アンケートでは切符がやや優勢のようですね。
赤髪のシャンクスに会いに行く。これを目的に加えるとしても、ツアーを放ったらかしにするわけにはいかない。ただでさえクライガナ島に1ヶ月滞在したのだ。ライブの再開も必要不可欠である。
しかも滞在中には配信も行っていなかった。ミホーク曰く、海の上で居場所を特定されたのは、
クライガナ島で配信してしまうと、潜伏の意味をなさないしゾロのこともバレる。海賊とベルナートを匿っていることが政府側にバレては、ミホークも立場が危ぶまれる。本人が平穏な暮らしを望んでいる以上、その危険性の高いことはできない。
「ミホークさん良い人だったなー」
「そういやなんかいろいろと話したんだってな」
「うん。シャンクスのこともちょっと聞いた。当人じゃないから全ては話さないって、そこはゾロと似てるね」
「師弟で似てんな」
「ね~。ベルナートはちょっと違うのに」
「師が2人いるからな」
あの天下の鷹の目を正座させて詰め寄ったのは、世界広しと言えどウタだけだろう。ゾロとペローナと3人でゲラゲラ笑ってたら後でボコられた。
ベルナートの記憶の中より、さらに強くなっていた。頂点にいてなお成長するとは、なんとも恐ろしい剣士である。だからこその世界最強なわけだが。
「海の上でも配信は控え目に、か~」
「退屈そうだな」
「まあね。配信が結構楽しくて好きだったから。……どれぐらい日にち間に挟めばいいかな?」
「ずっと監視されてるわけでもないと思うけど、もしそうだった場合その電波を拾った場所から航路も割り出されるからな。向かってる島に待ち伏せされるってパターンも出てくる」
「そんなことまでするかな?」
「しなかったら万々歳。そもそもオレが一緒ってのも知られてるしな。海軍は下手に出てこない」
「ベルナート強いもんね」
「海賊たちを追うのが海軍の仕事だからだよ」
「そういうことにしといてあげる。ふふっ」
配信ができなくて暇だからとウタが舵を握り、風に髪をなびかせる。
空元気というわけでもない。無理なく自然に笑えていることは、ベルナートにも伝わった。
「今ってどこ向かってるの?」
「てきとう」
「うわっ、とうとう出た。ベルナートのギャンブル航海」
それなら舵を握る意味全然ないんじゃないのとウタが目で語ると、肩をすくめて明後日の方向を向かれた。
「なんだ。私に内緒にしてるだけか」
「え……」
「あ、図星? やったー当たった! ちょっとわかるようになってきたかも!」
「いやいやいや、わからないままでいてほしいな」
なんでバレるんだろうと真剣に悩み始めるベルナートの姿が、なんだか可愛らしく思えてウタはくすくすと小さく笑った。
ウタの機嫌の良さは、ゾロとの会話にも起因する。鬼気迫る勢いで修行に挑み続けるゾロに、ウタはその理由を改めて聞いた。新世界で通用する力をつけるため、ただそれだけではない気がしたからだ。
ゾロは即答で「世界一の剣豪になるため」と答えたが、それだけじゃないとウタに見抜かれ、渋々もう1つの理由を答えたのだ。
──ルフィを海賊王にするため
曰くそのために力をつけているらしい。
再会していないウタにとって、ルフィは未だに弱いルフィという印象が強い。事件のことを聞いても、いまいち想像できない。
しかし麦わらの一味からしたら違う。ルフィは常に前進を続けて、誰よりも前を見続けて、自分の強さを信じて戦ってきた。そのルフィが立ち止まろうとメッセージを出したのは、仲間たちからすれば「ルフィの初めての弱音」にも受け取れたのだ。SOSだ。
それを向けられては応えないわけにはいかない。誰よりも頼もしいサポートができるようにならねばと、それぞれが研鑽を積んでいる。
(ルフィは良い友達がたくさんできたんだ)
昔のルフィを知る身として、そのことが嬉しかった。フーシャ村で基本1人でいるか、2人で遊んでいただけの少年に、そんな頼もしい仲間ができたのだ。喜ばずにはいられない。
