恐怖による支配を行っていたエネルがいなくなり、この空島は新たなスタートを切った。国の名をスカイピア。都市の名はシャンドラ。島の名はジャヤ。
400年にも及ぶ戦いの末、共通の恐怖にして脅威であったエネルとその配下たちの敗北。この幕引きがあったからこそ、人々は争いをやめることができ、歩み寄るという難しい選択肢を取れた。
「ブラハムたちはジャヤにいた人たちの末裔なんだ? なんだか凄いな~。そういうルーツがちゃんと続いてるなんて」
「青海では珍しいのか?」
「珍しいの? ベルナート」
「そこで振るなよ。……国や民族によるな。抗争の末に滅ぼされた一族もあれば、他の一族と一緒になって新たな一族になったとこもあるはずだ。一番長く続いてるのは、天竜人だろうな」
「なんだか仰々しい呼び名だな」
「青海には170以上の国が加盟している一大組織、世界政府ってのがあるんだよ。それの創造主たる19の一族たちの総称が天竜人。ちなみに天竜人の言うことは絶対だし、逆らえば死ぬこともあるし、手を出すと世界最高戦力が追いかけてくる」
「なんだその物騒な話は……。青海の印象が変わるんだが……」
「これが現実なんだよ。出会わないのが一番。出会ったら目を合わせずに頭を垂れてやり過ごす。もしくは気付かれないうちに物陰に隠れるか逃走するか」
「聞くほど印象が悪くなるな!」
「ベルナートは天竜人嫌ってるからね。そういう側面を念押しするんだよ」
「聞いてた限り天竜人とやらを好く要素がないけどな」
ベルナートが嫌うのも納得だ。ただ同じ知識を持っているはずのウタとベルナートで、天竜人に対する印象に差がある。それを感じ取ったブラハムは、悩んだ末にそのことを聞いてみた。
「私は天竜人を実際に見たわけじゃないからね。ベルナートは何年も青海で旅してるし、天竜人を見たことあるんじゃないかな」
「そうなのか?」
「まぁ何度か。天竜人が住む聖地マリージョア。その近くにシャボンディ諸島ってのがあって、天竜人はそこに来やすいんだよ」
「近いからか」
「あとはそこで奴隷を買えるから」
「「は?」」
「え?」
ベルナートの発言には、無言で先頭を歩いていたワイパーもが振り返って唖然とした。その言葉の意味は理解できる。はっきりと聞こえもした。
しかしその現実には驚愕しないわけがない。そんなものがあり得るなど、想像すらしたことがない。
「人攫いを生業にしてる連中もいて、捕まると最後。人権なんて消えてこき使われる生活になる。天竜人がその存在を望み続けるから、人身売買が無くなることはない」
「……ベルナート。シャボンディ諸島ってたしか、魚人島に行くためには寄らないといけないとこだよね?」
「そうだな。海賊を捕まえて売り捌くこともあるぞ」
「あー、そこは政府としても助かる面だね……」
「随分と詳しいんだなベルナート」
おそらくは集めようとしなければ集まらない情報すら持っている。その事について詳し過ぎる。
ひょっとしてそれに関係するようなことを、何か経験しているのではないか。ワイパーはその事を懸念して踏み込んだ。もし、加害者側を経験したのなら、この空に停泊させるわけにもいかない。
ワイパーが本気でその事を考えているとベルナートも察し、笑いながら両手を上げた。そんな事をするわけがないと。
「情報屋に寄った時に聞いたんだよ。正確には、その情報屋と一緒にいる爺さんからな。あの人、金が無くなるとわざと捕まって、運営側が持つ金を盗んでるからな」
「そんなジジイがいるか!」
「いやいるんだって……!」
「まぁまぁ。その真相はともかく、ベルナートはそういう事をする人間じゃないだろ。天竜人を嫌ってるなら、その助けになるようなことはしないはずだ」
ブラハムが仲介に入ったことでワイパーも引き下がった。彼の言った通り、嫌っている存在の助けになることは、誰もがしたくないことだ。
