シャボンディ諸島は、諸島とは言われているが島ではない。超巨大なマングローブの上に町ができているのである。魚人島に行くためのコーティング作業もここで行われる。
余談にはなるが、このシャボンディ諸島から海軍本部は近い。頂上戦争の際には、海軍本部がある島に住む人々の避難先にも選ばれた。
「マングローブって樹だよね? 磁力がないんじゃないの?」
「おっ、ウタもそういうのわかるようになってきたか」
「それくらいはね。それで、シャボンディ諸島にはどうやって行くの?」
「ログポースを使って航海する場合は、針が魚人島を指すんだよ。それで魚人島はレッドラインの真下にあって、シャボンディ諸島はレッドラインの近くにある」
「レッドライン沿いに進めばシャボンディ諸島に着くってことか。でも私たちログポース使ってないよね? エターナルログ?」
「魚人島のは持ってないよ。失くしたから。今回はシャボンディ諸島に住んでる人のビブルカードを使ってる」
「あ~、ミホークさんの所に行った時のあの不思議紙。ベルナートの大事なケースの中身ってそれだったんだね」
「そういうこと。恩人とか親友のビブルカードを入れてる」
「ベルナートの分は?」
「まだ余ってるな。……ウタも持つか?」
「え! いいの!?」
いいも何も、ウタの顔にははっきりと「欲しい」と書かれていた。そうされては話を振らないわけにもいかず、ベルナートは小型ケースを開けてその中から1枚の紙を取り出した。
どの紙が誰のものかはその人の名前が書き込まれていて、そのおかげでどれが誰のか判別できる。ベルナートのビブルカードはまだ紙が6割ほど残っており、新たな切れ端をウタに渡した。
「やったー! ありがとうベルナート!」
「これだけでそんな喜ぶとは思ってなかった」
髪もぴょこぴょこと動かして飛び跳ねるほど喜ぶ姿は、なんともウタらしい。名前を書き込むためか、ウタは自室へと駆け込んでいった。
そんなウタを不思議がりながら入れ替わりでゴードンが甲板に出てくる。
「ウタはどうしたんだね?」
「オレのビブルカード渡したらああなりました」
「ビブルカード……その動く紙のことか」
「そうです。別名命の紙。その人がいる方向がわかるだけじゃなくて、その人が無事かもわかります」
「ふむ?」
「この切れ端の大きさが最大として、これが小さくなっていくほどに危険な状態に陥ってるってわかるんですよ。相手が死ぬと紙も消えます」
「まさに命の紙というわけだ。……私も貰っておこう」
「いいですよ」
ビブルカードをゴードンにも分けていると、名前を書き終わったウタがこれまた走って帰ってくる。その手にベルナートのビブルカードを持って。
「どこかに保管しとかないのか? 落とすぞ?」
「今は持っとくからいいの。ねぇ、私のビブルカードも作れる?」
「作れるのは作れるけど、オレは作り方知らないからな」
「そうなんだ。ベルナートなら知ってると思ってた」
「作り方を知ってる知り合いに任せてたから覚えてないんだよ」
「そっか。それは残念。私のをベルナートに持ってもらおうと思ったのに」
「一緒に行動してるのに?」
「いいじゃん! お揃いって感じで!」
「それ言うとオレ何人とそうなってんだか……」
「……はぁ、ばか」
ベルナートは基本的にビブルカードを交換しあっている。一方的に渡しただけなのは、それこそ今渡したウタとゴードンくらいだ。だからビブルカードを交換し合うことは、ベルナートの中では特別なことではない。そこに何かを見出すのは、よくわからない感覚だ。
だがウタは違う。ウタはベルナートの紙しかもっていない。そこに"特別"を見出してもおかしくはないのだ。
なんにしても、ベルナートが作り方を知らないのだから、どのみち今すぐには作れない。ウタは一旦この話を取りやめることにした。
ビブルカードを頼りに進んでいると、遠目でもわかるほどの巨大な樹が見えてくる。すべてで79本あるその集まりこそが、新世界に挑まんとする海賊たちの集まる地シャボンディ諸島だ。
「シャボン玉……!?」
「なんとも壮大な景色だ……!」
「この諸島には大雑把に区域があって、1番から29番までは無法地帯だから気をつけるように」
「ベルナートの知り合いに会いに行くんだよね。その人はどこにいるの?」
「13番」
「無法地帯って言ったよねそこ!?」
「はははは! だから無闇に1人で出かけないようにな? ……っと、ありゃ、ビブルカードが13番じゃない方を指してるな」