ただ、エレジアの真相を知っても、海賊嫌いはまだ残っている。理由になっていた大部分こそ抜けたものの、暴力を是とする海賊たちは嫌いだ。
ルフィはそうじゃないとしても、海賊王を目指していると聞くと複雑な気分だった。
「ルフィにも会いたいな」
「活動再開のタイミングで会いに行こう。集合場所は知ってるわけだし」
「へ? …………ぁ、声に出てた?」
「出てた出てた。乙女っぽい呟きしてた」
「乙女っぽいって何?」
「頬をつねるな……。ごめん、っぽいじゃなくて乙女だな」
「それでよし。……ん? 違う乙女じゃない!」
「いひゃいれす!」
今度は両頬を引っ張る。2人で元気に暴れてる姿に、ゴードンはため息をついてから温かく笑って見守った。
□
ベルナートが目指していたのは、美食の町とも言われるプッチだ。ここは船だけでなく、あの海列車でも訪れることができる場所であり、ウォーターセブンやセント・ポプラ、サン・ファルドに列車で行ける。エニエス・ロビーにも行けるが、そちらは政府関係者のみだ。
「海列車見に行こうよ海列車! ここにもあるんでしょ!?」
「あるっていうか、ここも通るって話だな。駅行って時刻表でも見るか」
「時刻表?」
「なるほど。近隣の島を繋いで走っているから、どの時間に列車が来るかも決められているのか」
「そういうことです。ゴードンさんはどうします?」
「せっかくだから私も見に行くよ。今回は乗れないがね」
「え、乗ろうよ」
「オレたちは船があるだろ」
「それもそっか。……ざんねん」
心底残念そうに肩を落とすウタに、ゴードンとベルナートは苦笑した。船乗りたちの問題はいつもそれだ。船だ。列車に乗るとしても、船をどうするのか。ここがネックになる。
そこを解決できないわけでもないが、この場ではそれも無理だ。後日のサプライズにでもしようとベルナートは密かに画策して、駅がある方に足を進めた。
「来たことあるの?」
「海列車が通る島は一通り」
「海列車に乗って?」
「そうだな」
「ず~る~いー!」
「これでも一応は冒険家だから……。行ったのは出張だけどな」
「そういえばガレーラカンパニーにいた時期があるんだったか。今思えばよく採用されたね」
「自分でもそう思います。ダメ元でも頼んでみるものですね」
そこは市長にして社長のアイスバーグの懐の深さがあってこそ。ベルナートの素性を知っても、特別にと船大工の腕を磨かせた。
一般的には危険因子の1人と見られているが、ベルナートが赤裸々に自分を明かしたことが大きいのだろう。アイスバーグはその申し出を快諾した。
「あ、向こうの奥にSTATIONって書いてある! もしかしてあそこ?」
「正解。時刻表自体は駅の外にもあるから、まずはそこで確認しよう」
「うん!」
軽やかに走っていくウタの背を、ベルナートもペースを合わせて追いかけた。ゴードンは足の速さを変えずに、2人の背を目で追いながら駅へ。
抱えていたものが軽くなったからだろうか。モヤはまだあるが、以前よりもずっと軽い。ウタは前よりも自然に笑顔が出るようになった。それは3人とも気づいていて、しかし誰も口にしない。わざわざ言うことでもないのだ。
「ねえベルナート。この書いてある時間に海列車が来るの? それとも出発するの?」
「これは出発時間が書かれてる。海列車は人だけじゃなくて物資も運ぶから、その積み荷を降ろす時間も必要になる。だから列車自体はこの時間より先に駅に着いてる」
「なるほどね。じゃあ出発まであと40分あるから……あと10分とか?」
「それぐらいだな。タイミングよく来れてよかった」
海列車はこの世に1台しか存在しない列車だ。これを作り上げたのは伝説の造船会社トムズ・ワーカーズ。かつて海賊王の船をも作ったトムが、2人の弟子とともに10年かけて完成させた唯一の列車。
周囲の島を結んでいるため、1日あたりの便は数少ない。それなのにタイミングよく来れたのは、ウタの運がいいからだろう。
「これぐらいの待ち時間なら、中のベンチで待つか」