ワイパーがベルナートに問うたのは、集落の目前まで来ていたからだ。青海からの客人だとしても、ガン・フォールが助けた相手だとしても、もし危険性があるのなら入れるわけにもいかない。この土地を守る者として、当然の判断だ。
「ここがおれ達の住処シャンドラだ。お前たちの連れなら今酋長たちと話をしているはずだ」
「ならそこに行こうかな。空の騎士が伝えてくれてるとは思うけど」
その場所を聞いたウタとベルナートは、ワイパーたちと別れてそこに向かった。シャンドラはワイパーたち先住民の都市の名前であり、そこからもじったジャンディアが彼らの呼び名である。黄金都市としてもその名は青海の記録に残っている。
現在では空島の人たちと共存しているが、島自体は大きい。シャンディアにはシャンディアの集落。空の者には空の者の集落がある。ここはその中間地点で、ガン・フォールや酋長などが暮らしている。
その一画にこそシャンディアの長、酋長の家がある。その中にはガン・フォールとゴードンの姿も。
「2人とも無事だったか。よかった。2人もこのかぼちゃジュースを貰うといい。美味しいぞ」
「「めっちゃくつろいでる!」」
かぼちゃジュースはガン・フォールが育てているかぼちゃで作られたものだ。それを振る舞われて飲むのはわかる。ベルナートでもウタでも飲む。
しかしそれだけではない。ゴードンは今島雲で作られた椅子に座っており、その独特な柔らかさを堪能していた。話し合いはどうしたのだと言いたくもなる。
「話なら今しがたついたところだ。そちらの娘がウタだな。君のライブとやらもやってもらって構わない。
「私は何でもいいよ。ゴードンがそう決めたならそれでいいし、空島を楽しませてもらいたいし。ベルナートもそれでいいよね?」
「そうだな。そういう形で話がついたなら十分だ」
何よりも空と青海では通貨が異なる。青海ならベリーだが、こちらはエクストル。しかもその価値は大きく異なり、1ベリーで1万エクストルだ。その違いを考慮すれば、ライブ代にお金を貰うよりも貝を貰ったほうがいい。
「ゴードンその椅子そんなに気持ちいいの?」
「青海では味わえない心地良さだ」
「へ~。ベルナート。この椅子って持って帰れないかな?」
「他人の家の椅子だぞ!?」
「そうじゃなくて! 買って帰れないかなってこと! わかってて言ったでしょ」
「もちろん」
「その椅子は青海では使い物にならんはずだ」
「そうなの? なんで?」
「雲だからな。海雲も島雲も、この空の環境だからあるだけで、一定の高度から下はその性質を保てない」
「消えちゃうってこと?」
「そうなるな。昔持って帰ったらそうなった」
「実体験なんだ」
実体験である。ベルナートだって島雲の心地よさを堪能した。堪能し尽くし、名残惜しいからと購入もした。そしてそれが無駄な出費となって膝から崩れ落ち、モネに慰められた過去がある。
懐かしい記憶でありつつも、恥ずかしい話でもある。主に最後の部分が。
ともかく、ベルナートのその実体験があるとわかれば、ウタも島雲椅子の購入を諦めるしかない。残念だと肩を落とす。ゴードンも項垂れた。
「あれ? もしかしてベッドも島雲なの?」
「うむ。お主らに泊まってもらう部屋のものもそういう作りだ」
「やった! ねぇ部屋見てきてもいい!? 場所どこ!?」
「はっはっは。元気な娘だ。アイサ、そこにいるなら案内してあげなさい」
「ぎくっ、バレてたんだ……」
「お前が隠れる時の癖は直っておらんようだからな」
「あたい隠れる時癖あるの!?」
それがどういう癖なのかは酋長も教えなかった。昔からコソコソと1人で危ない行動を取る子がアイサだ。生まれながらにして
その少女アイサが案内し、部屋に入った途端ウタがベッドに飛び移った。反発力も持ち合わせており、飛び跳ねることも可能だが、力を加えずに寝そべれば心地よく受け止められる。干したての布団よりもふかふかで気持ちいいと、青海の者たちは口々に言う。
「子どもみたい」
「お前と同じだな」
「あたいあんなに子どもじゃない!」
