「そうそうベルナート。海軍本部がもうじき引っ越しするわよ」
「引っ越し? ……新世界にですか」
「ええ。新世界にあるG1支部と入れ替わるつもりのようね。新元帥らしい姿勢の表し方だわ」
「センゴク前元帥は、世界の中心に本部があることを重んじてた。それを変えるとなると、次世代の海軍は苛烈さを増しますね」
「四皇がいる新世界に構える。本気でこの大海賊時代を終わらせるつもりのようね」
海賊王ロジャーの処刑により、時代を終わらせるつもりだったところを大海賊時代に変えられた。
その子どもエースの処刑と世界最強の海賊白ひげとの戦争により、時代を衰退させるつもりが新時代に勢いを加速させられた。
これらの事例があることが、新体制の海軍の在り方に影響を及ぼしているのかもしれない。真相は何にせよ、海軍は大きく変わる。世界徴兵による大戦力の補強も狙っている。
すべての準備を整えたら、海軍は本格的に動き出すだろう。
「むしろまだ移動してなかったのか。……それよりコーティングの間どこに滞在しようか……」
「うちの店を使うといいわ。無法地帯にあるけれど、かえってその方がいざという時に戦いやすいでしょ?」
「それは助かりますけど、いいんですか?」
「ええ。この島の人攫いくらいなら相手にならないし、後日に海軍がわざわざ来ることもないわ」
「ではお言葉に甘えて」
「船は置いといて。職人に連絡したらデュバルちゃんたちに移動させてもらうから」
「ありがとうデュバル。助かるよ」
「いいってことよ! お礼に歌姫の歌をって言いたいところだが、そういうわけにもいかなさそうだな」
「それなら
「いいんですか!? ありがてぇぬらぁぁ!!」
「ケイミーたちとシャッキーさんの分もあると思う」
「いいのウタちん!?」
「うん! ルフィの友だちなんでしょ? ならあげる」
「ムギと知り合いなのか?」
「そうだよ。また機会があれば教えるね」
話が固まり、ベルナートが船に飛び降りて音貝を3個取ってすぐさままた戻る。その身軽さと素早さに、デュバルやハチたちは目を丸くしていた。
「はいダイアル」
「あ、ああ。ありがとう」
「ベルナート。私の部屋入った?」
「ダイアルがそこにあるんだから入るしかないだろ……」
「そうだけど……むー」
わかっていても感情というものはままならない。言葉では表せないものに、ウタは頬を膨らませることしかできなかった。
2人のやり取りにくすくすと笑いつつ、シャッキーはボンチャリを取りに行く。ベルナートもボンチャリ屋へレンタルしに行った。借りた台数は2台だ。
「シャボン玉に取り付けるんだ? おもしろーい」
「オレが漕ぐから後ろに乗っといて」
「うん!」
「ゴードンさんの方も準備できました?」
「ああ。完了した」
「じゃあ行きましょうか。私も連絡のために一度店に戻るから、案内は任せてちょうだい」
シャッキーが先頭を行き、その後ろをゴードン、一番後ろはベルナートとウタだ。ハチたちと手を振って別れ、見えなくなったところでウタは後ろから手を回し、ベルナートの背中にくっつく。
「運転荒かった?」
「ううん。快適」
「ならよかった」
「ベルナートの背中は大っきいね」
「そりゃあウタよりはな」
「そういうことじゃなくて」
「ええ……」
大きいなとは思うが、それもまた違うのかなとも同時に思った。ベルナートの性格を考えると、背負うものに比べれば小さなものかもしれない。過去を捨てられる人ではないから、「大きい」というよりも「強い」か。
直接聞いても、優しい言葉が返ってくることは目に見えている。それでいてそれが本心なのも、予想の段階でわかる。ベルナートはそういう人間だ。
(難しいや)
シャッキーの店は13番グローブにある。根の上にあるその店には、段数の多い階段を登るしかない。ボンチャリを階段の近くに起き、一行は階段で店へ。
「ここが私の店よ。中にあるものは好きに使っていいから、先にウタちゃんに部屋を案内するわね」
