たった1つの笑顔   作:粗茶Returnees

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クライガナ島③

 

「ウタは?」

 

 今日のゾロへの修行を終えた(ゾロをボコった)ベルナートは、城の中で項垂れているゴードンに声をかけた。大部屋の中には休んでいるゾロと、ワインを飲んでいるミホーク、ベルナートの男4人しかいない。ペローナは何やら服を作っているところらしい。

 城の中にはウタの姿がない。ゴードンに会いに行くと言っていたのだから、ゴードンに聞いてみたのだが、口を重く閉ざしたままだ。

 その姿を見かねてミホークが代わりにベルナートに教える。共に旅をしているベルナートには、知る権利があるからだ。

 

「過去のエレジアでの話を聞かれた。どこにいるかは、お前なら言う必要もないな」

 

師匠(せんせい)がいながら何してんだか」

 

「すまん。弁明する気はない。詫びは考えておく」

 

「じゃあオレはウタのとこ行ってくるんで、師匠が夕飯作っといてくださいね」

 

「了解した」

 

 覇気には武装色と見聞色がある。この2つは誰もが持つ潜在能力だ。理論上誰だって修得できる。あと1つの覇王色、これは資質を持つ者しか発現できない力だが、世界にその名を轟かせる大物たちは皆その資質がある。

 全部でこの3つの"色"には、個々人で得意な分野がある。ベルナートの場合は見聞色だ。武装色も高いレベルにまで引き上げているが、得意なものはどちらかと聞かれれば、見聞色の方になる。 

 島全体の気配を探り、ウタの気配を特定。早く行ったほうが良さそうなので、ベルナートは窓から出ていった。

 

「……割らなくなったか」

 

「昔は割ってたのかよ」

 

 

 

 

 

 

 ウタがいるのは城から離れた場所。この島の浜辺。廃墟たちを駆け抜け、森を駆け抜け、たどり着いたそこはこの島にある浜辺だ。

 このクライガナ島は、晴天の空を見せることがない。常にどんよりとした空色に、ウタは自分を重ねて自虐的に笑った。あまりにも不気味で、不安定。ふらつきながら浜を歩き、打ち寄せる波の上に膝から崩れ落ちた。

 尋常ならざるその様子に、ヒューマンドリルですら果物あげようかなと会議を始めたほど。男気じゃんけんに勝った代表のヒヒが、ウタの側に寄って果物を置く。

 元気づけようとおどけて見せるも、どろっとした深淵を見せるウタの瞳に怯えて退散。このヒヒはよく頑張ったと仲間たちに慰められたとか。

 

ころしたんだ……

 

 ウタはあの日のことを覚えている。滅ぶ前の、音楽好きたちが集まっていて明るく栄えていたエレジアを。

 皆、優しかった。

 年の近い人たちも大勢いた。一緒に音楽を習おうと何度も誘われた。年の離れた人たちも同じだ。ウタの歌声を絶賛し、一緒に音楽を手がけたいと口々に行ってくれた。

 皆が、ウタを認めてくれた。賞賛してくれた。受け入れてくれた。

 それがどれだけ嬉しかったか。その喜びだって思い出せた。思い出せていたのに。

 

わ、たしが……!

 

 押しては返す波は、何も奪ってくれない。拳を打ち付けても、何も砕けてくれない。

 誰もが受け入れてくれた。赤髪海賊団の音楽家を辞めたくないから、エレジアには留まれないと言ったウタを、惜しみこそすれど理解してくれた。

 パーティーを開いてくれて、いつかまたエレジアに来たら。いつかまた、世界のどこかであったら。一緒に音楽を奏でようと言ってくれた。

 そんな人たちを。

 

ぐすっ、なにがシャンクスのせいだ……! なにが……しんじだい……! げほっ、ぇぐっ……! ああああ、あああァァァァ!!」

 

 どれだけ叫んでも消えてくれない。

 どれだけ叩いても出ていってくれない。

 どれだけ波が来ても、このどす黒い感情を流してくれない。

 

