元海軍大将青雉。「ダラけきった正義」を掲げていたこの男は、そのモットーとは裏腹に世界最高戦力の1人だった。
海軍大将なのに軍艦を用いず、自転車で出かけることも多かった男なのだが、不思議と部下からの信頼は厚かった。前元帥だったセンゴクはそんな青雉を次期海軍元帥にと推薦したのだが、世界政府側は海賊という"悪"を徹底的に潰そうとする赤犬を指名。
2人の意見も真っ向から対立し、ある島にて決闘が行われた。10日間にも及ぶその激戦の末、青雉は赤犬に敗れ海軍から出ていった。
「そんな凄い人がなんでこの島に?」
「そりゃあ嬢ちゃん。ここが美食の町だからさ。海列車の乗り心地も悪くなかったな」
「無職満喫してんな」
「くくっ、言ってくれるなーベルナート。お前みたいな放浪生活も、なかなかに悪くない。軍じゃ見えてなかったものが見えてくるからな」
テラスにある客席の1つに、4人は座って話をしている。本来ならゆっくりと腰を据えて話したくはないものだが、今はクザンが軍の人間ではない。食事も奢ってやると言われ、ウタが美味しいパンケーキを食べたいと行ってこの状況だ。
知らなかったとはいえ、元海軍大将に臆することなく要望を貫く強さは、父親譲りなのだろうか。しかも知った今でも気にした様子が見受けられない。
「せっかくなら一緒に放浪生活もどうだって言いたいところだが、お前さんはやることを固めたようだな」
「まあな」
「2人はいつ知り合ったの?」
「10年近く前だな。おれが追って、捕まえかけたところに邪魔が入った」
「あー、シャンクス」
「なんだ知ってるのか。そう、赤髪に阻まれてな。あの時は四皇じゃなかったとはいえ、赤髪海賊団相手には戦力不足だった」
たとえ軍艦があろうとも、シャンクスの覇王色の覇気の前では意味をなさない。クザン以外の部下が気絶させられる。結局は1人対1海賊団になる。いくらクザンでも赤髪海賊団相手にそれは無理だ。
クザンはベルナートを捕まえることを諦め、ベルナートはその後シャンクスたちに鍛えられた。
「その後にも会ったことはあるんだけど、その時は気持ちが湧かないとかで見逃された」
「海軍大将がそれでいいのか……」
「あの時は……あーー、なんだっけ」
「知らねぇよ」
「おれには当たりが強えなベルナート。過去のことは水に流そうや」
どうにも掴みどころがないなとゴードンがクザンの人物像を測りかねている中、当のクザンは運ばれてきたパフェを食べ始める。
軍を離れた以上、クザンはベルナートのことを特に気にしていない。自身の正義に背かない限り、ぶつかる必要がないのだ。そのことはベルナートも承知しているが、どうにもすぐには友達感覚になれない。
天竜人の事件直後に、軍艦で追いかけてきた男相手には、それは当然の反応だが。
「ガープ中将ほどじゃないが、おれも天竜人に思うとこはあるさ。大将じゃなくなった今、ストレスフリーなもんだ」
「あんたはその座にいた時から自由にしてなかったか?」
「おれなりに仕事はしてたぞ。これでも」
「大将と天竜人って何か関係あるの?」
「あるんだよ。ここで話すのもなんだ。あとでベルナートに教えてもらってくれ」
「? うん」
今聞けないならいいやとウタの興味がパンケーキへと変わる。目をキラキラと輝かせて、ナイフとフォークで切り分ける。
「ん~~! 美味しい! 奢ってくれてありがとう!」
「どういたしまして。歌姫に奢れるとは光栄だな」
「私のこと知ってるんだね」
「まあな。最後の配信のことも知ってるぞ」
「もしかしてファンとか?」
「いや、乗ってきた海列車の中で話が聞こえた」
「直近! ……話題になってるのは嬉しいけど」
一口サイズに切り分けたパンケーキを、口に入れては幸せそうに目を細める。楽しんでるなと思う反面、クザンは頭をポリポリと書きながら言葉を濁してそれを枕に口を開く。
「聞こえてきた話は、ベルナートに利用されてるって見解の話だったけどな」
「利用? どういうこと? ベルナートはそんな事考えてないのに」
「……手配書ってのは、そいつの強さや政府への脅威度。簡単に言うとそいつ個人の危険度を表す数値だ。こいつの場合特殊だが、民衆がそんな事情を知ることはねぇ」
