世界政府には170以上の国が加盟している。これは多少社会を学べばすぐに知る事実だ。
では世界にある国は180もないのか。そのすべての国が世界政府に加盟しているのか。その答えはNOだ。世界にはそれ以上の島があり、それ以上の国がある。
では世界政府の非加盟国はいったいどういう国なのか。それはすべて政敵なのか。それも違う。世界政府への加盟条件に献上金がある。それを支払えるほどの金がない国、つまり経済が不安定な国は加盟したくてもできない。
そして非加盟国には
「オレの国は非加盟国だったから、人権が存在しない国だったんだよ。そうは言っても、国の中では当然それぞれに人権があった。他の国となんら変わらなかった」
甲板にテーブルと椅子を用意し、3人でテーブルを囲う。ゴードンの淹れたお茶があり、ガープから餞別にと貰ったおかきもある。話はディープだが、この場の空気はぱっと見だと和やかそのものだ。
さて話を戻すと、国内でそうなっていようとも、国際的にはその国の者たちに人権などない。この「人権」というものは「人としての」権利を保証するもの。それがないとなると
「オレの国はなんとか安定して献上金が払えるようになるまでの経済の安定化が進んでた。昔、
「行ったって、ベルナートが?」
「オレは
「親父にって……え、じゃあベルナートは」
「元王族だな。本名はその手配書通り、ゼルセデス・リチャード。もう名乗る気もない名前だから覚えなくていい」
そう、あの島で子どもが自信なさげだったのは、顔はそっくりでも名前が違ったからだ。
しかし写真は本物で、名前も今のが偽名なだけ。正真正銘同一人物である。
「そうか。世界会議に行ったことがあるからコブラ王とも面識があったわけか」
「そう。ビビ王女ともそこで会ってる。アラバスタでは初見のふりをしてたし、向かうも気づいてた節はあった。合わせてくれてたみたいだな」
ベルナートが王族だとしても、それは元だ。過去のものだ。
まだ、ウタたちはベルナートが今に至るエピソードまでは聞けていない。
「非加盟国に人権がないって話はしたろ? んで、
「ぇ……」
「まさか……!」
「
自虐的に笑うベルナートだったが、その手は握り締められ小さく震えていた。
理不尽以外の何者でもない。ベルナートがそれを嫌うのも、天竜人が特に嫌いだと言うのも、その過去があってこそだ。
国がある? 王族がいる? その国民には人権がある?
それらすべては、天竜人にとっても世界政府にとっても関係のない話だ。非加盟国だから。人権もない、ならば子どもが行うごっこ遊びと何が違う? 仮初に過ぎない。
「ま、ぇ……まって。まってまって。だって加盟の申請をしに行ったって……!」
「入れ違いになってたんだよ。申請するよりも先に天竜人は決めてて国に買いに行ってた。……実際には加盟する気だと知って予定を早めたみたいだけどな」
ベルナートの生まれ故郷は、新世界の中でも珍しく安定した気候と海流を持つ島だった。聖地マリージョアからも決して遠くなく、長年の内乱により非加盟になっていただけで、それが落ち着けば観光業を中心に発展を狙える。そんな国だった。
内乱続きで荒れていたから知られてなかっただけで、知る人ぞ知る名所だったわけだ。しかし安定化していけば情報は世に出やすくなる。新世界のオアシス、楽園。そう呼ばれたこともあった。
だがそれはまだ非加盟国。どうなろうと世界政府がもみ消せる存在。そして天竜人は、その島を避暑地として選んだ。プライベートビーチならぬプライベートアイランドである。
申請が通らないことが判明し、国王は当時まだ子供だったベルナートを連れて逃走。途中で事情を知らない商人にベルナートを預け、国王は逃走で盗んだ船をそのまま継続して使った。
「親父の船が沈められたのは見えた。追手が早かったからな。商人も何かおかしいと勘付いてたはずなのに、そのままオレを乗せてくれたよ」
「ベルナートはそのまま逃げ切ったから賞金首に?」
「いや違う。天竜人を1人殺したからだ。天喰いなんて付けられたのもそのせいだな」
「え……」
「天竜人を!?」
「親父の船を沈めた天竜人は、近くにいた商船も怪しんだ。商人たちはオレを庇ってくれてたんだけどな……、目の前に親の仇がいたもんだから歯止めも効かなかった。天竜人の船に侵入して、夜に寝込みを襲って殺害。その後に逃走で賞金首だ」