「ちょっと! 私が子供確定で話進めないでくれる!?」
「そのベッドに寝転んでみろよウタ」
「わっ」
ベルナートに肩を押されて寝転がされたウタは、ふかふかな島雲ベッドに目を細める。
「きもちいい~」
「これでよし」
「やっぱ子どもだ」
「ベルナートもねころんでみよーよ」
「オレは別にいい……っておい!」
腕を掴まれてそのまま抱き寄せるように引っ張られた。抵抗するのも面倒そうだなと思ったベルナートは、そのままウタのいるベッドに横になる。呆れたようにウタを見ると、当の本人は緩まった表情で笑いかけてくる。
「ね? きもちいいでしょ?」
「そりゃそうだけどさ」
アイサが酋長に頼まれたのは部屋への案内だけ。役割はもう終わっているのだが、アイサは青海からこの2人に興味があった。もう1人は酋長たちと話し続けているし、年齢が大きく離れている。
少しでも年の近いベルナートやウタの方が、アイサとしても話しかけやすいものだ。
「青海ってどんなところ?」
「興味あるのか?」
ウタによる腕の拘束は、ベッドに横になった時にすぐに解けている。ベルナートは体を起こし、アイサと向き合った。
「うん。だって行ったことないし、この
「そうだな。……簡単な概要で話すか。青海ってのは大きく分けて5つの海があるんだよ」
世界唯一にして長大な大陸レッドラインと、それに交差するように長く伸びている一本の海グランドライン。この2つによって分けられている東西南北の4つの海。これで5つであり、グランドラインの両脇は無風地帯のカームベルトがある。大型の海王類の巣だ。
「かいおうるい?」
「大型の海王類は、島よりでかいのもいる」
「えっ!? そんなのが青海にいるの!?」
「うようよいるぞ。基本的にはそこ通らないから、気をつけとけば出会うこともない」
「青海って怖い」
「気をつけとけば大丈夫だって。んで、島は多いぞ。みんな船を使って、島から島へと移動する。今は困ったことに海賊が多いなー」
「海賊って悪いの? あたいが知ってる海賊は良い人たちだったよ?」
「そりゃ例外だ。海賊ってのは犯罪者集団。捕まっても処刑されても文句は言えない」
「ええ……」
好き好んで海賊になる者は、自由を求める者だったり、支配を目論む者、略奪や財宝に重きを置く者といろいろいる。反対に、「他に道がなかった」という者もいなくはない。あるいは海軍による偽装海賊か。
なんにせよ、海賊となり本気で財宝を狙うものは皆が共通して1つの財宝を求める。
かつて海賊王の一団のみが到達した最果ての島ラフテル。そこに眠るとされる"ひとつなぎの大秘宝"、ワンピース。
「海賊王ロジャーの処刑から始まったのが今の大海賊時代。その一幕を閉じた上で次を開いたのが、海賊王のライバルだった白ひげ。おかげさまで今は狂乱の時代だ」
「海賊王ロジャー…………あ、昔この島に来たっていう人のことか」
「そう。その…………海賊王がこの空に来たのか?」
「らしいよ。あたいは生まれてなかったけど、ロジャーって人の名前が、大鐘楼の土台あたりに刻まれてるんだ。よくわからないけど、あたいたちの一族が守り続けないといけなかったやつの役割も、その人が終わらせてくれてたんだって」
「そういや大鐘楼もこっちにあるんだったな。明日見に行くとするとして、それどうやって知ったんだ? 青海とのやり取りなんて早々できないだろ」
「ナミの仲間に刻まれてる文字を読める人がいて、その人が教えてくれたんだって」
「ナミ?」
その名前が聞こえた瞬間、ウタが跳ねるようにベッドから立ち上がった。アイサにはよくわからなかったが、ベルナートにはわかる。ナミという名は、麦わらの一味の1人の名前と一致する。ウタが反応するのも無理からぬことだ。
「ルフィってこの島に来たの?」
「え、なんでルフィのこと……」
「ルフィは私の幼馴染だから。それよりアイサ、ルフィもこの島に来てたの?」
「う、うん」
「教えてくれる? ルフィがこの島で何をしたのかを」