空島はその性質上、他の島との交流も少ない。閉鎖的な環境ではあるが、それは外敵が極端に少ないことも意味する。平和な島だ。
その平和な島では日々の生活を思い思いに過ごすことが基本だ。内側から新たな文化が生み出されない限り、過ごし方も幅狭いもの。そういう生活をしているから、ライブというものもピンと来なかった。
せいぜいが「歌の発表会」。そんなイメージでライブを待っていた。客の数は上々。青海から来た人間が何やら披露するらしい、と物珍しさ目当てに集まったのがほとんどだ。
「盛り上がってくれててよかった」
「ウタの歌声は世界一だからな」
「ベルナートにはなかなか届いてないけどね。最難関だ」
「好きでこうなわけじゃないんだけどな……」
「知ってる。やりがいがあっていいよ」
ライブ後はいつも寝ているウタだが、今回はいつも以上に長く寝ていた。空島という、青海よりも空気の薄い環境で行ったせいか、ウタは一晩丸々寝て翌日の朝に目を覚ましている。
現在は空島に来てから3日目。先日は島を軽く探検してからライブ。今日は自由行動だ。
「また探検しに行く? 古代都市もあるって言ってたよね」
「そういう建物に興味あるのか?」
「ううん。時間があるなら、見てみてもいいかなってだけ」
「時間はあるだろうな。ウタのライブを聴いて、ここの人たちが
「全力で歌っただけだよ。そうしてほしくて歌ったわけじゃないもん」
「知ってる」
一緒にくすりと笑い、2人で部屋を出て朝食へ。ゴードンも交えて食事は3人で取った。これも今では日常的な風景の1つだ。
「出航はいつ頃に?」
「3日後になる。生産してくれるとはいえ、そもそも貝が無限にあるわけでもない。一定量を確保できたら十分だと思ってね」
「思ってた以上に生産が早い」
「職人総出でやってくれるとのことだ。空島観光もその間に満喫するとしよう」
「そうですね。ウタはやりたいことあるか?」
「空島っぽいこと」
「ぽいことって……そうだな。ウェイバーに乗ってみるか」
「なにそれ?」
「空島の船の一種だよ。ここは風がないから貝を使って動かすんだ」
「それおもしろそうだね。この後行こう!」
急いで朝食を食べたウタは、のんびりと食べているベルナートを急かす。そういうところが子どもだぞと言われても、ここでしかできないことをウタは存分に楽しみたいのだ。1分1秒も惜しい。
「ベルナートは経験があるからいいけど、私は今回が初めての空島なんだから」
「わかったからもうちょっと待て」
そう言ってベルナートはペースを上げ、空島料理を頬張る。皿に乗っていた残りをすべて口の中に入れ、頬をパンパンにした状態で席を立った。口の中に入れてしまえばあとは咀嚼して飲み込むだけ。これなら今すぐに移動できる。
「それじゃあ行ってくるねゴードン」
「ああ。楽しんでくるといい」
ウェイバーに乗らせてもらうにしても、まずはそれを持っている人を探し、その上で借りられるかどうか。
ガン・フォールに話を付ければそれまでだが、トップから指示を出してもらって借りるのは後ろめたい。
そうなるとベルナートとウタにはあてがなかった。ウタのライブの件もあり、一行は受け入れられているのだが、観光客という立場を出ない。アイサを探しに行く手もあるが、じっとはしていない子である。少々手間だ。
「何かお困りですか?」
空の者たちの町へ行こうと歩いていると、1人の女性がベルナートとウタに声をかけた。早速人に会えたのはありがたく、2人はウェイバーのことを彼女に相談する。
「それでしたら父が所有してますので、貸してくれると思いますよ。以前も青海の方に貸したことがあるんです」
「それはありがたいな。あなたの名前は?」
「私はコニスです。あなた達は、ウタさんとベルナートさんでしたよね」
「うん。よろしくねコニス」
「ふふっ、よろしくお願いしますウタさん。へそ」
(へそ?)
「へそ」
「ベルナート?」
「ここの挨拶だよ挨拶」
知ってたなら先に教えてほしいところだが、ベルナートにはこういうところがある。彼の中での優先順位というか、重要度が決められていて、それに基づいてウタに何をどこまで教えるか判断する。
情報は与えすぎてもパンクするものだ。必要な時に必要なだけ話せばいいし、これぐらいのことなら知らなくても問題ない。
コニスが間に入り、コニスの父パガヤを紹介してもらう。穏やかそうな見た目に反せぬ優しい性格の持ち主で、ウェイバーに乗ってみたいというウタの話に2つ返事で了承した。
「私の持つウェイバーはこちらになります。すみません」
「1人乗りかな?」
「2人でも乗れなくはないですけど、慣れないうちは1人の方がいいでしょう。船と違ってウェイバーは波の影響を強く受けますから、操縦も難しいんです」
「ベルナート私が先に乗るね」
「いいぞ。ハンドルはちゃんと握っとけよ」
「うん!」
「操作方法自体は単純でして、足元にある右側のペダルを踏むと進みます。まずはこの近くだけで練習しましょう」
この空島に浮かぶジャヤは、島雲と陸地の高低差が大きい。それでも漁は必要なため下には桟橋が作られ、そことは階段で登り降りができるようになっている。
ウタはその桟橋からパガヤのウェイバーへと乗り移り、まずはバランスを保つことに挑戦。
流されたり転覆したりしないように、ウェイバーは桟橋に固定して繋がれている。しかし当然人が乗れば揺れるため、固定を外す前から保つ必要が出てくるのだ。ビーチからの発進ならそれもやりやすいものの、それは無い物ねだりというもの。
「……よしっと」