無法地帯となっているのは、主にこの諸島の中心部だ。目的地はそこを指しているとベルナートは思っていたのだが、シャボンディ諸島に近づいてみると方向がズレ始める。
ビブルカードは内陸ではなく、他の場所に進もうとしている。40番代の方だ。
「その人が出かけてるのかな」
「かもな。この船の大きさなら中まで進めるし、とりあえずビブルカードに従って進むか」
50番代は造船所があり、船のコーティング作業もここで行われることが多い。それを横目に船を進め、40番代になったところで内側へ。ベルナートは知り合いの気配を探り当てると、ビブルカードを見るのはやめてピンポイントにそこに船を進めた。
「あ、そうだウタ。ウタのことが知られて騒がれると面倒だから、フードがある上着とか用意してほしい」
「わかった。ライブもここはできないんだよね」
「天竜人が目と鼻の先だからな。海軍本部も近い」
それなら仕方ないとウタも納得して、部屋から大きめのパーカーを持ち出してきた。それもペローナに作ってもらったものらしい。だいぶ気に入っているようで、にこにこと笑顔で袖を通しながら戻ってくる。
フードも大きめなもののようで、下から覗き込もうとしないとウタの表情が見えにくい。素顔を隠して過ごすなら完璧なパーカーだ。そこまでは。
「背中に思いっきりUTAって書いてあるんだけど? ウタって堂々と晒してんじゃねぇか!」
「いやでも、逆にバレないかなーって」
「逆にってなんだ!?」
「この地で本人がわざわざわかりやすい服を着るわけがないと……そういうことだなウタ?」
「そういうこと! ベルナートもそう思わない?」
「周りがバカだらけならいいなって切実に願ってるよ……。一応聞くけど他にはない?」
「ないね。ベルナートは?」
「持ってない。……それで行くしかないか……」
ウタの目論見通りに周囲が思ってくれることを、ベルナートは項垂れながら願うのだった。
そんな何とも言い難い空気を一新したのは、目的の人物がいる場所に停められている一隻の船だった。帆は畳められ、静かに停泊しているも、高く掲げられている黒地の旗は悠々と語る。
麦わら帽子を被った髑髏のマーク。すなわちこの船は、麦わらの一味の船であると。
「麦わら帽子……。これがルフィたちの船……」
「船首はかわいらしい猫なのか」
「何言ってるのゴードン。どう見てもこれは犬でしょ」
「いや太陽じゃね?」
「おーーい! お前たちー!! その船にそれ以上近づくんじゃねぇぬらべっちゃー!!」
「誰か叫んでる」
「周りにはトビウオ……警戒されてんな」
声が聞こえるのと同時にベルナートはウタにフードを深く被らせる。誤解されるのも厄介なため、帆もすぐに畳んで船を停泊させる。
この場にいるのはトビウオライダーズという人攫いチームだ。ベルナートもその名を耳にしたことはあったため、ウタのことがバレないようにフードを被らせた。手を刀にかけておきながら、上から叫んだ男を見上げる。その男こそ、このチームの頭のデュバルである。
「用がないなら早く他のとこに停めに行けー! それならおれたちも手出ししないからよ!」
「良い奴かよ!?」
「え? ハンサム?」
「言ってねぇよ!! ハンサムだけどな!!」
「はははは! よしてくれよ旦那~! 面と言われると照れるぜ~! でも悪いけどおれは女と付き合いてぇ!」
「なんでオレが振られたことになってんだ!? なんだあいつ!!」
「落ち着いてベルナート。あの人よりベルナートの方がかっこいいから」
「嬉しいけどなんのフォロー!?」
わいわい騒いでいると、他にも人がいたようでデュバルの後ろから次々と顔を覗かせてくる。タコの魚人に人魚にヒトデ。そしてタバコを片手にした女性。
「濃いメンツだな!」
「あら誰かと思えばベルナートじゃない。久しぶりね」
「ニュ? シャッキーの知り合いのか?」
「ちょっとね。とりあえず上がってきなさい。この距離で喋るのも疲れるわ」
「同感」
シャッキーの知り合いなら大丈夫だとトビウオライダーズも警戒を解き、トビウオを着水させて乗っていた者たちは上陸。ベルナートもウタとゴードンと一緒に上陸して、上に置かれていたレジャーシートに座る。
飲み物や食べ物も用意されており、完全にピクニックと化していた。
「そのフードを被ってる子がウタちゃんね」
「もうバレた!?」
「ふふっ、ベルナートと一緒にいるのだから特定できるのよ。安心して、ここにいる子たちはあなたに害が及ぶようなことはしないわ」
