ジャヤへの航路はモネから貰ったログで安定している。話を持ちかけたからにはこれぐらいすると言って、貴重なエターナルポースを渡してくれた。なぜ持っていたのかは、ベルナートも聞かないでおいた。あの島にはかつて、黄金の伝説もあった。半年ほど前からは、空から鐘の音が聞こえるようになったとも言う。
海賊という本業で考えれば、狙っていてもおかしくはない。
(ドフラミンゴが今さら狙う気もしないけどな)
ドレスローザで国王も務めている男だ。黄金伝説の信憑性が高まったとしても、いちいちそんな些事に気を回すとは思えない。
だがモネが気まぐれでそれを手に入れるとも思えず、いくつかの可能性を考えてベルナートは首を振った。モネが言わなかったのだから、今さら詮索するのも余計なことになる。後押ししてくれたことに、可能な限り応える。それが最大の返しだ。
「空島に行くには、その海流の上に空島がないといけない、か。こればかりは一致するのを待つしかないな」
「ノックアップストリームの発生箇所も規模も毎回違うようですけど、一定の範囲内ではあるみたいですよ。それでも最後は運任せですけど」
「ベルナートならなんとかできるよね」
「自然現象はどうしようもないんですけど!? ……最悪落下になっても、全員が生き残れるようにはできるけどさ」
「それはできるんだ」
ベルナートも大概常人離れしてるなと改めて認識する。アラバスタで行っていた斬撃を飛ばす技。あの時はその後の展開もあって流していたけれど、今思うとあれもおかしい。斬撃が飛ぶというのは、ウタの知る常識にはない。
戦闘時はいつも留守番だったから知らないだけで、ひょっとすればシャンクスもできるのかもしれない。あの男ならできてもおかしくない。
ベルナートは極力危険を遠ざけている。今の時代ともなると、海賊は多い。いくらこの海が広いと言っても、海賊の数自体増えているはずだ。それなのに今のところ、海の上で海賊船を見かけていない。
「そこは単純に運だけどな」
「運なんだ」
「海の上は遮るものもない。望遠鏡なり双眼鏡なり。遠くを見る道具を使えば、その限界まで遠くを見れる。それで見つかって追っかけられるってパターンもあるんだ」
「追いかけられたことあるの?」
「何回かは。そもそもこの船は小さい方だから、狙おうとする奴は少ないんだよ」
「見返りが少ないからか。そりゃ他を探すよね」
「そういうこと。狙われた時は斬ってたけどな」
「なかなかに常識外れ」
「2人とも、紅茶が入ったよ」
「ありがとうゴードン」
普通の人よりは強いのだろうが、本気を出したらどれぐらいの強さなのか。気にならないと言えば嘘になる。それでも聞くのはなんだか野暮に思えて、ウタはそういうことをベルナートに聞かない。
ワールドツアーだって順調に進んでいる。キューカ島も加えたらそれで3つ。これから空島を目指すのだからそれで4つ目。
どこかを折り返し地点にするとして、それでも果たしてどれぐらいの島に行けることか。
「新世界ってこっちの海より危ない?」
「危ないな。気候も海流もこっちより数段狂ってる。海賊のレベルも高くなる」
「そっか」
「このツアーで新世界も行きたいのか?」
「どこを折り返し地点にしようかなって。危なくなるなら、こっち側だけを考えればいいのかな」
「……連れて行くことはできる。身の保証もできる。けど安全性は保証できなくなる。行った場合危険な航海になるってことは頭に入れといてほしい」
「わかった」
「ベルナートくん、新世界は今特に荒れているんじゃないかね?」
「そうですね。ただそれも落ち着きを見せ始めてる。こっちでツアーしながら行くとなれば、その頃には一応の安定化はしてるはずです」
荒れているのは、主に黒ひげ海賊団と最悪の世代のルーキーたちのせいだ。しかし新世界で暴れるということは、やがて四皇のどこかとぶつかるということ。白ひげ亡き今、凄まじい勢いでその空いた席を取りに行っているのが黒ひげ。
最悪の世代たちは自分たちのペースで新世界を進み、四皇との対決か傘下になるか、もしくは死ぬか。この3つのどれかになる。
前半と後半の違いは、皇帝たちがいるかどうか。おそらくはこれが最も大きな障害だろう。
「今は時代の準備期間。安定化して、準備期間が終われば、あとは加速するだけ。
(世界会議か……)
コブラと話したことをゴードンは思い返す。次の世界会議も出席すると聞いたこと、そしてそこで議題に出そうとしている提案。