「それでは固定を外しますので、タイミングよくアクセルを踏んでみてください」
「わかった。いつでもいいよ!」
「それでは外します。お気をつけて」
パガヤが固定を外し、すかさずウタもアクセルを踏んでウェイバーを発進させる。最初で大ゴケするという珍事にはならず、ウタはなんとかウェイバーで前へと進んでいる。
「だいぶ船体揺れてません?」
「揺れてますね。ウェイバーは軽く作られている分波に左右されやすいですから」
「私なんだか既視感が……」
「私も思いましたよコニスさん」
ほんの小さな波ならなんとか耐えられているようだが、船体は安定せずにガタガタと揺れている。ウタはそのまま直進を続け、大きめの波とぶつかったところで盛大に飛んだ。
「「あ」」
「……ベルナート!!」
2人が声を溢すのとウタが叫んだのはほぼ同時だった。そしてその声が発せられるのと、ベルナートが動いたのも同じである。
海面すれすれを高速で駆け抜け、ウタが着水する前にその体を抱きかかえる。ウタもベルナートを信じていたからか、安定させるためにも彼の首に腕を回した。これはこの後の行動も踏まえてのことだ。
ウタを救出するのはもちろん、借りているウェイバーも戻さないといけない。ベルナートはウタを抱えたまま海上で方向転換し、沈みかけのウェイバーを引っ張り上げる。
「空中なのに速いね。人間詐欺だ」
「人間だってば」
「ベルナートはウェイバー乗れる?」
「乗ってみようか?」
「うん。やってみてほしい」
ウタの要望に応え、ベルナートはウェイバーの上にウタと共に降り立つ。こういう乗り物は決まって止まっている方が難しい。ベルナートはすぐさまアクセルを踏んで発進させ──
「ベルナートも駄目なんだ」
「はっはっは! まぁな!」
ウタの時と同じように盛大に吹っ飛んだ。
訓練無しで乗りこなせるほど、ウェイバーという乗り物は易しくないのだ。
空島の文化は青海の文化とかけ離れているものが多い。食生活こそ似たものではあるが、海雲も島雲も目にしなければ信じ難いものだ。さらに雲を加工できるとなるといよいよ「虚言はノーランドだけでいい」と言われかねない。……ノーランドの話が実話だという真実を知る者など、世界でも極々少数だ。
そのノーランドが見たという大鐘楼。シャンディアの言い伝えでは、この鐘楼を鳴らすことを「シャンドラの火を灯す」という。今では一部の空からこの鐘の音が聴こえ、その実物をウタたちは最終日に見させてもらうことになった。
倒れた巨大な蔓ことジャイアントジャック。それの側に設置された大鐘楼は400年前のノーランドのエピソードに劣らない。いや、何百年経とうと褪せることなく在るそれは、その年月がある分より雄大に見える。
「これが……黄金の大鐘楼……」
「麦わらがエネルを倒し、鳴らした鐘だ」
「麦わら……」
「ルフィがね~」
アイサに話を聞いた時から、ウタは上機嫌だった。海賊は嫌いでも、幼馴染のルフィが海賊をしていても、ルフィが略奪等をしない男だと知れたからだろう。
サクラ王国、アラバスタ、そしてスカイピア。3つの島でどれも同様の人物像で語られている。ルフィのことを信じられるのは、ウタとしても嬉しいポイントだ。海賊じゃなければ尚更いいのだが。
「この下の石碑がポーネグリフか。その横に掘られてるのが、海賊王の名前と一文……」
「酋長の話じゃ、おれ達が戦う理由はもうないらしい。だが、これはシャンディアの誇りだ。それは誰にも奪わせねぇ」
「いいんじゃないかそれで。……ところで気になってたんだが、お前らの背に羽があるのは空で生まれたからか?」
「……いや、大戦士カルガラにもあったとされてる。昔からだな」
「空島の人間特有のかと思ってたが、祖先もあったならそういうわけじゃないのか……。それとも青海に降りて生活してたのか?」
「さぁな」
それは遥か過去の話。ジャヤが空を飛ぶよりもさらに前。空白の100年に当てはまる話なのか、あるいはそれすら超えてさらに過去になるのか。
真相はなんであれ、シャンディアの者たちは島と共に空にやってきて、長い闘争の果てに平穏な今を掴んだ。現代を生きる者たちにとってはそれがすべてだ。
「ベルナートって歴史に興味あったっけ? ないって言ってたような……」
「全般は別に。気になる歴史が若干あるぐらいだな」
「へ~。でも追いかけるほどじゃないんでしょ」
「そうだな。そこまでの熱意はない。それをやってるのはニコ・ロビンぐらいか?」
少なくとも知られているのは1人だけだ。あの文字を読める上に歴史を読み解こうとする。禁止している世界政府にとって、これほど消しておきたい存在もいないだろう。
たとえ歴史を追う者が他にいるのだとしても、読めなければ大した脅威にもならない。危険度の高さは、ニコ・ロビンが群を抜いている。
「その人の話は置いといて。ワイパー、この鐘の音は聴かせてもらってもいいのかな?」
「ああ。お前の歌声は皆を魅了した。こちらができる形での送り出しとなると、この鐘楼をおいて他にない」
「やった! ありがとうワイパー!」
「礼なら皆に言ってくれ」
「もちろん! ワイパーは今ここにいるから、先に言ってるだけ」
ウタの歌声は、天使の歌声とゴードンに評されている。聞いた者たちならその評価に納得を示す。それはこのスカイピアの者たちも同様だ。
その歌声に応えられるものは、それこそ
厚い雲を超え青海にまで響き渡るその鐘の音は、ウタたちの出航に合わせて鳴らされた。400年に及ぶ戦いを生んだ鐘の音は、その戦いを終わらせる役目も担い、そして今は祝福とともに鳴る。