アイスバーグはこのウォーターセブンにおいては英雄的存在だ。市長にして社長である彼は多忙を極めるのだが、その権限もまた強い。「仕事が多すぎて嫌だから今日の予定キャンセル」とか言っても通用するレベルである。その自由な働き方には、ある意味羨ましがられるものがある。
ガレーラカンパニーの本社は過去のとある事件で一度全焼したのだが、今では新たな建物が完成している。パウリーは電伝虫でアイスバーグに話を通してからそこへベルナートたちを案内した。
「ンマー、久しぶりだなベルナート。天竜人の件聞いたぞ?」
「オレも聞きましたよ。船の修理はここでやってたみたいですね」
「おかげさまでな。幸い誰も連れて行かれることはなかった。そこはお前に感謝だな」
「なんで?」
「だいぶ頭にきてたらしい。お前と歌姫のことで頭がいっぱいだったんだろう。……ツアーを行うのは結構だが、聖地方面に行くなら気をつけろ」
「はぁ。わかりました」
天竜人も諦めが悪いと言いたいところだが、天竜人から恨みを買う人間は少ない。強く印象に残るのも納得のいく話だ。
しかしベルナートからは一度も手を出したことがないのは事実だ。過去の罪はあれど、今では必要な時に相応の手を打つ。それだけだ。
「ンマー。パウリーから話も聞いてる。船の点検なら職員がやるように手配しておこう」
「話が早いですね。本当にいいんですか?」
「ああ。大方パウリーの借金を立て替えたんだろ。先に恩を作られちゃ断れねぇ。それに、それぐらいの余裕ならうちの社員にある。技量測定に活用させてもらうさ」
「ベルナート、技量測定って?」
「ここの会社は定期的に職人の腕を確認するんだよ。それでキャリアとかステップアップしていく」
「なるほどね。テストなんだ」
「そんな感じ」
ガレーラカンパニーに所属しているのなら、まずその時点で腕は保証されてる。それでも社員の中でも階級分けは必要だ。昇給にも繋がり、それらがモチベーションにもなる。
それのテスト用にベルナートたちの船を活用するのだ。代金の支払いもそれでチャラになる。
お互いにメリットのある落とし所だ。
「船はどこに停めたんだ?」
「岬です。新世界にも行くつもりなんで、必要なら改修もしてください」
「ンマー。自ら聖地に近づくのか。……魚人島に行くにしても、シャボンディ諸島に数日は滞在しないといけないはずだ。大丈夫なのか?」
アイスバーグはそこに行ったことはない。しかし昔馴染みに人魚のココロがいるし、アイスバーグの師匠は伝説の船大工のトム。彼も魚人である。話くらいは聞いていても不思議ではない。
「シャボンディ諸島にも頼れる知り合いがいるんで、なんとかなりますよ」
「ならいいが。それはそうとライブはするのか?」
「出発の前日にしたいなって思ってるよ。いいかな?」
「それは構わないが、見てきた通りこの街は水路が多い。大人数が集まれる場所も、うちの会社のドッグくらいだ」
「プールは? そこでBBQしたって前に聞きましたよ」
「……たしかにそこがあるが……わかった。使うといい。宿もこちらで用意しておく。追って連絡させるからこの後はこの酒場に行け」
そう言って渡された用紙には、その酒場の名前と簡略的な地図が書かれていた。ベルナートも知っている酒場であり、たしかにここなら安心できる場所だと納得した。
「そうだベルナート」
「はい?」
「技量測定にはお前も混ざれ。パウリーにまたしごかれるといい」
「うわ……わかりましたよ」
ベルナートに直接指導したのはパウリーである。そしてパウリーは、ベルナートをガレーラの正式な職員にしようと考えていた。それほど真剣に取り組み、腕もつけていたのだ。
それを断って出ていっておきながら帰ってきたのだから、ベルナートはパウリーに一発殴られても文句は言えない。ヘッドロックで許されたのはパウリーの恩情だ。
当時のことを懐かしく思いながら、ベルナートはウタたちとガレーラの本社を後にした。
ウォーターセブンは、巨大噴水を中心に綺麗に円形になっている島だ。しかし海列車の駅があることにより、そちら側が表、噴水を挟んで反対側が裏町と呼ばれる。水上エレベーターで上に行けばそこが中心街だ。
その裏町側は、毎年ウォーターセブンを襲う高潮"アクア・ラグナ"の被害を受ける。今年の被害は例年の比ではない。裏町のほぼすべてが水面下に沈んだほどだ。
しかしここは職人の島。どんな被害であれ素早く復旧作業を行ってくれる。そんな裏町の一角に、アイスバーグが指定した酒場がある。
「いらっしゃいだわいな」
「今はまだ準備中……ってベルナートだわいな」
「久しぶりですね。酒場も随分板についてきたんじゃないですか?」