「ああああッ!! げふっ、おえっ……! ……はぁはぁ、あは……あははははは! あははははははははは!!」

 

 もう何もかも、ウタにはわからなくなった。

 入らない力で立ち上がり、もう少し海に歩み寄ってみる。海の力は、悪魔の実の能力者の力を奪う。これで、過去も何もかも、奪ってくれたらいいのに……。

 

 

 どれぐらい波に身を預けていただろう。いっそ海に身を投げてしまえば楽なのに、それだけはできず、ずっと海で半身浴をしながら波を見ていた。

 何秒か、何分か、それとも何時間か。

 それすらわからない。それらも、どうだっていい。抜け殻のようになるのは、シャンクスたちに置いて行かれたあの頃以来か。

 

「ウタ!!」

 

 そんなウタの耳に聞き慣れた声が届いたのと、目の前で大きな水しぶきが上がったのは同時だった。

 すべてがどうでもいいと思えていたのに、たった今起きたことにはビクッと体を震わせ、目を丸くしている。髪も飛び上がったほどだ。それが自分の相棒(パートナー)だからだろうか。闇を映していた瞳も戻った。

 

「ベル、ナート?」

 

「他の誰に見えるよ」

 

 彼の頭にヒトデがくっついてることに気づいたが、ウタはそれを指摘せずに目を逸らした。当然気づいているベルナートは、少しヒトデと格闘した後、引き離すことに成功して海へとフリスビーのように投げ入れる。2回は海面を跳ねた。

 

「何しに来たの」

 

「迎えに来た。夕飯食べに帰ろう」

 

「……私はいい。みんなと食べる資格なんて……ない……!」

 

「なんで?」

 

「……っ、放っておいて」

 

「なんで?」

 

「だから放っておいてってば!! 人の気も知らないで!! ベルナートにわかりっこない!!」

 

 カッとなって振り上げた拳を、けれどウタはベルナートに振り下ろすことができなかった。叩こうとしても自制心がそれを阻む。拒絶することを、自身が拒絶している。

 その拳の落とし所もわからず、感情が濁流に飲まれてまた嘔吐いた。 

 そのウタの拳をベルナートは包み込み、反対の手をウタの背に回して引き寄せた。

 こうすると落ち着くのだと、他でもないウタが言っていたから。

 

「うん。今は何もわからない。だから教えてくれ」

 

「っ!!」

 

「独りは辛いって、ウタがオレに教えてくれたことだぞ? オレもウタの側にいる」

 

「……ふざっ、ふざけ、ないでよ……! 同情でもしてるつもり……!?」

 

「ははは! 何も知らないでできるわけないだろ! ……オレがそうしたいんだよ。オレはウタの夢を叶えさせたい」

 

 ウタの握っている拳をそっと解かせる。その開いた手と自分の手を重ねながら優しく笑うベルナートに、ウタはやっぱり視線をそらした。

 

「……それよりここ寒くね?」

 

 言われてから自覚して、ウタも小さくこくりと頷いた。

 座り込んでいるウタを抱いて立たせ、ベルナートがそのまま歩こうとすると無言で反対された。歩くのは自分でやるようで、ベルナートの後ろを俯いたまま歩いていた。重ねた手も繋いだままにして。

 海風が濡れた体に追い打ちをかける。それを凌げるように浜辺から森の中へと戻っていくと、しばらく歩いた先でヒューマンドリルが待ち構えていた。

 

「なんのつもりだ」

 

「キャホキャホ」

 

 ベルナートが刀を抜こうとすると、ヒューマンドリルが両手を前にして懸命に振る。「待て待て戦う気はない」とでも言いたげで、ベルナートが刀を納めるとホッと安堵した。

 考えてみれば、ヒューマンドリルはベルナート相手にも怯えるのだ。ミホーク程ではないにしろ、勝てないことを理解している。

 それなのになぜわざわざ姿を現しているのか。その答えは、目の前にいるヒューマンドリルが後ろに設置したものを見せることで判明した。

 