「このシャボンディ諸島にいる間は、おれたちも歌姫の力になる……っぜっ!」
「ウィンク下手かよ」
「あはは、おもしろい人だね」
「……心に来たぜ歌姫からのラブコール」
「言ってないよ!?」
「ベルナートにも彼女ができたのね」
「「いや付き合ってないから」」
「ニュ~、2人同時に否定したな」
「仲良しだね~」
改めて互いに自己紹介することになり、各々の立場も判明する。魚人のハチ、人魚のケイミー、ヒトデのパッパグ。トビウオライダーズのデュバルとその一味。彼らは麦わらの一味に恩があるとのことで、船を守っているらしい。
そしてその船の護衛を行う戦士がもう1人。王下七武海のバーソロミュー・くまだ。
「会話はできないわ。彼、もうただのロボットになっちゃったみたい」
「ロボットに?」
「ベガパンクか。頂上戦争でもパシフィスタは暴れてたしな。……とんでもない技術を生み出すもんだよあの天才」
「ベガパンクって?」
「海軍にいる天才科学者。その頭脳は500年先を行ってると言われていて、目と耳を疑うような現実の影にはそいつがいると言われてる」
「パシフィスタは鉄を超える硬度の体に、海軍大将黄猿の攻撃力を再現してると言われているわ。戦争ではそれの量産機がいた」
「……ウタ、頭が追いついてないだろ」
「あはははー。うん!」
パシフィスタのことはさておき、この場にいるのはバーソロミュー・くま本人だ。しかし元の人格は完全に消えているようで、今は麦わらの一味の船を守るためだけにこの場にずっといる。
いったい彼の身に何があったのか。その真相は本人から聞くことができない。
「ところでシャッキーさん。レイさんは?」
「レイさんなら今はこの諸島にいないわよ。出かけているの」
「予想はしてたけど……どうしようかな」
「コーティングの依頼よね? それなら1人私が紹介できる人がいるわ。その人でもいいなら話をつけてあげる」
「ありがとうシャッキーさん!」
「ふふふ、いいのよ」
「お前ら魚人島に行くのか? 案内してやりたかったけど……」
「大丈夫。気遣いありがとうハチ。魚人の知り合いもいて、その人と連絡はついてる」
「ニュ? そうなのか? それならよかった」
「人間は深海に耐えられねぇからな。気をつけるんだぞ」
「出航する時にはお見送りに行くね!」
□
このシャボンディ諸島には、人間の闇の歴史が今も残っている。200年前まで魚人族は迫害され、その習慣は今もなおこの島に残る。そして人間の暗い歴史、人身売買もまたこの島では残っているのだ。
それが海賊などの罪人であれば……いや、そうであったとしても人以下の扱いに落とす文化は本来忌避されるものだ。しかし現にそれは存在し、天竜人も奴隷を調達するためにこの諸島に訪れる。魚人や人魚は罪人でなくとも人身売買が黙認されるため、この島に上陸しようとはしない。
ハチたちが特殊なだけだ。
『おいその話は本当なんだろうな』
「間違いねぇ。バーソロミュー・くまがいるから麦わらの一味の船には手出しできねぇ。けど、トビウオライダーズの動向を探ってたらこの島に来てるのが見えたんだよ。あの歌姫ウタがよ!!」
『この話が本当なら高く売れるぜ』
『ああ、なんせ
『厄介なのは"天喰い"だが』
「逆に言えばあいつ1人しかいねぇ。だからよ、この諸島にいる
『乗った!』
『決行は?』
「今はまだくまといやがるから、そこから十分離れてからだな。今も遠くから監視させてる。追って連絡する」
この諸島は人身売買が黙認される闇の諸島とも言えるが、海軍がいないわけではない。海軍の駐屯所は存在しており、この島に来る海賊たちとの交戦も珍しくない。
そしてここには、戦争でその存在を大きく知らしめたパシフィスタも数体いる。
「人攫いチームの大規模な通信が切れました」
「麦わらの船があるらしいが、くま公がいるんじゃ下手に手出しできねぇな。無駄に兵が減るだけだ」
「どうしますか? 戦桃丸さん。歌姫ウタに、ベルナートもいるそうですが」
「……知ってて見逃すと天竜人がうるさいからな。パシフィスタ全機用意しろ。お前らも戦闘に備えろよ。仮に人攫い共に天喰いが敗れるならそこを抑えりゃいいが、どうせ無理だろうからな」
本音を言えば戦力がもっと欲しいところだが、贅沢は言えない。戦桃丸の脳裏には冥王の存在もちらつき、出てこないことを願う他なかった。
「諸島にいる全海兵を集めろ。最悪の世代以来の大仕事だ!」