簡単そうに言っているが、それは簡単なわけがない。子どもながらに計画を立て、確実に暗殺を行っている。無論前代未聞の事件だ。
ちなみにその殺害後、顔にかかった返り血を拭っていたら「天竜人を食べた」と他の人に見えたらしい。直接的な「天喰い」とは実に直接的なネーミングである。
その後は子どもという体の小ささを利用しつつ逃走。隠れ過ごしたりしながらなんとか救命船を盗み、それで海へと出た。
天竜人を殺したとあっては海軍も動かざるをえず、軍艦に狙われていたところを通りがかった赤髪海賊団によって救出された。彼らはベルナートにとって命の恩人である。
「その後は1回国に連れて行ってくれたり、強くなりたいって言ったオレを鍛えてくれたり、航海術もそこで基礎を教わった。国は……まあ酷いもんだったけどな。オレ以外で生き残ってるのがいるのかも怪しいし、生きてても生地獄だろうな」
「シャンクスたちが……」
「そんなわけでオレは賞金首なんだよ。間違っても海賊ではない。そこは大事なとこな」
なんなら星の数ほどいる海賊よりも、明らかに重罪ではある。世間に知られるわけにはいかないと、世界政府はこの事件を揉み消した。
しかし手配書は出さないわけにもいかず、当時から億超えの手配書にはなっていた。
政府や海軍としては、揉み消した事件だからこそあまり高額にもしたくない。更新もしたくない。
天竜人からすれば、生かす訳にもいかず、いち早く捕らえるか命を奪いたい。だから圧力もかけて何度も更新させる。
その調整により、世界的犯罪者にも関わらずベルナートの懸賞金は5億なのだ。どこかから情報が漏れて革命軍に引き込まれるのも、政府としては警戒しないわけにはいかない。
「……ベルナートは、天竜人が憎いとか思ったりしないの?」
「そりゃ憎いけど、一番憎いのはもう殺しちゃってるからな。今さらこの件でどうこうとは思わない」
「じゃあ強くなったのはなんで?」
「1つは生きるため。もう1つは、
「ぁ……」
「曲がりなりにも王族だったんだ。国の人々を守るのが役割だった。オレはそれが微塵もできなかった」
「でもその時は子どもだったんだから仕方ないじゃん!」
「そんなのは言い訳にならないんだ! その理由で誰が納得できる? 誰が狂った人生を許せる? オレは……」
「ベルナート……」
世界の仕組みを1つの最悪の形で理解した。しかもただ1人それから逃れられた。これがもしただの国民だったら、もしかしたらここまで考えなかったかもしれない。
しかし国を任される王族だ。いっそ暴君や暗君なら苦しむこともなかった。自分を責めることもなかった。けれどベルナートはそうじゃない。そういう性格じゃないから、楽に生きる選択肢が難しい。
「……少し時間をもらってもいいか? 久しぶりに、気疲れした」
「そうするといい。船のことは任せなさい」
「あぁそうだ。これからどうするか考えててほしい。いつまでも隠し通せることじゃないから。世界的犯罪者のオレといつ別行動取るか」
飲み物にも、おかきにも手を付けなかった。用意されたものはいただくベルナートがだ。当時のことを詳細に思い出すことは、今でも相当に精神にのしかかる。
自室に戻りベッドに体を投げ出した。
忘れられるはずがない。記憶は寸分狂わずベルナートの脳に焼き付いている。
ベルナート以外の王族は皆殺された。国民は奴隷となった。友人も、誰もかも。
「いやになるな」
気持ちをそのまま吐き捨てる。
「自棄にならないで」
「!?」
誰にも聞かれないはずの独り言は、部屋に入ってきていたウタに聞かれていた。
ウタが入ってきた事に気づかなかったほどに、ベルナートはまいっていたようだ。
ベルナートは飛び起きるも、ウタは何も言わずにベルナートを優しく抱きしめた。
「ウタ?」
「昔ね、嫌なこととか、辛いことがあったら抱きしめてもらってたんだ。落ち着くでしょ。独りなんて、寂しいから」
「いや……」
これはこれで落ち着かないのだが、ウタの耳がほんのり赤くなっているのが見えた。それを見てしまうと何も言えず、ベルナートは考えることをやめた。
そうしてみると意外や意外。ウタの言ったとおり気持ちが少し楽になる。