「看板にぼったくりBARって書いてあったんだけど……」
「のこのこ来た客に法外な代金ふっかけて払わせてんだよ」
「なにそれこわい」
「ふふっ、相手が悪党な時だけよ。そもそもこんな所にある店になんて、その手の人間しか来ないもの。私も気兼ねなくぼったくれるってわけ」
看板にもしっかりとぼったくるつもり満々だと表明されている。それでも来る客が悪いとはシャッキーの談である。
「シャッキーさん、買い出しが必要になったら行ってくる。泊めさせてもらうんだしな」
「そう? ならメモを渡すからちょっと待ってて」
「早速あるんだ……」
シャッキーはウタに使わせる部屋を先に案内し、それが終わると冷蔵庫の中身を確認。買ってきてほしいものをリストアップすると、それをベルナートに渡した。
「……了解。それじゃあ買い出し行ってきます」
「ベルナート私も行くー!」
「ウタちゃんは留守番ね」
「ええー。留守番は退屈だから好きじゃないんだけどな」
「はっちゃんたちにお弁当を届けたいのよ。料理を手伝ってくれないかしら?」
「……そういうことなら」
少し言葉を交した程度の仲なのに、ハチたちは船の管理もしてくれる。そんな心優しい人たちに何も返さないのは忍びない。音貝こそ渡したものの、もう少しお返しをしてもいいだろう。
ウタはベルナートに手を振って見送り、シャッキーと一緒に台所へ。
シャッキーがまな板や包丁、食材を取り出している間に手を洗う。
「ウタちゃん彼のことで悩んでる?」
「え!? なんで……」
「うふふ、女の勘よ」
聞かないほうがいいだろうと判断したゴードンは、奥の部屋へと引っ込んだ。これで話はこの場にいるシャッキーとウタだけが知るものとなる。
シャッキーも手を洗ってから調理を始めていくと、図星をつかれて固まっていたウタが復帰した。
「わからなくて……どうしたらいいか」
「どうって?」
「ベルナートは隣にいてくれるって言ってくれてて、いつも助けてくれるんだけど……。私は……何かベルナートにできてるかなって」
「そういうこと。彼の力になりたいのね?」
「うん。だってベルナートは私の
「なら簡単ね。考えるのをやめて、心で決めたらいいの」
「心?」
「そう。自分がどうしたいのか、どう在りたいのか。難しく考えなくていいのよ。やりたいことをやる。それが彼の力にもなるから」
「……?」
「彼は誰でも船に乗せるような人じゃない。その彼がウタちゃんを乗せてツアーに手を貸してるのはなぜ?」
「…………ぁ!」
その答えをウタはもう知っている。ベルナートはすでに語っている。
ウタが自分の好きな音楽の道を、純粋に真っ直ぐと突き進むからだ。愛してやまない音楽と向き合い、歌い、客と一緒に楽しむ。"新時代"という夢に向かって邁進する。
そんなウタだから、瞳を輝かせて歩み続けるウタだからベルナートは協力するのだ。
「お礼がしたいならそれはいいと思うけれど、特別なことをする必要も、ウタちゃんが変わる必要もない」
「私が、私の夢を追いかける……!」
「ええ。それが彼が喜ぶあなたの姿ね。覚えておいて、直接何かをすることだけが、人を支えることではないってことを。自分の気持ちに素直になって、突き進むといいわ」
「……そうだよね。ありがとうシャッキーさん! 頭と胸がスッキリした!」
「ふふっいいのよ。ダイアルのお礼なんだから」
シャッキーの店に続く階段を降りきって、メモをポケットに入れる。ベルナートは刀を引き抜いて、周囲からぞろぞろと姿を現す集団にため息をついた。
「お前ら人攫いか。なら狙いはウタだろ」
「そうだ。七武海と一緒にいられちゃあ勝ち目がなかったが、お前1人なら話は別だ」
「数で押させてもらうぜ」
「歌姫ウタは10億。テメェも捕らえられりゃあ最低5億」
「たった2人で15億! こんな大金逃す手はねぇ!」
「商売根性見せるのはいいけど、一応先に言っとくぞ。手を引け」
何人来られようと、実力差があるのだから問題ない。無駄な戦闘を避けられるなら避けておきたい。
