「ウタは?」
今日の
城の中にはウタの姿がない。ゴードンに会いに行くと言っていたのだから、ゴードンに聞いてみたのだが、口を重く閉ざしたままだ。
その姿を見かねてミホークが代わりにベルナートに教える。共に旅をしているベルナートには、知る権利があるからだ。
「過去のエレジアでの話を聞かれた。どこにいるかは、お前なら言う必要もないな」
「
「すまん。弁明する気はない。詫びは考えておく」
「じゃあオレはウタのとこ行ってくるんで、師匠が夕飯作っといてくださいね」
「了解した」
覇気には武装色と見聞色がある。この2つは誰もが持つ潜在能力だ。理論上誰だって修得できる。あと1つの覇王色、これは資質を持つ者しか発現できない力だが、世界にその名を轟かせる大物たちは皆その資質がある。
全部でこの3つの"色"には、個々人で得意な分野がある。ベルナートの場合は見聞色だ。武装色も高いレベルにまで引き上げているが、得意なものはどちらかと聞かれれば、見聞色の方になる。
島全体の気配を探り、ウタの気配を特定。早く行ったほうが良さそうなので、ベルナートは窓から出ていった。
「……割らなくなったか」
「昔は割ってたのかよ」
□
ウタがいるのは城から離れた場所。この島の浜辺。廃墟たちを駆け抜け、森を駆け抜け、たどり着いたそこはこの島にある浜辺だ。
このクライガナ島は、晴天の空を見せることがない。常にどんよりとした空色に、ウタは自分を重ねて自虐的に笑った。あまりにも不気味で、不安定。ふらつきながら浜を歩き、打ち寄せる波の上に膝から崩れ落ちた。
尋常ならざるその様子に、ヒューマンドリルですら果物あげようかなと会議を始めたほど。男気じゃんけんに勝った代表のヒヒが、ウタの側に寄って果物を置く。
元気づけようとおどけて見せるも、どろっとした深淵を見せるウタの瞳に怯えて退散。このヒヒはよく頑張ったと仲間たちに慰められたとか。
「ころしたんだ……」
ウタはあの日のことを覚えている。滅ぶ前の、音楽好きたちが集まっていて明るく栄えていたエレジアを。
皆、優しかった。
年の近い人たちも大勢いた。一緒に音楽を習おうと何度も誘われた。年の離れた人たちも同じだ。ウタの歌声を絶賛し、一緒に音楽を手がけたいと口々に行ってくれた。
皆が、ウタを認めてくれた。賞賛してくれた。受け入れてくれた。
それがどれだけ嬉しかったか。その喜びだって思い出せた。思い出せていたのに。
「わ、たしが……!」
押しては返す波は、何も奪ってくれない。拳を打ち付けても、何も砕けてくれない。
誰もが受け入れてくれた。赤髪海賊団の音楽家を辞めたくないから、エレジアには留まれないと言ったウタを、惜しみこそすれど理解してくれた。
パーティーを開いてくれて、いつかまたエレジアに来たら。いつかまた、世界のどこかであったら。一緒に音楽を奏でようと言ってくれた。
そんな人たちを。
「ぐすっ、なにがシャンクスのせいだ……! なにが……しんじだい……! げほっ、ぇぐっ……! ああああ、あああァァァァ!!」
どれだけ叫んでも消えてくれない。
どれだけ叩いても出ていってくれない。
どれだけ波が来ても、このどす黒い感情を流してくれない。
「ああああッ!! げふっ、おえっ……! ……はぁはぁ、あは……あははははは! あははははははははは!!」
もう何もかも、ウタにはわからなくなった。
入らない力で立ち上がり、もう少し海に歩み寄ってみる。海の力は、悪魔の実の能力者の力を奪う。これで、過去も何もかも、奪ってくれたらいいのに……。
どれぐらい波に身を預けていただろう。いっそ海に身を投げてしまえば楽なのに、それだけはできず、ずっと海で半身浴をしながら波を見ていた。
何秒か、何分か、それとも何時間か。
それすらわからない。それらも、どうだっていい。抜け殻のようになるのは、シャンクスたちに置いて行かれたあの頃以来か。
「ウタ!!」
そんなウタの耳に聞き慣れた声が届いたのと、目の前で大きな水しぶきが上がったのは同時だった。
すべてがどうでもいいと思えていたのに、たった今起きたことにはビクッと体を震わせ、目を丸くしている。髪も飛び上がったほどだ。それが自分の
「ベル、ナート?」
「他の誰に見えるよ」
彼の頭にヒトデがくっついてることに気づいたが、ウタはそれを指摘せずに目を逸らした。当然気づいているベルナートは、少しヒトデと格闘した後、引き離すことに成功して海へとフリスビーのように投げ入れる。2回は海面を跳ねた。
「何しに来たの」
「迎えに来た。夕飯食べに帰ろう」
「……私はいい。みんなと食べる資格なんて……ない……!」
「なんで?」
「……っ、放っておいて」