もしそれが叶った場合、世界は今以上に荒れかねない。
そこを考えると、世界会議よりも前に新世界でライブするのも、悪手にはならない。だが危険なのは同じ。ゴードンはウタの決定を後押しするだけだ。
「ジャヤの場所自体は追えるし、あとはその下でノックアップストリームが発生するのを待つだけ。食料も確保してあるから、長期戦も無問題」
「あ~、買い込んだのってそういうことなんだ」
「ノックアップストリームというのは、発生場所を確認できるものなのかね?」
「突き上げる前に大渦が発生するらしいので、それが目印ですかね」
「大渦ってどれぐらい?」
「さぁ? 見たことないから知らない」
知らないが、相当でかい渦だろうなと想像はできる。なんせ上空1万mを目指すのだ。並大抵のものではない。
実物は見てからのお楽しみ。
紅茶を飲み終えたベルナートは、舵をゴードンに任せて仮眠を取ることにした。
空島は積帝雲と呼ばれる雲に存在する。それは日の光さえ遮る厚い雲の層であり、その雲の下は昼間であってもその瞬間夜に変わる。逆に言えば、その雲の範囲外は昼のまま。境がはっきりと見えるからこそ、それも目印となる。
今回はその目印とエターナルポースで場所を確定させ、あとはノックアップストリームで飛ぶだけ。
「ねえねえベルナート」
「どうした?」
「夜になったね」
「なったなー。空島の真下に入ったんだろ。針も上を指してる」
「大渦も見えるね」
「ありがたいことにな」
一行が目視できる場所に発生している大渦こそ、ノックアップストリームの前段階。あとは大渦に飛び込み、突き上がるだけだ。
この爆発は月に5回という高頻度で発生している。しかも本来なら回避すべき災害。しかし、だからこそ空を目指せる手段にもなるわけだ。
想定外のことがあるとすれば、その大渦がウタとゴードンの想像を遥かに超えた渦だということだろうか。まるでこの世の海水を飲み込まんとする大穴のように、渦は計り知れない海流を飲み込み、近くを泳いでいた海王類すら巻き込む。
「はははは! いやーすごい渦だな」
「凄いどころじゃないんだけど!? これ本当に合ってる!? 空じゃなくて海中に叩き込まれない!?」
「説明したろ? これの後に爆発あるんだって」
「違ったらベルナート恨んじゃいそう……」
「確定ではないとこが優しいな。ゴードンさん、船のどこかに捕まるか船室へ」
「せっかくだから外にいるとしよう。命綱の準備は万端だ」
「早いねゴードン!?」
既にちゃっかりと船と自身の体をロープで繋いでいた。
恐怖がないわけじゃない。膝が笑うほどに今もゴードンは目の前の大渦が怖い。だがそれはそれ。ベルナートの腕を信じ、命を任せている。ならば空に行けることも信じ、その過程も外でしっかりと目に焼き付けておきたい。
これまでの小さな冒険は、ゴードンの心境にも影響を与えているようだ。
「ウタも命綱つけてこいよ。ロープはもう一本あるぞ」
「……じゃあこうしないとね」
ベルナートからロープを受け取ったウタは、片側を後方の手すりに括り付け、片側を自分とベルナートへと纏めて結んだ。これにはベルナートが何かしら言いたげだったが、指を口へと押し当てられて黙らされる。
「人のことばっかり優先するのはどうかと思うよ」
「オレはこれぐらいじゃ吹き飛ばないんだけどな」
「それはそれ。これはこれ」
「……怖くないのか?」
「え? 怖いよ?」
当たり前でしょとあっさり認めるウタに、それはそうだよなとベルナートも納得した。結んでいる時も、手が震えていたのだから。
それでも引き返そうと言わないのは、言い出しっぺだから
「怖いけどゴードンも、ベルナートもいるんだし。それにわくわくもしてる。そう思うことにした」
「立派な冒険好きだよウタは」
ウタが覚悟を決めたのなら、あとはしくじらないようにするのがベルナートの務め。必ず空島に送ると決意を新たにし、海の音に集中する。
今は大渦だとしても、この後は空に突き上がるのだ。ならば必ず大渦は一旦消える。そのタイミングには中心に寄っておかないといけない。そのタイミングを逃すまいと耳に集中し、舵を強く握り締め、片手はウタを抱き寄せた。
「ベル……! ……」
大胆に思える行動に声を上げようとしたが、彼の真剣な様子にその言葉は呑み込まれた。ウタは遠慮気味にベルナートの服を掴みながら、一緒になって船の進路に目を向ける。