手に入る情報は、政府の都合のいい情報か噂話が大半だ。個人的に信用できる情報筋、なんて持っている人などほぼいない。
「民衆からすりゃあ他の海賊共や革命軍となんら変わらねぇ。額が高いほどに悪人だっていう認識が根底にある。ベルナートが疑われるのは当然だな」
「そんなことないのに……そういう話をしても、みんながわかってくれるかはわからないよね」
「そうだな。だが100%だと考えるな。こういう意見も出ている、その程度に留めておくといい」
「わかった」
ツアーは再開させる。その時にベルナートのことをウタが話しても効果は薄い。最後の配信以降、1ヶ月間活動が止まっていたのだ。「ベルナートにとって都合が悪くなったから」と考え始める人がいても何らおかしくはない。
それならば、あえて多くを語らずにライブをすればいい。ただ自分の歌を届けてしまえばいい。それで伝えていく。
「……クザンはこれからどうする気なんだ?」
「それは今探し中よ。ただ、軍を抜けようとおれはおれだ。掲げていた正義が消えるわけでもねぇ」
「ダラけきった正義?」
「ああ。海軍は正義を掲げちゃあいるが、ひとえに正義と言っても解釈は違う」
「海軍の言う正義は、世界の在り方の現体制の維持と海賊の撲滅。この2つの印象がオレにはあるんだが」
「間違っちゃいねぇな。特に後者はサカズキ体制になってから注力される。政府の方に関しちゃ……基本は
「……今さらだけど、私たちこういう話聞いててもいいの?」
「機密を話してるわけじゃねぇから大丈夫だ。ちょいと詳しけりゃ一般人も知ってることだからな」
「ならよかった」
妙な話を聞いて立場が悪くなるのも面倒な話だ。今は天竜人というストーカーを警戒しているだけなのに、ちゃんとした理由を付けられた追われる身にはなりたくない。
「正義ってのは個々人で変わるんだよ。おれの正義とサカズキの正義が相反するみたいにな。民衆を守ることを第一とするか、それとも海賊を逃さないことを第一とするか。正義は価値観、人の数だけ正義もあるわな」
「上の人間の正義と、下の人間の正義にもズレはあるんだろ」
「まあな。皮肉な話に、ひよっ子ほど民衆を優先するんだわ」
「一大組織の宿命でしょ」
組織が巨大であればあるほど、それに比例して上の立場に行くほどに視野が広くなる。そして背負うものも増えていき、
海軍本部の大将が、天竜人の直属の部下であることから、それは如実に表れてるだろう。民衆を守るという使命よりも、世界貴族たる天竜人を優先させられる。海軍は世界政府からの影響を拒めない。
「よしっ、こんな固い話は終わりだ。おれはこの町の飯を楽しむために来たからな」
「ねえねえクザンさん。私あそこの屋台のクレープ食べたい」
「堂々とたかるねー嬢ちゃん。ほら、このお金で好きなもの買ってきなさい」
「ありがとう! ベルナートも行く?」
「いや、オレはいいよ」
「わかった。好きそうなのがあったら買ってくるね」
「何もわかってないな?」
クザンからお金を受け取り、にこにこと駆けていくウタの付き添いは、ゴードンが請け負った。目で見える距離だから何も心配はいらないのだが、空気を読んでのことだ。
残ったベルナートはやれやれと首を横に振り、クザンへと目を向ける。
「ウタって言ったか。あの娘、ウタウタの実の能力者なんだってな」
「そうだな」
「エレジアを離れてるなら、政府もわざわざ動くことはないだろうが、天竜人が絡んでくると話が変わる」
「追いかけてくるならその都度マストを斬るさ」
「くく、それも悪かねぇが、警戒すべきは黒ひげの方だ」
「……ヤミヤミの実か」
頂上戦争で何が起きたのかは、ベルナートも知っている。本来人は悪魔の実の力を1つしかその実に宿せない。それなのに黒ひげは、ヤミヤミの実を持ちながら、死んだ白ひげからグラグラの実の力を奪った。
「まだ確定した情報じゃねぇが、仮にあの力を流用できたとしたら、強力な悪魔の実を狙い出すはずだ」
「……ウタウタの実を黒ひげが狙うと?」
「封印されてる魔王を抜きにしても、実の力自体強力なものだ。歌を聴いた相手を仮想世界に閉じ込めるだけじゃねぇ。現実では眠ってるそいつらを操れる。戦闘力も悪魔の実の力もそのままにな」
「……頭には入れとく」