「なんで?」
「だから放っておいてってば!! 人の気も知らないで!! ベルナートにわかりっこない!!」
カッとなって振り上げた拳を、けれどウタはベルナートに振り下ろすことができなかった。叩こうとしても自制心がそれを阻む。拒絶することを、自身が拒絶している。
その拳の落とし所もわからず、感情が濁流に飲まれてまた嘔吐いた。
そのウタの拳をベルナートは包み込み、反対の手をウタの背に回して引き寄せた。
こうすると落ち着くのだと、他でもないウタが言っていたから。
「うん。今は何もわからない。だから教えてくれ」
「っ!!」
「独りは辛いって、ウタがオレに教えてくれたことだぞ? オレもウタの側にいる」
「……ふざっ、ふざけ、ないでよ……! 同情でもしてるつもり……!?」
「ははは! 何も知らないでできるわけないだろ! ……オレがそうしたいんだよ。オレはウタの夢を叶えさせたい」
ウタの握っている拳をそっと解かせる。その開いた手と自分の手を重ねながら優しく笑うベルナートに、ウタはやっぱり視線をそらした。
「……それよりここ寒くね?」
言われてから自覚して、ウタも小さくこくりと頷いた。
座り込んでいるウタを抱いて立たせ、ベルナートがそのまま歩こうとすると無言で反対された。歩くのは自分でやるようで、ベルナートの後ろを俯いたまま歩いていた。重ねた手も繋いだままにして。
海風が濡れた体に追い打ちをかける。それを凌げるように浜辺から森の中へと戻っていくと、しばらく歩いた先でヒューマンドリルが待ち構えていた。
「なんのつもりだ」
「キャホキャホ」
ベルナートが刀を抜こうとすると、ヒューマンドリルが両手を前にして懸命に振る。「待て待て戦う気はない」とでも言いたげで、ベルナートが刀を納めるとホッと安堵した。
考えてみれば、ヒューマンドリルはベルナート相手にも怯えるのだ。ミホーク程ではないにしろ、勝てないことを理解している。
それなのになぜわざわざ姿を現しているのか。その答えは、目の前にいるヒューマンドリルが後ろに設置したものを見せることで判明した。
「キャンプファイヤーする気かよ」
「キャホ!」
その代表のヒヒがウタを指差した。海にいたことですっかり体も冷えている。ならば炎の近くで暖まればいい。彼らが言いたいのは、そういうことらしい。
ベルナートたちの有無を聞かずに火はつけられ、小さな火は次第に大きな炎へと変わる。
用意された大きめのシートの上に、2人並んで座りながらその炎で暖を取る。ここまでやってくれるのは、ウタがヒューマンドリルの心を掴んでいるからだろう。それ以外の理由は、ベルナートには思いつかなかった。
上陸初日の、ただの鼻歌だったのに。このヒヒたちは賢いが故にウタの歌声に魅了されたらしい。
しばらくしてから、ウタがか細い声で話し始める。
「……ベルナートが、ベルナートのことを教えてくれた時、私いろいろ言ってたよね」
「そうだな」
「私……ベルナートにそうやって言う資格なかった」
「……」
膝を抱えて座り、パチパチと音を鳴らしながら燃え上がる炎を見つめて話す。ヒヒたちも真似て体育座りしながら聞いていた。聞く必要ないのに。
「エレジアが滅んだのは…………シャンクスのせいじゃなかった……。私のせいで……私がみんなを……! みんなを、ころしたんだ……!」
「それは……どういうことだ? ウタが?」
「私の歌のせい。私の歌は……みんなを幸せにする力じゃなくて……みんなを……不幸にする……!」
「ウタの歌声にそういう力はないだろ? だって能力のことにしたって、どうなるかはウタ次第だし、ウタはみんなを楽しませるために使ってる」
「……エレジアにはね。トット・ムジカっていう魔王が封印されてるの。……ウタウタの実が、その封印を解除できちゃうんだ」
ウタの話し方に一瞬疑問を抱くも、それをすぐに理解した。ウタは当時のことを覚えているのだろう。そして曖昧な記憶もある。その原因、理由を、謎を紐解くように今日理解したのだ。
何年もあの島に住んでいた。そういうものがいると知る機会があってもおかしくない。ただその封印の解き方は知らなかった。
そしてその謎を、ウタはゴードンの言葉から推測して解き明かした。それは薄れていた記憶を刺激し、確信へと変わらせる。
「トット・ムジカの封印は、ウタウタの力を持つ人が、その楽譜を歌うことで解ける。……あの日のパーティーで、たしかに私はそれを歌った。いつの間にか近くにあって、それが何かも知らないまま……!」
「それで封印は解けて、赤髪海賊団が罪を被ったと」
「私がみんなを殺したの! あんなにみんな優しかったのに! わたしが……!」