船は渦の波に乗っており、中心へと引き寄せられている。その進み具合はベルナートのとる舵に左右され、ある瞬間にそれが大きくきられた。
船が大渦の真ん中へと向かって飛び出し、一瞬の浮遊感の後に海水へと着水。ベルナートは舵から手を離し、ウタと一緒に後ろの手すりへともたれ掛かった。
その数秒後に、その海流は爆誕した。
「きゃっ……!」
「規模は十分。あとは待つだけだな」
「この爆発の勢いだけでいけるの? というかこの船よく壊れなかったね」
「改修してあるからな。あと爆発の勢いだけじゃ着けないぞ」
「じゃあどうするの!?」
「この海流に乗る。やることはもうやってあるから、そこは安心しろ」
「せ・つ・め・い・し・て!」
「ふぁい」
頬を引っ張られたせいで腑抜けた返事になり、ベルナートはウタに手を離させた。
ノックアップストリームは"突き上がる海流"だ。これは災害とも言われるが、グランドラインの海流の1つ。ならばその海流で船を進めるためには、帆を張ればいい。帆船の航海の原則はそれなのだから。
「だから帆を張ったままにしてたんだ?」
「そういうこと。そろそろ船体が浮くぞ」
「……ベルナートはこれ初めてなんだよね?」
「初めてだけど、これまでの経験から予想立てて航海するんだよ。いつもこんな感じだ」
ベルナートの言ったとおり船体が浮き、しかし船は下に落ちることなく帆が風を受けてそのまま上空へと進んでいく。
その速度は普段の航海よりも早く、雲の層もあっという間に目前にまで迫った。
「ウタもゴードンさんも大きく息吸っといて!
空にある海に突入しようとも、上へと進む勢いはまだ衰えない。海だろうと雲は雲。抵抗力は弱い。
長く続くその海から船が飛び出し、そこに着水。
すぐ隣にいるウタはともかく、ゴードンは無事だろうかと確認していると、にっこりと微笑むウタに両頬を引っ張られた。
「ねぇベルナート。今結構苦しかったんだけど、こういうのがあるって知ってたなら、もっと先に言ってくれてもよかったんじゃないかな」
「ひゅみみゃへん」
「はぁ、着いたからいいけど」
「いいのかよ。正直に言うと、久々だから忘れてたというか、前はこのやり方じゃないから気づくの遅れたというか」
「それなら仕方ないね。ところでここ空島? 雲しか見えないんだけど」
「……針はまだ上を指してるし、上に行く方法を探そう。それはそうとここは下より空気薄いんだが、ウタは大丈夫か?」
「空気? あ、ほんとだ。そんな感じにするね。……すぅー、はぁー。よし、慣れてきた」
「うそつけ! ゴードンさんは?」
「ああ大丈夫だ。しかし良い体験ができたな。途中綺麗な川も見えたよ」
「それ駄目なやつでは!?」
航海に慣れるのは喜ばしいが、それが油断に繋がるのはよくない。これは注意しとかないとなと気づくも、今はそれどころではない。どこから上に行けるのか、探さないといけない。
ベルナートは命綱を解き、ゴードンに舵取りを頼む。空島の雲は2つの分類がある。1つは「海雲」と呼ばれるいわゆる海。もう1つは反発力を持ち動物が歩ける「島雲」だ。
「私も行く!」
「言うと思った」
ウタを連れてベルナートは島雲の上へ。どこから上がれるのかを、より高く見晴らしの良いところから探すためだ。なおかつ船の進路をサポートするために。
ベルナートがそうしている横でウタはというと。
「あはははは! すっごーい!! ほらベルナート! すっごい跳ねるよこれ!」
「飛び跳ねるのはいいけど落ちるなよー」
「落ちないよ~!」
「だといいけど。えーっと、あっちのやつっぽいな」
ゴードンに進路を指示しつつ、ウタが落下しないかも見守る。忙しい立場だなと苦笑しながらそれをしていたら、ようやく島雲の集まりを抜けられた。
そこからはまた船に戻る必要があり、ベルナートは飛び跳ねるウタを回収。「まだ遊びたい」と頬を膨らませられた。
「おっ、あんたら青海人かい?」
「せいかいじん?」
「下の海から来た人たちのことを、空島の人たちはそう言うんだよ」
「へ~」
「上へ行くんだろ? 手配するからちょっと待ってな」
「上へはどうやって?」
「空島名物の特急エビだよ。あっという間に上へ運んでくれるし、ミルキーロードはアトラクション風に設置してあるから楽しんでくれ!」
「そうする意味あったか?」
「楽しそうだしいいんじゃない?」
「そういうこと。楽しさは大事さ。っと言い遅れたね。ようこそ唯一