「そこは言い切るんだわいな」
「まったくだわいな」
「アイスバーグさんから連絡が来るまでここにいさせてもらいますね」
「なら今日は貸し切りにするわいな」
「ザンバイたちも呼ぶから久しぶりに宴だわいな」
とんとん拍子に話が進んでいき、店の扉の入り口にも「本日は貸し切り」と書かれたボードがぶら下げられる。
ベルナートたちはカウンター席に3人並んで座り、連絡も済ませた2人がカウンターの奥へと立った。ここでようやく、互いに自己紹介が始められる。
「挨拶を後にしてすまなかったわいな。あたしはモズ。こっちがキウイ。今は見ての通り2人で酒屋をやってるんだわいな」
「今は?」
「この後来るザンバイたちも含めて、あたしらは解体屋兼賞金稼ぎをしてたんだわいな」
「アニキが海賊になってから一家は解散。アイスバーグに仕事を斡旋してもらったりして、それぞれの道を歩んでるんだわいな」
「海賊……。賞金稼ぎって海賊を捕まえたりしてたんでしょ? それなのになんでその人は海賊になっちゃったの?」
「……夢のためだわいな」
酒を飲むのは他のメンバーが来てから。代わりにコーラを3人分キウイが用意した。
モズもキウイも、2人とも僅かに寂しげな雰囲気を持っていたが、それを塗り潰すほどに、誇らしさを持った笑顔になる。
「アニキの夢は、自分の船で世界を回ること。それを成し遂げた時にこそ、その船は何よりも輝いている。それがアニキ言う夢の船なんだわいな」
「あたしら一家にだけ、アイスバーグがそれを教えてくれたんだわいな」
「……それ、詳細まで私たちが聞いてもよかったの?」
「ベルナートの連れなら信用できるわいな」
連れだろうと他人の夢を簡単に語るかは話が別だ。しかしそれを踏まえても尚、良いと判断された。
いったいベルナートがどれだけ信用されているのか。それを測るには十二分な話だった。
「その人のこと、なんでアニキって呼んでるのか聞いてもいい?」
「聞きたがりだわいな」
「だわいな」
「あ、ごめん」
「あたしらがアニキって呼んでるのは──」
「聞いていいんだ!?」
駄目かと思って謝ったが、どうやらその必要はなかったらしい。モズとキウイが楽しそうに笑い、ウタは小さく頬を膨らませてからコーラを口にした。
「ガレーラの人気はもう知ってると思うけど、この島じゃ船大工を目指す人も多いんだわいな」
「海列車。あれが初めて走った日は、あたしらもまだ子どもだった頃。あれに影響を受けて、海列車を作った伝説のトムズ・ワーカーズ、その1人が作った会社を目指すのも珍しくなかったわいな」
「…………え、アイスバーグさんが伝説の船大工の1人!?」
「あ~そう言えばその話はしてなかったな」
「ベルナートは知ってたの!?」
「……働いていた時期もあるなら、知っていてもおかしくはないな」
「わざわざ話すことでもないと思ってさ」
「話を戻すわいな」
「ガレーラには誰だって入れるわけじゃないんだわいな。入社試験があって、それに受かれば入り口に立てる。あたしらはそれに落ちたんだわいな」
目指していたものになれない。その門を通れない。そのショックは本人にしか分からない、計り知れないものだ。
多くの職員がいるガレーラカンパニーだが、相応に多くの落第者たちがいる。モズもキウイもそちら側であり、グレて家も飛び出して生活していた。酒場に入り浸り、チンピラ生活。
そんな2人を拾い上げた者こそ、2人がアニキと称して慕っている男。フランキーである。
フランキーは裏町でグレていたチンピラたちをまとめ上げ、行き倒れている者たちも拾い上げ、自分の子分にした。そしてその集団こそがフランキー一家。解体屋と賞金稼ぎをしていた者たちだ。
「フランキー……って、麦わらの一味の?」
「そうだわいな」
「そういう人だから、ルフィも仲間にしたんだ……」
「麦わらと知り合い?」
「えっと……広めてほしくはないことなんだけど、ルフィは私の幼馴染なの」
「「びっくり情報だわいな!!」」
モズもキウイもウタのことは知っている。知っているが、それで騒ぎ立てたりはしない方がいいだろうと踏んで黙っていた。そんな配慮をぶっ飛ばすような衝撃情報に、思わず2人揃ってリアクションを取ってしまった。
それも仕方ないだろう。フランキー一家は、麦わらの一味に大恩がある。今ではフランキーもその仲間となっている一味の頭、麦わらのルフィの幼馴染。
あの歌姫がだ。
2人のその反応から、やっぱり言わない方がいい情報なんだなとウタは再認識した。
「アニキとの別れは辛かったわいな。けど、麦わらたちのことは信用できるから、あたしらは送り出せたんだわいな」