そう言って駅の中に入り、ホームまで歩いていく。ウタもゴードンも、世界唯一の海列車を見るのは生まれて初めてだ。海面のわずか下に漂う線路を見ようと顔を覗かせる。
「お客さんたち海列車は初めてかい?」
「あ、うん! この浮かんでる影の上を走るの?」
見たことないものがあるなと覗いている2人に、駅員が朗らかな様子で声をかけた。ウタの純粋な疑問にも快く答えてくれる。
「その通り! 海列車は船のような旋回はできないし、大雑把に言うと進むか止まるか。それも前進あるのみさ」
「それを制御するのがこの影なわけだね」
「そうです。トムズ・ワーカーズが作り出した画期的な技術のおかげで、海列車は安全に運行できているんです」
「画期的な技術って? ベルナート知ってる?」
「知ってるからオレは黙っとく」
「ちぇー」
「海には獰猛な海王類も多いのに、海列車には襲わない。そこが何よりも凄いポイントだと僕は思ってるんです」
「海王類を避けれる何かがあるってこと?」
そこまでは掴めるが、そのあと一歩が出てこない。眉を寄せて真剣に悩んでいると、ゴードンが先に思いついた。
「まさか音で?」
「正解です! まさかすぐに正解されるとは思ってませんでしたよ」
「ははは。音楽家だから最初にそれがよぎっただけだよ」
「素晴らしいですね。この島には興行に? それとも休暇ですか?」
「それは答えかねるね」
「あはは。興行でしたら、楽しみにしています。それで、トムズ・ワーカーズは、列車の走る音を魚たちの嫌がる音にしたのです。これで海王類は列車に気づいても襲わず、むしろ離れるというわけです」
「そんな技術があるんだ……。トムズ・ワーカーズって凄いんだね」
「海列車を好きな人なら誰もが知る伝説の会社ですよ。ちなみに列車は社長の名を借りて、パッフィング・トムと言います」
「パッフィング・トム……。教えてくれてありがとう!」
「いえいえ。列車のことを知っていただくのは僕個人としても嬉しいので。機会があればぜひご乗車ください」
「うん!」
一礼してから駅員が立ち去る。列車が来るまでもう少し時間があるが、ウタはベンチに座るのをやめて波に揺れる線路を眺めることにした。
ウタがそうするのならとベルナートもゴードンもその場で待つこと数分。海列車が到着するというアナウンスが流れ、海の上を走るそれをウタが見つけた。
「あれが海列車……!」
「想像もつかなかったが、これは見事……」
汽笛を鳴らし、煙を上げながらその鉄の塊が走ってくる。その迫力たるや初見の者に言葉を失わせる圧巻の存在感。
ホームの端でじっと見つめているウタを、危ないからとベルナートが引っ張る。その10数秒後には、減速しながら海列車がプッチのホームへと着いた。
「後ろは箱?」
「乗客が座る場所がその箱。たしか1つは給仕室だったな。全部連結されてて、先頭のこれが引っ張る」
「引っ張るって……何個も箱あるのに?」
「それを可能にするだけのパワーで動いてるんだよ」
「改めて凄いな海列車というものは」
ウタとゴードンが舌を巻く中、この駅で降りる客が次々と出てくる。それらの客がいなくなれば、次はこの駅で乗る客たちが客席へ。これが海列車での乗降のマナーだ。
「あ~~、なかなかいい乗り心地だったな」
「は?」
「ん?」
「え? どうしたのベルナート?」
「なんだなんだ。久しぶりに顔を見たと思えば、可愛らしい姉ちゃん連れてんなベルナート」
「ベルナートの知り合い?」
聞きながら顔を見上げてみると、ベルナートはウタがこれまで見たことない程に、緊張した顔になっていた。
世間知らずのウタはその男を知らない。10年ろくに情報を得ていなかったゴードンも、その男にはピンとこなかった。
しかしこの男は有名だ。世界にその名を知られている人間の1人だ。
「なんでここにいるんだよ……」
元世界最高戦力の1人、3人しかいなかった海軍大将の1人。
「クザン……!」
「それはこっちのセリフだが、おれが来たのはあれだ……。なんだっけ。忘れたからいいや」
青雉と呼ばれた男である。