「ワールドツアーを再開させるならいずれあいつ等の耳に入る。狙う勢力は他にも出てくる上に、そいつらが動き出したとなると政府も動かざるを得ない」
海賊の手に落ちてしまう前に確保するか、あるいはいっそ始末してまうか。大きな勢力に狙われるとなれば、
「お前1人じゃ守り切れなくなるぞ」
「それは重々承知だ。……考えはある」
「……ならいい。ところでこの島ではライブするのか?」
「するんじゃないか? ウタはそのつもりみたいだけど、まだ確定じゃない。興味あったのか」
「ま、せっかくだしおれも聴いておこうかってね。話題の歌姫の歌声を」
ベルナートとクザンが真面目な話をやめてぐだぐだとし始めた頃、注文の順番待ちをしているウタは、渡されたメニューをゴードンと見ていた。
さすがは美食の町と言うべきか。どのメニューも美味しそうでなかなかに決め難い。
「
「自分の分を悩んでいるのかと思った」
「悩んでたけどそれはすぐ決まった。でもベルナートの分がなかなか決まらなくて。どういうのが好きなんだろ」
(そもそもいらないと言っていたんだが……言うのは野暮か)
「ベルナートは食べたくないわけじゃないよ? あの人と話があるから残っただけ。そこはゴードンも気づいてたから来たんじゃないの?」
「後半は気づいていたが、前半は気づかなかったな」
「私の勝ち~」
「彼のことでウタに勝てる人はいないのではないか?」
「そうでもないと思うけどな」
そう言ってウタが思い浮かべるのは、キューカ島で出会ったモネのことだ。かつてベルナートと一緒に航海したという女性。ベルナートへの理解度は、彼女が一番高いはずだ。勝てる気がしない。
ゴードンはその女性のことを知らず、頭にクエスチョンマークを浮かべていた。
(モネならこういう時も悩まずにベルナートの分決められるんだろうね)
「ウタはどれにするんだ? それと大きく違うメニューをベルナートくんの分にしよう」
「そうだね」
注文内容を決め、順番が回ってきたらそれをオーダーする。しばらく待って、できあがったその商品を受け取ったところで、他の客から声をかけられた。
「ウタ……?」
「え? あ、うん。そうだよ。私のこと知ってくれてるんだ」
「本物……!? あのウタがこの町に!」
驚愕しているその客から伝播するように、周辺の人々の注目が次々とウタに集まる。周囲から向けられるその目に、ウタは少し戸惑った。
「ウタってあのツアーしてた?」
「あの顔、間違いないウタだ!」
「ウタがなんでこの町に?」
「天竜人に手を出した子よね?」
「それはウタじゃない!」
周りから聞こえてくる声にウタは頬を掻いて、困ったように口を開いた。
「あ~、私がこの島でライブするって言ったら、……みんなどうかな?」
「ウタがこの島でライブ?」
「それってツアーを再開させる気?」
「…………やっぱり……反対だよね」
「ぜひやってくれ!」
「ぇ……!?」
「ウタのライブ再開をずっと待ってたんだ!」
「あの歌声をまた聴かせてほしい!」
続々とライブを歓迎する声が上がっていく。ウタに気づいた他の人も、気づいていない人でも、この町でライブをしてくれと盛り上がっていく。
その熱意、声援にウタは口に手を当てた。
「ほんとうに、いいの? わたし、歌っていいの?」
「もちろんだ!」
「おれ達はウタの歌が好きなんだ!」
「音楽に良いも悪いもねぇよ!」
「ウタをずっと応援してる! ファンだから!」
再開すると意気込んでいても、本当にできるかは不安だった。直接は何もしていないとしても、天竜人の船を斬ったのは事実。ファンに、民衆に見放されても仕方ないと思っていた。
それが蓋を開けてみたらどうだ。
これだけの熱意を持ってくれている。ウタを待ち望んでくれていた。そのファンたちの生の声が、ウタの胸に深く届けられ震わせる。
「わたし……せいいっぱい歌うね……!」
ポロっと涙が溢れたのは、嬉しさと喜び故。
それを慌てて拭って、気持ちを頑張って落ち着かせながらウタは宣言した。明日歌うと。
そのツアー再開ライブは無事に大きな盛り上がりを見せ、ペローナに作ってもらったライブ衣装も、その日に初披露した新曲の「逆光」も、ウタの名をさらに世に知らしめさせたのだった。