「もしアニキに会うことがあったら伝えてほしいわいな。あたしらは元気にしてるって」
「うん。必ず伝えるね」
「麦わらには一度会うつもりだしな」
「うお! 本当にベルナートが来てやがる!」
話の途中で声を割り込ませたのは、先程連絡を受けたばかりのはずのザンバイたちだ。この酒場にはフランキー一家全員は入れないのだが、そもそも今日来れるメンバーも全員ではない。当日の突然の連絡で来れるかは運次第だ。
驚きながらもズカズカと入ってくるザンバイたちに、ベルナートも振り返ってにやりと笑う。ガレーラの職員たちとはまた違う付き合いだ。言うなら悪友か。
「来るの早くないか?」
「お前が来てるって聞いたから仕事切り上げて来たのさ」
「働けよ」
「うるせぇよ!」
「ギャハハハ! やっぱ言われたなー!」
ザンバイたちはテーブルを寄せ合って席を作り、そこにベルナートも混ざる。モズとキウイが運んできたビールのジョッキを各々が持つと、早速乾杯して賑やかに飲み始める。
「いつ来たんだよベルナート」
「今日だよ今日」
「いなくなるのも来るのも突然だなお前」
「ははは! いろいろあんだよ。それよか仕事はどうよ」
「仕事は順調に波に乗り始めてきたところだぜ」
「解体はお手のモンだがよ。商談はまだ慣れねぇもんだな!」
そうして近況を話し合っては飲んでいるベルナートの姿を、ウタもビールを飲みながらカウンター席から見つめた。
今のベルナートの姿は、どう見ても遠慮も配慮も一切ないものだ。それを見ると、彼がパウリーと話していた時と同じように靄を感じる。
「ベルナートが気になるんだわいな?」
「そうなんだわいな?」
「……気になるわけじゃないよ。私といる時と違うなーってだけ」
「ヤキモチだわいな」
「妬いてるわいな」
「妬いてない!」
顔を赤くしながら否定されても説得力がないが、モズとキウイは気づいた。この赤面は感情によるものではなく、酒によるものだと。
つまり、ウタはたった1杯で……しかも飲み干してすらいないのにもう酔っているのだ。信じられないほどの弱さである。
「ベルナートはわたしの
それを聞いた2人は顔を見合わせ、それはないないと手を横に振って真顔で否定した。
「勘違いしてるわいな」
「ウタはベルナートに大切にされてるわいな」
「ベルナートの他人の分け方は2つだわいな。1つは敬意を払う相手とか店員とか、一定の距離を必ず取る相手。もう1つは何も気にせずに話す相手。友だちの距離感がこっちだわいな」
「あたしらの印象からしたら、ウタは
「気楽に話す相手だけど少し距離も開ける相手。ベルナートにとって大切だからこそ、特別な分け方になるんだわいな」
「……」
ぐびっと残っているビールを飲み干す。ぼんやりとする頭でも、話は大方は理解できた。
ふわふわする感覚を楽しんでいると、ぽんと頭に手を置かれた。振り返ると件の男、ベルナートが後ろに立っていた。ウタはぼーっとしながら見上げている。
「ウタ酔ってない?」
「……ほぇ?」
「そんなに弱いなら先に言ってほしかったわいな」
「そうだわいな」
「オレも知らなかったんですよ。……少し風に当たらせるか」
「そうするといいわいな」
ふらつくウタを支えながら店の外に出て、陸路の端に並んで座った。重ねていた手は指を絡められ、離すことは諦める。
裏町と言えど人は多く住んでいる。店で騒いでいるザンバイたちの声はもちろん、生活音も聞こえてくるし、ヤガラブルの鳴き声も時折聞こえる。耳を傾けていれば、静かな波の音も拾えた。
「ベルナートはとおいね」
いつぞやの時のように、肩に寄りかかりながらウタはそう呟く。
「隣にいるだろ」
「ううん。とおい」
どうやら物理的な話ではなかったらしい。ベルナートはウタが何を言おうとしているのか考える。「とおい」という言葉が何を指しているのか。それがつかえる表現を考えていき、やがて重なっている手を握り返した。
「やっぱ近いよ。オレはウタの
「…………あえ? 何の話だっけ?」
「…………………………まじですか?」
「あ、あはは……ごめん」
「オレは飲みに戻らせてもらうからな! ウタは飲むなよ! 主にオレに被害があるから!」
珍しく顔を赤くしたベルナートが、駆け込むようにして店へと戻っていった。中の様子がさらに賑わいをみせているあたり、だいぶ勢い良く飲んでいるのかもしれない。
それを背に受けて感じながら、ウタは膝を抱えて熱くなった顔を隠す。
(私何言っちゃってるんだろ……)
記憶はすべて残っているウタは、ベルナートの言葉を思い出してさらに熱を上げた。
それが収まるまでにかかった時間は、ウタだけの秘密である。