悔やんで悔やみきれることじゃない。謝って許されることとも思っていない。その罪の重さに、ウタは押しつぶさそうだった。
「私にツアーを続ける資格もない。私は……本当は大罪人で、私の方が、ベルナートの側にいちゃいけない」
「いやそれトット・ムジカが原因でウタのせいじゃないだろ」
「ちがう! だって私が歌った! 私が解いたの! 私があの日に!」
「ウタはそれを知らなかったんだろ? そんなの、仕方ないことだろ。知らないでどうやって防げたって言うんだ」
「そんなの関係ない……! 私の力で解けたのが事実! 私のせいなのが事実なの!」
「ウタが直接殺したわけじゃない」
「変わらないよ。そんなの……」
顔を脚にうずめたウタを見て、ベルナートはしばらく逡巡した。
ウタは責任感の強い人間だ。自分が原因だということを譲らない。何と言っても納得しない。それに加えて、事実を知らなかったとはいえ父親であるシャンクスのことを、罪を代わりに背負ってくれていたのに恨んでいた。このことも今のウタの心理に重くのしかかっている。
それを祓うことができるのか。ベルナートは悩んだ末、それは無理だなと結論づけた。今この場でどちらにも対処できるわけがない。
ベルナートはベルナート。シャンクスではないし、エレジアの人間でもない。
「ウタ」
名前を呼んで、肩に手を回して少しだけ引き寄せた。僅かに反応を示したが、ウタは顔も上げずに何も言わない。
それでもいい。聞いてくれていることはわかった。声は届く。
慰めも気休めもいらない。そんなもの言うべきじゃない。だから、ベルナートは本心を伝える。
「ウタがたとえ大罪人だろうと、オレはそれでもいい」
「!?」
「そんなのはどうだっていいんだよ。ウタは心優しいウタのままだし、責任感強くて、普段子どもっぽいのに芯が通ってる。そういうところはカッコイイし、表情がころころ変わるところはかわいい。服のセンスがたまにおかしいけど、それも愛嬌に思える」
「……ぇ、ぇ?」
「ライブしてる時は特に眩しく輝いて見えるよ。観客も、ファンも魅了して、一緒に楽しんで、楽しい時間を確実に作ってる。こんな時代で、どんな場所でもだ。こんなことできる人はそうそういない」
誰しもがライブ前からウタを待ち望み、誰しもがライブ中に嫌なことを忘れ、誰しもがライブ後に確かな満足と幸福を感じながら余韻に浸る。
異論など挟む余地無く、ウタは歌姫だ。みんなを幸せにする力を持っている。
それは絶対に間違ってない。否定させない。誰がどれだけ否定しようと、ベルナートが肯定し続ける。
「これまでのツアーだってみんな楽しんでた」
「それは……みんなが本当の私のことを知らないから」
「オレには、音楽を愛して歌を真剣に届けてるウタが本当のウタに見える」
「なんで……そうやって」
「ウタがオレを信じてくれた。そのオレがウタを信じないわけにはいかないだろ。それ抜きにしても、オレはウタの力になるって決めてる。離れてやるもんか」
「……っ」
「罪なら一緒に背負う。重いなら手を貸す。辛いなら助ける。逆光だろうと逆風だろうと、オレが隣にいるから。
「べる、なぁと……」
「勝手に1人になろうとするなよウタ。ウタの幸せのために、オレは側に居続けるからさ」
それがトドメになった。ウタの瞳からスッと雫が頬を伝っていく。それは後から後から溢れ出し、拭おうとするウタの正面にベルナートは回って抱きしめる。
「泣ける時に泣いとけ。我慢しても辛いだけだ」
「っ……うぅぁっ。ああああ!! うわあああああああ!!」
耐えることを、堪えることをウタは辞めた。
とめどなく流れる涙を気にも止めず、胸の内からこみ上げて来る感情を言葉とともに吐き出していく。そのすべてを、自分の
そんな、堕ちそうに思えたウタを繋ぎ止められたことに、ベルナートもほっと胸を撫で下ろした。
涙も止まり、ヒューマンドリルたちが、キャンプファイヤーのために組み上げていた木も崩れた。今では大きな焚き火となり、ヒヒたちは踊りながら食事を取っている。
ウタの隣へと座り直したベルナートへ、空いていた距離を詰めてその肩に寄りかかる。
ベルナートは何も言わず、ただ炎を眺めていた。
「ねぇベルナート」
「んー?」
「ツアーとは別にやりたいことがあるんだけど……」
「いいぞ」
「……まだ何も言ってないよ?」
「ウタのやりたいことだろ? ならやろう。それで内容は?」
「…………会いたい。シャンクスと会って、ちゃんと話がしたい」
「わかった。なら、会いに行こう。新世界に」
この後ウタはゴードンとも話し合い、シャンクスとの父娘関係を先にバラしたミホークに詰め寄りましたとさ。