「キャンプファイヤーする気かよ」

 

「キャホ!」

 

 その代表のヒヒがウタを指差した。海にいたことですっかり体も冷えている。ならば炎の近くで暖まればいい。彼らが言いたいのは、そういうことらしい。

 ベルナートたちの有無を聞かずに火はつけられ、小さな火は次第に大きな炎へと変わる。

 用意された大きめのシートの上に、2人並んで座りながらその炎で暖を取る。ここまでやってくれるのは、ウタがヒューマンドリルの心を掴んでいるからだろう。それ以外の理由は、ベルナートには思いつかなかった。

 上陸初日の、ただの鼻歌だったのに。このヒヒたちは賢いが故にウタの歌声に魅了されたらしい。

 しばらくしてから、ウタがか細い声で話し始める。

 

「……ベルナートが、ベルナートのことを教えてくれた時、私いろいろ言ってたよね」

 

「そうだな」

 

「私……ベルナートにそうやって言う資格なかった」

 

「……」

 

 膝を抱えて座り、パチパチと音を鳴らしながら燃え上がる炎を見つめて話す。ヒヒたちも真似て体育座りしながら聞いていた。聞く必要ないのに。

 

「エレジアが滅んだのは…………シャンクスのせいじゃなかった……。私のせいで……私がみんなを……! みんなを、ころしたんだ……!」

 

「それは……どういうことだ? ウタが?」

 

「私の歌のせい。私の歌は……みんなを幸せにする力じゃなくて……みんなを……不幸にする……!」

 

「ウタの歌声にそういう力はないだろ? だって能力のことにしたって、どうなるかはウタ次第だし、ウタはみんなを楽しませるために使ってる」

 

「……エレジアにはね。トット・ムジカっていう魔王が封印されてるの。……ウタウタの実が、その封印を解除できちゃうんだ」

 

 ウタの話し方に一瞬疑問を抱くも、それをすぐに理解した。ウタは当時のことを覚えているのだろう。そして曖昧な記憶もある。その原因、理由を、謎を紐解くように今日理解したのだ。

 何年もあの島に住んでいた。そういうものがいると知る機会があってもおかしくない。ただその封印の解き方は知らなかった。

 そしてその謎を、ウタはゴードンの言葉から推測して解き明かした。それは薄れていた記憶を刺激し、確信へと変わらせる。

 

「トット・ムジカの封印は、ウタウタの力を持つ人が、その楽譜を歌うことで解ける。……あの日のパーティーで、たしかに私はそれを歌った。いつの間にか近くにあって、それが何かも知らないまま……!」

 

「それで封印は解けて、赤髪海賊団が罪を被ったと」

 

「私がみんなを殺したの! あんなにみんな優しかったのに! わたしが……!」

 

 悔やんで悔やみきれることじゃない。謝って許されることとも思っていない。その罪の重さに、ウタは押しつぶさそうだった。

 

「私にツアーを続ける資格もない。私は……本当は大罪人で、私の方が、ベルナートの側にいちゃいけない」

 

「いやそれトット・ムジカが原因でウタのせいじゃないだろ」

 

「ちがう! だって私が歌った! 私が解いたの! 私があの日に!」

「ウタはそれを知らなかったんだろ? そんなの、仕方ないことだろ。知らないでどうやって防げたって言うんだ」

 

「そんなの関係ない……! 私の力で解けたのが事実! 私のせいなのが事実なの!」 

 

「ウタが直接殺したわけじゃない」

 

「変わらないよ。そんなの……」

 

 顔を脚にうずめたウタを見て、ベルナートはしばらく逡巡した。

 ウタは責任感の強い人間だ。自分が原因だということを譲らない。何と言っても納得しない。それに加えて、事実を知らなかったとはいえ父親であるシャンクスのことを、罪を代わりに背負ってくれていたのに恨んでいた。このことも今のウタの心理に重くのしかかっている。