しかしベルナートのその気遣いは通じなかった。人攫いたちはそれを拒み、各々の得物を構える。
「はぁ。なら、二度とウタを狙わないように教えこまないとな」
「こっちは100人いるんだぜ」
「雪月花」
「どわぁぁぁ!?」
「…………は?」
ベルナートの左側に展開していた右翼チームが、ただの一撃で吹き飛ばされた。ただの一撃でだ。ベルナートが刀をそっちに振り抜いただけで、30人の右翼チームが全員弾けとんだ。
しかもその飛距離は遠い。この13番グローブから完全に追い出されている。
「安心しろ。誰1人死んじゃいねぇから。何人かは病院に運んだほうがいいかもな」
「ば、ばけもの……」
「ウタを狙うんだから、こっちも
「舐めんじゃねぇ!」
「やれやれ」
銃が構えられた時には、ベルナートはその場から姿を消していた。
どこに消えたのだと探す左翼集団の中で、ベルナートも一緒にきょろきょろする。それが気づかれるのも、そう遅くはなかった。
「いたー!!」
「うぉぉ!? いつの間に!?」
「お前ら遅いよ。月時雨」
刀についた
僅か2分も経たぬうちに、集まった人攫いチームの数は半数を切った。
絶句している残りの人数の中から、リーダー格を見つけ出すとその男を峰打ちで殴る。
「がっ!」
「リーダー!」
「全員斬ってもいいんだけど、そうすると後処理が面倒なんだよ。残ってるお前らでそこの奴ら運び出して撤退しろ。二度とウタに近寄らないなら、残りは見逃してやるから」
戦闘にもなっていないこれを、ベルナートは早く終わらせたかった。シャッキーのメモの裏面には、気にせず戦えと書かれていたがそういうわけにもいかない。
騒がしくなるとウタも気づくだろう。最近何やら気にしている今のウタなら、余計なことを考えて背負い込もうとするかもしれない。ベルナートとしては、それを何よりも避けたかった。
だからここでは速攻で終わらせたい。
「極力人殺しはしたくないけど、お前らが懲りないならこっちもそうするしかなくなる」
「くそっ……」
「あ、言い方が甘かったか? じゃあ改めて。死にたくなかったら失せろ。理解が足りないなら1人1本ずつ腕貰うぞ」
「いぎっ! わ、わかった約束する! 二度と歌姫は狙わねぇ!」
脅しではなく本当にそうするつもりだったベルナートの気迫に、人攫いたちは顔を青ざめて降参した。残ったメンバーたちは負傷者に手を貸し、最初に飛ばされた右翼チームの方へと撤退していく。
それを最後まで見届けてから、ベルナートは次の目的地へと歩を進めた。
「あとは海軍か。あっちは……オレ狙いだよな」
□
全海兵を集め、パシフィスタも出動させている。海軍の目指す先はベルナートのいる13番グローブだったが、ベルナートが移動したことで海軍側も対応せざるを得ない。
「チッ。やっぱ早く決着がついたな」
「天喰いの勝利だとしたら……実力は相当の……」
「間違いなく天喰いが勝ってる。早く終わるのも当然と言えば当然か。……聞いた話じゃあ本来の懸賞金は倍以上。四皇の幹部レベルだ」
「……ぇ……!」
「そんな男相手に我々だけで……」
「奴が天竜人との因縁さえ無ければ放置できたんだがな。厄介な野郎だぜ」
「天竜人と言えば、歌姫ウタはどうしますか?」
「そっちは確実に放置だ。お前ら、天喰いを本気で怒らせたいのか?」
「い、いえ……」
ベルナートの懸賞金は高いが、それに見合うような悪名は誰も聞いたことがない。揉み消された事件なのだからそれもそのはずなのだが、その一件以降は何もないのである。ニュースになってもおかしくない存在が、何も報道されない。それは本当に彼が何もしないからだ。
そんな男を、四皇幹部クラスと評される実力者を、本気で怒らせてしまうとどうなるのか。想像するだけで海兵たちは息を呑んだ。
「戦桃丸さん! 奴の移動止まりました!」
「場所は?」
「1番グローブです!」
「よりによってそこか……。お前ら全員気を引き締めろ! 展開完了後、合図と同時に突入する!」
「「ハッ!」」