「私ね、ベルナートの話を聞いて安心した。だってベルナートは、私の思ってたベルナートだったから」
「何を言ってるんだ?」
「ベルナートは私の知るベルナートで合ってた。優しくして、信じられる人」
「オレは1人殺してる犯罪者だぞ!?」
「そういうところだよ。憎い人を手にかけて、それなのにベルナートはそのことを悔やんでる。誰であっても人が死ぬことに心を傷められる人。すごく優しい証拠」
「違う、オレは」
「違わない」
言わせない。ウタはベルナートにその続きを決して言わせてあげたりしない。そこは絶対に、止めないといけないと思った。
「ベルナートはずっと他人のことを気にかけてたよね。たぶん、本当は私たちとツアーするのも悩んだはず。迷惑になるって思ってたんだろうけど、私のために船を使わせてくれてる。黙ってたのも、そのためでしょ?」
ベルナートがウタを連れ出さなかったら、ウタは今もあの島にいたままだっただろう。ベルナートは自分の事とウタの事を天秤にかけ、ウタを選んだ。そのサポートをするためにどうすべきか、何が最善かを常に考えていた。
「私はベルナートに感謝してる。だって、世界がこんなに広いんだって思い出させてくれて、連れ出してくれたから。もちろん世界は良いことだけじゃない、悪いとこもいっぱいある」
嫌なものも多いと知ったとしても、ウタは「それでも」と言うことができる。
「世界には魅力が溢れてる。私はベルナートとそれを見て回れて楽しい。ベルナートじゃなかったら、たぶんこうは思えてない」
背中に回している手に、ぎゅっと力を入れた。
「だからねベルナート。自分のことを認めてあげて。許してあげて。ベルナートだって、笑っていいんだよ」
「……っ」
ベルナートが悪行を是とする犯罪者なら、ガープだってとっくにベルナートを捕まえている。無論、いくら天竜人嫌いのガープとて、人死が出たとあれば話は別だ。一度は捕まえに動いた。そしてベルナートと話し、逃した。
生きてみてこの世界をもっと見てみろと。当時まだ10代前半だったベルナートに、落ちぶれるなと言って送り出した。
ベルナートが罪を重ねればガープが責任を持って追いかける。しかし現にベルナートは、誰も殺していないしカタギに手を出すこともない。天竜人こそ一度殺害したものの、その後は誰一人殺さず、海賊すら生け捕りにして海軍に引き渡している。……お鶴や青雉に引き渡す時は、海賊全員拘束した状態で、置き手紙を残してそそくさと逃げているが。
五老星やセンゴクとしては、ベルナートが天竜人殺しさえしていなければ、七武海に招待できるのにと気を揉んだほどだ。
「あのねベルナート。ベルナートは──」
ウタの声に重なるように、ドアが強めにノックされた。それは確かめることもなくゴードンによるもので、ドアの向こう側からは焦りを感じさせる声が聞こえてくる。
「ベルナートくん……後方に天竜人の船が来ている……!」
天竜人の乗る船は分かりやすい。巨大な帆船というだけでなく、世界政府の旗と天竜人のマークが船にあるからだ。
天駆ける竜の蹄。天竜人が買った奴隷にもそれは付けられる。
「ウタ、ありがとう」
「え、あっ。ちょっとベルナート!」
ベルナートはウタの腕を解くと、すぐに部屋を出て船の後方に移った。視認できる距離まで船が来ているとあっては、単純な速度の差では逃げ切れない。一度大人しく帆を畳み、船の動きを止めるしかない。
ゴードンには部屋の中にいるように指示して、ベルナートが帆を畳みそのまま船の上に残った。
天竜人たちは驕った者の集団だ。視認できない者はいない者だと短絡的に考えることが多い。ベルナートはそこをつくことにした。
「うわぁでっかい船」
「ウタ!? なんで出てきた!?」
「え? だって来るなとは私言われないよ?」
「そう……だったぁぁ! 今からでも……いやもう遅いか!」
「なんかどんまい!」
「…………はぁぁ」
ベルナートは手配書がある人間だ。犯罪者だ。成り行きに任せながら折を見てなんやかんやとやり過ごす気でいた。天竜人に直接手を出さなければいいだけで、やりようはある。
しかしウタが一緒にいることを知られるのはまずい。ウタの人気やイメージに大きく響く。だからベルナートは配信にも自分が映らないようにしていた。