 それを祓うことができるのか。ベルナートは悩んだ末、それは無理だなと結論づけた。今この場でどちらにも対処できるわけがない。

 ベルナートはベルナート。シャンクスではないし、エレジアの人間でもない。

 

「ウタ」

 

 名前を呼んで、肩に手を回して少しだけ引き寄せた。僅かに反応を示したが、ウタは顔も上げずに何も言わない。

 それでもいい。聞いてくれていることはわかった。声は届く。

 慰めも気休めもいらない。そんなもの言うべきじゃない。だから、ベルナートは本心を伝える。

 

「ウタがたとえ大罪人だろうと、オレはそれでもいい」

 

「!?」

 

「そんなのはどうだっていいんだよ。ウタは心優しいウタのままだし、責任感強くて、普段子どもっぽいのに芯が通ってる。そういうところはカッコイイし、表情がころころ変わるところはかわいい。服のセンスがたまにおかしいけど、それも愛嬌に思える」

「……ぇ、ぇ?」

 

「ライブしてる時は特に眩しく輝いて見えるよ。観客も、ファンも魅了して、一緒に楽しんで、楽しい時間を確実に作ってる。こんな時代で、どんな場所でもだ。こんなことできる人はそうそういない」

 

 誰しもがライブ前からウタを待ち望み、誰しもがライブ中に嫌なことを忘れ、誰しもがライブ後に確かな満足と幸福を感じながら余韻に浸る。

 異論など挟む余地無く、ウタは歌姫だ。みんなを幸せにする力を持っている。

 それは絶対に間違ってない。否定させない。誰がどれだけ否定しようと、ベルナートが肯定し続ける。

 

「これまでのツアーだってみんな楽しんでた」

 

それは……みんなが本当の私のことを知らないから

 

「オレには、音楽を愛して歌を真剣に届けてるウタが本当のウタに見える」

 

なんで……そうやって

 

「ウタがオレを信じてくれた。そのオレがウタを信じないわけにはいかないだろ。それ抜きにしても、オレはウタの力になるって決めてる。離れてやるもんか」

 

「……っ」

 

「罪なら一緒に背負う。重いなら手を貸す。辛いなら助ける。逆光だろうと逆風だろうと、オレが隣にいるから。相棒(パートナー)ってそういうものだろ」

 

「べる、なぁと……」

 

「勝手に1人になろうとするなよウタ。ウタの幸せのために、オレは側に居続けるからさ」

 

 それがトドメになった。ウタの瞳からスッと雫が頬を伝っていく。それは後から後から溢れ出し、拭おうとするウタの正面にベルナートは回って抱きしめる。

 

「泣ける時に泣いとけ。我慢しても辛いだけだ」

 

「っ……うぅぁっ。ああああ!! うわあああああああ!!」

 

 耐えることを、堪えることをウタは辞めた。

 とめどなく流れる涙を気にも止めず、胸の内からこみ上げて来る感情を言葉とともに吐き出していく。そのすべてを、自分の相棒(パートナー)が受け止めてくれるから。

 そんな、堕ちそうに思えたウタを繋ぎ止められたことに、ベルナートもほっと胸を撫で下ろした。

 

 涙も止まり、ヒューマンドリルたちが、キャンプファイヤーのために組み上げていた木も崩れた。今では大きな焚き火となり、ヒヒたちは踊りながら食事を取っている。

 ウタの隣へと座り直したベルナートへ、空いていた距離を詰めてその肩に寄りかかる。

 ベルナートは何も言わず、ただ炎を眺めていた。

 

「ねぇベルナート」

 

「んー?」

 

「ツアーとは別にやりたいことがあるんだけど……」

 

「いいぞ」

 

「……まだ何も言ってないよ?」

 

「ウタのやりたいことだろ? ならやろう。それで内容は?」

 

「…………会いたい。シャンクスと会って、ちゃんと話がしたい」

 

「わかった。なら、会いに行こう。新世界に」

 

 

 




この後ウタはゴードンとも話し合い、シャンクスとの父娘関係を先にバラしたミホークに詰め寄りましたとさ。
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