てねぇけどな!?」
「おそいって……」
プールか海かでは海が先だ。そっちで遊んだあとに、浮き輪でゆったりとプールを楽しむ。ベルナートもついているのだから、気楽にできる方をあとに回したい。
そんなわけで、借りた浮き輪は一旦ビーチに置いておき、ウタは飛び込み台に駆けてそこから海へと飛び込んだ。
「はぁ!?」
慌ててベルナートも海に入り、沈んでいくウタを掴んで一旦海面へ。
「げほっ、けほ。あはは、はやいねベルナート」
「心臓に悪いんだが!?」
「ごめんごめん。ここからは、おねがいね」
「ったく。オレ普通の服なんだけどな」
「あ、ほんとだ。……どんまい!」
いい笑顔でウタが首に腕を回し、ベルナートも仕方ないかと諦めてウタの背に腕を回す。
3秒のカウントダウンを入れてから、ベルナートはウタを連れて海中へ。ウタもカウントに合わせて大きく息を吸っておいた。
能力者にとって海は天敵。昔から泳げなかったウタにとっては恐怖とそう変わらない。さっきも1人で海にいたら怖かった。
(けど今は怖くないや)
ベルナートといることで余裕が生まれ、ウタは海の中を初めて綺麗なものだと感じていた。泳いでいる魚たちも愛らしい。
近くまでベルナートが寄せていき、ウタの手を伸ばさせて触れさせる。
初めて触れる海中の魚。ぬるっとしたような気がして、驚いた魚はすぐさま泳ぎ去っていった。そっちを目で追いかけると、他の種類の魚たちも見える。美しく、雄大な海。
海の印象がまた変わった瞬間だった。
「ぷはっ! はぁはぁ、ふふっ、あははは! はぁぁ、きれいだった~」
「楽しんでくれて何よりだ」
「ありがとうベルナート。いっしょうのおもいでになったよ」
「……これからも好きな時に潜ってやるよ」
「……、これからもいっしょにいてくれるんだ?」
「期間は成り行き次第で」
少なくともこのツアー中は共にいる。その後どうなるかは、その時次第だ。
出会いがあれば別れもある。それは誰もが知っていることだ。けれどウタにとって「別れ」は、良い意味を持たない。
順当に考えればいずれベルナートとも別れる。これまでのツアーで会ったファンのように。しかしベルナートはファンではない。ベルナートは……。
(ベルナートは……なんだろう)
うまく当て嵌められる言葉が出てこない。
「どうせまだツアーは続くんだ。そんなのはその時に考えればいい」
「そう、だね。ベルナート、もういっかいもぐって」
「楽しんでくれてるのはいいけど、ライブできる体力は残しとけよ」
「だいじょうぶ!」
根拠のない自信だったが、ウタの笑顔に負けてベルナートはもう1回海中へと潜った。
なおライブはウタが浮かれたために水着で行った。ライブ配信もあり、ファンもさらに増えたが、水着姿に魅了されたガチ恋勢も発生したとか。そんな人たちが発生したとは、ウタが知る由もない。
□
とある一室にて、その男は映像を見ていた。その話は外出した時に耳にした。どんなものかといつでも品定めするように、映像を受信できる電伝虫は部屋に配置させておいた。
その部屋に置かれているものはどれもが最高級の一品ばかり。どんな王族よりもワンランクは上のものが揃っている。
「おいお前」
「はっ」
「この女を買いに行くえ」
ベルナートが初めて人助けをできた相手がモネとシュガー。いろいろと特別な相手らしいです。