(ガープさんが言ってたのはこの事か。でもなんでこの広い海でピンポイントに)
それについて考えている暇はない。船の動きを止めたことで、天竜人の船はもう目前まで来ている。
その船はベルナートの船の隣につくように停止し、甲板から天竜人が顔を出した。
「イラッとする顔してるな」
さすがに忌み嫌う存在を目にすると、ベルナートの心もざわつく。
「お前がウタだえな?」
「あれ? 私?」
まさか自分に用があると思ってなかったウタは、きょとんと目を丸くした。なんでだろうとベルナートを見てみると、彼は冷めた表情でため息をついている。それでウタも察した。
ファンはファンでも、ありがたくない方の、悪質なファンらしい。
「お前を夫人の1人として10億ベリーで買うえ。わちきのために毎晩子守唄を歌うんだえ」
「え、無理」
「無理ぃ!?」
「あのね。私は誰か1人のためだけに一生歌うなんてやりたくないの。私は私の歌をみんなに届ける。私の歌で、世界のみんなを幸せにできる新時代を作ってみせる! それが私の夢! その邪魔をしないで」
「お前何言ってるんだえ? ならマリージョアで
「……天竜人のおじさんの言うみんなと、私の言うみんなは違うみたいだね」
「おじさん!?」
住む世界が違う。見えているものが違う。
悪い意味で何もかも違う。そう実感したウタは「それと」と言葉を続ける。
「結婚に興味がないわけじゃないけど、私は私の大切な
「っ!? ウタお前何言って……!」
止めようとするベルナートにウタは人差し指を押し当てて黙らせた。ウィンクを挟み、後ろをちらりと見る。
それにつられてベルナートは後ろを見て絶句した。
ウタがここに来る時に、事前に設置してからベルナートの横に並んだのだ。天竜人とのやり取り、その一部始終を配信するために。そして、何よりも宣言したいことがあったから。
「誰が何と言おうと私はベルナートを信じてる! ベルナートは私の相棒で、私は彼とこれからもツアーを続ける! だから、みんなも私を信じて!」
「ウタ……なんで」
「言ったでしょ? 私はベルナートの側にいる。だからねベルナート。1人になろうとしないで。私、ベルナートと一緒じゃなかったら夢を叶えられないよ」
「この小娘……!」
「うん?」
「お前もういらないえ!!」
引き抜かれた黄金の銃がウタ目掛けて放たれた。至近距離でもないのに精確に放たれた点は、天竜人が意外にも射撃の腕を持っているという驚きのポイント。そこだけは素直に褒められよう。
しかしウタを狙って撃った。
その点はベルナートを怒らせるには十分過ぎる理由だった。
「先に引き金を引いたのはそっちだぞ、天竜人」
放たれた弾はウタに当たることなく、ベルナートが握り潰した。鉄屑となったそれをベルナートは海に投げ捨て、刀を引き抜く。
「お前……まさか。……ッ、者どもあの男を殺せ!!」
「遅い!」
横一閃に刀を2度振るう。1つは出てきた兵士たちの銃を両断するため。鍛えられている兵士たちだからこそ、
「ぐぬぬ……! 大砲だ大砲で船ごと沈めるんだえ! んん? いきなり暗くなっぁええ!?」
「チャルロス聖避難を!」
もう1つの斬撃は、相手のマストをすべて両断するためのものだ。これにより兵士も天竜人も避難するしかなく、しかも航行不可能。何よりもベルナートは天竜人に手を出したわけじゃない。
映像も配信されているから、ガープ流に言うと"完璧な言い訳"である。
「ファンのみんなが私たちを受け入れてくれるかは不安。私はみんなに歌を届けて、一緒に楽しみたいだけ。アーティストとして生きたい」
それは誓って言えることだ。
ウタは、いつだってファンのみんなに真摯に向き合ってきた。
「もし、私にライブするなって言うならその島ではしない。すぐに出て行く。でも、もしやらせてくれるなら、絶対に後悔させない。最高のライブをいつだって全力で届けるから。じゃあまたね。みんなのこと大好きだよ」
「そういう顛末でここに押しかけてきたわけか」
「1ヶ月ほど経ったら出ていくから、それまで匿ってほしい」
「……料理と畑は手伝え。あとあの男への修行もだ」
「ありがとうミホーク
~1st take complete~
はい。次回から2章いきます。
さしあたって原作の読み返しをまたやるので、少し間が空くかもです。